第63話 ー神戸視点・合宿3日目その2(緊急役員会議で…)ー
合宿3日目の昼ご飯は、大村君がリーダーのB班。
上井君はE班の時と違って、いつものように早目に3年1組に来ていたみたい。
(やっぱりE班を避けがちなのは、サオちゃんのせいなのかな…)
でもアタシは前にサオちゃんから、上井君と話せなくなったのはごめんなさいって思ってる、って本当の気持ちを聞いてるから、決してこのままずっと話さずに終わることはないって思う。
アタシが偉そうなことは言えないけど、ふとしたキッカケなんだと思うんだよね。
どちらかというと、サオちゃんが目を合わせないから、上井君もどうしようもないって思って諦めてるように思えるから、その辺り、まず目が合うようになれば…と思うんだけどな。
って、アタシ自身、上井君と最近やっと目が合う時が出てきたくらいだから、彼の…変な言い方だけど、頑固な、意地っ張りな性格が、足を引っ張ってるのかもしれない。
でもお昼ご飯の時は、特に上井君と大村君の接触は無くて、何故か前のB班の時にいた宮田さんの代わりなのか、打楽器の3年の田中先輩が来ておられて、上井君はひたすら田中先輩にお礼を言いながら、ニコニコと世間話をしていた。
(宮田さんに、何かトラブルでも起きたのかな?でもそうしたら上井君はここには来ずに、宮田さんに付き添ってるよね?)
何か打楽器に、宮田さんが離れられない事情でも出来たのかもしれないけど、それが大変なことではないんだろうと、本当は上井君に聞けたら良いんだけど…。
まだアタシから話し掛ける勇気も資格もないな…。
ちなみにお昼ご飯は初日と同じカレーライスだったけど、初日の量がちょっと少なかったからか、今日はカレーのルーもご飯も、多目だったみたい。
もしかしたらこんな交渉も、上井君はやってるのかな。
だとしたら、アタシは敵わないわ…。
お昼ご飯の後も、上井君はいつもなら片付けを見守って声を掛けてるんだけど、逆に今日はご馳走さまの合掌をしたら、とっととどっかに行っちゃった。
なんか今回の合宿、上井君は謎の行動が多いな。
「あれ?片付けの場に来たら上井がおると思ってたのに」
大村君がそう言いながら、B班の片付けの仕事に取り掛かっていた。
「なんか今日は用事があるのか、ご馳走さまって合掌した後、さっとどっかへ行っちゃったよ」
「えー、また上井探しの旅に行かにゃいけんのかなぁ」
「まあこの合宿は、合奏の時以外に上井君がいる場所って、ホントに分かんないよね」
「夜もね。俺、男子部屋に上井がいたのを見たことがないよ」
「そうなの?夜の合奏後、どこに行ってるんだろうね」
「と、チカちゃんが言うということは、女子の部屋に乱入してる訳ではないってことやね」
「まあそうだけど、上井君は女子の部屋に来るような性格じゃないでしょ。よっぽどのことがない限り」
「うーん…。俺、昼の合奏が始まるまでに、役員会議出来んかなと思ってさ。さっき村山に言ったら、了解は取れたんよ」
「えっ、そうなんだ?」
上井君が主催出来ないなら俺が主催する…って言う大村君、結構副部長の責任感が出てきたなぁ。村山君にもう話してあるとか。
「あ、サオちゃん…伊野さんは?」
「村山に伝言頼んだよ」
「場所とかも決めたの?」
「一応ね。使われとらん教室なら、ちょっと借りるくらいいいかなと思って、1年7組にしといた。男子の部屋からそんなに離れとらんから、上井が何処にいるやらじゃけど、ま、懐かしいかなと思って」
懐かしい…か。
大村君は1年7組は、アタシと出会ったから、懐かしいだけかもしれないね。
でもアタシは…いや、アタシと上井君は、ツラい思い出の方が多いんだ。
今でも入学式の日、アタシより先に来てた上井君が、アタシが教室に入った瞬間のことは忘れられない。
一瞬アタシと目が合ったから、アタシはよろしく…って言おうとしたんだけど、プイッとお前なんか知らない、みたいに目を逸らされて…。
上井君を傷付けたから仕方ないけど、アタシもあの時はショックだった。
こんなに嫌われてるんだ…って。
だから、今の状態になったのがアタシには奇跡だわ。
きっと別の高校に行ってたら、上井君はアタシをずっと憎んだままだっただろうな。
最初は戸惑って、目すら合わせてくれなかったけど、結果的に同じ高校で良かったな…。
「…ってことで、1年7組で待っててね」
「あっ、ゴメン。ちょっと別の事を考えてて、最初の方、聞き逃しちゃった」
「珍しいな、チカちゃんにしては。もう一度言うよ?俺が上井を探してくるから、ちょっと役員で話そうってことで、1年7組で待ってて」
「ゴメンね。じゃ、待ってるわ」
大村君は上井君がいそうな所を探しに行き、アタシは1年7組に向かった。
そしたら先に村山君とサオちゃんが来てた。
「よ、お疲れさん」
「神戸さん、お疲れ様」
2人はそう声を掛けてくれた。
「2人もお疲れ様。大村君は…」
「上井を探しに行ったんじゃろ?」
「え、よく分かるね」
「大村が役員で今夜のレクについて、一度話しとこうと思って、って声を掛けてきたけぇね。大村が何も今夜のレクについて、上井から話を聞いとらん!ってイラッと来たんかな〜と思ってさ」
「あの、アタシも…」
「サオちゃんも?」
「うん。アタシも一応役員じゃけど、上井君と話せなくなっちゃってるから…。レクでも何かすればいいのか、特に何もせずに上井君に任せとけば良いのか、それくらいは知りたいな、と思って」
「じゃあ後は、大村君が上井君をどこで見付けるか、それに掛かってるんだね。昼の合奏には間に合いたいしね」
「まあ上井が役員会議を開きたいけど開きにくい…ってのは、俺も実は春先に聞いとるんよ」
「本当に?」
アタシとサオちゃんの声が重なった。
「まあその理由は、あんまり言わん方がええよね。というか、神戸さんも伊野さんも、何となく理由は…」
「うん、分かってる」
アタシが答えた。
「上井君がおらんけぇ言っちゃうけど、アタシもサオちゃんも、上井君をフッた女子だもん。アタシ、春に上井君が部長になって、あと副部長と会計を2人ずつ決めなきゃってなって時、大村君と村山君にもう一人を誰にするかは任せた、って言ったでしょ。大村君はまさかアタシを副部長に指名してくるとは思ってなかったし」
「えっ、そうなん?」
「だって…公私混同って思われる…って思ったから」
「アタシも村山君に、会計やってよって言われた時、驚いたの。アタシ、上井君と話せないのに…って」
「いや、伊野さんはさ、俺としては会計に入ってもらって、上井とまた話せるキッカケにならないかな、そんな思いがあったんよ。迷惑じゃった?」
「い、いや…。アタシさえ変な拘りを捨てて、上井君に話し掛ければいいのよね。神戸さんは頑張ってるもの。でもね、なかなか…。もう1年も経つのに、いや、1年も経つから、余計に話し掛けられなくて」
サオちゃんがそう言ってちょっと俯いたところで、アタシも含めてみんな黙っちゃった。
そういう雰囲気が嫌な村山君が、無理やり話を始めた。
「あ、あのさ、今夜のレク、何がええと思う?」
アタシが応じなきゃ会話が止まると思って、返事した。
「そ、そうね、去年と同じでもいいと思うよ。逆に上井君は、去年と同じ椅子取りゲームとフルーツバスケットにしようとしてるから、アタシ達に何も言わず、1人で何か考えてるのかもしれないし」
「うーん、まあでも、大村の言葉じゃないけど、俺達は何をやるか、何か手伝えるのか、ぐらいは事前に知っといた方がええよな」
「そうね…。去年と同じとしても、椅子取りゲームなら、少しずつ椅子を取っていく仕事があるじゃろうしね。音楽を流したり止めたりとか。それぐらいなら、アタシ達でも出来るしね」
サオちゃんはアタシと村山君の会話をジッと聞いているだけだったけど、何かしら思うことがあれば、今のうちに言ってほしいな。
上井君が来たら話せなくなるんなら…。
そんな会話をしていたら、廊下から何となく大村君と上井君の話し声が聞こえてきた。
「……余計なお世話かもしれんけど、他の役員にも集まってもらったよ」
「ええっ?」
上井君の声は、驚きの声だった。
そして2人は、1年7組に現れた。村山君が間髪入れずに、
「上井、遅いぞ〜」
と、ちょっと緊張感を和らげるためか、茶化すような言い方で上井君を出迎えた。
サオちゃんは明らかに緊張してたけど、何故かアタシまで緊張しちゃった。
「お待たせ。なかなか捕まらない上井部長をやっと捕まえてこの場に連れて来れたんじゃけど、どこにおったと思う?」
と大村君が言う。
なんだろ、意味ありそうな言い方だけど…。
村山君は音楽室?と聞いてたけど、大村君は
「なんと男子部屋で休憩中でした~」
と、敢えて笑いを取るような言い方で、上井君を発見した場所を教えてくれた。
(今日に限って直ぐそこにいたんだ?いつもなら早目に音楽室に行ってるか、食堂教室で誰かと話してるか、休憩所の自販機付近で誰かに捕まってるか、音楽室の横の階段の踊り場で誰かの相談に乗ってるか…。不思議なものね。上井君も疲れが溜まって、昼の合奏前に休んでたのかもしれないね)
その後は大村君が司会をするような感じで、役員の会議が始まった。
もちろん議題は夜のレク。
淡々と上井君が考えてた内容について、大村君が確認するようなスタイルで進行したけど、結局その結論だと、上井君しか仕事をしないで、アタシ達はイチ参加者と変わらなさそうだった。
だから思い切ってみた。
「……去年の真似をするなら、ちょっと早く来てもらって、合奏体系からグルッと音楽室に椅子で円を描くようにしなきゃいけんね」
って大村君が言い、上井君が
「まあそれは、俺が夕飯の時に言うよ」
って応じた時に、
「あのっ、あのね、上井君ばかり喋らせてるから、それくらいの説明は、夕飯担当のアタシが話してもいいよ…」
と、勇気を出して上井君の方を見て、発言してみた。
なんか教室に緊張感が走ったみたい…。
アタシが上井君に向かって話し掛けたから?
上井君を見たら、アタシが何か言うとは思ってなかってみたいで、アタシを見てるような見てないような感じで、どう返事しようか迷ってるみたいだったけど。
「いや、やっぱり俺が喋るよ」
ちょっとした沈黙の後、上井君はちょっと視線を逸らしつつ、だけどアタシの方を見ながら、そう言った。
アタシは、言うだけ言ったら、その後に緊張感が襲ってきて、足がガクガクしちゃった。
「あの…さ、神戸さん、大勢の前で喋るのは、不慣れじゃろ?無理せんでもええよ、ご馳走様の挨拶のついでに俺が説明するから」
上井君はアタシの方を見ながら、だけど微妙に目線は合わない感じでそう言ってくれた。
実は内心ほっとしたんだけど…
「え、でも…いいの?」
と、返事をした。
「うん。神戸さんは今日の夕ご飯の担当じゃけぇ、食事の準備と片付けで大変じゃろ。特に夕飯は品数が多いけぇ…。山中もおるけど、その一言を言うために心理的に負担になっちゃいけんし」
「そ、そう?…じゃあ、遠慮なく上井君に任せるね。本当にいいの?」
「別にこれぐらいなら、俺はいつも通りじゃけぇ、大したことないよ。大丈夫」
上井君と会話のキャッチボールをしたのはいつ以来だろ?
目は合わなかったけど、体はアタシの方を向いてくれてたし、多分他の人がいるから、恥ずかしくてアタシの目を見れなかったんだと思う。
教室内を見たら、さっきまでの緊張感ではなくて、なんかアタシと上井君が会話を交わしてる、ってことが珍しいから?久しぶりだから?そのせいか、特にアタシと上井君の経緯を知り尽くしてる村山君は、喜んでるような表情をしてた。
サオちゃんまで、俯いていたのが、上を向いて微笑んでいたもん。
「はい、では喋り系は上井に一任しとく、ってことでいいかな?」
大村君もなんとなくホッとした感じで議論を締めようとしてくれた。
村山君はでかい声で一任!と叫んだので、教室内に笑いが起きたよ。
「じゃ、そういう方向で夜のレクリエーション、頑張りましょう。って言っても、上井の喋りに頼ることになるけぇ、俺たちはゲームに参加しつつ、それ以外の部分で上井をサポートする、そんな感じでいこうや」
大村君のこの言葉で、緊急の役員会議は終わったけど、アタシが上井君をフッてから、今日が一番長い会話のキャッチボールだったかもしれない。
まだお互いに固いし、友達同士みたいな軽いやり取りじゃなかったけど、アタシの中の上井君に対する壁が、またちょっと低くなったわ。
上井君がアタシを許してくれたとは思わないけど、もう少し、もう少し…。
<次回へ続く>
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