第20話 -神戸Side1-

【7月25日】


「上井が練習前の会議で話したかったことって、たったあれだけだったんかな?」


 大村君が帰り道でそう言った。


「アタシも、なんか違う気がする」


 今日は夏休みに入って最初の土曜日で、事前に上井君が作ったプリントには❝役員会議❞って言うのが書かれていた。


 普段の練習は1時半からなんだけど、役員会議は1時から始まることになっていたから、最初の30分に話し合いするんだな、とは思っていた。


 でも実際に話し合ったのは、春からの上井君のやり方のマズかった所を教えてくれ、って言うもので、会議時間の殆どは大村君が、あの時は…この時は…こうすれば良かったんじゃないか、って言って、時々村山君も何か言って、上井君はなるほど、そうだよね、って応える感じで進んで行った。


 アタシも発言する事はあったけど、上井君に届いたのかな。


「上井が唐突に役員会議をプリントに明記して、必ずやるような状態にしたのには、何か意味があるはずだと思うんよね。その割に今日の議題だと、これまでの上井のやり方でマズかったのは何だ…だけで、なんか前向きじゃないというか」


「5人集まる場が今まで無かったじゃない?だから、まずは5人で集まって話し合う場を作ってみたかったんじゃないかな、と思うけど」


「チカちゃんの発想も一理ありそうだね」


「だって今の役員5人って、アタシもじゃけど、サオちゃんもおって、上井君にはちょっとやりにくいのかな、って思うから…」


「チカちゃん、自分でそのこと言っちゃう?」


「…う、ん。アタシが上井君にしてきた事って、後から考えると酷い事ばかりだもん」


「そっか。その最たるものは、俺と付き合ってることかもしれないけどね」


 大村は苦笑いするしかなかった。


「まあね…。でも大村君は今日でも、上井君と一番話を交わしてたじゃない?」


「俺は春先に一度、ある事…3年から上井への陰口のトラブルの時、それをキッカケに上井と結構話し合ったことがあるから、そのお陰かな?」


「そうなの?2人で?」


「そうそう」


 大村君が上井君と2人だけで何かを春先に話していたなんて、初めて知った。でもそのお陰で2人の関係がスムーズなら、ちょっとアタシも安心かも。


「でも最近の上井は忙し過ぎだったけぇ、ちょっと部内が緩んじゃったね」


「部活が?」


「俺もウッカリしてたけど、クラスマッチの後も部活があるのを忘れてたり」


「そうだよね…。アタシ、もしかしたらその辺りのことで上井君が怒ったりするんじゃないかって思ってたの」


「えっ、何それ。俺ら役員が弛んどる!って?」


「そこまでじゃないけど…。とにかく今まで、大村君はともかく、アタシは上井君に言われた事をやるだけで、何も仕事してないのと同じだもん」


「例えば?」


「上井君がミーティングに出れんけぇ、代わりにお願いされたり…。それくらいかな…」


「そっか。でもそれなら俺だって同じようなもんだよ。殆ど上井におんぶに抱っこじゃけぇ」


「そうよね…。夏の合宿も事前案内のプリント作りとか、いくらでも手伝うのにね。食事班の編成も、今年はクジ引きじゃなくて、事前に上井君が編成するって言ってるけど…」


「その辺りも、少し任せてくれてもええんよね、マジで。ただもしかしたら、今日はそこまで話したかったのに、時間切れだったんかもしれんな」


 やっぱり部活の運営は、上井君に殆ど任せちゃってるな…。ちゃんと助け合わなきゃいけないけど、アタシはともかく、サオちゃんの考えが分かんない…。


 去年の夏は結構上井君と楽しそうに話してたのに、どうやら上井君が告白したら拒否して、それからは全く喋ってないみたいだし。

 今日も上井君はサオちゃんに対して、一番気を使ってたような気がするし…。

 でもサオちゃんは上井君に対しては一言も発しないし。


 一度はサオちゃんに、上井君のことをどう思ってるのか、聞きたいな。


 それとアタシだって本当は、上井君とももっと話したいし、もっと気楽に会話したい。


 アタシが上井君にした事を考えると、とてもアタシからは言えた義理じゃないんだけど、アタシにミーティングの代行を頼んでくれる時、


『神戸さん、今日はすぐ生徒会室に行かなきゃいけないので、代わりにミーティングと鍵閉めをお願いしてもいいですか?』


 なんて、中2の時からの知り合いなのに他人行儀な会話口調は、寂しいよ…。


 その内宮島口に着いて大村君とは分かれて、丁度来た列車に乗り込んだ。


 最近は電車ではいつも1人だから、いつも宮島側の海の風景を眺めてる。


 ウォークマンとかで音楽聴いてる人もいるけど、イヤホンから音が漏れて迷惑だし、アタシはしない。


 今日も梅雨明け後の凪で、外は暑かったから、大竹駅から家までの道程を考えたら、クラクラ来ちゃうけど…。


「もしかしたら、チカちゃん?」


 ふとアタシは声を掛けられた。

 最近は電車の中で声を掛けられることなんて無かったから、不意打ちに近かった。


「えっ?」


 と振り向いたら、そこには髪の毛は金色になっちゃったけど、懐かしい顔があった。


「もしかして、ケイちゃん?」


 ケイちゃん…山神恵子。そう、幼い頃からずっと一緒に遊んで勉強してきた親友だった。


「そう!嬉しい〜!すぐ当ててくれて」


 そう言うケイちゃんは、Tシャツにジーンズの短パンという格好だった。


「久しぶりだね!もしかしたら、中学校の卒業依頼?」


 アタシから話し掛けた。


「そう…なるよね。あの後って、何も被る行事も何も無かったから」


「じゃあ、えっと…1年以上ぶりなんだね」


「そうなるね。ね、チカちゃんは部活帰り?」


「うん、変わらず吹奏楽部だよ。ケイちゃんは?」


 アタシは敢えて金髪とか、服装のことは無視して話した。


「アタシは…。塾の帰りなの」


「塾?えっ、もしかして、もう予備校とか行きよるん?」


「まっさか〜。アタシのこの格好見てよ」


 ケイちゃんの方から、やや自虐的に服装のことを切り出してくれたので、ちょっと助かった。


「まあ、中学の時とは…違うよね」


「うん。そうだ、チカちゃんは玖波じゃないよね?大竹まで行くよね?」


「うん」


「もし良かったら、玖波で途中下車して、少し話さん?」


「う、うん。ええよ」


 定期券だから出来る、途中下車だ。アタシはケイちゃんの後に続いて玖波で折りた。

 ちょっとだけ心配だったのは、話す場所が駅の待合室とかだったら、確実にもう1〜2本後の列車で帰ってくる上井君と鉢合わせしないか、だった。

 だけどチカちゃんは駅前の小さな喫茶店に誘ってくれた。


「ケイちゃん、こんなお店にも入るんだ?」


「えへっ、高校生になってからね。マスター、こんにちは。今日は幼馴染みのお友達が一緒なの」


「いらっしゃい。あれ?幼馴染みさんはキチンとした高校の制服なのに、キミはまたギャルだねぇ」


「服装はどうでもいいじゃない。マスター、とりあえず…チカちゃん、アイスコーヒーでいい?」


「うん」


「アイスコーヒー2つお願い」


「はい、承知しましたよ」


 マスターはそう言って、アタシ達のテーブルにお冷やとおしぼりを2人分置いてくれた。


「改めて偶然と久しぶりの再会に、乾杯!」


 ケイちゃんはお冷やのグラスを持つと、アタシのグラスにカチンと当ててきた。アタシも慌てて乾杯、と言ったが、遅かったかな。


「あのさ、ケイちゃん。聞いていいのかどうか分かんないけど…」


「ハハッ、金髪でしょ?実はアタシね、先週、これまた偶然に電車のなかで上井君に会ったんだ」


「えっ、上井君と?」


「2週連続で中学の同級生に会うなんて、何か意味があるのかな」


 そうなんだ、上井君はケイちゃんに会ってたんだ…。でもそんな話はアタシは勿論、村山君にもしてないような気がするな。


「その時に今に至る理由とか、全部喋ったの。たからもし良かったら、上井君に聞いてみて〜」


「えっ、上井君に…?」


 アタシは戸惑ってしまった。普通の会話がやっとこさなのに、どうやったら上井君にケイちゃんと会った時にどんな話を聞いたのか、なんて聞けるわけないじゃない…。

 と思ったら、ケイちゃんは懐かしい悪戯っ子の顔を見せて言った。


 丁度そこへ、アイスコーヒーが2つ届いた。


「ごめーん、無理なこと言ったね、アタシ。知ってて聞いてるんだから、嫌な女よね。実はね、先週上井君と話した時に、チカちゃんに中3の3学期にフラレてから、今どういう気持ちかとか、全部聞いたの」


「えっ、最近のことまで?」


「うん。アタシはてっきり上井君とチカちゃんは同じ西高校に行って同じ吹奏楽部に入って、ラブラブなんだろうなって思ってたからさ…。まさかアタシ達が同じ制服着てる内に別れてたなんて聞いて、ビックリしたのよ」


「そう、だよね。ケイちゃんには色々と応援してもらってたのに。アタシが上井君をフッたのが、中3の1月末なの。もう高校受験モードでしょ。なかなか余裕が無くてケイちゃんに言えなかったのもあるけど…」


「でも、真崎君に告白する余裕はあったんじゃ?」


 ケイちゃんは意地悪そうな表情でアタシを見ながら、そう言った。


「あっ…。上井君、そのこともケイちゃんに話したの?」


「その後同じ高校の同じクラスになって、更に上井君が吹奏楽部に勧誘した同じクラスの男子と付き合って、今に至る…でしょ?」


「…上井君って、ホントに全部喋ったんだね、ハァ…」


 と言っても確かに全部事実だから、仕方ない。アタシがやったこと。

 やっぱり上井君と、付き合う以前のように仲良く話したりは出来ないのかな。


「ケイちゃん、そんなアタシを軽蔑した?」


「軽蔑?しないよ、別に。ただせっかくアタシが身を引いた…って言ったらオーバーじゃけど、そんな上井君とどうして別れたのかな、もったいないな、とは思ったかな」


「そう思うよね、絶対」


「でも、今の彼とはもう1年経つんじゃろ?もう上井君のことなんて過去の話じゃないの?」


 なんだろう、ケイちゃんは敢えてこんな聴き方をしてきたのかな?上井君は過去の人って、そんな割り切れる間柄じゃないよ、アタシには…。


「…もしね、違う高校に行ってたらそうかもしれない。全然会わないし。でも運命の悪戯で、同じ高校、同じ吹奏楽部なだけじゃなくて、1年生の1年間だけじゃったけど、同じクラスになったら、逆に彼は過去の人って、切り捨てられないんだ。何か意味があるって思っちゃうの」


「そうかぁ…。確かに嫌でも目に入るもんね」


「今も上井君は部長で、アタシは副部長なんだけど、会話するのも大変なんだ」


「それは上井君も言ってたかな?『最近、やっと言葉を交わせるようにはなったけど』…って」


「んもー、ケイちゃんったら、上井君の真似しながら喋るんじゃけぇ」


 ちょっと似てたから、ついアタシは笑っちゃった。釣られてケイちゃんも笑ってる。懐かしいな、こんな感じ。


「でもチカちゃん、お母さんは彼の事を知ってるの?」


 幼馴染みだからこそ、お互いの親同士も知り合いで、アタシが上井君と付き合った時は、どっちの親もいい組み合わせね、なんて言ってたそうだ。


「うん、話してはあるけど、一度電話が彼から掛かってきた時の心証がちょっと良くなくてね…」


「え?そうなの?それは流石に上井君からも聞いてないよ」


「だよね。誰にも言ってない…彼にも言ってないから」


「お母さん、彼の何が気に入らなかったんだろうね?」


「あのね、電話が鳴って、最初に受話器を取ったのがお母さんだったんだけど、彼がアタシだと勘違いして、いきなり馴れ馴れしい口調で話し始めたのよ」


「あちゃー、それは痛いね。肝心の第一印象でそれをやっちゃったら…」


「お母さんは、『上井君は礼儀正しくて、ちゃんと挨拶してから千賀子さんはいらっしゃいますか?って言ってくれてたのに、今の彼はこんばんはもなく、いきなりチカ?って言うんだから』って」


「挨拶がなってない…ってお怒りなのね」


「お母さんの声が若いって証拠よ、って宥めたんじゃけど、なかなかね…」


 アイスコーヒーが2人とも無くなったので、ケイちゃんはマスターに追加を頼んでいた。


「ねぇ、ケイちゃん。今度はアタシが聞いてもいい?」


「うん。金髪のこと?」


「う、うん。案外あっさりと答えてくれるね」


「これはね、先週上井君にも言ったんだけど…」


 ケイちゃんは廿日高校の吹奏楽部に幻滅し1ヶ月で退部した話や、不良グループに目を付けられてること、そのせいで金髪にさせられたけど、不良グループの頭がいなくなる3年生になったら黒髪に戻すつもり、とも言った。


「今、塾の帰りって言ってたよね?何の塾?」


「アタシ、1年生の時からマトモに勉強してなかったの。だから赤点スレスレの成績で、留年しそうなほどだったんだ」


「ケイちゃんが…?」


「えへへ、恥ずかしいけどね。だけど先週上井君に偶々出会って色々話してね、アタシは甘えてるな、って思ったの」


「上井君と話して?」


「うん。ま、塾はちょっと前から行ってたんだけど、アタシが中3の時に好きで、親友に譲った男の子が、色々大変な状況にも関わらず歯を食いしばって前向きに頑張ってる話を聞いたらさ、アタシは何してんだろうって思ってね」


 上井君って、他人の生き方に影響を与えるほど凄い男の子なのね…。本人に聞けないけど、仮に聞いても、そんな凄いことなんかないって言うと思うけど。


「だからアタシはいつか、堂々と上井君の横に立てる女になるのが、今の目標かな」


「それって、好きとか恋愛感情?」


「ううん、アタシの上井君への恋心は、中3の夏に終わったもん。恋愛要素抜きで、人間として、かな」


「そっかぁ…。上井君は、アタシが言えた義理じゃないけど、あまり女の子と縁がなくてね。というよりも恋愛とかしないようにしてるみたい」


「うん、そんなこと、言ってたよ、上井君。もう傷付きたくないから、好きな女の子は作らない、もし好きな子が出来ても自分からは告白しないとか」


「でも生徒会役員もやってるし、部長もしてるから、上井君のことを好きな女の子はいる筈だって、アタシは思うんだけどね…」


「もう、チカちゃんが上井君をフッたりするけぇ、上井君、女性恐怖症になったんと違う?」


「うん…。少し責任は感じてるの」


「あ、あれ?認めちゃうの?」


「アタシは上井君をフッただけじゃなくて、その後も精神的にダメージを与えることをしちゃってるもん。その時は上井君のことは考えてないけど」


「じゃあ、高校にいる内に、せめてもっと普通に話せるようにしたいよね」


「そうだね…。アタシは上井君と友達になりたい。これが目標かな」


「アタシも応援してるよ」


 喫茶店を出る時は、ケイちゃんが予め代金を払ってくれていた。


「ケイちゃん、お金…」


「いいよ、アタシが誘ったんだから。次にまた会えたら、今度はお願ーい」


 アタシはもう一駅、大竹まで乗るために、ケイちゃんとはお別れして、玖波駅のホームに入った。


(色々な悩みをみんな抱えてる…。アタシも前向きにならなきゃ)


<次回へ続く>


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


更新が遅れて申し訳ありません。自分の体調がどうもイマイチなのと、家庭の都合等もありまして…(^_^;)


どうぞ懲りずに今後ともよろしくお願いいたしますm(_ _)m

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