第34話 -合宿2日目・恋愛は難しい-
俺が食堂の3年1組にそのまま居座り、電気を消して前田先輩のことを考えていたら、いつの間にか3年1組に誰かが入ってきたようだ。
だが必死に年上の女性の悩みを考えていた俺は、その気配には全く気が付かなかった。
「上井君?」
「えっ?だ、誰です?」
「やっぱり上井君かぁ。暗くて見えない?アタシよ、アタシ!」
女性の声が聞こえた。
だがまだ真っ暗になっている訳ではなかったので、声色と顔で声の主が誰かはすぐに分かった。
「近藤さんこそ、どうしたん?」
声の主は同学年の女子バレー部、そして生徒会役員を共に務める近藤妙子だった。体操服とジャージパンツという姿だった。
「どうしたんって、それはアタシのセリフだよ。薄暗い教室で1人でボーッと座って窓の外を見てる男の子を見掛けたら、それが知ってる男の子なんだもん、声を掛けたくなっちゃうよ」
廊下側を見たら、女子バレー部が食事を終えて、片付けをしているようだった。
「そっか、女子バレー部も夕飯じゃもんね。片付けの最中?」
「うん。吹奏楽部もハヤシライスじゃった?」
「ハヤシだったよ」
「メニューはやっぱり同じだね」
「まあ業者も、吹奏楽部用、女子バレー部用、なんてメニューを別々になんてことは、出来ないよね」
「そうよね。ね、上井君、電気点けたら?目が悪くなっちゃうよ?」
「あっ、ああ…。お気遣いありがとう」
近藤は教室の照明のスイッチをオンにし、薄暗かった3年1組がパーッと明るくなった。
近藤妙子が部屋に入った以上、前田先輩のことを悩む訳にはいかないし、電気が点いても構わなかった。
「上井君、横、いい?」
「うん、いいよ」
近藤は一言断りを言ってから、俺の隣の席に座った。
「女子バレー部は、シャワーを浴びてから夕飯って流れ?」
「そうなの。じゃけぇ、夕方はちょっと忙しいんよね」
そういう近藤からは、まだシャワーを浴びた残り香が香ってくる。流石女の子らしいな、と思った。
「でも昨日も笹木さんと話したけど、夜ももう一度シャワーを浴びたいって願望が、みんな強いんじゃってね」
「そうよ~。これで今日の練習が終わりならええけど、夜の練習もあるけぇ、またそこで汗をかくじゃん?そのまま寝ろって言われても、汗でベタベタで、寝れないんよ」
「やっぱりね。昨日の夜、笹木さんとシャワー室前でバッタリ会ってね、夜は吹奏楽部の女子にシャワーの割り当てになってるけど、この子達にもう一度シャワーさせてやってくれない?って言われたんだ」
「この子達?メグはそう言ったんだ?」
「う、うん。見たことない女の子じゃったけぇ、1年の女子じゃと思ったんじゃけど…」
「メグはやっぱり後輩思いだなぁ」
「…というと?」
「女子バレー部の寝室は、1年生と2年生で分けてるのね。で、2年生は夜のシャワーをしたいけど、吹奏楽部との協定があるけぇ、我慢してってメグに言われたの。じゃけぇ…あんまり上井君といえども恥ずかしいけぇ、詳しく言いたくないんじゃけど、夕方のシャワーで着替えた下着を脱いで、2日目用に用意してた下着に着替えたのね。まあみんな男子の目がないけぇ、大胆なスタイルで汗を拭いとったよ。そして昨日の夕方に着てた下着を洗って、教室にロープを張って、みんなして干してるの」
「へぇーっ!」
俺は驚いた。いくら同じ釜の飯を食う仲間だとはいえ、下着を同時に干すなんて、恥ずかしくないのだろうか。
「近藤さんも…その…干したの?」
「…うん」
照れながら答える近藤妙子が可愛かった。
「でも、どんなのを身に着けてるか、バレちゃうじゃん?恥ずかしいとか、ない?意外と大丈夫?」
「ま、まあ、恥ずかしくないと言ったら嘘になるけど、アタシ1人だけじゃないし。それにスポーツしてるから、みんなそんな派手派手な下着じゃないしね。着替える時にどんな下着を着けてるかは、既にバレとるし」
「ふーん、なるほど…。じゃこのことは俺と近藤さんの秘密にしとこうね」
「え?秘密?」
「そう、こんな話を女子バレー部員から聞いたって言ったら、飢えとるウチの男子が、夜中に女子バレー部の寝室に夜這いするかもしれんけぇ」
「キャハハッ!ブラスの男子って、飢えとるん?女子の方が多いのに」
「そうなんよ!まあ、一番飢えとるんは、俺かもしれんけど」
「またぁ。上井君が飢えとるなんて、聞いたことないよ。でも上井君が夜這いしてきたら…。タナが逆に食い付きそうかも。フフッ」
と近藤は俺の肩を叩きながら楽しそうに言った。
「タナって、田中さん?」
「うん。彼女はもう何もかも突飛すぎるから。今朝だって、いきなり上井君に背後から近付いて、目隠ししてたでしょ?あの子はもう少しそういう子供っぽい部分を大人っぽくすれば、いい女の子なんだけどね」
「まっ、まあ確かにね。突然目隠しされて、キュンとは来ないな、流石に…」
俺は胸が当たったことは別にして、確かに恋心は湧かない、と思った。
「でしょ?アタシ、上井君の性格を、女子バレー部の中ではメグの次くらいに知っとるつもりじゃけぇ…」
「笹木さんの次?」
「うん。メグは上井君とは中学から一緒でしょ?中3の時は同じクラスじゃったって聞いたし、去年も同じ7組じゃったけぇ」
「そうだね…。吹奏楽部以外では、一番腹を割って話せる間柄の女子じゃないかな?とは思うけど」
「そんな親友みたいな2人の間には流石に入れんけぇ、アタシはメグの次に上井君を知る女。メグの知らない、生徒会での上井君を知っとるし」
俺はそのセリフを聞いて、ふと近藤妙子は本人も気付かないまま、笹木をライバルみたいに感じているのではないかと思ってしまった。それも恥ずかしながら、俺を巡って、の話だ。
「…なんかそんなこと言われると、近藤さんを意識しちゃうよ、俺」
ワザと俺は鎌をかけるように、言ってみた。
「えっ…。そ、そう?」
その言葉をキッカケに、途端に近藤は顔を真っ赤にして、俯いてしまった。もしかしたら…という思いも廻ったが、それを今言う勇気は、俺には備わっていなかった。
「じゃ、じゃあ、俺も近藤さんのことをもっと知るようにしようっと。趣味とか、好きな芸能人とか、嫌いな食べ物とか」
「あっ、ああ、そうよね、アハハッ」
俺も照れてしまい、顔が火照ってくるのが分かった。
しぱらく2人の間を沈黙が覆った。だが
「あっ、アタシ、夜の練習に行かなきゃ!またコーチに怒られちゃう。上井君、まっ、またね。バイバイ」
近藤は練習に行くというより、これ以上俺とのやり取りを照れて続けられないと思ってか、席から立ちあがると、体育館へと向かっていった。
「あっ、ああ、バイバイ…」
そう言って俺も教室の時計を見てみたら、7時20分を指していた。
(わ、俺も夜の合奏に行かなくちゃ)
俺は慌てて3年1組の照明を消し、窓を閉めると、音楽室へ向かった。
(結局前田先輩の心中を推し量れなかったな…。その一方で何やら近藤さんは匂わせるようなことを言ってくるし…。どうなるんだ、俺の身の回りは)
音楽室に着くと、もう既に殆どの部員が揃って、音出しや個人練習をしていた。
「上井くーん、遅刻ギリギリじゃったね!」
広田が俺を見付けて声を掛けてくれた。
「ふう、間に合わんかと思ったよ」
「どこに行っとったん?」
「ちょっと異種格闘技戦に…」
「え?何それ?プロレス?」
「いや、大したことじゃないよ」
俺は形としては、3年1組で女子バレー部の部員と密会していたことになってしまう。誰にも目撃されていないと思って、はぐらかすような言い方をしてしまった。
その一方で、サックスの席に座っている前田先輩を横目で見てみた。
普段と変わらない様子で、テナーサックスの大事なフレーズを繰り返し吹いている。さっきの、俺に寂しそうに寄りかかってきた姿が想像出来ない。
(うーん、どんな感情を持っておられるんだろう)
色々考えたかったが、もう先生が指揮棒を持って準備室から出て来られた。
「みんな揃っとるか?パートリーダー、確認してみてくれ」
少し間が開いてから、大丈夫です!と各パートリーダーから返事が返ってきた。
「よし、じゃあ夜は自由曲を通すぞ。用意してくれ」
俺はコンクールの自由曲と課題曲では、課題曲に重きを置いていた。自由曲は出番が少なく、そんなにティンパニが目立つ場面もないので、途中でトライアングルの補助にも入るようになっていた。
なので昼間の合奏よりは、多少気は楽だった。
「じゃ、始めるぞ」
先生が指揮棒を構えた。
ティンパニは出番は少ないとはいえ、自由曲の頭に8小節、出番がある。ギリギリに音楽室に駆け込んで来たせいでまだ頭の中が自由曲合奏モードになっていなかったが、無理やり切り替えて、ティンパニの準備をした。
(よし、OKだ)
夜の合奏が始まった。
<次回へ続く>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます