第45話 -合宿3日目・いつ以来の会話?-
「あのっ、あのね、上井君ばかり喋らせてるから、それくらいの説明は、夕飯担当のアタシが話してもいいよ…」
合宿3日目の昼に、大村のお陰で急遽開催出来た役員会議の終わり際、それまで沈黙かイエスの意思表示しかしていなかった神戸千賀子が、突如発言した。
夜のレクリエーションの際、合奏体系を崩して椅子を丸く並べるために、ちょっと早目に音楽室に集まってほしい、と夕飯の際に呼び掛けることになったのだが、俺が言うから…と言ったら、俺ばかり喋らせているから…と、神戸がそれくらいならC班で夕飯時のリーダーになるため、ついでに話してもいいよと名乗りを上げたわけだ。
たったそれだけのことなのだが、役員の中には緊張が走った。
特にこれまでの俺と神戸の関係を熟知している村山は、心配そうな表情で俺を見ている。
最近は村山と距離を感じることも多かったが、中学から喜怒哀楽を共にしてきた間柄だ、いざという時には心配してくれるんだな、と親友に感謝した。
「いや、やっぱり俺が喋るよ」
しばらくの沈黙の後、俺は言った。同時に役員の中には、安堵感が漂っていた。
「あの…さ、神戸さん、大勢の前で喋るのは、不慣れじゃろ?無理せんでもええよ、ご馳走様の挨拶のついでに俺が説明するから」
「え、でも…いいの?」
俺は神戸の方を向くような、向いてないような、目を見ているようで見ていない、中途半端な状態で神戸に話した。神戸も若干俺の方へ身体を向けつつも、目は合わない、そんな感じだった。
「うん。神戸さんは食事の準備と片付けで大変じゃろ。特に夕飯は品数が多いけぇ…。山中もおるけど、その一言を言うために心理的に負担になっちゃいけんし」
「そ、そう?…じゃあ、遠慮なく上井君に任せるね。本当にいいの?」
「別にこれぐらいなら、俺はいつも通りじゃけぇ、大したことないよ。大丈夫」
俺と神戸が会話をしている!この場面に村山は喜びを露わにしていた。伊野も俺と神戸の関係は知っているからか、ずっと暗い表情で座っていたのだが、なんとなく嬉しそうな表情に変わっていた。
「はい、では喋り系は上井に一任しとく、ってことでいいかな?」
大村もなんとなくホッとした感じで議論をリードしてくれた。
村山がでかい声で一任!と叫んだので、思わず教室内に笑いが起きた。
「じゃ、そういう方向で夜のレクリエーション、頑張りましょう。って言っても、上井の喋りに頼ることになるけぇ、俺たちはゲームに参加しつつ、それ以外の部分で上井をサポートする、そんな感じでいこうや」
そうだね、と声が上がり、午後の練習が始まる時間にもなったので、揃って音楽室へ移動することにして、緊急役員会議は終了した。
音楽室に向かいながら、俺は大村に感謝の言葉を掛けた。
「ありがとう、大村。本当は今みたいな話し合いを、早い内にやりたかったんよ、俺」
「やっぱりな。ま、俺も加害者かもしれんけど、なかなか上井が役員会議を開きたくても開けない、そんな状態なんじゃないか?と思うてさ。ちょっと強引な方法になってしもうたけど、今夜のレクリエーション前に一度は役員協議をした方がいいじゃろうと俺なりに思って、こんな形で会議を開かせてもらったんよ」
「いや、ホンマに助かるよ。これからは会議を開きたい時、大村に頼んでもええ?」
「ああ、俺が役に立つなら、頼ってくれよ。俺は上井にはどうしてもさ、頭が上がらんし…。逆に俺はフラットに他の役員に声を掛けられる立場じゃと思うし」
「いや~、もっと早く気付くべきじゃったね。俺も風通しの良い部活って心の中のスローガンにしとったけど、役員の風通しが悪いんじゃ話にならんと思っとったし。これからはもっと頼らせてもらうよ」
「ああ、是非是非。この先まだ長いけぇ、もっとタッグをがっちり組んでいこうや、村山もじゃけど」
その村山は、神戸、伊野と話しながら音楽室に向かっていて、俺と大村よりかなり後方を歩いていた。
「上井はやっぱり、女子2人がまだ壁みたいな感じ?」
「うーん…。でもさっき神戸さんが俺に対して意見を言ってくれたじゃろ。あれで少し会話したけど、本当に久しぶりの会話じゃったよ。まだ事務的な話口調じゃけど、なんか、懐かしい感じがしたよ」
「そっか、なんかそれを聞いたら、俺まで救われるよ。彼女も上井のその言葉を聞いたら、喜ぶんじゃないかな」
「ハハッ、まあ…。最近やっと、過去のことを客観視出来るようになったかな、俺は…。全部が全部じゃないけど」
「それはそうだろうね。その点は俺は上井に対して、ずっと責任を感じなきゃいけないし」
「大村はいいんよ、もう」
「へ?」
「大村の立場で考えるとさ、高校に入って最初のクラスで、同じクラスの横に座った女の子が神戸さんだったわけで。多分、一目惚れなんじゃろ?俺が元カレだなんて知らんもんな」
「…まっ、まあね。恥ずかしながら」
「じゃけぇ、俺が吹奏楽部に誘った時も、渡りに船!みたいな感じだったんじゃない?」
「いや、上井には見抜かれとるね、やっぱり」
「でもそこから沢山の障壁を意地で乗り越えて、付き合うことに成功したじゃろ。それはそれで天晴れじゃと思ったし、俺には到底出来ないことだと思った。それぐらいの情熱でアプローチされたら、神戸さんだってOKせざるを得ないよ」
「褒められとるん?俺は…」
「もちろん。ただ最初は俺も複雑だったよ。大村を吹奏楽部に誘わなきゃよかった…とかね。ハハッ」
「いや、そこら辺がやっぱり俺の中で、上井に対しての責任というか…申し訳なさというか…」
「…というのを大村が感じる必要は、もうないよ」
俺はもう大村とここまで腹を割って話が出来ること、部活運営に当たって大村の力が本当に頼りになると思ったこと等から、もう過去の経緯に拘るのはよそうと思っていた。
神戸との付き合いも1年以上続いている。それまで俺は半年で、真崎は3ヶ月で神戸に別れを告げられていることを考えると、圧倒的に大村との相性が良いのだろうと認めざるを得なかった。
「なんで?」
「俺は大村と神戸の2人をもうとっくに認めとるけぇ」
「そっ、そうなん?あ、ありがとう…」
「ま、後は俺に、一時は回復不可能かと思うほどの傷を付けてくれた兵庫県の県庁所在地さんと、どれだけ話せるようになるのか、だね」
「わ、笑っちゃいけん所じゃけど、笑ってしまう…。そんな言い回しが上井らしいよな」
「そうかな?」
「そう。じゃけぇ、今の部活では、上井のトーク力は絶品だよ。勝てる者はおらん、そう思う。じゃけぇ、裏方とかで上井がやっとる仕事をもう少し俺ら副部長に任せてもらって、上井はその分スポークスマンに徹するとか…。ま、それもなかなか難しいけどね」
「まあ…でもさ、去年の部長は須藤先輩じゃったけど、副部長は誰だった?って考えても、すぐ出て来んよね」
「あっ、まあ、そうやね…。俺も引き継ぎ受けたけど、誰から引き継いだっけ?って、すぐには出て来んもんな」
「それに比べると、大村はホンマに助けてくれて、感謝しとるよ。これからは俺からも、こんな仕事を助けてくれとか、しばらく生徒会に拘束されるけぇ、その間を頼むとか…。色々声掛けるよ」
「ああ、いつでも。役員で協力して頑張っていこうや」
音楽室に着く頃には、村山と女子2人の姿は見えなくなっていたが、俺が夏休みの初めに付け焼刃的に開いた役員会議に比べ、大村にリードしてもらうスタイルの役員会議はスムーズで、かなり心理的な負担が軽くなった気がする。
…神戸千賀子とも久々に会話のキャッチボールが出来たし…
(前向きな気分になってきた!いい感じだ…)
伊野沙織とは話が出来ていないが、同じ空間にいるのを嫌がってはいなかった、それだけで十分だった。
もうこの先会話することは無いだろうが、以前のように露骨に避けられさえしなければ、俺はそれでいい…。
「上井センパーイ!」
音楽室に入るや否や、合奏の準備中だった瀬戸が声を掛けてきた。
あ、さっきカセットテープ問題をテキトーにあしらってしまった件についてか?
「どっ、どうした?」
「先輩が聴いてそうなオールナイトニッポン、分かりましたよ。サンプラザ中野でしょ?」
「おっ、よく当てたね~」
実は誰が何曜日にやっているかもよく分かっていないので、瀬戸の言葉にそのまま乗っかったのだが…。
「今度聴かせて下さいね、先輩」
と言われ、返事に詰まってしまった。
「まあ、機会があればね。かなりマニアックじゃけぇ、瀬戸は気に入らんかもしれんし」
「そうなんですか?俺、聴いたことがないから、一度聴いてみたいなと思ってたんで…」
俺も返答に窮したので、奥の手を使ってしまった。
「実はあのカセットも、俺のじゃなくて、借り物なんよ。じゃけぇ、俺のカセットに録音したら、貸しちゃるよ」
この部分、決して俺は嘘は言っていない。あのカセットは俺のものではない。福崎先生のものだ。
「そうなんですか…。じゃあまた今度、ですね。楽しみにしときます!」
「お、おぉ…」
屈託のない瞳でクラリネットの座席に戻る瀬戸を見て、なんだか俺は罪悪感でいっぱいになってしまった。
(こういうことが、大人になるってことなのかなぁ)
さて、合奏の準備をするか…。
マレットを持った俺に、音楽準備室から福崎先生が声を掛けてきた。
「お、上井!お客さんだ、ちょっと来てくれ」
「えっ?は、はい!今行きます」
お客さん?誰だ?先生を尋ねて来るなら分かるが、俺なんかを尋ねて来る方なんか、いるのか?
一体誰だろう…
<次回へ続く>
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