第27話 -合宿2日目・朝食後-

 3年1組の朝食会場に向かった俺は、まず最初の関門に遭遇した。

 準備班はC班なので、神戸千賀子がリーダーなのだった。

 女子ということで、サブリーダーに大上を指名していたが、無事に準備に着手出来ているだろうか?


 一番最初に目に入ったのは、大上と神戸の2人が会話しているところだった。

 その光景を見てとりあえずホッとしたが、俺も何か話しかけねば…。


「おう、上井。なんとか神戸さんと1年生で準備しとるとこや。何か心配になって早目に見に来たんか?」


 俺の顔を見た大上から、気を利かせてなのか、先に話してくれた。大上も、俺と神戸千賀子の間でどんな経緯があったか、よく分かってくれている。


「あ、いや、別に心配とかじゃないよ。体育館でラジオ体操の後に色々あって、寝室まで戻るのが面倒じゃけぇ、そのままここに来たんよ」


「まあC班は上井がさ、俺と神戸さんが話しやすい2年と1年を配置してくれたけぇ、うまくやれとるよ。安心しんさいや」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 そこで俺はチラッと神戸千賀子の方を見た。

 彼女も俺のことを意識していたのか、一瞬目が合った。

 

 が、なぜか急にお互いに照れてしまい、顔を赤くして目を逸らしてしまった。

 大上もなんとなく俺たちのことを見ていたが、特に口出しすることは無かった。


「上井部長、座って待ってて下さいよ」


 と冷静に声を掛けてくれたのは、1年のフルート、同じ中学出身の若菜だった。

 同じ緒方中学出身の後輩は何人かいるが、なぜか高校ではあまり会話をすることは無かったので、新鮮だった。


「うん、邪魔になっとるよね、俺。隅っこにおるわ」


「いえいえ、邪魔だなんて言ってないですよー、アタシ」


「まあ、みんなが来るまで仮眠しとるから。寝てたら起こして?」


「寝るんですか!寝れないと思いますけど、準備でガヤガヤしてて」


 なんとなく若菜と久々に会話を交わしたら、中学時代にタイムスリップしたような感覚に陥った。

 彼女もクールな反面、内には熱心な心を持っている子なので、中学時代も普段はあまり喋らないのに、実際に会話したら面白かったのを覚えている。


 もう少し若菜とは、吹奏楽部に入部するのが遅かったのは何故か?とか、聞いてみたかったが、徐々に部員が集まり始めていたので、やめておいた。


「上井ー、準備出来たよ。みんな揃ったら一言頼むわ」


 大上がそう言ってくれた。朝食の準備は品数が少ないので、昼や夜よりも楽なのが長所な反面、眠いという欠点がある。

 この日もクロワッサンに野菜ジュース、ヨーグルトというメニューだった。


「おう、大上、ありがとね」


 結局C班の本来のリーダー、神戸千賀子とは一度目が合っただけだった。


 お互いに意識しているのは、もう十分に分かるのだが、なかなかその先…フレンドリーに話す関係には戻れない。

 そんな自分が自分でもどかしく感じる。


 福崎先生もやって来られたので、朝食の挨拶をすることにした。


「皆さーん、おはようございます!眠い朝を迎えたことと思いますが、練習はしっかりやっていきましょう。そのために朝食をしっかり食べて下さいね。では…いただきまーす」


 明らかに元気のない合唱の声が、弛緩した教室内の空気を更に澱ませる。

 もっとも俺自身、出河に起こされなかったら、ラジオ体操に遅刻していたのだから、他人のことはとやかく言えないが。

 昨日の昼食、夕食の時のような元気さが明らかに欠けた状態で、まるで食べる時は喋っちゃダメと言われた小学生のようだった。


 俺は食べながら、去年の2日目の朝はどうだったか思い出そうとしていたが、去年の夏は野口真由美との絡みや、伊野沙織への片思いが高じていて、毎日テンションが高かった気がする。


 特に初日に伊野沙織と一緒の食事当番になり、包丁で指を切って出血した時、傷口をパクッと伊野沙織が咥えてくれたことは鮮明に覚えている。

 だからこそ告白も上手くいくと思ったのだが…。


 たった1年で、人間関係は劇的に変わるものだ。


 更にもう1年遡ると、神戸千賀子と付き合えたことに毎日舞い上がっていたのだから、本当に人生は分からない。


「上井~。みんな大体食べ終わったぞ。締めの一言、頼むよ」


 大上に呼びかけられてハッとした。1人でボーッと過去の思い出に浸ってしまっていたようだ。


「あっ、はいはい。すいません、一番眠いのは俺ですね、ハハッ…」


 教室内を、笑っていいのかどうなのか分からない空気が包んでいた。


「ウソだぁ。上井先輩、昨日男子の中で一番最初に寝たじゃないですか」


 と出河が茶化してくる。ここでやっと少し笑いが生まれた。


「まあ出河も来年になったら分かるよ、うん。じゃ、いいですか?ごちそうさまでした!」


 さっきよりは元気な声が教室内を包んだ。


「一応今日の予定ですが、ほぼ昨日と同じです。午前中はパート練習、午後もパート練習…」


 と俺が言い掛けたところで、福崎先生が口を挟んだ。


「えーっと、ちょっといいか?先生から一言。部長が今日の予定を言い掛けたけど、午後は合奏にするかもしれん。午後の予定は昼食の時にまた部長から発表してもらうから、合奏になってもいいように、パート練習をしっかりやっといてくれよ」


 はい!と、やや緊張した声で部員が返事をした。


「…ということだそうです」


 ちょっと俺は戸惑った。福崎先生が予定を変える話をする時は、事前に俺に予告してから言うからだ。今回は朝だったから、急に口をはさんだのだろうか。


「後で先生と予定を再確認しておきますので、昼食の時、また発表します。今から9時までは休憩、9時からパート練習ですが、昼食準備はD班。えっと、村山リーダーの班じゃね。村山、昼メシ頼んだよ」


「ふぇ?おっ、おう!」


 村山の変な返事にも笑い声が起きた。少しずつ部内の2日目のテンションは上がってきているかもしれない。


 朝食を終え、少しずつ部員が寝室へ戻っていくのを眺めつつ、可能なら神戸千賀子に一言でも話し掛けたいと思っていたが、その座はしっかり大村がキープして、片付けが終わるのを待っている様子だった。


(大村に待たれたら仕方ない…もう少し寝るか)


 俺は寝室に戻ることにして、教室を出掛かったが、そこですぐ帰れないのが俺の宿命だった。

 Tシャツの裾を引っ張る女子がいた。


「上井クン…ちょっと、いい?」


「う、うん」


 野口真由美だった。俺はちょっと身構えつつ、どんな話を切り出すのか警戒した。


<次回へ続く>

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