第46話 -合宿3日目・思わぬ来客-
「お、上井!お客さんだ、ちょっと来てくれ」
と福崎先生に呼ばれ、一体誰だ?と思いながら、合奏の準備もそこそこに音楽準備室へと入ると、そこにいたのは俺の2つ年上、現在は短大1年生の、生徒会役員の先輩で、同じ緒方中学校の先輩でもあった石橋幸美さんだった。俺の顔を見ると、手を振ってくれた。
「上井くーん、お久しぶり!足の怪我はもう大丈夫?」
「え!?石橋さんですよね?ど、どうも、お久しぶりです…。でも、何故に突然音楽準備室にいらっしゃるのですか?」
「ハハッ、やっぱりそう思うよね。詳しくは…先生からがいいかな?」
「いや石橋、別に先生に言わせなくてもいいじゃろ」
なんとなく福崎先生との関係から、音楽準備室にやって来られたようだというのは推測が付いた。しかし具体的にどういう関係なのだろうか?
「アタシからですか?やっぱりそうなるかな。福崎先生はね、アタシが1年生の時の担任の先生で、なおかつアタシを生徒会役員に押し込んだ先生なの!」
「押し込んだって、そんなキツイ言い方するなよ。あの時は石橋が適任じゃと思ったんじゃけぇ、俺は」
「とか何とか言って、アタシが頼まれたらイヤと言えない性格なの、知ってたんでしょ?先生は」
「参ったな…」
卒業生にやり込められる福崎先生というのも珍しかったが、福崎先生でもクラスの担任を務めたことがあったんだなと、初めて知った。
よく考えれば俺自身、美術専攻の末永先生に2年連続で受け持ってもらっているし、クラス担任を持つ先生を、担当教科によって分けたりしないということが、改めて分かった気がする。
「先生、石橋さんを受け持っておられたんですね」
「おお、1年生の時だけな。本当は2年、3年と持ち上がる予定だったんじゃが、丁度その頃に音楽教師の全国大会みたいなのが広島で開催されることになってな、俺がそっちの準備で忙しかったのもあって、担任から外させてもらったんよ」
「へぇ、そうなんですね…。初耳です」
「アタシが福崎先生に1年生の時に受け持ってもらってたってのも初耳でしょ?」
「はい。もしかしたら今日お出でになったのは、福崎先生に久しぶりに会いに来られたとか、ですか?」
「うーん、それもあるけど…。吹奏楽部、特に上井君の陣中見舞いの方が大きいかな」
「え?マジですか?」
「ホントだよ。こんなことで嘘はつかないよ」
そう言うと石橋は少しはにかんだ笑顔を見せた。
(絶対高校を卒業して短大に通ってる女性とは思えないよ、この可愛さは…)
「しかし上井と石橋が、接点持ってたとはな。俺もビックリしたよ」
「不思議な縁です、先生」
「だよね、不思議な縁だよね、上井君」
「そうなのか?偶然が重なったようなものか?」
「はい。去年の体育祭で、俺が3年生のフォークダンスに急遽駆り出されなかったら、俺が生徒会役員になったからと言っても、多分こんなにお話しさせて頂くことは無かったと思います」
「ほぉ、そうなのか、石橋?」
「そうですね。それも凄い奇跡的な確率ですよ。アタシの最後の体育祭のフォークダンスで、各クラス1人ずつ男子が足りないって事態になったじゃないですか」
「そうじゃそうじゃ、体育の先生が慌てよったのぉ」
「俺、その時に生徒会のテントと吹奏楽部のテントの間付近にいたんです。そしたら栗原先生にお前、空いとるか?ちょっと助けてくれって言われて、入場門に拉致されまして」
「そういや、上井もフォークダンスに無理やり参加させられとったな」
「そうなんです。で、俺が1年7組だからか、3年7組の男子の先輩の間に突っ込まれまして。その時、石橋先輩も3年7組でいらっしゃった訳です」
「懐かしいね~。アタシのクラスの女子が、若い男子が来てくれたって盛り上がっちゃって!」
「でも俺、全然練習もしてないから踊れなくて…」
「そこがね、アタシ達が年下の男の子をリードしなきゃ、っていう母性本能を刺激してね。上井君と踊れなかった女子は物凄い残念がってたんよ」
「そうなんですか?俺、どう見ても足手纏いでしたから、迷惑しか掛けてないですし」
「でもね、上井君と踊れた女子は、可愛かったとか、楽しい子だったって、みんな言ってたよ。上井君は年上の女性を惹きつける魅力があるのかもね?」
「そっ、そんな…。意識したことないですよ」
「ほら、顔が赤くなってる。そういう所が、上井君の良いところなの」
確かに顔面がカーッと熱くなってくるのが分かった。
俺はこの先、どう動けばいいのだろう。と思っていたら、福崎先生が質問してくれて助かった。
「石橋もフォークダンスで上井と踊った、それと生徒会役員で関わりあった、そういう繋がりがあるのは分かったが、こんな差し入れまで持って来てくれるほど、上井とはそれ以外にも繋がりがあるのか?」
先生はそう言って、石橋が持ってきたと思われるジュースのケースを指さした。
(わ、結構沢山ある…。重かっただろうに…)
先生が指さした先には、ブドウの缶ジュースとオレンジの缶ジュースが24本ずつ入ったケースがあった。計48本。かなり重たいはずだ。
「それ以外ですか?実は中学校も同じなんですよ」
「中学が?あ、そういえば石橋は緒方、上井も緒方だったな。そうか、そういう繋がりもあるのか」
「そうです。それと高校に通学する時に利用していたのも同じ玖波駅…。アタシは今も玖波駅を使ってるので、たまに上井君を見掛けるんですよ」
「ふーん、不思議なもんじゃのぉ。でもそういう繋がりがあるって気が付いたのは、最近なんじゃろ?」
「そうですね~。もし去年のフォークダンスで、アタシと踊る時に曲が『My Revolution』に変わらなかったら、多分アタシもこんなに上井君に興味を持たなかったと思います。ね、上井君?」
「あっ、ま、まぁ…。そうなりますね」
俺は又顔が赤くなっていくのが分かった。
「そうなのか。そしたら本当に偶然が重なって、石橋と上井は出会ったってことか。フォークダンスで曲が変わったお陰ってのが、俺としては気になるんじゃが…」
「先生、そこは大人の対応で、聞いても聞かぬふりして下さい。ね、上井君」
「そ、そうですね、ハハッ…」
福崎先生は1年生の時だけとはいえ担任をした生徒が訪ねてくれて嬉しかったようだし、俺も石橋先輩は何か偶然でも起きなきゃ会えない女性だと思っていたため、まさか合宿中に音楽準備室に差し入れまで持って来て下さるとは、感謝してもしきれないほど嬉しかった。
「お、石橋が差し入れ持って来てくれた嬉しさで、ついつい話し込んでしもうたな。上井、合奏始めるけぇ、みんなに改めて伝えてくれるか?」
「はい、分かりました」
「石橋はどうする?せっかく暑い中、わざわざ差し入れを持って来てくれたんじゃけぇ、音楽室に入って合奏でも聴いていくか?」
「えーっ、先生、それは恥ずかしいです!皆さんの演奏や、上井君の部長っぷりは見てみたいけど…。この音楽準備室で聴いててもいいですか?」
「そうか?狭くて、更に合宿でガチャガチャになっとるけど…。まあゆっくりしてってくれよ。上井も喜んどるし。な!」
「あっ、はい…」
「上井君、照れてるね。すぐ分かっちゃうよ」
俺はすぐ顔に反応が出るのが、今後の課題だ…。
「じゃ、指示出してきます、先生」
「おお、頼むぞ」
「上井君、頑張ってね!」
「はい!ありがとうございます」
「上井も嬉しいはずじゃ、いつもよりいい演奏するかもしれんな、ハハハッ」
「先生~、困らせないでくださいよ~」
俺はそう言いつつ、音楽室へ戻った。
「はい、皆さーん。ちょっと遅れましたが、今から改めて合奏しますんで、楽器の準備しといて下さい」
2時に合奏を開始する予定だったが、15分ほど延びてしまったため、多少音楽室の空気も弛緩していた。
俺も改めてティンパニの音階を調節していたら、宮田に声を掛けられた。
「センパイ、お客さんって誰ですか?」
「えーっとね、福崎先生の昔の教え子で、なおかつ自分も同じ中学出身の先輩」
「へぇ。でも吹奏楽部のOBの先輩ではないんですか?」
「そう。しいて言うと、俺とは生徒会役員での先輩になるかな?」
「んー?なんかよく分かんなくなってきました、アタシ…。上井センパイとは、同じ中学出身で、生徒会役員での先輩・そして福崎先生の元教え子」
「そうそう」
「…考えれば考えるほど複雑になるから、いいや。要は先輩に用事があって来られた、西高の卒業生さんなんですね」
「一言で言うとね。そうそう、缶ジュースの差し入れをもらったけぇ、夜にみんなに配るよ」
「わ、本当ですか?いい人ですね!」
そう、本当にいい人なのだ、石橋先輩は…。彼氏がいないのが現代の7不思議の一つだ。もっとも高校1年の時に酷い目に遭わされた経験があるとのことなので、根底には男性不審があるのかもしれないが…。
「よし、コンクールの課題曲と自由曲、とりあえず一度通してみるぞ」
そう言って先生が指揮棒を持って入って来られた。音楽室の空気も引き締まる。
また他の部員は知らないが、俺だけが隣に2つ年上の石橋先輩がいることを知っている。それだけで緊張が増してしまう。
だが、見てもらえるわけではないが、ちょっとカッコ付けて叩いてみようと、俺は思ってしまった。男って単純だな…。
先生の指揮棒が上がり、みんなが楽器を構え、「風紋」の静かな旋律から合奏が始まった。
(石橋先輩、聴いてて下さいね)
<次回へ続く>
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