第48話 -合宿後の予定・泳ぎに行こうや-

「おう上井、手伝いに来てくれたんか?」


 大上が皿を並べながらそう言った。

 3日目の夕飯は、ハンバーグ定食のようだ。

 大上が並べた皿に、C班のメンバーがオカズを順番に盛り付けていく流れと、トレイに茶碗を並べ、そこへ神戸がご飯をよそっていく流れの2つに分かれていた。


「やっぱり夕飯は豪華やね」


「そうやな。ハンバーグは嬉しいよ」


 その内、練習を終えた部員が少しずつ集まってきた。


 途中で一度、神戸と目が合った。

 お互いに何か言いたい雰囲気になったが、次々と部員が増えてきたため、そのまま喋らずに時間は過ぎてしまった。


(神戸さんは何を言おうとしてたのかな…。俺は何を言おうと思ったんだろう…)


 昼間の件もあり、以前より神戸に対するハードルが低くなっているのは間違いないのだが、いざ喋ってみろ、会話してみろ、という状態になると、固まってしまう。


 時間にして僅か数秒のことなのに、色んなことを思って考え込んでしまった。


 イチイチこんな、何を喋れば良いのか?と顔を見てから考えてしまう時点で、まだ神戸との間の壁は消えていないと痛感する。


 そんな時に左肩を叩かれたら、左を向くのが人間というものだ。


「ん、なに?…イテーッ」


「アハハッ、今時この手に引っ掛かってくれるのは上井君だけじゃね!」


 そこには満面の笑みを浮かべた野口がいた。


「野口さん…。実に痛かったんじゃけど」


「アタシもよ。あんなに勢いよく上井君が振り向くなんて思わんもん、右の人差し指がちょっと痛いよ」


「いや~、こういう時に、ギャフン!とか言えばええんじゃろうけど、咄嗟にやられると、何の言葉も出て来んもんじゃね」


「フフッ、そうみたいだねっ」


「ところで…何かあった?」


「そうそう…。上井君、チカと昼休憩で会話したんだって?」


 野口は少し声をトーンを落として、聞いてきた。


「あっ、うん…。大村が準備してくれた役員会議の場でね、少しだけ…」


「チカがね、凄い嬉しかった!って、さっきアタシに教えてくれたんよ」


「野口さんに?」


「うん。ねぇ、どんな会話したの?」


「え?んーと、夜のレクリエーションは7時半始まりだけど、みんなで会場準備したいので、早目に集まってほしい…って、さっき俺が合奏終わりで言ったじゃろ?」


「うんうん」


「そのセリフを、最初は夕飯の時に呼び掛けることにしとって、それを神戸さんが夕飯はC班担当じゃけぇ、アタシが言う、って言ってくれたんよ。じゃけどそれに対して俺が、短いセリフじゃけど、神戸さんは喋ることに慣れてないじゃろうけぇ緊張するじゃろうし、俺が喋るよって…。要はそんな会話。さっき合奏の終わり際に流れでつい言っちゃったけど、この後も念押しで言うけどね」


「そうかぁ。でも文章のやり取り?単語だけのやり取りじゃなくて。それってかなり久しぶりじゃないの?当然さ、片方が言いっぱなしなだけじゃなくて、キャッチボールみたいな感じで話したんでしょ?」


「まあね。具体的にはもう忘れちゃってるけど、二言か三言は交わしてるよ」


「だからなのね」


「というと、なに?」


「チカが、昼の合奏前にウルウルしてたのよ。なんか辛いことがあったんかなって思って、アタシが廊下に連れ出して聞いてみたら、辛いことじゃなくて、上井君と会話が出来たのが嬉しくて、ついウルウルしてたんだって」


「マジですか?」


「うん!チョー大マジよ。それだけチカは、上井君と話せたことが嬉しかったんよ。これまで話したことって、どれくらいある?」


「うーん…。百人一首大会の時にちょっと会話はしたけど、その後は全然…」


「だよね。傍から見とっても、会話しとるような雰囲気はなかったし…。『おはよう』とか『お疲れ様』ぐらいは見掛けたけど」


「そうじゃね。他には、『生徒会に行かんといけんけぇ、ミーティング頼める?』ってのが、最長記録だよ」


「最長記録って…。フフッ、でも上井君がこれまでチカと喋らなかったか喋れなかったかは分かんないけど、前進したのは間違いないね」


「うーん…」


「あ、準備が出来たみたいよ。続きはまた後ででも。じゃあね」


 というと野口は自席へと、ササッと戻っていった。


 教室を見渡したら、福崎先生も到着していて、後は俺が合掌をリードするだけになっていた。


「えーっと、すいません。美味そうなモノを目の前にして、待て!の状態になっちゃってましたね。大上~、ハンバーグってお代わりあるん?」


「えーっとね…。一応8個だけある」


「ハンバーグのお代わりは8個だけあるそうです。先着順ですね、これは。あと…神戸さん!」


「えっ?は、はいっ」


 俺が神戸に声を掛けたことで、俺と神戸の関係を知っている部員は、何となく騒めきが起きた。


「ご飯はお代わり出来る?」


「えっ、えーっと…。はい、何人分かな、目分量で5人分くらいは…」


「はい、ご飯も先着順でお代わり可能です。だからと言って急いでがっついて食わんでもええですからね。では頂きましょう、合掌~」


 いただきまーす、と声が上がり、俺は所定の山中の隣の席に座った。


「ふう、やっと食べれるよ」


 俺は手を合わせてから、まずハンバーグを口にした。


「それよりウワイモ、どしたんや。突然神戸さんに声を掛けたりして。お前の中で、絶対許さない、喋らないって気持ちは、薄れたのか?」


「イモは余計じゃって。まあ、前よりは薄れとるよ」


「でもお前と神戸さんの関係を知っとる奴らは、みんなどよめいとったのぉ…。な、村山」」


「へ?俺?あっ、ああ…。まあ、な」


「村山は歯切れが悪いのぉ。とにかく俺は、驚いた。お前が話が出来ん女子が、2人からせめて1人に減るのは、ええことじゃ。出来ればそのもう1人とも話せりゃええのにな」


「いや…。兵庫県の県庁所在地さんと一言、二言交わすだけでも物凄い労力が必要じゃったけぇね。もう一人とは…。高校在籍中は無理なんじゃないかな」


 俺はハンバーグを頬張りながら答えた。


「上井はそれでええんか?」


「まあ、あんまりよくないけど」


「じゃろ?同じ中学なんじゃし。通学ルートも殆ど一緒なんじゃけぇ」


「去年の今頃は、そのお陰で舞い上がっとったよな。懐かしいよ」


「もう一人の子は、お前よりも、向こうの方が態度が固いって感じか?」


「そうだろうね。いまだに目を合わせてくれんし」


「そうか。うーん、太田経由でなんとかならんかなぁ」


「太田さんかぁ。彼女も綺麗だよな。山中とは上手いこといっとるんじゃろ?」


「お陰様で」


「それはそれは何よりじゃ」


「でもさ、このまんま上井だけがさ、俺らの同期の男で、1人だけ苦労した割にモテずに終わるのはなんかな、寂しいというか」


「なんだよ、そのモテないまま人生を終えるような言い方は。まだ2年生も半分終わったわけじゃないし。何かが起きる可能性を、俺は諦めちゃいないよ。でも俺からは告白できないけど」


 俺は小悪魔的にちょっかいを掛けて来る若本、俺と話す時はぎこちなく照れがちになるバレー部の近藤妙子、1/1000くらいの可能性で石橋先輩、そして合宿に入ってから急接近気味の前田先輩と、4人の女子を思い浮かべ、高校にいる内に一度でも彼女がいる日々を送りたいと心から願ってしまった。


「実は俺さ、合宿の後の休みの日に、同期のカップルみんなで海かプールでも行きたいって思っとったんよね」


「ほぉ。そしたら該当者は山中に大上、大村と、伊東は乗るかどうか…。村山も今はフリーなのかな。で、俺は完全に蚊帳の外やな。ハハッ」


「そうなってしまうじゃろ?でも俺は上井にも来てほしくてさ。そんな状況を、なんとかしたいなと思っとって」


「ん?ということは、まあ彼女持ちの大上や大村とは、もう話が付いとるんじゃ?」


「今のところはな。伊東は彼女が他校だからか遠慮しとくってのと、村山は帰省して広島にはおらんとか言いよった」


「じゃあ俺は3組が楽しく海?プール?に行って溺れないように祈っとくよ」


「いや、本題はここからなんじゃ」


「え?」


 と話が進んだところで、上井くーん、みんなほぼ食べ終わったよ~と、女子の声が聞こえた。


「あ、ワリィ、終わりの挨拶してくるよ」


「ああ、すまんかったね」


 俺は前へ出て、レクは7時半からですが、準備するのに7時15分には集まって下さいと告げ、ごちそうさまでしたの合掌挨拶を済ませた。

 食器を大上のC班に託して、再び山中の横に座って、話の続きを聞いた。


「どこまで話しとったっけ?」


「部内カップルの3組が、海かプールに行くのが決まった、そりゃ良かったね、俺は事故の無いように祈っとくから…ってとこ」


「おお、そうじゃった。そうそう、上井を祈祷師に留めておくのは勿体ないんよ」


「へ?なんでやねん。俺、誰も一緒に行ってくれる候補なんていないよ?」


 と言いつつ脳内では、ついさっき連想した4人の女子の誰かと、海かプールに行けたら最高だろうな、とは思っていた。実現可能性はかなり低いが…。


「太田や広田さんがさ、上井君も連れて行きたい…って、何故かお前に拘るんよな」


「え?なんで?」


「なんでかは、俺も分からん。無理やり考えると、お前の存在が、楽しいとか、癒しになるとかかな、と思っちゃいるんじゃけど」


「存在が癒しとか言われると嬉しいけどさ、そんな男女7人夏物語は、ちょっと寂しいよ、俺は」


「じゃろ?じゃけぇ誰か上井の相方を務めてもええよって女子、探してくれるか?」


「いやいや、そんな恥ずかしいこと、俺が自分自身で出来る訳ないっつーの。3組のカップルで行っておいでや、江田島でも宮島でも因島でも四国でも」


「まあそう言うなや。女子と泳ぎに行けるなんて、なかなかないチャンスやぞ」


「まあそうじゃろうな…」


「しかも太田と広田さんは、俺や大上と言う彼氏がいるにも関わらず、お前にも来てほしいと言ってる訳だ」


「…うん」


「と言うことは?」


「はい?なんで俺に疑問文が回ってくるんや」


「もう1人の女の子も確保済みって考えたら辻褄が合うじゃろ?」


「…えぇっ?マジか?」


「それなら行くか?」


「いや、かえって申し訳ないくらいじゃけど…。ホンマに?そこまでしてくれて…断るわけにはいかんじゃろ」


「よし、ウワイモ決定な。一応日付は、8月14日金曜日、朝9時に広電の宮島口じゃけぇ、その日は空けといてくれや」


「なんや、もうそこまで決まっとるんじゃ?なんとなくナタリーに行くような雰囲気がプンプンしとるけど…」


「まあどこでもええじゃん。フェリーで宮島渡って、包が浦海水浴場ってこともあるかもしれんし」


「うん、分かったよ。で、俺の相方になってくれるっていうボランティア精神溢れる女子は、吹奏楽部の女子?それとも別のルートの女子?」


「それは、今知りたいか?」


「…知りたい…いや、当日のお楽しみっていうのもいいかもしれん」


「じゃ、当日のお楽しみにしといてくれ。多分、お前とは最初から話が噛み合う女子じゃけぇ」


「分かったよ。じゃ、秘密の女の子を楽しみにしとくよ」


「こんな楽しみでもないと、残りの約1日、合宿も乗り切れんじゃろ。これは合宿の打ち上げと思ってさ、上井は招待されたつもりで参加してくれよ」


「悪いね…。でも他の部員には…」


「もちろん、秘密な」


「OK。じゃ、合宿後の打ち上げのつもりで、気軽に参加するようにするよ」


「そうしてくれ。ふぅ、お前を口説くのにこんなに時間が掛かるとは思わんかった」


「ハハッ、まあ、俺は恋愛とかに対して警戒感が強いからかもな…」


「とにかく残りのメンバーには、俺から上井も行くことになったって、伝えとくよ。個人的には神戸さんがどんな反応するか、興味あるけどな」


「そっか、大村夫婦もメンバーか…。まあ俺は、当日明らかになる、今は秘密の女子と泳いどりゃ、えかろう」


「それでもええし。これを機に神戸さんともう少し話せるようになってくれてもええし」


「うーん、それはその時にならんと分からんな」


「まあ、そうかもな。じゃ、今のところはそんな感じで。上井は夜のレク、頑張ってくれよ。立場上、先に行くよ」


「ああ。電気消してから、俺も行くよ」


 山中が先に3年1組を出て、しばらくしてから俺も電気を消して、音楽室へ向かった。


(ふぅ、思わぬお知らせだったなぁ…。秘密の女の子って誰だ?山中の口ぶりだと太田さん、広田さんと仲良しな女子か?部活内だと限られてくるよな…。同期とは言ってなかったから、意外に宮田さんだったりして…)


 今から夜のレクリエーションに向けて、司会進行の原案を頭の中で描かねばならないのだが、合宿後に頭がどうしても飛んでしまう。


(奇跡が起きたらいいんじゃけどな)


 <次回へ続く>

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