第52話 -合宿最終夜②焦燥感-
野口と、神戸千賀子との関係について突っ込んだ話をしていたら、女子バレー部の部長、笹木との意見交換会に遅刻してしまった。
1年7組に走り込んだら、9時45分だった。
「上井くーん、本日も遅刻~」
笹木がクスクスと笑いながら出迎えてくれた。バレー部の夜の練習後、シャワーはまだ浴びずに俺を待っていてくれたのだろう。首からタオルを巻いて、汗だくの体操服とブルマのままという姿だった。ブラジャーまでハッキリ分かるほど透けて見える。だが今では笹木のそんな姿は、バレー部の活動の時には、特になんとも思わなくなっていたし、笹木も気にしてたらバレーなんか出来ないと言っていたことがある。
ただ普通の体育とかで笹木のブルマ姿を見掛けたら、きっと違うだろうけど。
「ごめーん!ちょっと重たいネタで同期と話し込んでたら、遅くなっちゃった」
「え?重たいネタ?吹奏楽部の?」
笹木は少し驚いた表情を見せた。
「ううん、ちょっとプライベートの方ね…。と言ったら、笹木さんにはバレるかもしれんけど」
「バレるかも…っていうか、上井君のプライベートの重たい話って、アタシは1つしか知らんもん。そのこと?」
「うん、よく分かったね!ハハッ…」
笹木とは何でも話せる間柄だが、去年、伊野沙織に失恋したことは、仄めかしはしたものの詳しくは話していない。必然的に神戸千賀子との関係についての話しか、笹木は思い付かない筈である。
「何年友人やってると思ってるのよ。上井君の事なら、村山君の次にお見通しよ」
「ハハハッ…そうか。ハァ…」
「な、なんかテンションが変よ?そんなにメンタルに影響を及ぼすような話だったの?チカちゃんの話は」
「いや、神戸さんに関する部分は、そんなに大したことは無かったんよ。逆に今日ホンマ久々に、神戸さんと挨拶以外の会話をしてさ…」
「おぉっ、進歩したじゃーん」
「じゃろ?俺の中ではかなりの前進だと思うんよね。ただね…」
「ただ…?それは、今遅れちゃった理由に重なるのかな?」
「そうなんよ」
「…ところで上井君、座りなよ。なんで立ったままなの?まるでアタシが説教して、上井君は叱られてる生徒みたいじゃん」
俺はなんとなく遅刻したことが申し訳なく、立ったままで笹木と話していた。
「座ってもええ?」
「当たり前じゃん!吹奏楽部の部長さんを立たせて、女子バレー部の部長が説教してるみたいじゃもん。座ってよ」
「じゃあ、遠慮なく…」
俺は笹木の前に座った。
「やっとこれで対等な感じになったね」
「いや~、昨日も俺が遅刻しとるじゃん?申し訳なくてさ」
「それはまあ、仕方ないでしょ?アタシだってもしかしたら遅れてた可能性だってあるんだし。遅刻については、これでオシマイ!」
「ありがとうね。じゃ、合宿最後の部長は辛いよコンビ定例会…笹木さん、議題は何かある?」
「そうね…。合宿も最後の夜じゃけぇ、今からここを譲って欲しい、変えて欲しいっていうのは、もうないかな。上井君は?」
「まあ俺も、すぐ思い付くことはないかなぁ。お陰で3日間、お互いに譲ったり譲られたりしながら、合宿を乗り越えてきたよね」
「ホンマ、そうよね。じゃあ新たな議題はナシ!で、もう解散する?」
「それもちょっと短すぎて寂しいかも。これで当分笹木さんとは会えんじゃろうし」
「まあそうよね…。吹奏楽部はコンクールがあるんでしょ?アタシ達は大きな試合があるわけじゃないけぇ、合宿の後はちょっと練習のペースも落とすしね。じゃ、さっき上井君が言ってた重い話について、聞かせて?ダメ?」
「別にええよ。まあ、神戸さんと会話した…までは言ったよね。そのことについて、吹奏楽部で神戸さんと仲がいい女の子から、夜の練習が終わった後に声掛けられてさ」
「あ、なんとなく分かる…。あの子じゃない?ちょっと背は低めじゃけど、目がクリクリッとしてて活発な、なんとなく聖子ちゃんカットみたいな髪型の女の子」
「そうそう。よく見とるね。その子が言うには、神戸さんは今日、俺と会話出来て、めっちゃ嬉しかったんやて」
「良かったじゃん!それを伝えてくれたんじゃね?…なのに、なんで重たくなるの?」
「そうやね…。どういえばいいんかなぁ。その子も、俺と神戸さんが仲直りしてほしいって思ってくれとるんよ」
「うんうん」
「その気持ちは、これまで何度もその子とも話しとるけぇ、痛いほど分かっとるんよね。で、今日は俺が神戸さんと今までよりも深く会話したから、もう仲直りすればいいとか、お互いが意識しすぎなんだとか、意地を張るなとか、なんかえらく突っ込んでくるんよね。なんでそんなに突っ込んで来るんだ?って思ったら、何だか苛々しちゃってね…」
ここで俺は黙ってしまった。しばらく沈黙が流れたが、笹木から話し掛けてきた。
「上井君は…。もう自分でも神戸のチカちゃんとどうしたいか、どうすればいいかは、分かってるんだよね。分かってるのに、昔からの意地が邪魔しちゃうというかさ、キッカケが難しいんだよね。なのに、多分その子は、上井君はもう十分に分かってる部分を突いてきて、早く次の段階へ移るべきだとか、そんな風に上から目線的な風に言ってきたんじゃない?」
「そう、そんな感じ…。もしかして音楽室の横で聞いとった?」
「当たってた?アタシが中3で知り合ってから、ずっと見てきた上井君って、失礼を承知で一言で言うと、不器用なんだよね」
「ズバッと来るねぇ」
俺は苦笑いするしかなかった。
「あるいは、優柔不断!」
「笹木さんに言われちゃ、仕方ない。うん、自分でもそうだと思うから…。だから神戸さんにフラれたんだし」
「でもね、そこが上井君の魅力でもあるんだよ」
「へ?どうしてさ?」
「不器用だからこそ一生懸命でしょ?何事にも。その頑張る姿がいい、っていう女の子もいるよ、きっと」
「そんなもんかなぁ…」
「優柔不断ってのもね、相手の事をよく考えて、嫌な思いをしないように色々考えてるってことだと思うし」
「うーん、そうなのかな?」
「合宿の最初の頃に話した内容、覚えとる?」
「え?なんじゃろ。笹木さんとは沢山話しとるけぇ…」
「アタシが合宿3日目の夜に、タエちゃんと上井君をカップルにしようと思ってたって話」
「あーっ、あったね!」
「でもウチのタエちゃんもいい子じゃけど、もっと上井君の身近に、上井君のことを好きな女の子がいることに気付いたけぇ、この作戦は中止したんじゃけどね」
「それってもしかして、ラジオ体操の後で聞いた…」
「そう、上井君の吹奏楽部の後輩の女の子だよ」
若本のことを俺は思い出した。
「でも、俺のことが好きなはずとか、どうして分かるの?」
「女の勘もあるけど、態度で丸分かりだったよ。その後輩ちゃんは上井君への思いを隠してるつもりかもしれんけど、アタシから見たら、間違いないって思うもん。ラジオ体操の後にウチの田中が邪魔なことして、上井君が吹奏楽部のみんなに取り残された時にさ、あの子はウチの1年の部員と話しながら、ずっと上井君を待ってたもん。何か話をしたくてだと思うけどね」
そう言えばそうだった。何故か初日の朝のラジオ体操後、若本が1人だけ残っていて、女子バレー部にモテモテじゃないですか~って話し掛けてきた時があった。
何か重要な話があるのかと思いきや、女子バレー部の同級生、田中に背後から目隠しされて嬉しかったかどうかを確認して、特になんとも思ってないと答えたら、安心して去っていったことがあった。
「もしさ、笹木さんの予想通りだとして…」
「…うん」
「俺はどうすればいいと思う?」
「んっ?それは、告白した方がいいかどうかってこと?」
「まっ、まあ、広く言えば、ね」
「狭く言ってもそうでしょ?」
笹木は笑顔を浮かべると、
「上井君、恋愛恐怖症は治ったん?」
と聞いてきた。
俺は恋愛恐怖症、女性不信になり、好きな女の子が出来ても、自分からは告白出来ないようになってしまったと、アチコチで喧伝している。もちろん笹木もそれを知っていて、聞いてきた訳だ。
「そうだよね…。自分にとって都合のいい話ばっかり聞いて、その気になってたけど、本来の俺って、フラれるのが怖いから、好きな子が出来ても自分からは告白しないって決めてたから」
「でもその上井君が自ら課した決まりも、破っても大丈夫な確信があるなら、告白したらいいと思うよ。後輩ちゃんは、上井君の事を間違いなく好きじゃと思うけぇね」
「うーん…」
俺は悩んだ。確かに合宿に入ってからの若本の態度は、もしかしたら俺に気があるのか?と思うようなことばかりだった。
だが去年を思い出せば、伊野沙織だって俺に気があるような素振りばかりで、間違いなく告白は成功すると思ってコンクールの日に告白に踏み切ったのに、あっさり彼氏には出来ないと言われたじゃないか。
「まだ確信は持てないかな…」
「そうなん?合宿で色々喋ったりしとるんじゃないん?」
「…過去にね、間違いなくイケる!って思ったのにダメだった例があるし…。笹木さんの言うとおり優柔不断じゃけぇ、まだ確信は持てないし、今はまだ俺から告白は出来ないよ」
「そうかぁ。上井君って、めっちゃ慎重になっちゃったね」
「え?なっちゃった…っていうと、昔は違った?」
「うん。中3の夏の林間学校。チカちゃんに告白したくて、班長に立候補したんでしょ?」
「ゲホッ!なんつー古い話を…」
「まあアタシも何故か同じ班になっとったけぇ、上井班長は何を狙ってこの4人の女子を選んだんじゃろ?って思っとったけどさ」
「突っ込んでくるねぇ、流石親友」
中3の夏休み直前にあった林間学校で、俺は確かに神戸千賀子に告白しようと決心し、班編成会議の時に班長に立候補して、即神戸千賀子を指名したのだった。その他にも女子が必要で、松本弓子や笹木恵美を指名していた。
「じゃけぇ、あの頃はまだ転校して間がないアタシを、上井君がもしかして好きになってくれて、同じ班に入れてくれたんかな?って思ったこともあったんよ」
「ホンマ?」
「本当よ。でも林間学校の1日で、謎は全て解けたけどさ」
「アハッ、その節はどうも…」
「いいえ、こちらこそ早とちりしまして…」
2人して目を合わせると、大笑いしてしまった。
「懐かしいね。2年前の今頃は、高校受験とかは控えてたけど、毎日楽しかったな」
「ホントにそうよね。アタシは転校してきて、誰も知り合いがいない中で、一番初めに上井君が声を掛けてくれて…。お陰で早くみんなに融け込めたって思ってるから」
「ううん、俺の力なんて大したことないよ。笹木さん自身がフレンドリーじゃったけぇね。俺は、同じ転校生だよって意味で、嬉しくて声を掛けたんよ」
「そっか、上井君も横浜から来たんじゃったっけ?」
「そう。今や横浜市民の面影もないけど」
いつまでも話が続きそうだったが、ふと上井が時計を見ると、10時半近かった。
(ゲッ、まずい!前田先輩がシャワー室の待合所で待ってて下さってるかもしれない!)
「じゃ、笹木さん、今夜はこの辺りで締めようか」
「そうじゃね。結局今夜は上井君の今後について話したことになるんかな」
「ま、そういうことにしとこうよ」
「じゃあ…。話は尽きんけど、お休みじゃね」
「うん。また登下校時に一緒になったりしたら、昔話でもしながら歩こうや」
「そうしようね。じゃ、お休みね」
「お休み。ゴメンけど、ちょっと用事があるけぇ、先に行くね。電気、頼んます」
「分かったよー。相変わらず忙しいね。気を付けてね」
俺は1年7組から、今度はシャワー室へと奪取した。
(前田先輩、怒ってるよ、きっと)
全力でシャワー室へ駆け込み、待合所に入ったが、やはり遅かったのか、前田先輩の姿は無かった。
(ハァ、ハァ、ハァ…。予定より30分も遅けりゃ、頭に来て帰るよな、ハァ、ハァ…。どうしよう、最終日の夜に前田先輩を怒らせちゃって…)
俺はガックリと力が抜け、静かな待合所の畳スペースにヘナヘナと腰を落とした。次から次へと汗が噴き出て来る。
(前田先輩…。ごめんなさい…。俺が調子に乗って色んな所へ顔を出してるせいで…。不愉快ですよね)
とはいえ、もしかしたら前田先輩は一息入れたら、俺を探しにもう一度ここへ来てくれるかも知れない。
そんな淡い期待を抱き、俺は待合所で前田先輩を待ってみることにした。
タイムリミットは11時25分。
11時30分には、野口が待つ階段へ行かねばならない。
野口の方こそ、さっき激しくやり合ったばかりなので、11時30分に階段には来ないかもしれないが…。
待合所に座り込み、落ちていた団扇で火照った身体を冷ましていたが、たまに吹奏楽部の女子がシャワーを浴びにやって来るくらいで、前田先輩の姿は見当たらなかった。
「上井センパイ、どしたんです?その様子だと、今日は覗きじゃなさそうですね!」
と事情を知らない1年の神田がケラケラと笑いながらシャワー室に入っていくのにも、何も言葉を返せないほど、心理的に焦燥感が募っていた。
…結局11時25分まで、シャワー室の待合所で前田先輩を待ってみたが、前田先輩の姿は見えなかった。
(罰が当たったんだ…。いい気になるなっていう、前田先輩のメッセージだと思うしかないな…)
まだ誰かシャワーに来るかもしれないと思い、電気は消さずに、そのまま俺は重い足取りで、男子階と女子階を繋ぐ階段へ向かった。
11時30分に野口と待ち合わせしているのだが、待ち合わせ時間を約束した時と、現時点では、大いに環境が異なる。
果たして野口は階段で待っていてくれるだろうか…。
<次回へ続く>
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