第43話 -合宿3日目・夜レクに向けて-

 打楽器に移籍して1ヶ月以上経つが、やはりまだまだ途中移籍した外様という感覚がある俺は、広田&宮田の2人から同時に、しかもやや冷ややかな視線で振り返られると、身に覚えがなくても、悪いことでもしたのかと思い、ドキッとする。


「2人同時に…いっ、一体なんでしょう…大汗…」


「ビックリした?」


 最初は無表情で冷酷な顔をしていた広田が、耐えられなくなったのか笑いながら話してくれた。


「上井君ってば鉄砲玉じゃけぇ、一度外へ出ると何処にいるのやら、いつ戻ってくるのやら、誰に捕まってんのやら…。じゃけぇ京子ちゃんと話して、上井君が戻ってきたら2人して冷たい目で睨みつけてみよう!って話してたの」


「そうですよ、センパイはすぐ誰かに捕まっちゃう。まあ上井センパイが話し掛けやすい人柄ってのも大きいのかもしれませんけど」


 宮田も冷たい表情から、笑顔になってそう言った。


「そうだよね、ごめん、ごめん。今は、休憩でコーヒー牛乳飲もうと思って自販機に行ったら、サックス軍団に捕まってしもうて、質問攻め…」


「サックスに?上井君の本籍地じゃん。他の時間でもええのに、休憩時間に偶々捕まえたからって上井君を質問攻めにするって、なんでじゃろうね?何を聞かれたん?」


「な、内容は末田さんの許可を取らないと、話せないかな…ハハハ…」


「元気のない笑い方じゃね。なんか気になるけど…。まあいいか。あっ、そうそう、上井君が不在の間に、福崎先生が呼んでたよ!これを言わんにゃいけんのじゃった」


 広田は突然大切な事を思い出したように、上井に告げた。


「え、マジで?ヤバいなぁ…。遊び歩いてると思われたかな…」


「うん、多分そうだろうね」


 広田はクスクスと笑いながら言った。


「広田さん、そんな追い打ちは要らんって…」


 俺は福崎先生が本当に怒っておられるのではないかと思い、恐る恐る音楽準備室にノックしながら入った。


「先生、遅くなってすいません、上井です…。俺を呼んでらっしゃるとのことで…」


 てっきり先生の表情は怒りに満ちたものかとビクビクしていたが、意外にもそうではなかった。


「おぉ、上井。待っとったよ。お前も人気者じゃのぉ、俺がちょっと校内を巡回してたら、お前の姿をよく見掛けるぞ。アチコチで捕まって話し相手にさせられとるんじゃないんか?」


 良かった、お怒りではなさそうだ…。


「いっ、いや、不満や愚痴の聞き役ですよ。人間関係って難しいですね、先生」


 ちょっとだけ俺は緊張感が溶けた状態で、返事が出来た。


「ハハッ、そうかそうか。お前も部長になって、被らなくてもいい苦労を被るようになってしもうたもんな。その辺り、もう少し他の役員に分担出来ればええんじゃがの。でもそれは無理か?」


「そうですね…。なかなか…。今の副部長と会計だと、部員の意見を吸収して宥めることは出来るかな?と、余計な心配をしてしまいます。役員決めの時、時間が無くて拙速に決めてしまったかなと、ちょっと後悔してます」


「まあ過ぎたこと、一度決めたことは仕方ない。俺も助けるけぇ、何とか頑張ってくれや」


「はい、頑張ります。ところで先生、用事はなんでしょうか?」


「そうそう、今夜のレクリエーションよ。去年と同じ、フルーツバスケットと椅子取りゲームでええんか?」


「はい、そのつもりです。他にも何か出来ないか考えてみたんですが、時間が無くて」


「分かったぞ。じゃ、椅子取りゲームの時、このカセットを使ってくれ」


 先生はカセットテープを俺に渡してくれた。


「えっ先生、これにはどんな曲が…」


「まあ、みんなにも馴染みのあるクラシックとかジャズの、有名な部分を抜き取って作ったもんじゃ。上井はラジカセか何か、合宿に持って来とるか?」


「はい、一応持って来てます」


「じゃあ昼休みにでも、一通り聴いてみてくれよ。で、椅子取りゲームの…司会は上井がやるんじゃろ?」


「はい、フルーツバスケットも椅子取りゲームも、俺が司会をやります」


「じゃあそのカセットを聴いてみて、椅子取りゲームの流れでも考えてくれや」


「先生…」


「ん?なんじゃ?」


「わざわざ今夜のレクのためだけに作って下さったんですか?」


「まあな。合宿に入ってから作ったけぇ、ちょっと雑かもしれんが」


「ありがとうございます!お忙しいのに」


「まあまあ。大したことじゃないよ。メシの後の休憩時間とか、一応お前らが寝たことになってる筈の後とかに作っとったからな、ワッハッハ」


「あっ、先生は俺らの夜なんて、お見通し…ですよね、ハハハ…」


「そんなん当たり前じゃ。合宿に来て、若い高校生が10時、11時に寝るとは俺も思っとらん。次の日の練習をちゃんとやってくれりゃあ、別に徹夜しとってもええんよ。まあ修学旅行とかだと、こんな俺の意見は怖い体育の先生達に黙殺されるけどな、ワッハッハ!」


「恐れ入りました…」


「まあ夜を過ごすのは今夜が最後じゃけぇ、せっかくなら楽しい思い出になってもらいたい。それだけだ、俺が思うのは」


「ありがとうございます!俺も全力で喋りますんで」


「おぉ、期待しとるぞ。お前の喋りは絶妙じゃけぇの」


 では失礼します…と言って音楽準備室を辞し、音楽室に戻った俺を、心配そうに広田、宮田、そして田中先輩も加わって出迎えてくれた。


「上井君、先生、なんだって?」


「センパイ、もしかして怒られたんですか?」


 次々に心配して声を掛けてくれる。なんと温かい打楽器パートだろうか。俺もあえて顔を暗くしてみせた。


「うん、メッチャ怒られて、このカセットを昼休みに聴け!って言われたよ」


「怒られて、カセット…?」


「うん。とにかく昼休みに聴いて、夜に感想を言え、だって」


「変な罰だね?何のカセット?コンクールの曲?」


「センパイ、何か隠してません?」


 俺は限界を迎えた。暗い表情でありもしない出来事を作り続ける器量は無かった。


「…バレちゃう?バレるか、やっぱり。このカセットはね、夜のレクリエーション用に、先生がわざわざ作ってくれたカセットなんよ」


「なーんだ。じゃあ、怒られたわけじゃないんだね?」


 田中先輩は心底安堵した表情で、そう言ってくれた。


「そうです。いやぁ、俺は俳優には向いてないのがよく分かった…。暗い演技が出来んかった…」


「え?上井君、将来俳優になろうとか思っとったん?」


 広田が笑いを堪えながら聞いてきた。


「うん。チャンスさえあれば…。欽ちゃんに弟子入りして…」


「それじゃ見栄晴くらいにしかなれないよ、アハハッ」


「いや、クロ子かグレ子でもいいよ」


「何それ。もはや俳優じゃなくてコメディアンじゃん!」


 みんなで笑い合い、打楽器4人でいい雰囲気を再び作れた。

 こういう練習時の雰囲気が、俺は好きだ。和気藹々として、明るく楽しい練習時間。


 …ふと思い出したが、中学の同期生、山神恵子は、廿日高校吹奏楽部は金賞至上主義で練習中も楽しくないと言っていたな…。


 だからこそ毎年ゴールド金賞を取り続けているのだろうが、練習中に楽しい要素が何一つないのも、つまらないだろう。それでゴールド金賞を獲っても、ある意味当たり前な訳だ。


 俺としても、もちろん目指すのはコンクールでゴールド金賞!だが、それ以前に、練習に来たくなる雰囲気作りが大切だと思っていた。

 だから俺もミーティングやパート練習でワザと笑いを狙ったり、ボケてみたりしているが、時々その路線でいいのか?と悩まないこともない。


 1学期に1年生が次々と退部した時は、この路線が間違っているのかと悩んだが、残ってくれた部員は去年以上に良い雰囲気でまとまってくれている。


 何より、同期が個性豊かな面々で、俺自身が、部活が楽しいと思っている。


 …恋愛面は別だけど。


 今もひとしきり喋り、笑い合った後、気付いたら各自の担当楽器の重要なフレーズの練習に、いつの間にか戻っている。


(俺ももっと頑張らなくちゃな)


 再びマレットを手にし、コンクールの課題曲「風紋」の音階にティンパニを調節し、メトロノームも用意して、俺も個人練習に入った。


 と思ったら、放送部の自動放送が入った。


『お昼ご飯の準備の時間です。各部活の担当の方は、指定場所に…』


「えー、もう?アタシB班じゃけぇ、行かんといけん。せっかく調子が出てきたのにな」


 と、宮田がボヤいていた。


「京子ちゃん、B班だっけ?自分が何班だったか、すぐ忘れちゃうんよね、アタシ」


 そういう広田は、D班だ。


「宮田さん、アタシが代わりに食事の準備に行ってこようか?」


 と、田中先輩が宮田に声を掛けていた。


「いえっ、田中先輩に準備に行っていただくなんて、恐れ多いです。勿体ないです」


「いいよ、そんなに気にせんでも。3年生は準備を免除されとるけど、ちょっと申し訳ない気持ちもあるんよね。じゃけぇ、宮田さんは練習続けんさい。アタシが代打で行ってくるけぇ」


「ホントにいいんですか?…じゃあ、お願いしてもいいですか?田中先輩」


「うん。未来ある若い子が練習したがっとるんじゃけぇ、年寄りはサポートせんにゃあ。じゃ、行ってくるよ」


「あっ、ありがとうございます!そうだ田中先輩、エプロンと三角巾、アタシのを使って下さい」


「おっと、そうじゃったね。素手で準備は出来んのじゃった。じゃ、貸してね」


「はい、どうぞ。すいません、よろしくお願いします!」


「はーい」


 田中先輩は颯爽と宮田の代打を買って出て、スロープのある階へと向かっていった。


「田中先輩、カッコいい~。女が女に惚れますね!」


 完全に宮田の目はハートになっていた。


「アタシも後輩が出来たら、田中先輩みたいになりたいなぁ…」


「京子ちゃん、良かったね。でも田中先輩に惚れるのもええけど、せっかく代わってもらった時間、しっかり練習してね」


「そっ、そうですよね!練習しなくちゃ」


 宮田は慌てて自分の担当楽器に向き合った。


「上井君も例によって、ちょっと早めに行くんじゃろ?」


「うん…。じゃけど俺も今、風紋の転調部分の感覚がいい感じで掴めて来とるんよね…。誰か代わりに食堂室で号令を…」


「上井君に残念なお知らせがあります。上井君の代打を務められる部員は、いません。残念なお知らせでした~」


 広田も楽しく俺を茶化してくれるし、いい関係が作れたんじゃないかな、と思っている。昨日のパンツ事件も、逆に広田との関係を良くしてくれたと思っているし。


「代打はいない?じゃあお呼びじゃないけど、ちょっと先に行くよ…」


「はーい、行ってらっしゃーい」


 広田と宮田がハーモニーで見送ってくれた。


(昼は…B班で大村リーダーだから、任しとけば大丈夫じゃろう)


 俺は昼ご飯よりも、早く昼ご飯を食べ終えて、先生が作ってくれたカセットテープを聴きたくて堪らなかった。


(早く食べられるメニューならええんじゃけどな)


 <次回へ続く>



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