第21話 -神戸Side2-

【合宿初日・8月9日】


「合宿までにもう一度役員会議があるかな、と思ってたけど、結局無かったね」


 合宿初日の朝、いつものように大村君が宮島口駅まで迎えに来てくれて、自転車にアタシの荷物まで載せてくれ、高校へ向かった。


「そうだね。多分、上井君は開きたいけど開けない…が、本音じゃないかな」


「そんなもんかな」


「今の役員になった時を例外にすれば、2週間前の会議がやっと1回目だもん。まあアタシとサオちゃんという、上井君には話し難い女子が2人いるから、なかなか会議を開く気になれないのかもしれないけど」


「チカちゃん、何か自分を責めるような言い方するのが増えてない?」


「うーん、だってやっぱり異常だよ。部長が副部長に敬語使って、出来たら本当はあまり喋りたくないってのは。その原因がアタシにあるのが、あまりにも分かり過ぎてるからさ、アタシはどうすれば上井君ともっと気楽に話せるようになれるんだろうって」


 いつもの道を、2人で歩きながらアタシは考えた。謝れば良いのかな…。でも謝るってのも、上井君をフッたのは間違いでした、っていうみたいで、カップルとしてやり直すの?って話になりかねないし。

 カップルが別れた後、男女を超えたお友達になった例って、ないかなぁ…。


「うーん…。難しいよね、俺が言うのもおかしいけど。チカちゃんはもう吹っ切れてるけど、上井がどんな心境でチカちゃんのことを見てるのか、考えてるのか。一度聞いてみて上げようか」


「えーっ、いいよ、そんなこと。アタシが大村君を焚き付けて、何がしたいんだ!ってなりそう…」


「考え過ぎだよ。合宿の何処かのタイミングで、聞けるようなら聞いてみるよ」


「う、うん…。でも無理しないでね」


 そんな話をしながら高校に着いたら、半分ほど部員が集まって来ている状態だった。

 上井君はホワイトボードに、食事班の班編成を書いていた。


 あと若本さんも上井君のお手伝いなのか、黒板に吹奏楽部夏合宿!と、黒板アートみたいな感じで雰囲気を盛り上げるイラストを描いて、その下に3泊4日のスケジュールを追記していた。


 上井君、若本さんと最近よく一緒にいるな…。バリサク繋がりだろうけど、今の1年生の中で上井君を一番分かってるのって、若本さんかもしれない。


 そして9時になって、合宿の開会式が始まった。上井君が前へ出て、全体の説明と食事班の説明をしていた。


(今年は5班にするんだね。でも…アタシまでリーダーなの?)


 上井君は食事班の去年からの変更点を説明していた。くじ引きだと、良い点もあるけど、上井君の考えた結果では、良くないんじゃないか、そう思って去年の4班から5班に変え、公平にし、班分けにも苦心したとのことだった。


「なるほどね」


 大村君が呟いた。


「この方向性はええね。でも、出来れば俺ら役員には、事前に知らせてほしかったかな」


「う、うん。そうだね」


 一応ここは、大村君に合わせとかないと…。


 …でもこの前の会議ですら、大汗かいて必死だった上井君が、この件で会議を事前に開くのは大変な気がする。

 本当は大村君が言うように、役員5人を別々に食事班に振り分けるから、というのを説明する会議…が大変なら、ミーティングでも、役員宛のプリントでもいいから、事前に知りたかった。


 大村君と村山君は泰然自若としてるけど、アタシはともかくサオちゃんがもう、目が泳いでる。

 でも役員の中で上井君が一番話し掛けられないのが、サオちゃんなのも事実。

 今更だけど、村山君がサオちゃんを会計に抜擢した時に、それは止めてくれと、上井君が言うか、アタシか大村君が言ってあげるべきだった…。


 女子のアタシやサオちゃんには、大上君や山中君が補助に付いてくれるらしいけど、大上君、山中君には説明済みなのかな?


 何となく動揺してる空気を読んでか、伊東君が村山君を弄って笑わせて、音楽室を和ませてるけど。


『先輩、質問でーす』


 クラリネットの後輩、瀬戸君が挙手した。

 上井君も質問されたことが嬉しそうだった。

 その後、トランペットの赤城さんや打楽器の宮田さんといった1年生が次々と質問していって、その度に上井君が当意即妙に返事をしている。


 こんなやり取りは、悪いけど大村君には無理だろうな。アドリブが利くのも、上に立つ者に必要な力量なんだなぁ…。


 最後に福崎先生が合宿開始の言葉を喋られて終わりかと思ったら、完全に気が抜けていた上井君に、それこそアドリブ的に先生が話し掛けて、上井君は驚いていた。

 逆にそんな姿もムード作りにしてしまうのは、上井君の天性のものだわ。


 そして合宿の開会式が終わって、先ずは男女別の寝室になる教室へ、荷物を持って行って、そのまま制服姿でもいいし、ジャージになってもいいし、好きな服に着替えられるの。


「じゃあチカちゃん、また後で」


「うん、また後でね」


 大村君と別れて、女子の寝室になっている教室へ向かった。その後に再度音楽室に楽器を取りに来ることになったんだけど、マミ(野口真由美)の様子がおかしいんだよね。

 去年の合宿なんかキャッキャ言いながら参加していたのに…。


「ねぇ、チカ」


「どしたん、マミ」


「悪いけど、先に音楽室に行ってて…」


「調子でも悪いん?」


「まあそんな感じじゃけど…。すぐ行くけぇ」


「う、うん…。無理せんといてね」


 何か引っ掛かるものを感じながら、アタシは制服から体操服とジャージに着替えて、音楽室へ向かった。

 早い女子はもう音楽室に着いていて、大体1年生はアタシと同じ体操服にジャージという格好だったけど、2年や3年の先輩は、上は気軽なTシャツに、凄い女子は下も短パンになってる女子もいた。


 音楽室では上井君や打楽器のみんなが合奏体形に椅子をズラしたりしていて、ちょっと申し訳なく感じた。


 そんな中、同期の広田さんが上井君に、荷物を先に置いてお出でよと言っていた。


(まだ自分の荷物を置きに行ってないんだ?上井君は自分の事はいつも後回しなの、変わらないなぁ…)


 アタシはとりあえず自分のクラリネットを持って、しばらくマミを待ってみた。

 でもなかなか来ないし、その内サオちゃんが不安そうにアタシに目で、訴え掛けてきた。


(食事班のリーダーのこともあるし、アタシと話したいのかもしれない)


 そう思ったので、サオちゃんや他に同じタイミングで音楽室に来ていたクラリネットのメンバーと、じゃ行こうか、と言ってパート練習に割り当てられていた生物室へ向かった。


 その時にふと、屋上に通じる階段…いつも鍵が閉まっていて屋上に上がったことはないけど、その階段の上の方から声が聞こえたの。


 明らかに上井君とマミの話し声だった。


 それも楽しい内容じゃなくて、なんかマミが上井君を問い詰めてる感じで…。


 気になったけど、アタシは聞こえなかったことにして、そのまま生物室へ皆んなを連れて行った。


「神戸先輩、一瞬立ち止まられたけど、何かありましたか?」


 瀬戸君が鋭く突っ込んできたわ…。


「ううん、何もないよ。忘れ物してないよね、って思い直してたの」


「そうですか。それならいいんですが」


 う…瀬戸君、何か引っ掛かるのかな…。


 それよりマミの様子がさっき変だったのは、上井君を問い詰めようとしてたからなの?

 マミ、上井君を責めてどうしたいの?


 もしかして食事班の事とか、事前に話が無かったとか、言い出すのかもしれない。


 でもプリントには書いてあったじゃない。

 詳しくは当日説明、と書いてあったけど、食事班の編成はクジ引きにはしません、って。


 そう言えば朝、ホワイトボードを見た時から、不機嫌になってた、マミは…。


 この後、どんな風にマミに接しようか…。


「先輩、椅子はどう並べますか?」


 神田さんが聞いてきた。


「はい?」


「先輩、椅子ですよ、椅子の並べ方。丸くします?テキトーにします?」


「あっ、ごめんごめん。椅子はそうね…。最初は適当にしとこうか?で個人練習にして、昼からは丸くして合わせようか」


「はーい!じゃ、テキトーに並べまーす」


 1年生が机を退けて、椅子を適当に散らばらせていた。アタシもウッカリしてたわ。


「アタシ、コンクールは2ndだけど、神戸さんの横にいてもいい?」


 やっとサオちゃんが、話してくれた。不安そうな顔のままなので、


「勿論。難しいフレーズとか、一緒に練習しようよ」


「いい?お願いしても」


「うん、そうしよう」


 そうしてクラリネットは個人練習をすることになったんだけど、落ち着いた頃に、マミが泣き出しそうな顔をして生物室にやって来た。


(上井君と何があったのよ…)


 でも敢えてアタシからは聞かなかった。

 マミも一人でクラリネットを組み立てていて、他の部員が何事かというような目で見ている。

 なんとなく賑やかだった生物室が、一気にシーンとなってしまった。


 その雰囲気に耐えかねたのか、同期の太田さんがマミに話し掛け、他の部員には聞こえないように廊下へと連れ出してくれた。


「みんなー、練習続けるよ!」


 ちょっとだけ、上井君の苦労が分かったような気がする。


 そしてアタシはサオちゃんと、課題曲「風紋」の転調する部分を何度も繰り返し練習していた。


 その内、太田さんとマミの話は終わったようで、2人は教室の中へ入ってきたけど、マミはそのままちょっと離れた場所で個人練習を始め、太田さんも何事もなかったかのように個人練習を再開させた。


 アタシはどうしても2人が何を話したのか聞きたかったけど、午前中のパート練習で聞くのは堪えた。もしかしたらアタシが聞きたくない内容の話かもしれないし。後から聞くことにしようっと…。


 と思ったら、11時半になり、昼食の準備をする方は~という、去年も聞いた自動放送が校内に流れた。


(A班じゃけど、上井君、マミをA班に抜擢してたよね、確か…。多分、話しやすい存在だと思って一緒にしたんだと思うけど、とても今のマミの様子を見ると、そうは思えないわ。大丈夫なのかな…)


 マミは立ち上がって、クラリネットを一旦ケースに片付けると、アタシに


「アタシA班じゃけぇ、行ってくるね」


 と元気のない声で言うと、そのまま食材が置かれる、スロープの踊り場へと向かった。

 アタシはその後ろ姿を見送るだけだったけど、マミが行ってからすぐに太田さんがアタシを廊下へと呼びだした。


「神戸さん、ちょっと確認したいことがあるんよ…」


 いよいよさっきの話の内容かな?急に心臓がバクバク言い始めた…。


<次回へ続く>

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