第26話 -合宿2日目・朝食前-

 俺が体育館で女子バレー部の2年生達にからかわれている内に、吹奏楽部員はみんな各寝室か、食事の準備に行ってしまった。


(冷たいなぁ、山中くらいいてくれてもいいのに)


 一人でとりあえず食堂教室へ向かっていると、後ろから不意に声を掛けられた。


「センパーイ、スポーツ女子にモテモテじゃん!」


 完全に不意を突かれた俺は


「ふぇ?」


 という変な返事をしてしまった。


 そこにいたのは、若本だった。


「あれ?若本、まだ体育館にいたんだ?」


 俺は女子バレー部、特に田中さんに一方的にじゃれ合われたシーンを若本が見ていたのかと考えたら、ゾッとしてきた。

 なんと言っても背後から抱き着かれているのである


「アタシと同じクラスの女の子も、女子バレー部なもんで、ちょっと話してたんです」


「ああ、女子バレー部も人数が多いから、同じクラスというパターンも多いだろうね」


「ですね。ブラスの子は悲しいかなアタシしかいないんですけど、女子バレー部は3人いますから」


「そうなんじゃ。女子人気が高いんじゃね」


「まだかろうじてアタシの世代は、アタック№1を再放送で見て感動したり、春高バレーに憧れてる女子が多いですから」


「決してコスチュームに憧れて…るわけじゃないよね、アッハッハッハ」


「…センパイ、もしかしてブルマのことを言ってます?んもう、やっぱりセンパイも見るところが…」


「あっ、いや、そんな下心はないよ!」


 大アリのくせに、若本にズバリ指摘されて、ついそう口走ってしまった。


「そうですか?むしろ怪しいな~。健全な高校2年生なら、女子のブルマ姿を見たら、つい色々反応するんじゃないですか?」


「なっ、何をまた…」


「だってウチのお兄ちゃんは堂々と言ってましたよ?女子のブルマ姿は犯罪だって」


「犯罪?」


「アレは男子の性的興奮を惹起させるから、俺が教師になったら廃止させる、とか」


「な、なんだか話が難しい方向に行きそうな…。若本先輩って、教師を目指してるの?」


「そうですね、多分。広大の教育学部に通ってますから」


 それは初耳だった。

 だが若本は何を俺にアピールしたいのだろうか?確かに高校生ともなるとほぼ大人の体に近付くので、女子のブルマ姿は男が見ていても恥ずかしく思うこともあるが…。


「要は、センパイ!さっき女子バレー部の方に背後から目隠しされて、嬉しかった?嬉しくなかった?」


「要は?そこを確認したかったの?」


「…ん、まあ…」


 若本は急に照れて、俯きながらそう言った。そんな態度取られたら、若本が俺に気があるんじゃないか?と勘違いしちゃうじゃないか…。


「まあ2年生の女子バレー部員とは、結構仲がいいというか、友達感覚じゃけぇ、嬉しくないことはないけど、異性としてどうのこうのはそんなになかったよ」


「本当ですか?友達みたいな関係だとしても、あの…その…胸が当たったりしたら…」


 若本は余計に照れながら視線を合わさないようにして、前よりも小さな声でそう言った。


「ははっ、胸は当たってないから大丈夫だよ」


 俺は嘘をついてしまった。実際は結構ボリュームのある田中さんの胸が、俺の背中に当たっていて、俺もヤバいと思っていたのだった。


「本当、です?」


「うん。今更若本相手に隠し事する必要、ないじゃろ?」


「…ちょっと、ホッとしたかな」


 若本は俯いていた顔を上げると、少し照れながら、


「じゃ、またあとでね、センパイ」


 そう言って、体育館から去っていった。


 俺は1人取り残された形になったが、なんだかこの夏の合宿は孤独を感じる場面が多いな…とつくづく感じていた。


 そう思いつつ、体育館を出て食堂教室の3年1組にゆっくりと向かっている途中で、また声を掛けられた。

 孤独を感じることも多いが、声を掛けられることも多いな。


「上井君…」


 吹奏楽部の部員化と思ったら、女子バレー部の笹木さんだった。


「なんだ、笹木さん。もう女子バレー部はとっとと朝食に行ったのかと思ったよ。どしたん?」


「まずさぁ…。ごめんね、ウチの田中が上井君を驚かすようなことをして」


 そう言って笹木さんは深々と頭を下げた。


「いやいや、笹木さんがわざわざ俺に謝らんでもええよ。田中さんのキャラの一つと思うとるし」


「そう言ってもらえると助かるけど…。あの子、暴走する時があるからさ。バレーはどんな球でも食らいつこうとする熱血女なんじゃけど、たまにその熱血が他人に迷惑を掛けちゃうんだ。だから上井君に迷惑掛けたかな、と思ってね」


「そうなんや。まあ知らない間柄じゃないけぇ、俺は笑って許しちゃうけど、初対面の人だと驚くだろうね」


「そうなの。そこが心配でね。1年生が入ってきた時も、あの子なりに気を使って、フレンドリーに接してたんじゃけど、ちょっとそんなのは苦手っていう子もいてさ」


「そっかー。今日もお互い悩みは尽きないね」


「そうね…。あっそうそう!」


 突然笹木さんは表情を変えて聞いてきた。


「さっきさ、吹奏楽の女の子が1人、最後まで残ってたじゃん?あの子、上井君のこと、好きだよ、きっと」


「え?な、なんでまた…」


 俺はビックリして笹木さんを見返した。女の勘ってやつか?


「だって吹奏楽部のみんながラジオ体操終わって体育館を出てっても、上井君が田中にヤラれるのを見て、心配そうにしてたもん」


「いっ、いや…、その…」


 俺は笹木さんの直感が当たっていたら嬉しいなと思う反面、外れていてほしいとも思った。

 俺の中では若本のことが、今一番気になる存在になってはいるのだが、反面で女子に告白することはもうしないと決めていたからだ。

 当たっているのなら嬉しいが、だからと言って俺から告白はしない。

 若本が俺に告白してくれるのを待つしかない。


 外れているのなら、もう恋愛の神様に見放されている俺としては、勝手に若本を可愛い後輩だと片思いし続け、若本に彼氏が出来たら身を引けばいいだけだ。


「前から言ってたけどさ、アタシはこの合宿中に、タエちゃんと上井君がくっ付けばいいな、と思ってたの。だけど、同じ部内に上井君のことを好きな子がいるんなら、ちょっと様子見しないといけないかな?と思ってね」


「あの子…若本って言うんじゃけど、確かに途中まで帰り道が一緒じゃけぇ、他の女子部員よりは、よく喋っとるよ。この前までサックスで一緒じゃったし」


「わ、じゃあ尚更じゃない?」


「で、でも…」


「うーん、まだ神戸のチカちゃんが気になるの?」


「まさか!もう変な未練はないし、事務的な会話は交わせるようになったよ」


「じゃ、気にしないでもええんじゃないん?」


「いや、俺はね、去年の夏にも酷い失恋してて、実は恋愛が怖いんよ」


「去年の夏?…うーん、なんか聞いたことがあるような、無いような…」


 笹木さんは考え込むような仕草をしたので、ここで打ち切ろうと思った。


「まあこの話とかさ、また今夜の部長意見交換会ででもまとめて話すよ」


「いつの間にか定例化してるよね、ウチらの話し合い」


「同時期の合宿だしね。合宿上の問題点を話し合うってことで」


「じゃ、また今晩ね。上井君、昨日約束した場所、覚えてる?」


「場所?確かシャワー室の前で…」


「ほら、もう忘れてる。アタシ達の原点、1年7組って決めたじゃん」


「あっ、そうじゃったね!まだ頭の中は寝とるんかなぁ」


「上井君、今日も頑張ってね。寝ちゃダメよ。アタシも頑張るから」


「うん、笹木キャプテン、ファイトー!」


 こうして2日目の朝が始まったのだが、今日は何が起きるのだろうか。

 昨日のような突然の奇襲攻撃にメンタルをやられるようなことはないだろうか。

 俺は去年と違う合宿の感覚に戸惑いつつ、3年1組に向かった。


<次回へ続く>


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


やっと更新を再開させました!

久しぶりなので、数回前にアップしている途中経過などをまとめた回のリンクを貼っておきますので、ご確認のほど、よろしくお願いいたしますm(__)m


https://kakuyomu.jp/my/works/16816700426570626925/episodes/16816700429157630704

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