第57話 -合宿最終日・閉会式-

 閉会式は音楽室で午後2時開始予定にしていた。

 去年も2時開始の予定だったが、片付けが押して、2時半頃に始まった覚えがある。


 今年は音楽室を授業スタイルにまで片付けるのは辞めにして、合奏スタイルのままにした効果もあったのだろうか、音楽室に集まった後は自席に座っていれば良いため、2時にはほぼ全員集合していた。


「えっと、皆さん全員お集まりでしょうか?パートリーダーさん、みんな来てますかね?」


 俺は前に立ち、そう呼び掛けた。

 各パートとも、揃っているようだ。OKとか、大丈夫、といった声が聞こえた。


「では、皆さんもお疲れだと思いますし、早目に閉会式をやって、早目に帰れるように頑張りましょう。先生、良いですか?」


 福崎先生も無言で頷いた。


「では閉会式を始めます。まず、先生からの総評をお願いします」


 横のピアノ席に座っていた福崎先生の目を見て先生に合図すると、先生も立ち上がり、前へと出てこられた。


「えーっと、まずはみんな、3泊4日の合宿、お疲れ様。暑い時期で体調管理も大変だったと思うけど、なんとか最後までみんなで完走出来て、ホッとしてます。まあ2日目以降は合奏の時、眠気と戦ってる部員も見掛けたがな」


 音楽室に失笑が漏れる。


「でも先生も、今まで何度か合宿は経験してきたけど、今年の合宿は一番楽しく充実した、手応えのある合宿になった。みんな、合宿初日に比べて、今朝の合奏での曲の仕上がりは、かなり良くなったぞ。後は3日間の休暇で、その勘を忘れないようにな」


 ハイ!と返事が起きる。


「余談だが、先生もフルーツバスケットに出させてもらえて、結構楽しかったぞ。上井、ありがとうな。じゃ、先生からはここまで。後は上井、締めてくれ」


 福崎先生は俺に話を振った。


「あっ、はい…。皆さん、3泊4日もずーっと音楽準備室で寝泊まりされて指導して下さった福崎先生に、拍手をお願いします」


 部員がみんな穏やかな表情で拍手の催促に応じてくれ、先生も満更でもない顔をしていた。


「えっと、続けて俺が部長挨拶をして締めるという段取りですが…本当にお疲れ様でした。無事に乗り切ることが出来たのも、皆さんのお陰です。ありがとうございます」


 ここで一度、音楽室内を見回した。みんないい表情をしている。ちょっと悪戯心が働いたので、アンケートを取ってみようかと、俺は思った。


「では皆さん、ちょっと目を瞑って、下を向いて下さい」


 え?なになに?という声が起きる。


「最後に、簡単なアンケートというか、感想を皆さんに聞きますので、該当するって設問で、手を挙げて下さい」


 横で福崎先生はニコニコしながら見守っておられる。


「はい、皆さん下を向いて下さいましたね。目も閉じてますか?では第1問、今回の合宿に参加するんじゃなかった、二度と参加しないって方、挙手して下さーい!」


 誰からも手を挙げてほしくないと願いつつの問い掛けだったが、結果は有り難いことに、挙手した部員はゼロ。


(良かった…)


 とは言っても、一応下を向かせてのアンケートなので、形だけは整えようとした。


「はい、分かりました、手を下ろして下さい」


 部員は下を向いたままだが、何となくざわめきが起きていた。今のに手を上げた人がおるん?みたいなざわめきだ。


 俺は続けた。


「では第2問。今回の合宿に参加して良かった、楽しかったーという方、挙手して下さーい」


 この質問には、殆どの部員が手を上げてくれた。


(わ、嬉しいよ…。感激するなぁ)


 俺は調子に乗って続けた。


「では第3問。来年の夏も、こんなスタイルの合宿をやった方が良いと思う方!」


 これにもほぼ全員の手が上がった。


(良かった…。これで今夜はゆっくり眠れるかな…)


 俺は自業自得だが、昨夜マトモに寝ていないので、とにかくゆっくり寝たかった。


「皆さん、もう良いですよ、手を下ろしてから目を開けて下さい」


 目を閉じてたら寝そうになったよ〜とか声が飛んだが、それもいい雰囲気だからこそ出る言葉だろうと思い、心地よく受け流した。


「皆さん、アンケートにご協力ありがとうございました。本当はもっとしっかりしたアンケートを作って、反省点とか改善点を皆さんにお聞きしたいのですが、取り急ぎ大まかな皆さんの率直な思いを聞いてみたくて、こんなことをしてしまいました」


 ここで俺は一旦話を区切った。

 次に俺が何を言うのか、みんな待っているようだった。


「さて3問ほど皆さんにお尋ねしたわけですが、1問目、合宿は懲り懲りだ、という質問についてはですね…」


 わざと間を開けてから、俺は答えを言った。


「実は、誰も手を上げませんでした」


 へーっ、というざわめきが起きた。


「あれ?でもセンパイ、1問目のあと、はい、手を下ろして…とか言ってませんでした?」


 クラリネットの1年、神田が聞いてきた。


「うん、言ったね。アレは、ワザとだよ」


「ワザと?なんですか、それー」


「一応みんなに目を瞑って下向いてもらっとるじゃろ?じゃけぇ一応2問目に移る段取りとして言ってみたんよ。ということで、さっきの3問アンケートの結果は、皆さんに今回の合宿は大体満足してもらえたということになりました。俺なりに去年感じた、こうすれば良いのに…って事を、出来るだけ改善したつもりですが、それでも上手く伝わらなかったり、逆に説明不足だったり、迷惑をかけたかもしれません。今朝もちょっとトラブったりして…。でも本当に皆さんのお陰で、この閉会式を迎える事が出来ました。皆さんお疲れ様、そしてありがとう」


 俺がそう言って深々と頭を下げると、自然と拍手が起きた。ちょっとウルッときたが、閉会式を締めるまでもう少し我慢せねば…。


「来年の夏も、この形式の合宿が行われるとしたら、今の1年生のみんなは来年はリードする立場になるけぇ、改善すれば良いのに、って思った今の気持ちを大事に持ち続けて下さい。合宿のスタイルも新部長の視点で改善点とかまだまだあると思いますし、みんなで話し合ってスケジュールとか組み立ててみて下さい。1年生のみんな、よろしくね!」


 はい!と1年生から元気な声が返ってきた。俺はそれだけで満足だった。


「では、そろそろ閉会式も終わりたいと思いますが、何か一言喋っておきたいって方、いらっしゃいますか?」


 多分そんな部員はいないだろうと思っていたが、意外な人物が手を上げた。


「あ、田中先輩、どうぞ」


 打楽器の3年生、田中先輩が手を上げた。


「みんな、ごめんね。早く帰りたいじゃろうけど。まず上井君、お疲れ様。よく3泊4日の合宿を引っ張ってくれたね。役員の皆さんもお疲れ様。先生もありがとうございました。アタシが言いたいのは、今回の合宿は本当に充実していたなってことです。コンクールには出るけど合宿は参加しないって3年生が何人かおったけど、アタシや前田さん、八田くんといった参加した3人で、参加しなかった3年生に、メッチャ面白かった!参加すれば良かったのに〜って羨ましがらせてやろうと思います」


 わーっ、と歓声が起きた。


「アタシら3年生は、今回のコンクールで引退になるのが寂しいけど、是非1年、2年のみんなで、明るく楽しい吹奏楽部を発展させて下さいね」


 部員が拍手を送り、田中先輩も照れながら椅子に座られた。


「田中先輩、ありがとうございました!」


 俺は去年の合宿の閉会式を思い出していた。去年の須藤部長には悪いが、閉会式はこんなにいい雰囲気ではなかったと記憶している。

 大半の部員が疲れていて、早く終われ、早く終われと願っていて、何か意見を求められても、言いたいことはあっても誰も何も言わなかった覚えがある。


 それに比べ、今年は何とか楽しい雰囲気で締めることが出来そうだ。


「えっと、他に今どうしても発言させろ!って方、いらっしゃいますか?」


 ここで意外と言っては失礼だが、大村が手を上げ、前へ出てきた。


「えー、場違いな副部長です」


 そう言って笑いを取ると、


「さて、実はですね、俺は合宿が始まるまで、不安だったんです。上井が合宿を去年より良いものにしたいと思って動いてるのは分かってたんですけど、どの辺りを改善したのかとか…。恥ずかしながら役員の間で共有出来てなかったんです。まあその原因は、知る人は知っている…かもですが」


 音楽室内は静まり返り、部員は大村に視線を集中させていた。俺は大村が役員間の確執にそれとなく触れたことにビックリした。


「そんな役員間の足並みの乱れをバラしてしまうのは恥ずかしいことですけど、でもやっぱり部長は上井で良かった、合宿の閉会式を迎えて俺はそう感じました。役員間の横の連携についても、上井が身動き取りにくいんなら、俺がその役を引き受けようと思い、合宿中に役員5人で集まる機会を強引に作らせてもらったりしました」


 大村がこんなに部員の前で話すなんて珍しい。俺も固唾を呑んで大村を見ていた。


「その時の会合でも思いましたが、役員5人はみんなそれぞれ個性があって、得意な分野があるんです。リーダーシップと司会進行、喋り。これは上井には誰も敵いません。なっ、上井?」


「えっ?そっ、そうかな?ハハハッ…」


 突然話を振られ、慌てて答えたが、構わず大村は話を続けた。


「じゃあ、俺は何が得意なんだというと、俺が一番役員5人の中で身動きを取りやすい立ち位置なんです。なので俺は、目立つ部分は上井に任せて、上井が出来なかったり、苦手だったりする部分をサポートしていこうと思いました。それを改めて自覚したのが、合宿の成果…かな?」


 ほぉーっ、という声が上がった。


「古くからの俺と上井の関係を知ってる方は驚かれるかもしれませんね。でも俺も吹奏楽部の一員として、上井をサポートして、上井が目指す楽しい部活作りに微力ながら貢献したいと思いますので、みんな、コンクール、頑張りましょう!」


 俺は一番に拍手させてもらった。続いて他の部員も拍手し、大村も恥ずかしそうに自分の席へと戻って行った。


「はい、副部長からの決意表明でした!いや、ありがたいもんです、仲間って。どうしましょう、役員順に何か言っておく?村山は何かある?」


「なっ?なんだ?お、俺に突然振るなって。アドリブはお前と違って苦手なんじゃけぇ」


 突然村山を指名したが、案の定慌てていた。アドリブに弱いのが村山の特徴だったので、半分確信犯みたいなところがあったが、今回の合宿ではあまり村山が目立っておらず、昨夜のフルーツバスケットでちょっと場を盛り下げるようなこともしたので、無理矢理スポットを当てたのもある。


「じゃあ、俺から一言。村山くん、フルーツバスケットで参加者の恋人の有無を聞かないように!」


 音楽室内は爆笑に包まれた。


「わ、悪かったって。皆さん、失礼しました」


「はい、村山君も謝ってますので、皆さん、昨夜の件は無かったことにして下さいね。突然指名して悪かったね」


 と一息入れて、


「えっと、他にも何か言いたい方はいらっしゃいますか?」


 音楽室を見回したが、それらしき部員はいなかった。だがみんないい表情をしているのが、嬉しかった。


「では、これで昭和62年度吹奏楽部夏季合宿を終了いたします。今、一番暑い時間帯ですが、家に着くまで、事故、怪我のないように気を付けて下さい。お疲れ様でした!」


 お疲れさまでした!と返事が返り、みんな立ち上がり、荷物を確認し帰宅の準備をしている。

 何人かわざわざ、俺にお疲れ様と声を掛けてくれた。同期ってありがたいものだ。

 俺も福崎先生に挨拶したら、逆に労をねぎらってもらえた。


「お前もよくやったな。気を付けて帰れよ」


「はい、ありがとうございました。先生もお気を付けて」


 そこに村山が声を掛けてきた。


「上井、お疲れ。帰りも別々か?俺の母さんが車で来てくれるけど…」


 合宿の初日、俺は村山よりも早く高校に行くからと言って、一緒に行かなかったのだ。もっとも理由はそのこと以上に、伊野沙織の存在が大きかったが…。


「ありがとう。でもまあ、みんな帰ったあとに、音楽室と、部員の寝室だった部屋や、食堂だった部屋に忘れ物がないかチェックせにゃあいけんし…」


「そっか…。じゃ、悪いが大竹方面、先に帰るな」


「おう。また盆休み明けに…」


「じゃあな」


 村山は大きな荷物を背負って先に帰ったが、その横に1年の若菜、高橋、そして伊野沙織がいるのが見えた。


(神戸さんはともかく、伊野さんとはまだまだ…)


 伊野沙織との確執もあるが、咄嗟に村山に部屋のチェックをすると言って居残りを告げたのには、前田先輩と合宿最後の約束をしていたのが、大きな要因だった。

 実際に各部屋をチェックして回ると大変なので、そこは部員が忘れ物などしてないことを信じている。


 俺は音楽室の鍵を閉め、職員室に鍵を返し、下駄箱へと向かった。


「前田先輩、お待たせしました!」


「上井君、忘れてなかったね。良かった〜」


 前田先輩がニコッとして、俺を出迎えてくれた。


<次回へ続く>

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