第50話 -夜レク・フルーツバスケット-

 椅子取りゲームの決勝戦の曲は、福崎先生の遊び心からなのか、スタン・ハンセンのテーマ、サンライズが使われていた。最初以外はずっと激しいリズムが続くので、切れた時はすぐ分かる。

 多分先生は決勝と言うことも見据えてサンライズを選んだと思われるが、カセットテープはこのサンライズの後にも、吹奏楽のマーチ、ウィーンのワルツに続けて、長州力のパワーホールが入っている。


(もしかしたら福崎先生、プロレス好き?)


 今度聞いてみよう…と思った矢先、サンライズが途切れた。


 1つの椅子目掛けて、2人の女子が突っ込んでいく。サンライズが切れた時の位置的に、若本が前田先輩よりも若干有利だったが、結局そのまま若本優位は変わらず、最後の椅子は若本が奪取した。


「おーっと、これはサックス内の下克上か?なんと1年の若本さん、3年の前田先輩を破り、椅子取りゲーム、優勝!」


 前田先輩も潔く負けを認め、若本と握手していた。若本は感極まって涙が溢れていた。


「さて、優勝した若本さんにインタビューしてみたいと思います。まずはおめでとう~」


「うぅっ、ありが、とう、ござい、ます…」


 温かな拍手が音楽室を包む。


「最後、前田先輩との決勝に決まった時は、どんな気持ちだった?」


「あっ、あのっ、先輩に勝ちを、譲りたいような、でもアタシが勝ちたいような、変な、気持ち、でした」


 前田先輩は穏やかな表情で俺と若本のやり取りを見ていた。

 俺は内心ではどっちも応援していたので、敗者など出てほしくなかったほどだが、今目の前で優勝して泣きながら俺の質問に答えている若本を見ると、いつも小悪魔的にイタズラを仕掛けて来る若本とは別人に見え、俺まで泣きそうになってしまった。


「優勝するために、何か特別に考えてたこととか、ありますか?」


「い、いえ…。ラッキーが重なっただけだと思います。でも流石に最後の方の2試合は、精神的に凄いプレッシャーでした」


「では準優勝の前田先輩に一言、どうぞ!」


「せっ、センパイ…」


 若本は再び泣いてしまった。前田先輩は若本に駆け寄り、肩を抱いてヨシヨシと頭を撫でていた。その爽やかな光景に拍手が沸き起こったが、もらい泣きする女子部員もいるほどで、椅子取りゲームは良い意味で予想だにしないエンディングを迎えた。


「さて、福崎先生からの1位の方への特別賞を贈呈します。500円分の図書券です!私が持っていましたが、私よりも先生から渡して頂いた方がいいですよね?先生、お願いします」


 おー、いいなーという声が上がっていた。福崎先生も分かった、と頷かれ、俺から500円分の図書券を受け取ると、若本におめでとうと言いながら、渡してくれた。


「はい、椅子取りゲームはこれにて終了です。いや、予想以上に盛り上がったんじゃないでしょうか?続けてフルーツバスケットと行きたいところですが、休憩しましょう。今、8時10分を少し回ったところなので、8時20分に始めたいと思います。それまでしばらく休憩~」


 俺も喋り続けたので、喉がカラカラだ。隣の音楽準備室へお邪魔し、冷蔵庫に入っているお茶を頂こうと思った。


「失礼しまーす」


 中には先生が一足先に戻っておられた。


「先生、色々ありがとうございました。すいません、お茶を頂いてもよろしいですか?」


「おお、上井もよく司会進行を上手いこと務めてくれたな。ありがとう。お茶なら何杯でも飲んでくれよ。ただ麦入りのジュースは、今は我慢してくれ」


「ハハッ、当たり前ですよ。じゃ、すいません、頂きます…」


 冷たいお茶が、あっという間に体内に注ぎ込まれる。いや~、美味い!思わず先生に断りも入れず、2杯、3杯と飲んでしまった。


「じゃけど椅子取りゲームは楽しかったな。去年や一昨年もやっとるけど、今年が一番面白かったぞ。上井の喋りのお陰だな」


「そうですか?いや、先生の選ばれた曲と、切れるタイミングの読めなさ、このお陰ですよ!カセット、本当にありがとうございます」


「でも突然ヒット曲とかプロレスラーのテーマが出てきて、ビックリしたじゃろ?」


「あっ、はい。そうでした、先生はプロレスファンなんですか?」


「まあ、ちょっとだけだがな。早く帰れた時はテレビ中継を見とるし、昔は会場まで観に行ったこともあるぞ」


「もしかして、それでプロレスラーの入場テーマのLPも持っておられたりするんですか?」


「ああ、1枚買ってみたんじゃが、テレビで見聞きするのとは違うな、なんか」


「そうなんですか?」


 俺もテーマ曲のLPが欲しくていつか買おうと思っていたのだが、先生の感想でちょっと萎えてしまった。


「色々著作権とかあるのかもな。さ、フルーツバスケットの時間じゃろ?俺も参加してええんか?ホンマに」


「あっ、はい。役員5人の意見は一致してますので…。でも先生、一つお願いがあるんですが…」


「なんじゃ?」


「あえて、一番最初の鬼になって頂けませんか?」


「なに?俺がトップバッターか?」


「ダメですかね…」


 ちょっと俺の提案もフライング過ぎたかなと思っていたが、先生からは


「面白いな、分かったぞ。引き受けた。まあ、俺が入ることとか、上井が説明してくれるんじゃろ?」


「はい、それはもちろんです」


「じゃあ任せたぞ。よし、レクの第2弾、行こうか」


「お願いします!」


 俺と先生は、音楽準備室を出て、音楽室に入った。

 さっきは疲労感に満ち溢れていた音楽室だが、既にフルーツバスケットモードにスイッチが入っているようだ。

 大村がリードしてくれ、椅子を並べ直しているところだった。


「悪いね、大村。気を遣わせちゃって」


「いやいや、上井は多分、先生と打ち合わせとるんじゃろうと思ったけぇ、先に椅子だけでも丸くしとこうかと思ってさ」


「じゃあ椅子は、38脚並べてよ。それで1名分、足りない状態になるけぇ」


「OK。先生の分も合わせて、じゃね」


「そうそう。後は俺が喋って説明するけぇ…」


「頼んだよ」


 部員みんなが椅子を内側に向けて丸く並べている時に、俺は再びマイクを持って、喋り始めた。


「皆さん、椅子取りゲームはお疲れさまでした。さぞやお疲れではないかと思いますが、フルーツバスケットのために椅子を並べる皆さんの目の輝き!いや、合奏する時よりも輝いてますよ!」


 アチコチで含み笑いが漏れていた。


「さてフルーツバスケットでは、ゲーム開始前に2つのお知らせがあります。1つは、フルーツバスケットでも、1位の方に先生からの特別賞が当たります。ただ椅子取りゲームと違って、どういう基準で1位を選出するかは、発表されてからのお楽しみ…にしといて下さい」


 えー、なんじゃろー、どーやって決めるん?と、雑談が飛び交っていたが、俺の中ではある基準を設定していた。


「そしてもう1つですが、なんと福崎先生も参加されます!」


 おおー、とどよめきが起きた。


「去年までは先生は見守って頂くだけだったんですが、今年は参加して頂いたら面白いんじゃないか?と役員から声が上がりまして、先生に打診してみたところ、快く部員の皆さんと同じ立場での参加を受けていただけました」


 わー、と声が上がり、拍手が起きた。先生は頭をかき、照れていた。


「そのため、さっきの椅子取りゲームよりも1脚多い、38脚の椅子で円を描いてもらった訳ですが、先生にはゲストとして、一番初めの鬼になってもらうことになりました」


 今度は、へぇー、という声が音楽室を包む。


「去年は、時間無制限1本勝負で、鬼となった方がもうネタがない…とギブアップするまで続けたんですけど、今年は『8時45分までだよ!何本勝負になるんかいな?』、というタイトルで行います!制限時間は、つまり、8時45分までと言うことです」」


 段々と雰囲気が盛り上がってくる手応えを感じる。


「では、先生には円の真ん中に立って頂いて、皆さんは席に座って下さい」


 ここで手が上がった。ん?同期の広田だった。


「上井くーん、ちょっとええ?」


「うん、どうぞ?何かゲームのやり方についての質問?」


「ううん、違うよ。あのね、上井君、ずっと立って司会して喋りっぱなしじゃない。さっきは仕方ないかもしれんけど、フルーツバスケットは、司会だけじゃなくて、一緒にプレイヤーとして参加しなよ」


「えっ?俺が?」


 すると、おお、それはええとか、センパイも是非とか、割と好意的な意見がアチコチで上がり始めた。


「いや、ええんかいな…」


「センパイ、見てるだけじゃフラストレーション溜まりますよ。やりましょうよ」


 瀬戸が後押しをしてくれた。


「あの…。役員会議に諮って、許可を得ないと…」


「何をモタモタ言うとるんじゃ。もう一つ椅子を並べりゃええだけじゃろ。はい、上井も参加!」


 最後は大上が決定打を放ってくれ、拍手まで起きたので、突然の展開だが俺も司会兼プレイヤーとしてフルーツバスケットに加わることとなった。


 とりあえず椅子を一つ手にし、最初に声を上げてくれた広田、そして太田の間に場所を確保した。


「いらっしゃい、上井君」


「ごめんね、気を使わせちゃって」


「だって、ずっと司会じゃ、面白くないでしょ?椅子取りゲームは音楽止めたり再開したりって作業がいるし、何個椅子を取るかとか考えなくちゃいけんけぇ、進行役がいるけど。フルーツバスケットは1人が鬼になるだけじゃん。まあ1位をどう決めるのか、上井君の考えを知りたいってのもあるけどね」


「でも、本音では参加出来て嬉しいよ。ありがとう」


「うん。さ、スタートさせなきゃ」


「そうだね…」


 時計はもう8時25分を回っていた。俺は座ったまま、司会を始めた。


「ではちょっと予定より遅くなりましたが、西高ブラスのフルーツバスケット、始めたいと思います!最初は先生、よろしいですか?お願いします!」


 拍手が沸き起こり、先生は真ん中でちょっと照れながら「いいか?」と確認していた。


「じゃあ俺の1問目は…苗字がア行で始まる部員!」


 みんな改めて自分の名字を確認し、慌てて立ち上がっていたが、よく考えたら俺も該当者だった。先生、やってくれましたね~。


「上井君、隣同士で交換しようよ」


 と、隣にいた太田が声を掛けてくれた。


「おおっ、ナイスアイディア!」


 俺は太田と席を交換し、1問目を潜り抜けた。

 全体の様子を眺めていたら、バタバタと動き回った部員ほど椅子を確保出来ていないようだ。結局、1年の女子、赤城が鬼になった。


「えーっ、アタシいきなり鬼?んもーっ!じゃあ…いきますよぉ…。木管楽器の人!」


 おおっとどよめきが起き、かなりの人数が右往左往していた。

 全部員の半分以上か該当する。俺は打楽器ということで安心していたが、隣の太田は慌てて椅子を探しに飛び出していった。


(こんな感じなら、殆ど司会として喋らなくても大丈夫そうだな…)


 太田に代わって俺の隣にやって来たのは、緒方中時代からの後輩、若菜だった。鬼は女子の圧に負けたのか、サックスから出河が選ばれてしまった。


「センパイ、さっきの椅子取りゲームの喋り、中学の時よりももっと進化してましたね!さっすが~」


「いや、必死じゃったよ。今考えたら、中学の時もこんなゲームやって、部内を盛り上げれば良かったんかもね」


「えー、出来ない…ですよ、きっと。上井センパイの代の女子の先輩が、なんでそんなのせんにゃあいけんの?とか、言いそう…」


「うっ、リアルなこと言うなよ…」


「フフッ、伊達にアタシも吹奏楽部で、先輩達を観察してた訳じゃないですよ~」


 と会話をしていたら、出河が報復からか、金管楽器の人!と言っていた。

 さっき鬼だった赤城は、出河~恨むよ~と叫んでいた。いや、眺めていると実に面白い。

 金管楽器から席を奪取できずに鬼になったのは、なんと村山だった。


「えっ、俺、フルーツバスケットは苦手じゃあ…。何言えばええんかの」


 周りからは何でもええよ!という声が飛ぶ。


「えーっと…それじゃあ、今恋人がおる人!」


 一瞬音楽室の中が水を打ったように静かになり、その後ザワザワし始めた。山中が、


「村山、誰がそんな問題でちゃんと立つんだよ」


 と空気を読んで、少し笑いながら突っ込みを入れた。


「ダメかぁ」


 村山センパイ、そんな手で部内の恋愛事情探っちゃダメじゃん!と、1年女子の誰かが更に突っ込みを入れた。ここは俺がマイクで誘導しなくては…


「えーっ、只今の村山君の発言について、審議いたしました結果、質問は却下といたします。村山君、新しい問題を考えて下さい。10、9、8、7…」


「ちょっ、待ってくれや。…じゃけぇフルーツバスケットは苦手なんよのぉ…。困った時には、全員一斉に、フルーツバスケット!」


 ズルーい!という声も飛んだが、全員一斉に席を動く羽目になった。ここで俺はあえて積極的に椅子を探さず、鬼になろうとした。今の村山の妙な質問で、音楽室の中の雰囲気が微妙に澱んだ空気になったので、俺が鬼になって軌道修正を図ろうと思ったからだ。


 ワザとゆっくり歩き、先生も含めて全員着席したのを確認して、マイクのスイッチを入れた。


「えーっ、皆さん、こんばんは」


 一部から笑いが起きた。プロレスを知っている部員達だな、きっと。


「俺は村山に勝とうと思って、ジャイアントコーンを食べてきたけど、村山に負けちゃったよ。だから次はだな…廿日市市に住んでる人!」


 えっ、とか、座ったばかりなのにとか聞こえてきたが、少し軌道修正は出来ただろう。


 その後も鬼になる部員は、転校したことがある人とか、楽器は高校に入ってから始めた人とか、ちょっと考えて工夫した質問を投げかけて、何とかフルーツバスケットは盛り上がりを復活させて、8時45分を迎えた。最後に立っていた鬼は、何の因果か、前田先輩だった。


「はい、只今時刻は8時45分を迎えました。ここでフルーツバスケットは終了となります!気になる1位の発表ですが…」


 ザワザワしつつも、みんな誰が1位になるのかと注目している。


「今回、一度も鬼にならなかった方、真ん中に集まって下さーい」


 なるほどねー、と言う声が聞こえてきた。この呼びかけに対し、9人の部員が真ん中に集まった。


「はい、9人の方が名乗りを上げてくれました。俺の計算ではもう少しおられるはずですが…。辞退かな?ではこの9人の中から、1位を選びます。方法は、日本古来より決着をつける時に最も多く用いられている方法、ジャンケンで決めたいと思います」


 えー、9人でジャンケンかよという声も聞こえてきたので、追加して説明した。


「まず3人ずつの輪を3つ作ってもらいます。その中で勝ち上がった方計3名が、決勝ジャンケンを行い、最終的に勝ち残った方が1位です。では、3人1組を作って下さーい」


 なんとなく仲良しっぽいグループで、3つの輪が出来た。


「ではジャンケン、行きますよー。最初はグー!ジャーンケーンポン!」


 キャーと嬌声が上がる。一発で決まった輪もあれば、決まらなかった輪もある。


「決まらなかった所は、もう1回ジャンケンして下さいね。決まったところは、勝ち残った方、そのまま真ん中で待ってて下さい」


 2つの輪で勝ち残りが決まっていた。真ん中には、強運の持ち主なのか若本と、末田の2人が立っていた。又もサックスが強さを見せていた。


「さて残るは1名ですが、決まりましたか…?あ、決まったようですね。真ん中へどうぞ」


 真ん中へと堂々と現れたのは、なんと伊東だった。

 決勝戦がまたもサックス勢で争われることとなってしまった。


「いや、なんと今年のサックスは強運の持ち主が多いのでしょうか。さっきの椅子取りゲームに続いての、決勝エントリーは、アルトサックスの末田さん、テナーサックスの伊東君、バリトンサックスの若本さんと言う3人になりました!」


 音楽室内を歓声が包む。


「もし若本さんが勝ち残れば、2ゲームとも1位と言う栄誉ある記録が達成されます!では皆さん、優勝者が決まる瞬間の目撃者になって下さい。行きますよ…。最初はグー!ジャーンケーンポン!」


 3人が何を出したのか、俺からは見えなかったが、3人の態度から勝ち残ったのが誰かは分かった。


(まさか…)


<次回へ続く>

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