第47話 -合宿3日目・先生の激励-

「じゃ、合宿3日目の練習は、これで終わりにするか。夜はみんな楽しみにしとるはずのレクリエーションじゃけぇな。一応明日の練習についても言っとくが、上井、いいか?」


「あっ、はい!」


 音楽室全体を、とりあえず練習が終わり、後はレクリエーションだという、高揚感が覆っているようだ。


「明日は朝からパート練習、午後合奏してから解散だったが、朝から合奏にしよう。今回の曲は個々の練習より、みんなでタイミングを合わせていく方が、大事だと思うんでな」


 はい!と部員が返事をする。


「ということで、合奏は9時から始める。そして、午前の合奏が終わって、昼飯を食べたら、片付けて解散にする段取りにしよう。上井も頼んだぞ」


 お、先生がご機嫌だ、みたいな感じで、合宿も早めに終わりそうだとのワクワク感が相まって、音楽室の雰囲気は実にいい感じだ。


「えっ?は、はい!」


「上井、もしかして何か気になることがあるのか?なんだか返事が戸惑った感じだったぞ」


「いや、別に…。大丈夫です」


 先生が意味ありげに俺を見て、ニヤッと笑った。俺は頭をかくしか出来なかったが、このやり取りに意味があると思った部員はいないだろう。


「じゃあ後の詳しい流れは、上井、説明してくれ」


 そう言って先に先生は準備室へと入られた。


「えーっと、それではこれからのスケジュールについて説明します。今は5時半のちょっと前ですが、C班の皆さん、夕飯の準備の方、よろしくお願いします。C班以外の皆さんは、しばらく各自合奏で指摘されたポイントを復習するなり、個人練習やパート練習をして下さい。それと夜のレクリエーションですが、7時半スタートです。ですが、7時半にスタートさせるために、皆さんでこの合奏体系になっている音楽室を改造せんにゃあなりません。なので、出来れば7時15分くらいには集まってもらって、みんなで一気に音楽室を改造したいと思い

 ます。よろしくお願いします。以上です」


 先生の時よりはちょっと緩慢だが、それでもハイ!という返事が上がり、C班以外の部員は三々五々練習を再開させていた。また夕飯の挨拶の際に言う予定だった、ちょっと早目の集合も、話の流れで喋っておいた。


 一通り喋った後、俺は石橋先輩が気になったので、音楽準備室のドアをノックして、中に入った。


「お疲れ様です、先生」


「おぉ、上井。来ると思ったよ。だけど残念ながら石橋は帰ったみたいだ。俺宛と上井宛に、メモが残ってたぞ」


「ああ…やっぱり長いですからね。帰られますよね、途中で。でも、メモがあったんですか?」


「おう。中は見えないように折ってあるけどな。でも俺宛より、上井宛の方が分厚い気がするのぉ」


 先生は笑いながら俺に石橋先輩からのメモ…というより手紙を渡してくれた。


 ゆっくり開封すると、




『上井くんへ


 練習、お疲れさま。上井くんは打楽器のティンパニをやるって聞いてたから、ティンパニの音を一生懸命聴いてたよ。とっても良かったよ!アタシの知らない上井くんの一面を見れた気がするな。2つの曲も良かったけど、最初にやった曲の方がさわやかで、聴いてても楽しかったよ。先生の声で、風紋っていう曲名なんだ、って分かったけど、こんな素敵な曲に挑む上井くん、そして吹奏楽部のみんなに、エールを送ります。

 本番はいつなのかな?よければ教えてね。時間が空いてたら聴きに行くからね。ジュースはみんなで分けて飲んでね。それではまたね。次に会える日を楽しみにしています。それまで元気でいてね。風邪なんか引いちゃダメだよ!


 石橋幸美』




 不覚にもこの手紙を読んだ俺は、涙腺が緩んでしまった。女の子らしい筆記体で、最後にニコニコ笑顔の花のイラストが描かれていた。

 こんな温かい手紙をもらったのはいつ以来だろう。中学の卒業式の夜、2つ年下の後輩、福本朋子からもらった、告白と同時に引っ越しが決まったという手紙以来かもしれない。


「上井、石橋って、とても気が付く、心優しいええ女の子じゃろ」


「…は、はい。私がええ女の子ですね、なんて言っていいのか分からないですけど」


「じゃけぇ、俺が担任しとった時、生徒会役員に各クラスから1人出せ、って回ってきた時、石橋しか考えられんかったんじゃ。でもその時石橋が受けてくれたことで、今はお前と不思議な縁が出来とる。お前も末永先生の一本釣りを断れんかったんじゃろ?」


「はい、そうです…。先生にもご相談しました通りで。かなり悩みましたし、先輩方からは嫌味も言われましたけど」


「でも同期や後輩は特に何も嫌味なことは言うてこんじゃろ?」


「…そうですね、そう言えば…」


「そこがお前の人徳じゃと思うぞ。お前のお陰で、吹奏楽部の雰囲気は随分変わった。創立メンバーの1期生はみんな前向きで必死だったんじゃが、2期生がな…。廿日高校のマネかどうか分からんが、部内恋愛禁止とか、縦の関係の規律とか、ガチガチの部活にしてしもうた。それを3期生が見とって、そのままマネしたら、なんだかまとまりに欠ける部活になってしもうてな。そんな部活じゃつまらんし、指導し甲斐もない。どうするか俺も迷っとったんじゃが、お前らの代がガラッと雰囲気を変えてくれた。じゃけぇ、ここだけの話じゃが、俺も上井

 の手腕には感謝しとる。上から目線的な対応しかせんかった今までの部長と違って、お前は自分から部員と平等に向き合って、相談を受ければ徹底的に付き合っとるし、ミーティングの雰囲気もお前がワザとかどうか知らんがダジャレとかオヤジギャグを言って、明るく楽しい雰囲気になったしな。去年まではミーティングなんて、お通夜みたいじゃったけぇの…」


「まぁ、誰も積極的に発言はしなかったですよね。でも…先生、褒めすぎです…。穴があったら入りたいです…」


 俺は心から照れていた。


「まあ、たまには俺も本音を言わせてくれってことだよ。じゃけぇ、この後のレクもお前なりに盛り上げる気が満々なんじゃろうな、と思うとるしな」


 ここで俺は、昼間の役員会議で出た話を思い出した。


「はい、頑張ります。で、先生!先生も見てるだけじゃなくて、フルーツバスケットに参加しませんか?」


「え?俺がか?」


「はい。実は昼に役員でちょっと話したんですけど、先生が椅子取りゲームのカセットを作ってくれた話をしましたら、先生もレクに参加したいんじゃない?って、役員が言い出しまして。そこで、流石に椅子取りゲームは先生の作ったカセットを使うので、先生にはご辞退いただかねばならんのですが、フルーツバスケットなら何を言うかは鬼に一任してますから、大丈夫じゃろうと」


「へぇ…。嬉しい話じゃな」


「先生が鬼になった場合は、もちろん先生が考えたヒントを出して頂ければいいのですが、詰まったら、フルーツバスケット!の一言で全クリアになりますし」


「そうか、ありがとう。でも、俺が参加してもええんかの?嫌がられないか?」


「そんなの、先生が気になさってどうするんですか。俺は、盛り上がるに1票を入れたいと思います」


「ホンマか?役員のみんなもええんかな、それで」


「ええ、言い出したのは俺じゃないですから。そこがカギですよ」


「ふーん…。上井、お前も心理的な負担が少し軽くなったんじゃないか?」


「えっ…」


「まあ、深くは言わんが、役員が5人おっても、なかなかお前と残り4人の間には見えない壁があるように、俺は思っとった」


 先生も俺の個人的事情を、俺が話したわけでもないのに、何故か詳しく知っておられるのが不思議だった。


 もっとも神戸千賀子との件は、もしかしたら中学の時の竹吉先生が、バリサク吹きたがっとる上井という生徒が行くことになったという申し送りを福崎先生にしてくれたとのことだったから、その時についでに俺と神戸のことも申し送りしてくれたのかもしれない。


 しかし高校に入ってからの伊野沙織の件も把握しておられたのには驚いた。

 確かに去年のコンクールで失恋したから、その後の2学期開始直後は毎日落ち込んでいたので、福崎先生にも気付かれ、俺に直接ではなく周りの誰かに、上井はどうしたんだ?と聞いた可能性がある。


 だからと言って、去年の2学期、俺や伊野沙織に対する態度が変わったという印象はないので、そういう部分は流石だな、と思った。


「そんな壁が、少しずつ低くなってきたんじゃないか?」


「あっ、はい…。大村は特に俺のことを気にしてくれて、助けてくれてます」


「そうか。男子だけじゃなくて、女子との壁も低くなりゃ、ええよな」


「いや~、なかなか…」


「何にしても、今しか出来ない経験を、お前は毎日体験しとるんじゃ。これからの人生に、絶対活きて来ると思うぞ。頑張れよ」


「はい、ありがとうございます」


 先生の激励を受け、音楽準備室を辞し、俺は食堂教室へ向かった。


(神戸さんがリーダーという意識を持って、C班の準備に挑んでるはずだ。もしかしたら…何か話す場面があるかもしれないな…)


 俺はちょっと緊張しながら、やや足取り遅く、3年1組の食堂教室へと向かった。


 <次回へ続く>

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