第38話 -合宿2日目・パンツ問題再び-

 前田先輩と話していたら、時は既に日付が変わりそうな時間を迎えていた。

 俺は構わないが、前田先輩は女子の部屋に戻って、何か言われたりしないだろうか。そこが少し心配だ。

 とは言っても3年生、そんなに詮索はされないだろうと思ってはいるのだが…。


 俺は時間は遅くなったが、冷水とはいえシャワーを浴びないと1日の疲れが取れない気がするので、一旦男子部屋に俺の着替えを取りに戻った。


 まだ電気は点いていたが、大半の男子は既に寝ていた。

 起きていたのは1年生数名だった。たった1年だが、若いというのは羨ましい。

 なかなか眠気が起きず、本を読んだり、ウォークマンで音楽を聴いたりしているようだ。


「あれ?上井先輩、今まで一体何処にいたんですか?」


 音楽を聴きながら本を読んでいた出河が聞いてきた。


「アチコチで色んな人に捕まってさ。喋り続けたけぇ、喉が痛い…」


「ホンマですか?女子の部屋に乱入してるって噂でしたけど」


「まさか!俺にそんな度胸は無いって。伊東じゃないし。乱入しても袋叩きにされて追い出されるだけだってば。誰がそんな噂流してんだよ。俺、噂は懲り懲りなんよ、もう」


「あー、変な噂が朝方流れてましたね。結局アレは何が原因だったんです?」


「まあ、結局は…。火のない所に煙を立てた、そんなもんだよ」


「はい?なんの例えです?」


「とりあえず俺、シャワーを浴びて来るから。あとはヨロシク。あ、眠くなったら、俺が帰ってなくても電気消してもええから」


 なんとか出河を煙に巻き、着替えを持ってシャワー室へと足を運んだ。


(もう12時近いから、誰もおらんじゃろうな。暗いけぇ、逆に怖いな…)


 と思いつつ真っ暗な廊下を抜け、シャワー室へ着いたら、電気が点いていた。


(誰かの消し忘れじゃろうな。最後に俺が消せばいいだけだ)


 そう思い玄関に進むと、女子シャワー室からシャワーの音が聞こえてきた。会話らしき声も聞こえたので、こんな遅い時間だが複数の女子がシャワーを浴びているようだ。


(誰かいる?女子?誰じゃろ?あ、女子バレー部の子かもしれんな、さっき笹木さんに2回目のシャワーのOKを出したから…)


 男子シャワー室には誰もいなかったのも、俺の予測が確かじゃないかと思わせるのに、十分な材料だった。


 服を脱ぎ、冷水を浴びる。最初は恐る恐るだが、覚悟を決めて浴び続ければ、その内身体が火照ってくるから不思議だ。

 簡単に体と髪の毛を洗い、泡を流す。


「ふぅーっ。今日も色々あったな…」


 公的には1日分忘れたことになっているが、決して忘れたわけではない着替えを着ながら、束の間の解放感を味わっていたら、ほぼ同時に女子のグループもシャワーを終えて、更衣室へ上がってきたようだ。


 一応、男子と女子の間には、コンクリートの壁があるのだが、恐らく女子軍団は俺が後から来たのもあり、男子の方は誰もいないと思って、また開放的な心理状態も影響して、かなり大きな声で話しているのだろう。


(わ、なんか顔を合わせたくないな…。覗きに来たとか思われるのも嫌だし。どうしようか…。彼女らが先に出て行ってくれるのを待とうか…)


 俺はそう決め、着替え終わった後も男子更衣室にある折り畳み椅子に座り、時が経つのを待った。


 …しかし女子が複数いると、ただでさえ男子よりも時間が掛かる着替えに、余計に時間が掛かるようで、時々何かしらの嬌声が漏れ聞こえては、まだ更衣室から出て行く気配はないことを教えてくれる。


(クッ…先にとっとと出て行けば良かった…)


 後悔先に立たず、だ。タイミングを逃した俺は、とにかく何人いるか分からない、恐らくバレー部の女子達がシャワーの更衣室から出て行ってくれるのを待つしかなかった。

 相手が吹奏楽部の女子なら、こんなに気を揉むことはないのだが。


 その内、せっかくシャワーで火照っていい気持になった身体が、元に戻ってきた。

 あまり時間を掛けると、また出河に変な噂を流されるかもしれない。

 まだ隣からは嬌声も聞こえる。

 このままだと風邪を引きかねない。


(よし、今の内に急いで脱出しよう)


 俺は脱いだ着替えをまとめると、男子のシャワー室と更衣室の電気を消し、サッと男子更衣室を出て、シャワー室の玄関へ向かった。


(よし、上手く逃げれた…)


 しかし、外へ出てやや早目に数歩歩いた所で…


「キャーッ!誰かいる!」


 女子の叫び声がした。

 明らかに俺のことを指して叫んでいる。俺はその声と共に立ち止まらずにはいられなかった。

 脱出失敗だ…。なんとタイミングの悪い男だ、俺は。


「えっ?男子がいたの?いやだー、誰?痴漢なの?変態なの?」


「えー、アタシ達3人がいるのを知っててシャワー室にいたんだよ。変態だよ、きっと」


「こら、そこで立ち止まらないで、コッチ向きなさいよ、スケベ!」


 3人いたのか!

 散々な言われようだ。

 今思えば立ち止まらずにそのまま逃げ切ってしまえば良かったのだろう。


 だが立ち止まってしまった以上、何らかの釈明をせねばならないのだが、てっきり女子バレー部の女の子だと思っていたその声は、なんとなく聞き覚えのある声だった。


 恐る恐る女子軍団がいる方向へと向き直ったら…


「あれ?上井センパイ!なーにやってるんですか?別に逃げなくてもいいのに」


 そこにいたのは吹奏楽部の1年生女子3人組、フルートの若菜、クラリネットの神田、トランペットの赤城だった。


「や、やあ…」


「まったくもう、センパイったら中途半端に逃げるから…。てっきり変態か覗きじゃと思って、部長に通報してもらわなくちゃって思ったら、部長ご本人様じゃないですか」(神田)


「でもあのまま逃げてたら、アタシ達、男子の部屋に上井部長ー!ってSOSに行ったと思う。でもその時に上井センパイの呼吸は、急いで部屋に戻っとるけぇ、荒っぽく乱れてるはず。それでアタシ達はなんで?って疑うから…。結局バレる運命だったんですよ、センパイ」(若菜)


 1年の女子達は、勝手に俺の行動を分析し始めていた。特に若菜の分析は、中学時代から変わってないな、と思った。


「ちょっと待ってくれって。俺は何にもしてないってば。覗いてないし。自分のシャワーに来ただけで、たまたまその時みんながいた、それだけのことじゃろ?」


 だが女子は3人も一緒にいると、例え後輩でも強い。


「えーっ、怪しいよセンパイ。それならコソコソ逃げるようにしなくてもいいのに」(赤城)


「本当にアタシ達のこと、覗いてないですか?」(神田)


「そうだ!アタシ達3人のパンツの色を言ってみて下さいよ。覗いてたら分かりますよね。それでクロかシロか、決めますから」(若菜)


 何という憂き目に遭っているのだ、俺は。嗚呼、とっとと部屋に戻るか、もっと長く更衣室に留まるべきだった。


「いや、いくら何でも後輩の女の子のパンツの色なんか言える訳ないじゃろ!百万が一見えたとしても」


 この発言が火に油を注いでしまった。後半の発言が余計だった。完全に覗いて、パンツを見たと思われてしまった。今日はパンツ受難の一日だなぁ…。


「じゃあ、取り調べを始めます!まずアタシ、神田は何色のパンツを穿いてますか?」


「なんつー取り調べじゃ。知らんってば」


「知らない?先輩、知らないふりはダメよ。アタシだって恥ずかしいんじゃけぇ」


「だって知らんもんは知らんって。答えようがないよ」


「センパイ、本当に覗いてないの?」(若菜)


「なんか、本当に覗いてないっぽいよ?」(赤城)


「アタシ、パンツの色を明らかにする犠牲を払うつもりだったのにぃ」(神田)


 俺は本当に神田のパンツの色なんか知らない。

 最初はテキトーに白とか言おうかと思ったが、これも万一正解だとしたら、余計に疑惑を招いてしまう。だから、『知らない』で通そうと思った。


「俺は、こんな時間にシャワー浴びてる生徒はいないだろうなと思って、真っ暗なシャワールームを想像して、やって来たんよ。そしたら電気が点いてて、しかも女子の方から複数の声が聞こえる。最初は時間的にも、神田が提案してくれた、女子バレー部の2回目のシャワーを浴びとる女の子かな?って思ったんよ。さっき女子バレー部の主将キャプテンに、神田の名前を出してこういう話があったよって言っといたから」


「あっ、ありがとうございます…。え?でも女バレの子達の声とアタシ達の声って、結構違いませんか?」(神田)


「そんな声の違いまで判らんって。壁越しにうっすら聞こえるだけじゃけぇ、性別しか分からんもん」


「センパイ、ちょっと拗ねてる?」(赤城)


「そりゃあ拗ねるよ。覗きの容疑者にされたんじゃもん」


「じゃもん、じゃもんって、可愛いなぁ、センパイも。中学の時はそんな面は見せなかったですよね?」(若菜)


「そっか、ワカちゃんと上井センパイは、同じ中学なんだっけ?」(神田)


「そうなんよ〜。でもウチらの代の女子は、結構上井センパイのファンが多かったなぁ。ね、上井センパイ?」(若菜)


「いや、俺は中学の時にはそんな自覚無かったよ?」


「またまた〜。去年の体育祭に、横田のミキちゃんと森本さんが来たんじゃないですか?」(若菜)


「よう知っとるね!っていうか、若菜さんは横田さんとはフルートで一緒か」


「そうですよ。じゃけぇ、上井センパイがおるけぇ絶対に西高に行く!って言うとったのに…」(若菜)


 若菜はちょっと声のトーンが落ちた。自分は合格して、横田や森本が不合格だったことに、負い目を感じているのかもしれない。


「でもさ、その2人くらいじゃろ?どうせなら俺が中学にいる時に言ってくれりゃあええのになぁ…」


「何を無茶な。センパイは神戸先輩と付き合ってたじゃないですか。だからみんな遠慮してたんですよ?」(若菜)


 俺には心が痛む過去の話だが、赤城や神田は初めて聞いたようで、驚いているのが手に取るように分かるのが、何となく面白かった。


「えっ、上井センパイ、あの神戸先輩の彼氏だったんですか?!」(神田)


「ビックリしたぁ!センパイ、神戸先輩と付き合ってたんですか?!」(赤城)


「2人とも知らんかったっけ?アタシ、言ったことなかったかな」(若菜)


「若菜はちょっと後から入ってくれたけぇ、俺の中学時代の話なんか全然周りにはしとらんじゃろ?」


「確かに…」(若菜)


「中学の時の話は、俺の今の同期はみんな知っとるんじゃけどね」


「1つ年下になると、全然知らないってのも不思議ですね」(若菜)


「じゃあ、じゃあ、神戸先輩が大村先輩とベタベタしてるのって、辛くないですか?上井センパイ…」(赤城)


「そうですよ!ましてや副部長がカップルだなんて、部長としてやりにくくないですか?」(神田)


「ハハッ、もうそんな段階は過ぎたよ」


「そ、それならいいけど…」(神田)


「アタシも、去年の体育祭を観に行ったミキちゃんから教えてもらって、初めて上井センパイは神戸先輩と中学卒業前に別れてた、って教えてもらったの。中学の吹奏楽部女子は、みんな上井センパイは神戸先輩とラブラブで西高に通ってる、って思ってましたからね、その知らせを聞くまでは」(若菜)


「そうかぁ…。じゃ、入試直前にフラレた時に、音楽室に行って、フラレたよ〜って広報したら良かった?」


「センパイ、それはあまりにもミジメじゃないですか…。まあ多分ウチらの代は、センパイを慰めて上げたとは思いますけど…」(若菜)


 若菜は苦笑いしつつ、続けて言った。


「アタシ、実は何度か、大竹駅で神戸先輩にお会いして、雑談したことがあるんですよね。でも、上井先輩のことは何も言われなかったから、アタシはお付き合いを続けてるんだと思ったんですけど、吹奏楽部に入部したアタシの目に飛び込んで来たのは、大村先輩とベタベタな神戸先輩でした。最初、我が目を疑いましたよぉ」(若菜)


「そっか、ワカちゃんは上井センパイと神戸先輩がラブラブだった場面を見てるんだもんね?」(神田)


「中学時代、上井センパイと神戸先輩って、どんな感じだったの?」(赤城)


 何とか話題が、俺の無実の覗きから変わっていったのは助かったが、まさかこの元気印三人娘から、神戸千賀子との中3時代の出来事を蒸し返される流れになるとは、予想も付かなかった。


「特に…普通でしたよね?センパイ」(若菜)


「うん。あまりに普通すぎるけぇ、後輩男子が見かねて、遠征するバスで席を隣にしてくれたこともあったけど…」


「キャーキャー!中学生で、バスの座席に男子と女子で並んで座ると、揺れたりしたら体が触れ合ったりして…」(赤城)


「でもアタシが見てた限りでは、そんなにバスの中でも…話されてないですよね?」(若菜)


「うん。だから、青かったよなぁ…って、反省ばかりだよ。神戸…さんは、俺と付き合ったことは汚点でしかないんじゃないかと」


「なーに言ってんですか!どれだけの緒方中吹奏楽部の後輩の女の子が、センパイに彼女が出来たのを悔しがったりしたことか。アタシの覚えてる範囲で、ご披露したいくらいですって!」(若菜)


 若菜が中学時代の話、しかも俺が知らない話も沢山引き出しを開けそうな雰囲気になっている。


 一体、どんな話をするんだ?


<次回へ続く>

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