第39話 -合宿2日目・後輩から見た上井-
若菜以外にも、俺と同じ緒方中学から西廿日高校吹奏楽部へ来てくれた後輩は、トロンボーンの高橋、ホルンの正本など、他にもいるのだが、一番元気で俺と会話するのは、ちょっと遅れて入った若菜だった。
ただもし横田美樹が進学していたら、横田が一番、緒方中からの後輩としては元気活発だっただろう。
ただ若菜も中学の時、俺と神戸が付き合っていた事実は知っていても、部内では今の大村のように平気でイチャイチャもベタベタもしていなかったのを知っているので、神田や赤城が興味津々な話にはならないだろうと思っていた。
「ところで上井センパイ、いつから神戸先輩とお付き合いされたんでしたっけ?」(若菜)
「中3の夏休み直前からだよ」
「へぇー、そうなんですね。アタシは夏休みの部活の帰りに、センパイが神戸先輩と並んで帰ってるのを見て、『わっ、上井センパイと神戸先輩が!』って思ったのを覚えてますよ。付き合い始めたばかりの頃だったんですね~」(若菜)
「ねね、若ちゃん!やっぱり上井センパイは神戸先輩と、部活の時とか、イチャイチャしてたの?」(神田)
「それが、殆ど記憶にないんよねー。センパイは神戸先輩と部活中は、殆ど話してなかった…ですよね?」(若菜)
「あっ、ああ…まあね。俺は性格的に、大村みたいなことは出来んから。若菜に見られた一緒に帰るっていう中学生のカップルの必殺手段は、実は1週間で終わったしね」
「えっ?何でです?」(赤城)
「向こうから、一緒に帰るのは止めよう、って言われたから」
「わ、何て言うオクテな上井センパイ…。そんなん嫌じゃー、一緒に帰りたいんじゃ!とか、言わなかったんですか?」(赤城)
「言えないよ…。そんな、一緒に帰り続けたいとか言って、嫌われるのも怖いし。夏休み中は神戸…さんと目に見えるお付き合いってれだけじゃったけぇ、あまり彼女がいるって実感は持てなかったなぁ。一緒に帰るのを止めてから、部活中にも何となく話しかけにくくなったし。朝のおはようと、帰り際のバイバイだけはしてたけど」
「センパイ、それで付き合ってたっていえるんですか?」(神田)
「うーん…。夏休みに限ると、とても言えんよなぁ、これじゃ。傍から見ててももどかしいよね、こんなの」
俺は苦笑いするしかなかった。
「まあそれ以外には、二学期の途中には交換日記みたいなこともしたし、二学期の終わり頃には一緒に帰るんじゃなくて、一緒に登校するっていうこともしたよ。始まりは夏休み前、終わりは向こうからのさよならレター。まあそういう節目は付けられたけぇ、約半年は一応彼氏と彼女っていう位置付けだったんじゃないかな…。向こうさんにとっても」
「ワカちゃん、センパイが言ってるのはホンマなん?センパイの話だけじゃと、部内ではほとんど付き合ってる雰囲気はない感じじゃけどさ?」(神田)
「確かに…。夏休みの最初に、一緒に帰ってるのを見た以外は…。コンクールとか体育祭、文化祭とかで、センパイが神戸先輩と仲良さそうにしてる所って見なかったなぁ…。あ、そう言えば3年生は文化祭で引退された後、ウチラの部活って3年生の引退セレモニーがあるんよ」(若菜)
「セレモニー?凄いね、そんなのやるなんて。アタシの中学校はそんなの無かったよ〜」(赤城)
「やっぱり珍しいのかな?文化祭で3年生が引退されて、その次の部活がセレモニーの日なのね。役員交代式も兼ねとるんよ。その最後に、1年生と2年生が輪を作って、3年生がその輪を潜って、音楽室から出ていくっていう流れなんじゃけど…」(若菜)
若菜はここで俺の顔を見た。ここからが若菜が予告していた、後輩の話に繋がるのだろうか?
「上井センパイの代は、20人くらいおられたんじゃけど、男子は上井センパイ1人だけじゃったんよ」(若菜)
「うわぁ、センパイはそれじゃ、モテまくりじゃなかったんですか?」(神田)
「とんでもない!俺は中2になってから途中入部してきた外様じゃけぇ、モテるどころか、話してくれる同期の女子は少なかったよ」
「えーっ?センパイ、途中入部だったんですか?」
若菜を含めた3人の女子が一斉に驚いていた。
「そう、バリサク始めたんは、中2になってから…。じゃけぇ、俺が部長になるのを良く思ってなかった同期の女子もおると思うよ」
「逆にアタシが驚いてしまいましたよ。全然そんな雰囲気感じんかったけぇ…。でももしかしたらセンパイが練習熱心だったのは、途中から入ったから早く追い付かなきゃ、そんな部分もあったんです?」(若菜)
俺は俄に、後輩から練習熱心と思われていたんだ、と感激してしまった。
「結果的にはね。だから俺のキャリアは、若菜と変わらんのよ」
「そっか。アタシが中学に上がって、吹奏楽部に入ってフルートを始めたのと、センパイが途中入部でバリサク始めたのって、同じ時期になるんだ!」(若菜)
「不思議じゃろ」
「多分、センパイが途中入部ってのは緒方中のみんなは知らないから、驚くと思いますよ!」(若菜)
若菜は少し興奮気味に話していた。俺の過去を緒方中の後輩の中で、一番早く知ったから、そんな雰囲気だった。
「ねぇねぇワカちゃん、そんな上井センパイがモテてたって、本当?」(神田)
「あっ、そうそう。引退セレモニーの話じゃった。どこまで話してたっけ?」(若菜)
「後輩が輪を作って、3年生が潜るとかナントカ」(赤城)
「そうそう!その続きじゃけど、慣例的に部長が最後に輪の中を歩くんよね。その時、他の先輩は普通に歩いていくだけだったけど、上井センパイは後輩1人1人に、個別にメッセージを話していくんよ。そしたら、女子の後輩は感激しちゃってね」(若菜)
「え、1人ずつ話し掛けるん?」(神田)
「うん。それも、単純にこれからも頑張ってねとかじゃなくて、こういう所が良かったよとか、1人1人を把握してなきゃ話せないような内容を話し掛けてくれたんだ、上井センパイは」(若菜)
「へぇー…。そしたらワカちゃんも、何か個別メッセージを話してくれたんだ?上井センパイは」(赤城)
「ま、まあね」(若菜)
少し若菜は照れた表情になった。
「ワカちゃんに聞いても…答えてくれなさそうじゃけぇ、センパイに聞いてみよ!ね、センパイはワカちゃんにはどんな言葉を掛けたの?」(神田)
「えっ!そんなこと突然聞かれても…。1年以上前の話だしなぁ」
「えー、思い出して下さいよぉ」(神田)
「うん!知りたい、知りたい!」(赤城)
俺は忘れたフリをしたが、勿論各自に個別にメッセージを残すために色々考えたから、忘れてはいない。若菜の方を見たら、照れて俯いていたが、別に何も言わないでほしいという雰囲気は感じなかったので、思い出したフリをして言ってみた。
「思い出したよ。若菜には、『フルートのリーダーとして、元気に明るく頑張ってね』って言ったはず」
「キャッ、センパイは1人1人に、そんな感じで個別に言葉を掛けられたんです?」(赤城)
「ま、まあ、一応…」
「そんなことを去りゆく先輩に言われたら、感激しちゃうよね!アタシのこと、ちゃんと見ていてくれたんだ…って」(赤城)
「うん。センパイが実は後輩の女の子からモテてた伝説、その辺が鍵みたいですねっ」(神田)
「アタシが言うのもナンじゃけど、センパイが1人ずつ違うメッセージを残すから、センパイのことを密かに思ってた女子は泣いちゃってね。上井センパイ!泣いちゃった後輩が何人かいたの、覚えてます?」(若菜)
「えっ、ま、まぁ…」
「その子達は、センパイのことが好きだった女の子です。だから、モテなかったとか、言わないで下さいね」(若菜)
参った、都市伝説で終わらせようとしていたのに。反面、そうだったのか…と思い出すことが多々あり、今更だが俺は感激していた。
「でもセンパイが音楽室を出られた後、ちゃんと神戸先輩が待ってて、何か会話しながら一緒に帰られてたのを、アタシ、見たんです。だからやっぱりお2人はカップルなんだな~って思ってて。でも中3の3学期に別れてたっていうのを聞いた時はビックリしたけど、反面、そうかもな、とは思ったんよね〜」(若菜)
若菜は神田と赤城に向けて言ったようだが、俺がすかさず反応した。
「若菜、そうかもなって何なんだよ~」
「センパイ、オクテですもん。引退式の後、お2人で帰られましたけど、センパイからは待ってて…って言ってないでしょ?」
「なんでそこまで推測出来るんだよ」
俺は苦笑いしか出来なかった。
「トランペットの後藤さんも言ってましたよ。上井センパイはオクテじゃけぇ、いい面もあるけど、男子に引っ張ってほしい女子としては、イライラするかも、って意味」(若菜)
「後藤が?」
「彼女はアタシら同期の中で、一番のリーダーシップを持ってましたからね。ズバズバ意見も言うし。去年の、中学の体育祭の時に、横田のミキちゃんの話を聞いて、何か思うところがあったんじゃないですか?」(若菜)
「まあなぁ…。俺が部長してた時も、後輩とは思えない感じでよく意見してくれたし、それがまた嫌味じゃなくてカラッとしてる感じだったよ。それでいて俺が前面に出にゃいけん時は立ててくれるし。じゃけぇ、頼りになる後輩じゃったね。懐かしいや」
「そんな凄腕の同世代がおったんじゃ、緒方中には。西高に来てたら、間違いなくアタシはハハーッてひれ伏してたよ、絶対!」(赤城)
「でも赤城と後藤の組み合わせ、なんか興味あるな~。面白そう」
「センパイ、アタシは元気だけが売りなんですから、そんな鬼教官みたいな同期がいたら売り物がなくなっちゃいます…」(赤城)
「ハハッ、鬼じゃないよ、人間じゃけぇ安心しなよ。俺、その後藤っていう女の子からは色々相談も受けとって、キューピッドを務めたこともあるんじゃけぇ。そういう可愛い面もあるんよ」
「えっ?そしたら上井センパイが、後藤さんと石崎くんをくっ付けたんです?」(若菜)
「そうなんよ。自分の恋愛はオクテなクセにね。後輩の片思いだけは実らせてあげたくてさ」
「上井センパイ、カッコいい~!それで神戸先輩とも長続きしてれば、完璧な中学校生活の締めくくりが出来たんですね~」(神田)
「そうやねぇ…」
俺は中学の卒業式で、神戸千賀子が真崎と共に俺の近くで腕を組んで写真を撮っていた場面が、どうしても忘れられない。周りに神戸と和解したのかと聞かれても、いくつかのそんな場面を目撃した傷痕がリバースしてきて、なかなか普通に話し掛けられない…。
「後藤さんもセンパイは恩人なのに、オクテだなんて…。ちょっと酷いですね」(若菜)
「いや、事実じゃけぇ。オクテで女心…っていうか、女子との付き合い方を知らんもんじゃけぇ、バレンタインの直前にフラれたりするんよ」
「え?いや、センパイ?神戸先輩と別れられたのは、バレンタインの直前だったんです?」(若菜)
「ああ、そうだけど…」
俺は又も偶々居合わせて現場を目撃してしまった、バレンタインデーの前日に、神戸が真崎へチョコを渡して告白する場面がフラッシュバックしてきた。
「つらい、辛すぎですねぇ…」(若菜)
「センパイが部活で、神戸先輩とあまり喋らない理由が、やっと分かりましたよ、アタシ」(神田)
「バレンタインの直前じゃけぇ、高校入試も直前だもんね。そんな時にフラれたなんて。で、今は上井センパイと同じ部活なのに、大村センパイと付き合いよる。しかも結構人目を憚らずに。上井センパイ、元気出して下さいね!アタシ達はセンパイの味方ですからっ」(赤城)
「あ、ありがとう。さっきは覗きの犯人にされそうになったけど…」
「あっ、それは謝ります、スイマセン」
3人娘が、一斉にスイマセンと頭を下げてくれた。ちょっとホッとした俺がいる。
「お詫びに、アタシのパンツの色、教えましょうか?」(神田)
「いや、そんな、恥ずかしいからいいって」
真面目な顔をして神田がそう言ってきたので、戸惑ってしまった。
だがこの3人は、神戸は俺の次に大村と付き合ったんだと思い込んでいる。実は間に真崎というスケープゴートが挟まれていると知ったら、どんな反応を示すだろうか。
「じゃあ、夜も遅いし、そろそろ寝た方がいいよ。本物の変態が来る前にね」
「あっ、ホンマじゃあ。もう1時!寝よ、明日グランド走るのは嫌じゃもん」(神田)
「ほうじゃね。じゃあ上井センパイ、お休みなさーい」(若菜)
みんな口々にお休みなさいと言って、教室棟へ駆け出して行った。
その後ろ姿を見送ってから、俺はシャワー室の電気を消した。
(おわっ、ホンマに何も見えん!部屋に戻れるんかのぉ)
真っ暗闇の中を、俺はソロリソロリと部屋に戻り始めた。
(やっと2日目終了か…。まだ明日、1泊しなきゃいけないんだよな。明日は何も起きませんように…)
果たして合宿3日目は、無事に終わるのだろうか?
<次回へ続く>
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