第51話 -合宿最終夜①だからどうしろと…-
「もし若本さんが勝ち残れば、2ゲームとも1位と言う栄誉ある記録が達成されます!では皆さん、優勝者が決まる瞬間の目撃者になって下さい。行きますよ…。最初はグー!ジャーンケーンポン!」
フルーツバスケットの1位決定戦は、なんとサックスの3人で争われることとなった。方法はジャンケン一発勝負だ。
ここで3人が何を出したのか、俺からは見えなかったが、3人の態度から勝ち残ったのが誰かは分かった。
若本だった。
勝った瞬間、顔を覆って、又も泣き出しそうになっていた若本を、末田が肩をポンポンと叩いて良かったね、と声を掛けていた。伊東はダメだった~と悔しそうに苦笑いを浮かべ、空いている席に戻っていった。
「皆さん、歴史の目撃者になって頂けましたか?なんと1年生の若本さんが、椅子取りゲームとフルーツバスケットの二冠王!ということになりました。いや~、なかなか狙ってもなれるものじゃありません、二冠王なんて。ではさっきも行いましたが、感想を1位の若本さんに聞いてみたいと思います。おめでとう」
そう言って若本にマイクを向けた。
「あ、あの、アタシなんかが先輩方を差し置いて、2つのゲームで1位になっちゃうなんて、いいんですか?」
若本は少し涙声になりながら、そう答えた。
「いいんだよ。ルール通りの決め方で、1位になったんじゃけぇね」
「でもフルーツバスケットは、運にも左右されるので、なんか申し訳ない気持ちでいっぱいです」
「椅子取りゲームも運によるからね。気にしない、気にしない。じゃあ1位の記念品を…先生に渡してもらいましょう。それと先生も参加されてみての一言、お願いいたします」
「おう、分かったよ。じゃ、図書券を…はい、若本。二連勝おめでとう」
「ありがとうございます!」
音楽室に温かい拍手が起きる。若本は何度も頭を下げていた。
「えーっと、俺も今までは見守っとるだけじゃったレクリエーションに、上井をはじめとする役員のみんなのお陰で、今年初めて参加させてもらったけど、とても楽しかったです。何とか鬼には、最初の1回だけしかならずに済みました」
音楽室内を笑いが包んだ。
「みんなはどうだった?楽しかったか?」
バラバラではあるが、楽しかったです、またやりたい、という声が聞こえてきた。
「とにかくこの合宿、みんなの技術向上も目的じゃけど、親睦を深めるのも目的じゃけぇの、今年の夏の思い出の一つになってもらえたら、と思います。じゃあお疲れさん。後は上井から、締めの言葉かな?」
俺にバトンが渡された。
「はい、では俺から…。皆さん、お疲れさまでした。ハプニング的要素もちょっとありましたが、若本さんの二冠王、いや、二冠女王?という誰も予想し得ない結末になりました。この若本さんの引きの強さで、コンクールでは是非ゴールド金賞を引き寄せたいものです。えー、この後は合奏体系に音楽室内を戻してもらってから、レクリエーションはオシマイとなります。皆さん、自分の椅子の位置と譜面台を確保して、明日の朝の合奏体系を作ってから、解散して下さい。では…作業開始!」
少々疲れが見えるが、充実した表情で、みんな合奏体系をセッティングしている。
打楽器も奥に押し込んでおいたものを引っ張り出して、ティンパニからセッティングしていった。
「自分の席が作れたら、夜の部終わりです。順にシャワー浴びたり、最後の夜を楽しむなりして、過ごして下さい。明日の朝、まだ合宿は続いてますよ。ラジオ体操と、D班の方、朝食の準備を忘れずにお願いします。以上です」
俺はそう言うと、音楽準備室にノックしてから入った。
「先生、今日は本当にありがとうございました」
「いやいや、上井や役員のみんなのお陰だよ。楽しかったな。こちらこそありがとう、だよ」
椅子に座っていた先生の目の前には、既に麦のジュースが開封を待っていた。
「上井、1杯飲んでけよ」
「いいですかね?」
「他の部員には秘密だぞ」
「ははあ、それは厳守いたします」
「ハハッ、じゃあコップを持ってくれ」
先生は栓抜きで蓋を開けると、まず俺に注いでくれた。
「わわっ、すいません。先生が先なのに」
「ええんじゃ。なんとか合宿も完走が見えてきたけぇの。疲れて身体が火照ってる今みたいな時に、効き目があるぞ、この薬は」
「ハハッ、薬なんですね」
「まあいいじゃないか。乾杯」
「はいっ、乾杯」
派手にコップをぶつけ合うわけにはいないので、そっと杯を合わせた。
一昨日も頂いたが、今夜頂いた一杯は、物凄く体に染みて美味かった。
「カーッ、美味いですね!俺、間違いなく将来は酒飲みになりますね」
「ハハッ、まあ身体を壊さない程度にな。気を付けて飲んでくれよ。ところで今夜も、女子バレー部のキャプテンとの意見交換会はやるのか?」
「あっ、はい。一応3日間やる約束でしたので…」
「そうか。まあ今年は吹奏楽部と重なったのは女子バレー部だけじゃったけぇの。本当は去年みたいに、これに更にバスケ部とかが同時開催だったら、部長同士の意見交換会ももっと意味があるものになったろうな。来年の夏、どうなるかにもよるけどな」
「そうですね。でも俺は、2つの部活だけでもやって良かったと思います」
「ほぉ、そうか?」
「お互いに何してんだろう?とかいう疑心暗鬼にならずに済みますし、シャワー、特に女子シャワーの問題とか、女子バレー部からの要望をウチの女子に伝えて意思疎通を図れたりしました」
「まあ、上井が手応えを感じたんなら、成果アリ、なんだろうな」
「そうですね。お互いに同時期に合宿してるのに、牽制し合ってツンツンと冷たい関係になるより、よほど効果があったと思います」
「じゃあ今晩は、最後の意見交換会か。まあもしかしたら最後の最後で先方から何か要望が出るかもしれんが、難しい話ならすぐ俺に知らせてくれよ」
「はい、分かりました。では一応、お休みなさい、先生」
「一応か。ハハッ、じゃ、一応お休み」
そう言って音楽準備室を辞すと、合奏体系にすっかり音楽室の中は変貌していて、ついさっきまでのレクリエーションの余韻が綺麗に無くなっていることに驚いた。そして部員もすっかりいなくなっていた。結構動いて汗をかいたから、シャワーの争奪戦になっているかもしれない。
(何事もあっという間なんだな…)
俺は自分の荷物を持つと、音楽室の電気を消し、鍵を閉め、音楽準備室の入り口に引っ掛けておいた。
(さて9時半に1年7組…。それまで何してようかな)
ゆっくり歩きながらボーッと考えていると、後ろから肩を叩かれた。もう誰もいないと思っていたので、ちょっとビックリしたが今朝やられた手口だから、野口に間違いないと思い、あえて叩かれた方とは逆の方から何の用事?と振り向くと、相手も流石だ、俺の動きを熟知していて、見事に反対側を向いたはずなのに指が刺さってしまった。
「イテーッ。やられた…こんなに俺の動きを読めるのは、そういない…。誰だ?」
「アタシ~」
「…やっぱり野口さんかぁ」
「当たり前じゃん。もうTシャツ引っ張るのはバレるけぇ、日本古来のこの方法にしたんじゃけど、まあ上井君はよく引っ掛かってくれるよね。それとも、別の女の人を想像してた?3日間も我慢してるから、欲求不満?」
「なんでいきなりそんな際どいセリフになるんよ…。それより、どしたん?どこにおったん?」
俺と野口は会話しながら、なんとなく当てもなく並んで歩いた。
「例の階段の入り口」
「ごめん、全然気が付かんかった…」
「やっぱり上井君も疲れとるんじゃね。何人かアタシの前を部員が通り過ぎたけど、誰も気付かないんじゃもん」
「まあ、あれだけ盛り上がった後じゃもんね。疲れるとは思うよ」
「上井君もお疲れ様じゃったね」
「んー、まあ殆ど喋っとったけぇね。フルーツバスケットの一部以外は」
「そうだよね。上井君、将来はアナウンサーになりんさいや」
「アナウンサーね〜。夢のまた夢かな」
「今から諦めなくてもええじゃん。恋と一緒でさ」
「恋ね…。そういえば村山はもうちょっと空気を読んだ質問をしろって言いたかったな~」
「あー、あの質問でしょ。あれはアタシの周りでも評判悪かったわ」
「でもそれ以外はなんとかなったじゃろ?」
「まあね。あっそうそう、村山君が場の空気を盛り下げて、ヤケになってフルーツバスケット!って叫んだ後、上井君、ワザと鬼になろうとしよったじゃろ?」
「え?なんで知っとるん?見てた?俺の動きとか…」
「うん。あの時アタシ、早く椅子に座れたけぇ、ずっと様子を見よったんじゃけど、上井君、マイクを持ったまま、全然動かんのじゃもん。あ、ワザと鬼になろうとしとる、って思ったよ」
「見抜かれとるな~。その通り、村山が変なこと言うけぇ微妙になった空気を、何とかしたくてさ」
「やっぱりね…。そこが上井君の良いところなんだよなぁ…」
野口はしみじみと思いを込めて呟いた。
「ところで、何かあったん?」
「んん?な、何もないよ。上井君にお疲れ、って言いたかっただけ」
「いや、何かあったけぇ、例の場所で俺を待ち伏せとったんじゃないん?」
「…隠せないか。隠せないよね、アタシが待ってたんじゃもん。…あのね、レクリエーションが始まる前に、チカと話しとったんよ」
「うん…そうなんじゃね」
「その時、チカは今日は凄いいい日になったの、って喜んでたんよ」
「……」
「何でか分かる?上井君と話せたからよ」
「俺との会話で…?」
「昼練の前に、緊急で役員が集まった話。繰り返しになっちゃうけど、それも嬉しかったし、夕飯の時もチカにご飯のお代わり残ってる?って聞いてたじゃない?そんな上井君とのやり取りが本当に嬉しかったんだって」
「…そうなんじゃ…」
「どう?もうチカとは普通に話そうと思ったら、話せる?」
「うーん、今日は、昼なんかそうなんじゃけど、かなりお互いがお互いを意識して、ワザと話し掛けた部分が大きいと思うんよ。これが、話し掛ける前に度胸や勇気が必要じゃなくなって、無意識に声掛け出来たら、普通に話せるようになると思う」
「勇気?度胸?無意識?」
「そう。正直言えば、おはようとかお疲れとかの挨拶は、もう抵抗ないんよ。自然と顔を見たら無意識に出るようになったし。でも会話のラリーとなると、事前にシミュレーションして、自分の中の勇気を奮い立たせてるんだ。こんなことをせずに、スムーズに、自然に話せるようになればなぁ…」
「そうなのね…。もう一息、かな?」
「そうかもね…」
「ねぇ上井君?チカって、乙女だと思わない?」
「おっ、乙女?!何故に突然」
「だって…。自分が愛想尽かしてフッた男の子と、仲直りしたい、話せるようになりたいって、ずーっと願ってるんだよ」
「そっ、それは…。偶然が重なって、そうせざるを得ないような環境になってしまったから…じゃろ」
「でもそれって凄い確率じゃん?同じ高校に来たのは決まってた、同じ部活に入るのも互いに暗黙の了解だった、でしょ?」
「まあ、そうなるよね。その辺りは直に話したことないけぇ分かんないけど」
「でも1年の時に同じクラスになるなんて、奇跡みたいなものじゃん」
「…んー、1/8の確率の奇跡だよね」
「もし反対に7/8の確率になってたら…どうだった?」
「違うクラスだったらってこと?そ、そりゃあ今よりは…うーん、どっちなんだろ。無視し続けるだろうね。大村を吹奏楽部に誘うこともなかっただろうし」
「そう考えるとさ、1年の時に同じクラスになったのは、運命的じゃない?」
「いや、そのせいで大村と付き合いだしたじゃろ?じゃけぇ、最初の時点ではマイナスの方が大きいよ。担任の先生まで巻き込んだし」
「そうなの?末永先生まで?…でも、今では大村君とはいい関係が作れとるんでしょ?部長と副部長として。傍から見てても、話せてるな、って思うからさ」
「今はね、今はだよ…」
「上井君とチカの関係って、とっても不思議。今は物凄い遠い関係だけど、実はすごい近い関係なんじゃないかなって思うの」
「それってどういう意味?」
「上井君の怒り、意地が上手く着地出来たら、2人は親友みたいな関係になるんじゃないかなって思うんだ」
「……」
「女って、普通はね、フッた男子のことなんて未練はないし、次の恋が実ったらとっとと忘れちゃうんだ」
「……」
「だから本来なら上井君なんて、チカの中からは完全に消去されててもおかしくないのよ。でも偶々お互いが進む先々に、相手がいる。だから完全に消し去れない。消し去れないから、昔仲良くしてた時の事が美化されて、お互いを縛ってる。チカはもうそのことに気付いたから、大村君がいる以上恋人にはなれないけど、上井君と仲良くしたい、仲直りしたい、って願ってるの。実は上井君も気付いてるはずよ。気付いてて過剰に意識するから、無理にでも視界に入れないようにしてるけど、心の奥では…」
「分かってる!」
「えっ、上井君…?」
「分かってるんだ、俺だって!本当はいつまでこんな意地張って、神戸さんを遠ざけてるんだ?って思ってる。普通に喋ればええじゃん。なのに、何をカッコ付けて過去の傷がどうのこうの言って接触を避けてるんだ?話そうとしないんだ?自分で自分が嫌になるよ」
気付いたら、俺の目には勝手に涙が溢れていた。無意識の内に。
「上井君…。ごめん、アタシが言い過ぎた。チカが今日は上井君と話せたから嬉しかったって言ってたよって、ただそれだけ伝えたかったのに」
「いや…。俺も感情的になっちゃって、ごめん。まさか野口さんの前で感情が爆発するなんて。ましてや泣くなんて…」
「ううん、上井君の本音が聞けたから…。でも、チカには秘密にしとく」
「秘密?」
「うん。さっき聞いた上井君のチカに対する本音は、アタシと上井君だけの秘密。ぜーったい誰にも喋らないから。だってチカにうっかり話したら、なーんだ!ってチカは上井君に対する罪の意識をポイッと捨てて、気軽に近付いてくると思うから。そんなに簡単に仲直りしちゃ、ダメだよ」
「野口さん、さっきと言ってることが逆…」
「それは上井君の本音を聞いたからよ。チカはチカとしての罪の意識を克服して、上井君に少しずつ近付いてほしい。上井君はもう、十分すぎるほど傷を付けられたけど、それを克服してるよ。やっぱりチカも苦しんだとは思うけど、今日みたいに会話出来た!っていうような、一つずつ上井君と仲直りするための課題を克服していくステップを踏んでもらわなくちゃいけないって思うの」
「まるで試験官だね、野口さんは」
「アタシ、2人から、相手への気持ちや事情を聞いてるからさ…。最終的には仲直りしてほしいけど、どっちかって言うとチカが、上井君に与えた傷の痛みを実感してから、仲直りしてほしいんだ。そしたら2人は凄い親友になると思うの」
「…んー…。まあでも、野口さんは神戸さんの味方でいてあげてよ。彼女からは時々、俺のせいもあるかもしれんけど、孤独を感じることがあるんだ…。大村がいるというのにね」
「それは、上井君ならではの見方、感覚かもしれないよ。うん、アタシはチカの味方でいるようにするから、安心して」
「ありがとう…って、今何時?」
「え?9時40分過ぎたくらいかな」
「やべぇ、9時半から女子バレー部のキャプテンとの意見交換会があるんじゃった!ごめん、沢山心配してくれてありがとう!ちょっと急ぐけぇ、これで失礼するね」
「う、うん。遅刻させちゃったね、ごめん。急いで行ってあげて」
俺は一目散に1年7組目掛けて走り始めた。
その背中を、野口はやっと堪えていた涙を流しながら、見つめていた。
<次回へ続く>
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