第62話 ー神戸視点・合宿3日目その1(神戸の気持ち)ー
【昭和62年8月11日(火)】
合宿3日目の朝、上井君はラジオ体操に遅刻はしなかったけど、凄い寝不足な顔で現れた。
ビックリしたアタシは、思わず大村君に聞いてみた。
「ねぇ、大村君」
「んっ?なに?」
「昨日の夜って、男子の部屋に上井君は戻ってきてた?」
「え?上井が?」
「うん。凄い、見るからに寝不足な顔してるから…」
「どれどれ…。ああ、ホンマじゃね。瞼が腫れぼったいし、目の下のクマは凄いの一言じゃ」
「で、男子の部屋にはおった?」
「うーん、チカちゃんと話してから戻ったのが10時半頃だったけぇね…。その時にはおらんかった。で、俺が寝たのは疲れもあったし、11時半頃。それまで上井は戻ってこんかったなあ、そう言えば」
「当たり前じゃけど、女子の部屋にもいなかったから…。じゃ、少なくとも11時半過ぎまでは、行方不明だったんだね」
「うーん、まあ女子バレー部の部長と、合宿中も意見交換しとるって言うとったけぇ、もしかしたらずっと話し合いとかしとったんかな?」
「えーっ、そんな遅くまで?」
アタシは笹木さんのことを思い出した。彼女が上井君と話をするとしても、そんな長時間話をするかなぁ。
「確か女子バレー部の部長は、笹木さんじゃろ?上井にしたら…って、チカちゃんもじゃけど、同じ中学出身で、去年は俺も加えて同じクラスだったじゃん。もしかしたら…いや、これ以上は言わない」
大村君は変な事を仄めかした。
上井君と笹木さんが、付き合ってる?
そこまでいかなくても、友達以上の関係になってるって言うの?
「確かに上井君との関係で言うと、笹木さんの方がもしかしたらアタシより仲良し…。アタシは中3の3学期に上井君と別れ…いや、アタシがフッてから、決して良い関係ではないから。でも笹木さんは、ずーっと上井君と喋れてるし、お家も近いのよね…」
そんなことを話していたら、体操の本番が始まった。
ひとしきりラジオ体操第二まで終わってから、上井君が本日の予定を話すんだけど、3日目の今日は夜にレクリエーションが控えてるの。
上井君もまだ細かい部分を決めかねてるのか、何をやるのかまでは、今は言わなかった。
だけど福崎先生から、1位の部員にはプレゼントの提供があったみたいで、上井君がそのことを発表したら、それまでの緩慢な雰囲気が一変したのは、苦笑いしちゃったわ。
そして上井君はA班だから、3日目の朝食担当ってことで、他のA班の部員に声を掛けて、早目にスロープへと移動していった。
「チカちゃん、今夜のレクについて、上井から何か聞いとる?」
「えっ?大村君は?」
「俺は聞いてない」
「大村君が聞いてないなら、アタシが聞いてるわけないよ。大体今までさ、大村君が上井君から何かを聞いて、それをアタシに教えてくれてたじゃん」
「まあ、そうじゃけど…。村山にも聞いてみようか。おーい、村山!」
体育館から出ようとしていた村山君に、大村君は大きな声を掛けて、呼び止めた。
「なんじゃー?」
村山君はもう一度体育館の中に戻ってくれた。
「村山はさ、今夜のレクについて、上井から何をやるかとか、聞いとる?」
「俺が?」
「そう。俺もチカ…神戸さんも知らんし。村山なら上井と仲がええけぇ、何か聞いとるかな?と思ってさ」
「…いや、俺も何も聞いとらんよ」
「え?」
大村君が驚いて声を出していたけど、アタシもビックリした。
「俺、上井が部長になってから、前ほどアイツと喋ってないんよね」
「そう言えば…帰りは上井君が一番最後だもんね。朝は?」
アタシが聞いてみた。
「朝も…俺が最近、朝練にあんまり出てないけぇ…。もっと出んにゃ、とは思うとるんじゃけど。上井は多分、部長になってから、朝練は欠かさず出とるじゃろ。生徒会の行事が重なって無ければ」
「そうね…。アタシも朝練は皆勤じゃないけど、文化祭やクラスマッチの頃以外は、必ず上井君は朝練に来てるね」
「ほいでクラスが、俺は3階、アイツは2階じゃろ?選択コースも俺は理系、アイツは文系じゃけぇ、授業は何一つ一緒にならんし」
「そうか。じゃあとは…伊野さんは上井と話さんし、聞くだけ無駄じゃろうね」
大村君が考え込んだ。
「やっぱり夜のレクで何をやるか、上井はどう考えてるか、役員で全部とまでは言わんけど、ある程度は知っておかにゃあ、って思うんよ。なんか上井は、全部1人でやろうとしてるような気がするけぇ、少しは役員で話を共有して、上井に何かあった時に、サポート出来るようにさ」
「まあ、確かにな。アイツは昔から全部1人で背負おうとする性格じゃけぇ…」
え?中学の時もだったかな…?
確かに吹奏楽部の時は、明らかに部活の事で悩んでるのに、誰にも…その時彼女だったアタシにも、竹吉先生にも相談せずに、1人で解決しようと苦しんでた。
でも村山君と遊んだりする時も、そんな場面があったのかな?
「ねぇ、村山君。村山君と上井君が2人でいる時、そんな場面って何回かあったの?」
思い切って聞いてみた。
「うーん、そうじゃね、神戸さんには悪いけど、過去に遡ると上井がフラレた後とか」
「えっ…」
「アイツ、明らかに辛いのにさ、俺が元気出せよとか言いに行くと…ゴメンね神戸さん、アイツ、全然大丈夫、女の1人や2人、なんだってーの!心配ご無用って言い張っとたんよ」
「いや…え?本当に?」
だって、クラスでは休憩時間、机に突っ伏してたじゃない…。アタシの顔を見ないようにしてたし…。
アタシ、そんな上井君を見て、心の中で謝ってたんだよ。
ゴメンね、あんな手紙が無ければ、アタシは上井君をフッたりしなかった…って。
でもそんな手紙程度で上井君をフッたりしたアタシの方が、よっぽどダメな女。
その後は上井君の方が、一生懸命頑張ってるし。
アタシは次々と彼氏を取り替えてる、お尻の軽い女って思われてるだろうな…。
「チカちゃん、何か思い当たる節があるん?」
色々と頭の中で考えていたら、大村君に話し掛けられて現実に引き戻された。
「あっ、いや、上井君が1人で背負い込むのは、昔から変わらないなって…」
「でもアイツ、去年の江田島合宿の時、本音らしき言葉を、口にしてたよ」
村山君がそんなことを言った。
「江田島…合宿…」
アタシが遂に大村君から夜に呼び出されて、告白された時だわ。
「行きのフェリーで、俺と上井が並んで座っとったんよ。男2人でその頃話すネタなら、もう高校に慣れたかとか、好きな子は出来たかとか、じゃよね」
「うん…」
「俺は船木さんと付き合いよったけぇ、どうしても上井のことを聞くわけになるんじゃけど…。その時点で上井は…女子を好きになっても傷付くだけだから、誰も好きにならない方がいい、って自虐しとった」
「そんなことを、上井君は言ってたの?」
アタシはちょっとショックを受けた。
確かにアタシは、去年はずっと上井君から無視されてたけど、それは当たり前だ、仕方ないって思ってた。
でもアタシ以外の女子とは普通に喋ってたし、サオちゃんのことも好きになってたし。
だからアタシを無視するだけで、女の子を好きになったりする元気は回復したんだと思ってた。
だけど心の奥には、そんな深い傷を、アタシが付けてたんだ、やっぱり…。
サオちゃんにフラレた後、人伝に上井君のことを聞いた時、恋愛恐怖症の女性不信になってるとか言ってたけど、まさか!って思ってた。
アタシが付けてしまった傷が治らない内に、無理してサオちゃんを好きになろうとしたのかな…。
だとしたら、サオちゃんにフラれちゃって、全然喋れなくなって、上井君の傷は治ってないのかもしれない。悪化してるかもしれない。それを恋愛恐怖症の女性不信って言ってるのかもしれない。
昨日アタシに無理して話し掛けてくれた時、もっとちゃんと返事すれば良かった…。
アタシ、上井君に関しては、後悔ばかりしてる。
そして結果的に彼を傷付けてる。
こんなので前みたいに普通に話せる間柄になりたいなんて、身勝手すぎるね、アタシは。
「どしたん、チカちゃん」
大村君に話し掛けられて、我に返った。
「そろそろ、朝飯に行こうか、って村山とも話しとったんじゃけど、聞こえとった?」
「あっ、ごめん…。別の事、考えてた」
「珍しいじゃん、神戸さんが物思いに耽るなんて。まあ、そろそろ時間的にも朝飯整っとるじゃろうし、3年1組に行こうや」
「そ、そうしようか…」
そしてアタシ達3人は、上井君がリーダーのA班が担当の3日目の朝ご飯を食べに向かった。
その時、大村君が言った。
「上井とは会いたくない、話したくない、そんな気持ちはチカちゃんにある?」
「いや、全然?」
「じゃあ良かった。俺さ、上井の考えてること…夜のレクとか。色々役員で共有したほうがええと思うんよ。じゃけぇ、今日どこかのタイミングで、役員5人で集まる機会を設けるよ」
「えっ、大丈夫なの?」
「逆に、俺なら出来ると思うんよ。また決めたら話すから」
役員5人…会議だよね?そんなこと、大村君がリードして、出来るのかな…。
<次回へ続く>
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