第44話 -合宿3日目・突然の役員会議-

 昼食後の休憩は1時半までだ。


 今日は初日と同じくカレーライスだったので、俺は速攻で食べ終え、カセットテープを一刻も早く聴きたくて仕方がなかった。


 ご馳走さまの合掌後、俺は直ぐに男子部屋に戻り、先生が作って下さったカセットテープの聴きこみに入った。

 夜の椅子取りゲームでどのように使うかを考えなくてはならないからだ。


 早速ラジカセに電源を入れ、イヤホンをセットし、カセットを聴いてみた。


(…ふむふむ。え?ここで突然切れるのか!先生も意外に面白いことするんだな~)


 恐らく先生自身も楽しみながら作ったんじゃないかと思うカセットテープになっていた。音楽が切れる箇所も、俺が考えなくてもいいように、先生が切ってくれていて、その後しばらく間を開けて次の曲が始まるようになっていた。


(要は曲が勝手に切れるから、安心して喋りに専念できるって訳だ。切れたら、ラジカセをストップさせればええんじゃな。実にありがたい!)


 A面とB面で計46分のカセットだが、ギッシリと先生のアイディアが詰まっていた。中には先生らしからぬ曲も結構あった。

 きっと先生は照れ隠しで合宿が始まってから作ったと言われたんだろうが、これだけのものは1日や2日で作れないだろう。かなり前からご自宅とかで作っておられたに違いない。


「上井センパイ?」


「…んっ?呼んだ?」


「はい、何度か…」


 そこにいたのは瀬戸だった。


「とても楽しそうに聴いておられたので、何を聴いてるのかな~って思いまして」


「あっ、ああ、これ?あの…アレだよ、アレ、オールナイトニッポンの録音!」


「ああ、それなら分かります!でも先輩が昼休みの休憩中にそんなのを聴くなんて、珍しいですね?いつも誰かに捕まって、相談を受けておられたりしてるイメージがありましたから」


「あー、今日はね、どうしても昼休みにこれを聴きたかったんよ、うん。だから終わりの挨拶したら、速攻で食堂を脱出してきたんよ」


「そ、そうなんですか。夜寝る前でもええのに…と思っちゃいましたけど、先輩が今聴かなくちゃ!って思わせる回だったんですね。ちなみに誰の回ですか?」


「え?誰の回?」


「そうです。毎日違うパーソナリティーじゃないですか。誰のを先輩は好んで聴かれてるのかな、と思いまして」


「えっ、えーっとね…」


 何気ない瀬戸の質問が、俺に脂汗をかかせる。オールナイトニッポンの日替わりパーソナリティーなんか、誰も知らない…弱った…。鶴光とでも言えば良いのだろうか?うーん…。


「ヒミツ」


「え?教えてくれないんですか?」


「予想してみなよ。俺の性格とかから予想したら面白いかもよ」


 なんとか切り抜けたか?


「予想かぁ。難しいな…。上井先輩、結構マニアックな感じがするからなぁ…」


 俺はどうしてこうやって、自分で自分の首を絞めるのだろう。

 素直に今夜のレクで使うカセットテープのチェックをしてたと言えばこんな変な汗をかかなくて済んだのに。


 そこに救世主が現れた。


「おった、おった。上井、ちょっといいか?」


 瀬戸の質問地獄から俺を助けてくれたのは、大村だった。


「瀬戸、ごめん。誰のオールナイトニッポンを聴いとったかは、またいつか…」


「あっ、はい…」


 俺はカセットテープを聴かれてはオシマイなので、ラジカセからカセットを抜き取り、手にしたまま大村と話すべく、廊下へと出た。


「オールナイトニッポンって、なんのこと?」


「まぁ、気にせんとってよ。口は禍の元、この諺を痛感したよ…とだけ言っとくよ」


「うーん、気になるけど気にしないようにしとくか。ところでさ、今夜のレクリエーションなんじゃけど…」


「はいはい、そうやったね。役員に何か頼めるかどうか考えとったんよ、自分も」


「じゃろ?俺も食事班のリーダーくらいしかしとらんけぇ、レクで何か仕事があれば、と思って上井を探しとったんよ」


「ホンマに?悪かったね、それは」


「いや、上井はいつも休憩時間もどっかで誰かに捕まっとるけぇ、すぐ見付けられると思っとったらなかなか見付かんなくて、男子部屋でゴロンとしとったのはビックリしたけど」


「ハハッ、そうやね。今日は寝不足もあったけぇ、少しでも横になっときたいって思って」


 実際は先生から借りたカセットテープを聴くために男子部屋にいた、が正解だが、疲れもあって少し横になりたかったのも事実だ。


「そうやな、3日目じゃもんな。やっぱ部長として合宿に参加すると、去年とは違う?」


「全然違う…かな。怪我人、病人が出ないことを一番祈っとるし、無事に4日目まで終わって、解散となることだけを願う、そんな感じかなぁ。自分の練習も、なんとなく集中出来ないというか」


「そうかぁ…。ま、あれだけ次々と捕まってたら、練習時間も足りなくなるよな。少しでも上井の仕事を肩代わりしてあげれりゃあいいんじゃが、どうしてもみんな『上井!』『上井くん!』って呼ぶもんな。部長の宿命みたいなもんだろうな」


「仕方ないよ。中学の時みたいに部長を押し付けられたんじゃなくて、やります!って言って、部長になったんじゃけぇ」


「でもやっぱり上井が部長で良かったよ。俺だったら耐えれたかどうか分からん。これまでの色々も含めて」


「でも大村がなってくれてたら、生徒会役員が…とかいう陰口は無かったよな。俺、春先のあの時だけは、部長になるんじゃなかったと思ったし、大村に部長職を譲って退部しようと真剣に思っとったけぇ…」


「アレはちょっとな。年上のクセに俺らの足を引っ張るんじゃねぇよって、俺も頭に来とったし」


「いつかそう言ってくれたよな。俺は本当に同期に恵まれとるよ…」


「ハハッ、そういう俺も、上井の寛大さに感謝しとるよ。とにかく、幅広い意味でさ」


「まっ、まあその辺りは突っ込まんようにしてと…。さて、レクは、去年と同じでフルーツバスケットと椅子取りゲームのつもりなんよ。どうじゃろ?」


「うん、40人近い人数で一斉に楽しめるゲームとなると、その辺が王道じゃろうね。ハンカチ落としも考えてみたんじゃけど、脳内でシミュレーションしてみたら、あんまり面白くないんよね。それよりは去年もやってるその2つの方が、スムーズに出来るじゃろうし」


「だよね。実は椅子取りゲーム用のB.G.Mを、福崎先生が作ってくれとってさ。実はさっき、それを聴くために部屋に籠っとったんよ」


「へえ?先生が?意外じゃ~。実は先生もゲームに参加したかったりして」


「もしかしたらそうかもね。でも椅子取りゲームの参加は、B.G.Mを作った張本人じゃけぇ、流石にダメじゃろうね」


「となるとフルーツバスケット限定か。でもそう声を掛けてみるのもええかもな。さて、そんな話を俺と上井だけで進めるのも良くないかな?と思って、余計なお世話かもしれんけど、他の役員にも集まってもらったよ」


「ええっ?」


 大村はそう言うと、そのまま男子部屋前の廊下から、数部屋離れた空き教室へと、俺を連れて行った。

 そこには村山のほか、神戸、伊野の3人が待っていた。


「上井、遅いぞ~」


 やや緩めに村山が言う。

 それに対して女子2名は、俄かに緊張しているのが分かる。


 俺自身、突然の場面転換に動揺し、言葉が出なかった。


「お待たせ。なかなか捕まらない上井部長をやっと捕まえてこの場に連れて来れたんじゃけど、どこにおったと思う?」


 無言が続いたが、村山が無言状態が嫌なのか、音楽室か?と小さな声で呟いた。


「なんと男子部屋で休憩中~でした」


「なんやソレ」


 村山は笑っていたが、神戸は俯いたまま、伊野は更に深く俯き、アタシ知りません、みたいな感じだった。


(確かに…。事前にレクについて話し合った方がええとは思うとったが…。突然この緊張状態の空間に放り込まれてもなぁ…)


 大村ならではの手腕に感謝しつつ、何も話す言葉を用意していなかった俺は、何も言葉を発せないまま、しばらく大村が用意してくれた椅子に座って、その場の雰囲気に溶け込もうとしたが、大村がその場をリードするように話し始めてくれた。


「今も上井と話しとったんじゃけど、今夜のレクリエーションは、去年と同じフルーツバスケットと椅子取りゲームでいこうと思います。実は椅子取りゲームは、福崎先生がB.G.Mのカセットを用意してくれたとのことです」


 へぇー、と声が上がった。俺は少しホッとした。


「もしかしたら先生もゲームを見守るんじゃなくて、参加したいんかな?ということも話しとって、先生にはフルーツバスケットに参加してもらおうか?と、上井とも話しとったんじゃけど、ええよね、みんな?」


 村山も、神戸も伊野も、顔を一旦上げてから頷いた。


「じゃあ異議なしということで。司会は2つとも上井がやると言っとるけど、いや、自分がやりたい!って人、おる?」


 大村の議事進行ぶりは実にスムーズだ。俺みたいにしがらみがある女子がいるわけじゃないから、ある意味中立の立場で役員会議を主催、進行出来る。


「どうじゃろ?」


「喋りは上井に敵わんけぇ、任せようや。どう?女子のお二方…」


 村山が神戸と伊野の方を見て声を掛けた。

 それに対しても、2人は何か意見を言うわけでもなく、静かに頷くだけだった。


「じゃ、2つとも司会は上井、頼んだよ」


 大村がその様子を見てから、俺に振った。


「あっ、ああ、了解」


「じゃ、大体夜のレクは決まったかな?時間は7時半からでええし…。去年の真似をするなら、ちょっと早く来てもらって、合奏体系からグルッと音楽室に椅子で円を描くようにしなきゃいけんね」


「まあそれは、俺が夕飯の時に言うよ」


 と俺が言ったら、ここで初めて神戸が意見を言った。


「あのっ、あのね、上井君ばかり喋らせてるから、それくらいの説明は、夕飯担当のアタシが話してもいいよ…」


 俄かに、役員全員に再び緊張が走った。大村も聞いていなかったようだ。

 伊野まで含めて、俺がどう返事するのか、どうリアクションするのか、俺に視線が集まっている。


(何か返事しなきゃいけない…)


 急に心臓がバクバクし始めた。


 <次回へ続く>

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