第61話 ー神戸視点・合宿2日目その2(何を悩んでるの?)ー

 2日目の午後は、最初はパート練習の予定だったんだけど、福崎先生の一声で、合奏に変わった。


 上井君はそれを知らされた朝は、え?って感じで戸惑ってたけど、なんだろう、そんなちょっとした上井君の表情、仕草の変化が、この合宿では凄く気になるの。


 上井君、最終日まで持つかな、大丈夫かな…。


 合奏の途中休憩で、クラリネットを一度分解して軽くケアしながらそんなことを思っちゃった。

 先生にも、上井はもっと目立ってやる!くらいの姿勢で叩け、って言われてたし。

 打楽器は後ろにいるから、合奏中の上井君の様子は分かんない。

 でもティンパニーを叩く音で、なんとなく元気かどうか、最近は分かるようになってきた。

 確かにさっきは、疲れてるのか、間違ったらいけない…みたいな、ちょっと元気じゃない叩き方だったな…。


「チカちゃん、ちょっといい?」


 大村君が声を掛けてきた。


「え、大丈夫かな?すぐ合奏、再開しない?」


「すぐ終わるけぇ」


 大村君がそう言うので、アタシはクラリネットを置いて、音楽室からちょっとだけ外に出た。


「さっき、上井を捕まえて、聞いてみたよ、昼飯の時のこと」


「えっ?何か聞けたの?」


 内心、上井君と大村君が、接触してくれないかなって、勝手なことを願ってたから、ちょっと嬉しかった。


「うん。最初にカマかけたんよ。昼飯の時に言ってた話、今更じゃけど嘘じゃろ?って」


「わ、大胆に聞いたんじゃね」


「回りくどい聞き方しても、上井はすぐに察しちゃうからね。でも答えは早かったよ」


「え、そうなんだ?」


「あっさり、バレた?だって」


「えっ…。そんなすぐに?」


「ホンマに。じゃけぇ俺もビックリしたけど、結局そんな嘘をなんで吐いたのかまでは、時間切れで追及出来んかったよ。また後で…って上井には言われたけど、まあ事実じゃないってことを引っ張り出せたのは、一安心かな」


「そうだね。でも逆にね、着替えを忘れたなんて、なんでわざわざそんなこと言わなきゃいけなかったんだろ」


 アタシは安心もしたけど、却って謎も増えたような気がした。


「これは俺の推測じゃけど…」


 そう大村君が言った時に、休憩でザワザワしていた音楽室が静かになったから、先生が戻られて合奏再開だと思って、大村君の推測は聞けないまま合奏に戻ることになっちゃった。


 でもアタシも何となくだけど、もしかしたら…って想像は付くんだ。


 お昼御飯の前に、広田さんと宮田さんが上井君に謝ってたのを見てるから。


 もしかしたらその2人が、変な噂の元になる話を広めちゃった元なのかも…って。


 でも広田さんにアタシからいきなり、上井君の変な発言って、広田さんや宮田さんが何か言ったのが原因なの?なんて、とても聞けないな…。


 上井君がお昼御飯前に、アタシはまだスッキリしてないけど、あの話をしたことで、部内は落ち着いたから、これ以上そのことに拘るのも、却って上井君をまた悩ませる原因になるかもしれないから、もう聞かない、忘れた方が良いのかもしれない。


 そんなことより、目の前の「風紋」の譜面に集中しなくちゃ!



 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@ 



「じゃあ昼の合奏はこれで終わるけど、夜も合奏するから、夕飯食べて体力付けとけよ〜」


 何となく福崎先生は、合奏の出来に満足したのか、明るい声で合奏を終わりにした。

 時間も5時半ピッタリ。


 ちょっとシャワーの件で揉めたけど、大上君が上手くまとめてくれて、一件落着。

 上井君が答えに困ったりしたら、この合宿では大上君が絶妙な一言を発して上井君を助けてくれてるような気がする。


 今朝のラジオ体操でも、上井君が寝過ごしたのか少し遅れたんだけど、体操に遅れたらグランド5周って罰が、一応あるんだよね。

 でもちゃんとした基準が無くて、何となく6時半にラジオ体操の番組が始まるまでに集合しなきゃダメなのかなと思ってたけど、上井君が番組が始まった時じゃなくて、ラジオ体操の歌が終わって、ラジオ体操第一が始まるまでに来ればいいことにしよう!って、言い出したの。

 そしたら1年生達が、上井君が今朝ちょっと遅れたからだ、ズルーイって言い出して…。

 上井君が困ってた時に大上君が、もし番組が始まるまでじゃなきゃダメだって言うなら、他にも1年生に何人かグランド走らんにゃいけん奴がおるけどの、ってさり気なく上井君を助けてて。


 アタシから見たら、山中君が上井君の表のサポーターで、大上君が影のサポーターって感じ。

 本当なら、アタシか大村君が副部長として、上井君を助けなきゃいけないかも…なんだけど…。

 咄嗟にその場を治める一言って、なかなか出てこないんだよね。上井君に申し訳ないし、副部長として恥ずかしいけど。


 そして夕飯はE班の出番なんだけど、これまではどの班の時も…アタシの班の時も…上井君は準備中に男子の部屋で休憩も取らずに、直接食堂教室に来て、班のメンバーに声を掛けたりしていた。だけど…


 問題はこのE班。


 サオちゃんがリーダーで、サブに山中君が付いてるんだけど、他の班の時と同じように上井君は、早々に食堂教室に行くのかな?


 上井君は、アタシには少し話し掛けてくれるようになったけど、サオちゃんとはまだ話せないはず。


 だから上井君が話しやすい山中君を、E班のサブに付けたんじゃないかなと思ったけど、考えすぎかな?


 そう思ってさり気なく上井君の方を見たら、何故か本を読んでた。


(何だろ?時間稼ぎ?)


 その時、


「チカちゃん、お疲れ様」


 いつものように大村君が話し掛けてきた。クラリネットもマウスピースだけ分解して、大村君と2人で食堂の方へゆっくりと向かった。


「なんか難しい顔しとったけど、悩み事?」


「あっ、違うよ?夕飯のメニューは何かな?って考えてただけ」


 上井君とサオちゃんのことを考えてたなんて言ったら、大村君のことだから、また深く突っ込んで来るかもしれない…。


「そう?それならいいけど。ところで休憩の時に言えんかった、上井の昼の発言の謎じゃけど」


「ああ、その話なら…もう止めない?」


「え?」


「確かにアタシもスッキリとはしてないけど、もうそのことで騒いでた1年の女の子も、全然上井君に後追い質問もしてないし、なーんだで終わった感じだしね。だから、アタシが大村君の推理を聞いて、それだけでオシマイにしよ?」


「…まあ、そうか。これ以上波風立てても…。上井は昼で強引に終わらせてるんだもんね。俺とチカちゃんが推測を確認するだけにして、オシマイにしようか」


「うん、ありがと。じゃあ、大村君の推測を…聞かせて」


 アタシと大村君は、ゆっくり歩きながら、話していた。その横を他の部員が通り過ぎていく。


「俺が考えたのは、広田さんと宮田さんが鍵じゃと思ってね。多分、打楽器でパート練習してた時の休憩時間に、どっちかが上井が昨日元気がなかったのは何でか?って聞いたんじゃないかな。でも広田さんはこんなことは聞かんと思うけぇ、宮田さんが上井先輩今日は大丈夫かな、みたいに思って、昨日はどうされたんです?って聞いたんじゃと思うんよ」


「さすがホルンで広田さんと一緒だっただけあるね」


「まあ1年以上近くにおったけぇ、性格はある程度は分かるよ。で、宮田さんが上井に聞く、上井は今更誰かに合宿の詰めが甘いと言われて悩んでしまったとは言えず、その場にいた広田さんに助けを求める視線を送る…」


「ふーん…」


「で、広田さんは上井のSOSに気付いて、自宅が近いことから、上井が何か忘れて、それで昨日悩んでいたことにして、上井の忘れ物を貸してあげたことにしたと」


「へぇ…」


「上井が悩むほどの忘れ物だから、着替えにしとけば、汗かきの上井には丁度良いって思ったんじゃないかな、広田さんは」


「確かに上井君が汗かきなのは、アタシも知ってるよ」


 だから付き合って初めてのプレゼントに選んだのが、タオルハンカチなんだから…。


「それを宮田さんに言ったんだけど、宮田さんが1年の女子と話す中で、いつの間にか着替えがパンツに変わっていったんじゃないかなぁ。どう?俺の推理」


「うーん、まあそんな感じとしか考えられないよね。1年の女子だけで騒いでたから…。着替えってなんだろう?シャツとかパンツかな?って変わっていったんじゃろうね」


 ゆっくり歩いていたつもりでも、食堂教室には早く着いてしまった。

 サオちゃんも山中君がリードする形で、一生懸命準備を頑張っていた。

 他の部員もかなり集まって来てる。


 でも…


(あれ?このタイミングなら、いつもならもう様子を確認に来てる上井君の姿がない…)


 その間にも続々と部員は集まってきて、食事も配膳が完了しそうだった。


(やっぱり上井君、サオちゃんの時は…遠慮してるのかな…)


 そう思って心配していたら、殆どの部員が集まった頃に、やっと現れた。

 山中君との会話を聞いてたら、誰かの悩み相談に乗ってたって言ってるけど…。


 本当かな。


 殆どの部員が集まった後だから、なんだか上井君の言ってることが、サオちゃんから逃げるための言い訳に聞こえてしまった。

 アタシも嫌な性格だな…。


 その内、先生も来られたので、上井君の挨拶が始まったけど、それはいつもと変わらない挨拶だった。


 だからこそ、やっぱりサオちゃんを避けて、遅目に来たんじゃないかな、って考えてしまう。


 …でも本人に聞けないし…。


 ちなみにこの日の夕ご飯は、ハヤシライスとミカンだった。

 だからかみんな食べるペースが早くて、あっという間に食事時間が終わっちゃった。


 上井君は締めの挨拶で、夜の合奏も早目に始めますか!とか言ってたけど、えーっ、って言う声に負けて、いつも通りの7時半からになった。


 片付けの時、上井君はどう動くかな?って見てたけど、太田ちゃんに話し掛けてた。


 何を話してるのかは分からなかったけど…。


 でも食堂教室の3年1組に、そのままいるような感じで、E班の片付けを見守っていたわ。


 男子の部屋には戻らないのかな?

 後で大村君に聞いてみよう…。


 でも最後に見た、3年1組に1人で残った上井君は、やっぱり何か悩んでるようだった。


 また何か悩むような事が起きたのかな…。


 アタシが心配しても無駄なんだけど…。


<次回へ続く>

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