第23話 -神戸Side4-
合宿初日のお昼ごはん後、大村君が助けてくれて、上井君に話し掛けることが出来た。
大半は大村君が話してくれたけど、途中1回だけ、上井君が久しぶりにアタシに直接話し掛けてくれたんだけど、突然だったから返事に詰まっちゃって、ちゃんと目を見て答えられなかった…。
でも上井君ったら、何だかアタシや大村君に謝ってばかりで、様子が変だったな…。もしかしたら、マミに責められたことが、尾を引いてるのかな。
アタシは上井君の改善は、確かに出来れば詳しく早目に知りたかったけど、だからって去年よりはマシだから、特に謝られなくても大丈夫だけど。
だから最後に、元気を出して、と一声掛けたんだけど届いたかなぁ。
中学の時も、悩んでることはあったけど、こんなに目に見えて様子がおかしいことは無かったもん。
「チカちゃん…?」
大村君が唐突に話し掛けてきた。
「…え?」
「物凄い上井のことを心配そうに見てたけど、大丈夫?」
「あ、アタシは別に…」
「そう?まあとりあえず、上井に元気が無いと合宿も盛り上がらんし、俺とチカちゃんで、副部長として見守ってやろうよ」
「そう、だね」
「…やっぱり元カレのことは気になる?」
「えっ?そ、そんなんじゃないよ」
大村君に上井君のことを元カレと言われて、不意にドキッとした。心臓がキュッと締め付けられた。
でもアタシの心の奥には、いつも上井君がいる…。
2年前、中学3年生の夏休み前に付き合い始めた時も、物凄く照れ屋で、アタシに用事があるのに、男子の後輩を使って呼び出したり。
アタシと話す時はいつも顔を真っ赤にして、恥ずかしそうにしてて…。アタシも上井君の顔は直視出来なかったけど。
あの頃はお互いにピュアだったよね。
なのに最後は、アタシがそんな上井君のピュアな部分に愛想が尽きちゃって…。
戻れるものなら、あの頃に戻りたい…。
「じゃ、チカちゃん、夕方にまた」
大村君は男子部屋じゃなくて、一旦音楽室に戻っていった。男子の部屋は、まだ休憩出来ないのかな?
アタシは女子の部屋に戻った。二部屋あるんだけど、自然と学年不問で木管、金管に別れ、打楽器の三人は人数が少ない金管の部屋に入った。
木管の部屋も、まだお布団が来てないから、あまり女子も残ってなくて、何人かが窓を開けて喋っていた。
でも1人だけポツンと、荷物の前で俯いたまま体育座りしている女の子がいた。
「マミ、どうしたん?上井君と仲直り出来てないん?」
そう、俯いたまま体育座りしていたのは、マミ…野口真由美だった。上は私服のTシャツだけど、何故か下は制服のスカートのままで、体育座りなんかしてたら危ないよ…って思っちゃった。
「チカ…。アタシは何をやってるんだろうね…」
まだマミは、上井君を傷付けてしまったことを悔やんでいた。
昼ごはんの時、ちょっとだけでも会話してたんだから、アタシが1年間無視されてた時よりずっとマシじゃない、って思っちゃったけど。まあアタシは自業自得だけど…。
「まだ、スッキリしてないんだね」
「だってさ、お昼ごはんの後、片付けに入ろうとしたら、チカと大村君が上井君を呼び出して、何か話してたでしょ?上井君からはゴメンとか、悪かったとか、そんな自分の事を責める言葉しか出てこなかったし…。もしかしたらチカと大村君も、上井君を責めてたの?」
「ううん、全然違うよ。上井君が何か今日はおかしいって聞いたから、励ましてたんだよ」
「本当に?」
「うん。アタシは上井君から責められることは沢山ありすぎるけど、上井君を責めることは何も無いもん」
「チカ、ちょっと自虐入ってる」
「うん…。アタシが彼に与えた傷痕は、まだ残ってるから、間違いなく」
「でもさ、上井君はサオちゃんに告白したじゃない?あれでチカとの…因縁…も変な言い方だけど、次に好きな女の子が出来た時点で、もう元カノ、神戸千賀子のことは一度は吹っ切れてるんじゃないのかな?」
「上井君がアタシのことを吹っ切れるのは、次に好きになった女の子と、付き合えた時だと思うんだ」
アタシも何故か上井君のことになると、真剣に彼の心理状態を考えて話しちゃう。
「付き合えなきゃダメなの?」
「う、うん…。アタシが言うのも変じゃけど、アタシが上井君をフッて、その後すぐ次の彼を作ったり、そうかと思えば上井君が誘ったから吹奏楽部に入った大村君と付き合い出すし。彼にとって絶対アタシは許せないはずよ。だから上井君がサオちゃんと付き合えていたら、アタシが作った傷痕も、無くならないとは言わないけど、もう少し小さくなったと思うんだ」
「サオちゃんかぁ…。上井君が去年のコンクールの後で、サオちゃんに告白してダメだった時は、あたしも励ましたんじゃけどね」
「アタシは何とか、上井君と少しずつ話せるようにはなってきたけど、サオちゃんと上井君は全然話さないし…話せない。上井君は話したがってるようだけど、サオちゃんが上井君を遠ざけてるのよね。だから上井君にとって女の子ってのは、意味不明で理解出来ない存在…。あたしが彼に与えた傷痕も、サオちゃんに上井君がフラレたことで、治りかけてたのが復活しちゃったんだよ…」
「そうなのかなぁ。アタシは、男の子こそなかなか理解出来ないよ」
「そりゃあ、男の子も色々だもん。去年、同じクラス、同じ吹奏楽部に元カレの上井君がいるから…って告白をお断りしてたのに、それでもグイグイと押してきた大村君みたいな男子もいる。上井君と大村君を比較したら、男子だって全然違うってすぐ分かるよ」
「まあ、そうね」
「マミは、今日はもう上井君の事を考えず、話し掛けるのも止めて、明日か明後日、何事も無かったように前と同じように、話しかけてみなよ」
アタシはそういう提案をした。
「無視するってこと?」
「無視じゃないよ。気にしないようにするの。合宿が進んでいけば、上井君だって元に戻っていくよ。だから落ち込んじゃってる今日は、上井君のことは見守るだけにすればいい。マミも落ち込んじゃってるんだから、テンションが低い者同士で仲直りなんか出来ないよ」
「うん…。そうだよね。アタシ、やり過ぎちゃったから、上井君が落ち着くまで、話し掛けたりしない方が良いのかもね。でも…」
「ん?でも…って?」
「アタシ、食事班が上井君と同じなんだ。次のA班担当って、いつだろう」
「そうね…。今日はAとB、明日がC、D、E…。明後日の朝だね」
「明後日の朝ね。その時に笑って上井君と朝食の準備出来るようにしたいな」
「うん、そうだね。そうなればいいな」
マミが少し明るい表情になったのを確認出来た。
(後は、サオちゃんだわ…)
女子の木管部屋にいないから、音楽室かパート練習の教室に行っているのかもしれない。
(上井君、勝手に動いてごめんね。でも上井君のための副部長の仕事と思ってほしい…)
アタシはサオちゃんを探し始めた。
サオちゃんの本音を少しでも引き出したい。それが出来るのは、今はアタシだけだもん。少しでも合宿が上手くいきますように。
<次回へ続く>
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