第49話 -夜レク・椅子取りゲーム-

「さて合宿も3日目の夜を迎えましたが、皆さん、疲れてますかーっ?」


 イェーイ!と元気に返事が返って来て、司会の俺の横にいた福崎先生は苦笑いしていた。


 今はレクリエーションのため、合奏体系を一旦崩し、椅子を内側に向け、人数分並べて円にした状態になっている。そこに先生と俺以外の部員が座っていて、俺は先生に借りたマイクを使って、教卓に関口宏のように肘を掛けながら、司会を始めたところだ。


「さて、この夜のためにこれまで合宿を頑張ってきたと言っても過言ではない、ザ・レクリエーション!いよいよ始めたいと思いまーす!」


 ヒューヒューと歓声が沸く。先生がポツリと、「練習の時、これくらい元気出してくれりゃあのぉ」とボソッと呟かれたのが、個人的には面白かった。


「えー、レクリエーションは2つ用意してます。1つは椅子取りゲーム。なんと椅子取りゲームのB.G.Mは、福崎先生が作って下さった渾身のB.G.Mです!」


 えーっとか、すごーいとか、先生に対する言葉が乱れ飛んでいたので…


「先生に感謝の意味を込めて、拍手!」


 とアドリブを入れた。

 みんな一斉に拍手をし、音楽室は盛り上がりを見せた。突然俺に紹介された福崎先生は、照れるばかりだった。


「と言うわけで、最初にやるのは椅子取りゲームです!皆さん、内側に向かって並んでる椅子を、逆に外側に向けて下さーい」


 ガヤガヤしながら、みんなして椅子を内側から外側へと回転させていた。


「まずは一旦座って下さい。今の段階では、全員座れますね?でーはー、ここから何脚か椅子を抜き取ります~。誰が座っている椅子にしようかな?」


 ここで俺はワザと間を開け、ただ最初に抜き取る椅子が幾つなのかを言うだけなのに、不安感を煽った。


「抜かれたくない人!」


 ほぼ全員が手を挙げる。


「抜かれたい人!」


 誰も手を挙げない。


「いや、どうしたって最後は1人しか勝ち残れないゲームなんですが、やっぱり椅子は大事ですよね。っていうわけで、最初に抜き取る椅子は5つ!どの椅子かと言うと、2年男子が座っている椅子を抜き取ります。さ、同期の男子諸君、起立して、潔く椅子を先生に差し出して下さい」


 福崎先生には事前に、椅子取りゲームの時には、抜き取った椅子を見張ってて下さい、とお願いしておいた。


「なんで俺らからなんよ~」


 伊東が笑いながら文句を言ってきたので、


「えー、2年男子が一番指名しやすかったからです」


 とマイク越しに伝えたら、笑いが起きた。


「とりあえず2年男子は元にいた所へ戻って下さい。その上で、全員起立!」


 部員が一斉に外向きに立った。内向きだと互いの表情が分かるが、外向きだと隣の部員くらいしかどんな表情か分からない。何とも言えない雰囲気が、音楽室を覆っている。


「では、福崎先生特製のB.G.Mによる椅子取りゲーム、始めます。ちなみに歩いてもらう方向は左向き、時計と反対方向でお願いします。最初はこの曲です!」


 俺はラジカセのボリュームを最大に上げて、カセットテープをスタートさせた。

 最初はサックス専攻の福崎先生らしく、MALTAのハイ・プレッシャーで始まった。


「さ、曲に合わせて歩いてくださいね~」


 少しずつ様子を見ながらの行列行進が始まった。

 MALTAのサックスが心地よく響き渡る。なんとなく歩みも、曲のテンポに合わせているようだった。


 …と思ったら、メインのメロディの一歩手前で突然曲が途切れた。


 おぉっ、ワー、キャーッと悲鳴が上がる中、椅子の争奪戦が始まった。


 昼に一度このカセットを聴いている俺は、そろそろ途切れるなと思いながら、まさかのフレーズで曲が切れるので、みんな慌てるだろうと思っていた。

 案の定、みんなドタバタになり、男も女も関係なく空いている椅子を奪いに行く。


(司会で良かった…)


 俺が参加していたら、最初に弾き飛ばされるだろうな、間違いなく。


 激しい椅子の争奪戦が終わり、負け残った5人が呆然と立っていた。


「さ、1回戦が終わりましたが、結果はどうでしょう?えー、男子が多いようですね。男子4名、女子1名の脱落と言う結果になりました。これは女子に配慮する優しい男の子の気持ちからなのか、単に女子が強かったのか、詳しく聞いてみたいところではありますが、そんなに余裕もありませんので、次に進んでいきたいと思います。では残った方、まず立って頂いて、次に今脱落した5名の方は、1人1脚で椅子を抜いて下さい。誰の椅子を抜いても構いませんよ~。ただその後、円満な関係を維持できるという自信がある方の椅子を抜いて下さいね」


 再びガヤガヤとし始め、えー、アタシの椅子抜くの~とか、俺の椅子抜くんか、とか、様々な声が聞こえてきた。


「はい、なんとか5人分抜けましたね。第2回戦!再び5人が脱落します。ミュージック、スタート!」


 俺は再度カセットテープをスタートさせた。先生が作ったカセットは、曲が切れてから約5秒ほどの合間があるので、そこでストップさせておけば、次の曲にすぐ移ることが出来る。

 2曲目は、ジャズの名曲、シング・シング・シングだった。

 テンポよくドラムの刻むリズムに乗せて、各楽器が目立つフレーズを奏でていく。


「みなさん、曲に聴き惚れずに、左へ歩いて下さいね」


 やはり吹奏楽部だからか、体でリズムを取って歩いている部員が多い。さっき男子が一気に4名減ったので、女子の比率がかなり高くなっている。


(あ、そろそろだ…)


 歩く部員が心地好さそうになってくる頃に、突如切れるように、先生のイタズラ心が散りばめられているのだ。シング・シング・シングは、最初のクラリネットのソロに入る直前で切れた。俺は慌ててラジカセのストップを押す。

 再び椅子の争奪戦が始まる。

 女子が多いからか、残っていた男子は逆に遠慮してしまい、せっかく取った椅子を1年の女子に譲って下さいとせがまれ、手放している男子もいた。誰とは言わないが、伊東だった。


「はい、脱落者5名決定しましたね。また男子が多いような気がしますが…。ここで脱落した男子を代表し、2年男子の伊東君にインタビューしたいと思います。伊東君、一度は椅子をゲットしたように見えていたんですが、何故か脱落しちゃいましたね?」


「だってさー、椅子を探してる1年の女子と目が合って、ウルウルした目で椅子を譲れと言われちゃ、敵わねぇって」


 音楽室は爆笑に包まれた。


「はい、1年女子による見事な涙作戦、大成功でしたね。残ってる男子って、何人ですか?…2人?おお、ここは男子vs女子だと圧倒的に数では女子が有利になってしまいました。ですが、まだまだ椅子は抜いていきますよ。今、残っている椅子は27脚の筈です」


 合宿参加者は3年生まで含めて38名だ。俺が司会で抜けているので、最初は37脚で円を作り、5脚ずつ抜いていったので、今は27脚、つまり27人残っていることになる。みんなも一緒に残りを数えてくれたので、27だ、という声がアチコチで聞こえた。


「今度はここで、これまでに脱落した10名分の椅子を抜きます。脱落した10人の方、仕事はまだまだありますよ!1人1脚、椅子を抜いて、福崎先生の横に並べて下さい」


 えー、という声がどちらともなく溢れたが、残っているのは男子2名、女子25名、脱落したのは男子8名、女子2名のため、必然的に男子が女子の椅子を抜く場面が多くなる。アチコチで、〇〇くんがそんなことするなんて、みたいな叫びが聞こえていたが、俺には関係ない話だ。


「はい皆さん、諦めは付きましたか?では17脚の椅子を、27人で奪い合う第3回戦、スタートです!」


 ラジカセのスタートボタンを押し、3曲目が流れるのを待つ。

 最初から勢い良いメロディが流れる。「剣の舞」だ。


「はい、27人の皆さん、歩いて下さーい」


 左向きに、リズムに乗って少しずつ流れが加速していく。しかし3曲目は先生のお遊びか、すぐ終わるようになっていた。


「えっ、もう終わり!?」


 という多くの声と同時に、慌てて27人が17脚の椅子を奪い合う。ここまでくると女子同士のえげつない奪い合いも発生し、個人的には今後の接し方を変えた方が良いかもしれない…と思う女子もいた。

 先に脱落した男子からは、俺、あの戦いに勝てる気がしねぇ…との呟きも聞こえた。

 ここまで来たら、男子も女子に遠慮せず、2人ともガッチリ椅子を確保し、今回の脱落者は全員女子になった。


「はい、そろそろ椅子を奪う時には、これまでのような穏やかな雰囲気はなくなってきましたね。今回は10人の脱落者が全員女子になってしまいましたが、残っている17人中、まだ女子は15名います。男子は2名。さてここからは椅子をほぼ半減させていきます。この段階では、9脚抜きますので、残っている皆さん、立って下さい。そして、今脱落した女子の皆さん、9脚なので1人多くなりますが、一応1人1脚ずつ、抜いて下さいね」


 脱落者の中には、野口や広田もいた。ザッと見回すと、残っているのは1年生の方が多いような気がした。


「無事に抜けましたね。あ、俺の髪の毛じゃないですよ」


 ギャグを織り交ぜてみたが、段々疲労が溜まってきたのか、反応は薄かった。


「皆さん、疲れてきてますか?じゃ残す椅子を8脚と言わず、もっと減らして、早く終わるように…」


 と言ったら、イヤーッ、それはダメーッと、残っている女子の中から抵抗する声が聞こえてきた。


「あ、まだ元気じゃん。では第4回戦、行きますよ!8人残りの4回戦はこの曲!」


 カセットをスタートさせると、今度はベートーベンの第9の一番有名な合唱の部分が流れた。


「さ、左に歩いて下さい!」


 と言いつつ、これまでの経緯から疑心暗鬼になっていて、残っている17人は、慎重に8脚の椅子の周りを歩いている。


 先生もその辺りの心理を突いていて、なかなか第9の合唱部分は終わらない。音が切れたのは、全体合唱が終わりそうになる寸前のタイミングだった。


「わっ、ここで?」


 完全に虚を突かれたようで、慌てて椅子を奪いに走る部員の争いは完璧に二分され、呆気なく残り8人が決まった。男子2名は無事に生き残ったので、残ったのは女子6名と男子2名になり、今回も脱落者9名は女子ばかりになった。その9名の中に、さっき伊東から涙作戦で椅子を奪った1年女子も含まれていた。…その女子とは、神田だ。全く役者だな、神田は。


 残っている男子の内、1名は村山、もう1名は瀬戸だった。村山は体格がモノを言い、確実に椅子を奪っていく。瀬戸は女子の争奪戦の合間を掻い潜り、巧みに椅子を奪い続けていた。


 また女子6名の中には、3年生から前田先輩が残っていた。流石、3年目の経験が成せる業だろうか?他には、意外だったが伊野沙織もいた。

 そう言えば去年の椅子取りゲームでは、最後の方で伊野沙織と椅子の争奪戦になり、思い切り伊野に吹っ飛ばされた…という演技をした覚えがある。


 …1年って、早いな。


「では次は4人残りの準々決勝です。椅子を4つ抜きますが、村山君!君の独断で4つの椅子を選んで抜いてくれ」


「えー、なんで俺にそんなことやらすんよぉ」


 と文句を言いつつも、顔は楽し気な顔をしていて、自分と瀬戸の椅子、そして話が出来る伊野沙織、前田先輩の椅子を抜いてくれた。残る女子は1年生で、あまり村山は顔と名前が一致していないからか、遠慮したようだ。だがよく見たらその1年の中に、若本もいた。


(何となく人間関係が透けて見えるような…)


「さて!4つの椅子を奪い合う8名の皆さん、準備はいいですか?B.G.Mスタート!」


 ラジカセのスタートボタンを押すと、今度はウィリアム・テル序曲が流れてきた。トランペットのファンファーレで始まる、有名な曲だ。


(これはお約束な所で切れてたな、確か)


 俺の記憶通り、最初の華々しいフレーズが終わり、バイオリンによる旋律がピアニッシモで始まる所で、そのまま切れた。


「あれ?切れたんか?」


 曲をよく聴いていた部員は、早々に椅子をゲットし、この曲では明暗が分かれた。男子では完全に村山は出遅れ組、瀬戸は確実組だった。残る3名の女子も、前田先輩と若本が残り、伊野は脱落していた。あと1人の女子は、1年のフルートの女子だった。残念ながらまだ俺が名前を覚えきっていなかったが、確か若本とよく一緒にいる桧山ではなかっただろうか…。

 その想像は恐らく正しく、若本と桧山らしき女子が、ここだけは譲れんよ!と火花を散らしあっていた。


「じゃ、準決勝、2名残しの回です。この辺りが一番酷ですね~。椅子を2つ抜きますが、瀬戸君の椅子と、若本さんの椅子を抜いて下さい」


「えー、なんでアタシの椅子なんですか?」


 若本が反応してきたので、


「ゴメン、呼び掛けやすかっただけじゃけぇ」


 と答えたら、ちょっと疲労感からか静かだった音楽室に笑いが起きた。


 俺は何となく前田先輩に残ってほしくて、つい目で前田先輩を追っていたら、不意に目が合った。

 その瞬間、俺に向かってニコッとしてくれ、小さく手を振ってくれた。


(わ、前田先輩~。勝ち残ってほしいなぁ…)


「では4名から2名残しの準決勝、スタートです!」


 ラジカセのスタートボタンを押す。今度流れてきたのは、これまでと違い、この年のヒット曲、TMネットワークのGET WILDだった。そのイントロが流れた瞬間、おぉー…という、なんとも言えないどよめきが起きた。


(先生がまさかTMを入れるなんて、誰も思わんよな。俺だって試聴してビックリしたもんな)


「さあ4名で2つの椅子を奪う、過酷な準決勝、誰が勝ち残るでしょうか?突如流れたGET WILDはどこで切れるでしょうか?」


 GET WILDは、サビに入った直後に切れるのだが、4人とも慎重に切れる箇所を聞き分けようとしていて、歩くスピードが遅い。

 もはや切れた時に椅子の前にいるかどうかの運だけだろうな…


 そう思ってみていたら、歌が切れた。その時点で椅子の前にいたのは、前田先輩と若本だった。

 2人はすかさず座り、瀬戸と桧山が脱落した。


 おぉー、という地鳴りのようなどよめきが音楽室を襲った。


(2人とも俺に縁がある…。どう喋ろうか…)


「さあ、椅子取りゲームも遂に決勝戦を迎えました!最後の2名となったのは、なんと同じサックスパートの師弟、3年の前田先輩と、1年の若本さんです!」


 場内、拍手が沸き起こる。


「私も現住所は打楽器ですが、本籍はサックスということで、なかなか興味深い決勝となりました。前田先輩はこれまで、優勝されたことはありますか?」


 ないよー、と返事が返ってきた。


「前田先輩は過去の大会では優勝経験がありません。若本さんは今年初めての参加なので、もちろん優勝経験はありません。どちらが勝っても初優勝!女の闘いに勝利の女神はどう微笑むか?椅子を1つ抜いて、1つだけ残して下さい。どちらの椅子でも構いません」


 前田先輩と若本は話し合い、若本が椅子を抜いて、福崎先生に渡していた。


「さ、お2人は少し椅子から離れた位置で、椅子の周りを歩いて下さいね。それでは37人の頂点を決める決勝戦!音楽スタート!」


 ラジカセのスタートボタンを押す。流れてきたのは、なんとプロレスラーのスタン・ハンセンの入場テーマ曲「サンライズ」だ。これも先生の遊び心で選んだ曲だろう。俺も試聴した時、TM以上にビックリした。脱落した35名も曲のセレクトにビックリしつつ、1つの椅子を狙う2人の女子への声援を飛ばしていた。


 ずっと激しいリズムを刻むこの曲だが、それだけに切れた時はすぐ分かる。サンライズが切れた瞬間、2人の女子は1つの椅子を目掛けて突っ込んだが…。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る