第17話 -合宿1日目7・近藤vs若本-

「近藤さん、久しぶりだね」


 ちょっと俺は動揺しながら答えた。

 3日目の夜に会う計画を、笹木さんと打ち合わせてから会いたかったのが、本音だった。


 俺自身は、近藤さんも素敵な女子だと思うが、今のところ小悪魔の若本に心を占拠されつつあるので、どちらかというと近藤さんとは友達のままでいたいのが、本音だ。


 以前笹木さんからも、近藤さんは俺のことを「恋愛感情とか抜きにして、いい人と思ってる」らしいと聞いている。

 要はお互い友人でいいと思っているのだ。


 だが笹木さんは、俺の失恋続きの現状を見て、義侠心を発揮し、近藤さんと俺を恋人関係にしたいと思っている。

 その決行日を合宿最後の夜にしようと、笹木さんは計画しているのだった。


 だが近藤さんはその計画を知らないはず…。


「吹奏楽部も布団取りに来たの?」


「うっ、うん。女バレは?」


「アタシ達も同じよ。布団運んだ後、やっとシャワー浴びれるんだよ!」


 俺と笹木さんの協定が上手くいっているようだ。女子のシャワー時間は、バレー部が夕飯後、吹奏楽部は夜の合奏後としてある。


「でも何度でもシャワー浴びたいんじゃない?昼ご飯の準備の時に笹木さんや、顔が分からなかったから多分1年の女子だと思うけど、女バレの皆さんと出会ったんじゃけど、既に汗だくじゃったもんね」


「そりゃあもう…。もっと着替えを持ってくれば良かったって思うよ~」


 という近藤さんの体操服のシャツからは、清楚な白いブラジャーが透けて見えていた。ただ下半身はブルマではなく、ジャージのズボンだった。


(胸ばっかり見ちゃダメだって!)


 俺は必死に煩悩と戦っていた。


「そ、そうだ。笹木さんはもう布団持ってたの?」


「メグ?メグなら一番最初に運んでったよ。キャプテンじゃけぇね。アタシが2年の同期の中で、一番遅いんよ」


「そうなんじゃ?」


「アタシって、いつもこういうのに出遅れるんよね…。去年の夏の合宿でも、最後まで吹奏楽部の男子のみんなとの夜会?に行くの、躊躇ってたし」


「ホンマに?男子に誰も知り合いがいないって言ってた時だよね」


「そう。1年の時はアタシ6組だったじゃない?だから6組でブラスの村山君がいたらいいけど、いなかったし。だから最初は、やっぱり行かなきゃ良かった…って思ってたんだけど、最初に上井君がアタシのことを助けてくれたじゃん?」


「助けるなんて…大袈裟だよ」


「ううん、大袈裟じゃないよ。アタシにとって上井君は、恩人なんだ。生徒会でもいつも助けてくれるじゃん」


「いや、そんなことはないよ?俺が近藤さんの足を引っ張ってるんじゃないかって思うことも多々ある…いや、殆どだな…。俺だけ先に部活に行ったりして」


「だって上井君、頑張ってるじゃん。部活と生徒会だけじゃなくて、吹奏楽部の部長もやってるんでしょ?」


「まあ、一応…」


「だから、上井君は凄く憧れる存在なんだ。同級生じゃけど、先輩のような感じ?だから…これからもよろしくねっ!」


 そう言って、近藤さんは布団を持って、女子バレー部の寝室に向かった。


「こ、近藤さん!」


 俺は何故か近藤さんに置いて行かれるような気がして、つい声を掛けた。


「え?なに?」


「…また今度、色々と話そうよ」


「うん、もちろん!合宿中にまた偶然会えたらいいね!じゃあまたね」


 ニコッとした笑顔を見せ、そのまま近藤さんは布団一式を持って去っていった。


(…なんなんだ、この感情は…)


 近藤妙子とは今日から3泊4日、広い意味で言えば同じ屋根の下で過ごすのだ。なのに、布団置き場でちょっと会話して、先に去られた今、猛烈に孤独感に襲われている俺がいる。


(若本も気になるけど、近藤さんも気になる?ダメだ、そんな二兎を追うようなこと…)


 今日俺は朝から追い込まれてばかりだ。これで完璧だと思った合宿の計画が、失点、欠点だらけだと気付かされ、落ち込んでばかり。

 そんな俺を、悪くないと言ってくれる広田さん、太田さん、大村、大上、山中、村山…。


 同期の絆は有難かったが、やはり同じ吹奏楽部だ。本当に心の底からの本音なのかは分からない。


 そんな時に吹奏楽部の事情は何も知らない近藤さんと、ほんの数分話しただけで、心がグラグラと揺れている。

 無邪気な笑顔が、俺の脳裏に焼き付いて離れない。


(近藤さんのこと、好きになっちゃってるのか?俺は…)


 俺は抱えていた布団一式を一旦置いて、人目の付かないこのスロープの踊り場で、壁に寄りかかってしばらく考えてしまった。


(近藤さんを仮に好きになったとして、俺が告白する。告白なんかしてもどうせ失敗する。そしたら残りの1年以上、生徒会で同じ役員として一緒にいられるのか?いられないだろ?)


 そう思う自分がいる。じゃあ若本相手ならどうなんだよ?


(若本に玉砕覚悟で告白して、案の定玉砕した後、吹奏楽部であと1年、大丈夫なのか?ま、今はパートが違うからなんとかなるかもな)


 …近藤さんに告白するより若本を選ぶ方が、安全なのかな…などと思ってしまう。


(いやそれ以前にお前は、もう恋愛なんて懲り懲りだって言ってただろ?)


 もう1人の自分がそう言ってくる。

 そうだ、神戸、伊野と2人の女子にフラれ、俺は絶対に女の子を好きにならない、万が一好きになっても俺から告白はしないって決めたんだ。だから近藤さんが…いや、若本が…なんて迷ってる時点で可笑しいんだ。


(よし、もうこんなことで悩むのはやめよう。合宿の悩みだって、ポジティブに考えろ、俺)


 俺はそう思って、布団をもう一回抱えて、男子部屋に行こうとした。


 すると


「わっ、危ない!」


 と声が聞こえ、その直後俺に…正確に言えば俺の抱えていた布団に女子がぶつかり、転倒したようだ。


(誰だろ、ちょっと見えなくて…やっぱり厄日だな、今日の俺は。何がポジティブに、だよ…)


 とりあえず俺は布団をもう一度元の場所に戻し、転んだ女子に「大丈夫ですか?」と言って、近付いた。


「上井センパーイ!先輩だったんですか、布団のオバケは」


 立ち上がりながらそう言ったのは、若本だった。

 なんと奇遇なんだ、つい数分前まで若本のことを考えて悩んでいたのに。


「若本?あー、知ってる顔で良かった…けど、良くないよ。大丈夫?どっか変なところとかぶつけてない?」


「うーん、そうですね…。しいていえば、真正面に突然布団オバケが現れてビックリしてお尻から転んだので、お尻が痛い…」


「おっ、お尻…。男にはどうにも出来ん…」


「冗談ですよっ、先輩!ビックリして確かに転んじゃったけど、お尻をどうにかしろなんて言わないし、そんなに痛くないし」


「良かった…。大事な嫁入り前の女の子の体に傷付けちゃ、責任取らなきゃいけんじゃろ?」


「ププッ、先輩、そんな古臭いこと思ってるの?大丈夫だよ、アタシは。ホントにビックリしただけ…。それとも責任取って、アタシをお嫁さんにもらってくれるの?」


 出た、若本の小悪魔な部分だ。


「あっ、あのさ、高2と高1で婚約出来るわけないじゃん…」


「またまた、先輩ってばすぐ真に受けちゃうんだから。顔が赤いよ!でもそんな先輩だから、みんなが好きなんだね!」


「え?」


 何やら気になることを若本は言っている。


「今の1年生で、上井先輩を嫌いって子、いないもん。まあしいていえば、退部していった人達の気持ちまでは分かんないけど」


「若本…」


「先輩、今日ってなんか変だったよ?朝の開会式では元気だったのに、昼前にちょっと休憩だった時、売店の自販機で見かけた先輩は、今にも泣きだしそうな雰囲気で広田先輩と話してたし、そうかと思えばその30分後にA班で食事の準備に現れた時には無理した作り笑いだったし…。どしたの、先輩?大丈夫?」


 壁に耳あり障子に目あり、いつどこで誰が見ているか、本当に分からないものだ。


「色々目撃してるなぁ、若本は」


「目撃というか、アタシの行先に、先輩が先にいるんだもん」


「参ったな。まあその内、今日俺が体験したことは今後のために話してあげるよ」


「今後?いつです?」


「へ?いや、だから、その内…」


「なんか逃げられそう。先輩!アタシは先輩の味方ですよ。年下でも良かったら、今夜あたり…夜の合奏後とかにどこかで話しません?2人きりで」


 2人きり!大胆な若本の発言に、逆に面食らってしまった。


「わ、分かったよ…。じゃ、食堂教室にお出でよ。シャワーした後がいいかもね」


「シャワー後ですね、例の冷水のシャワーの後…。じゃ、9時半過ぎということで」


 若本はそう言うと、立ち去ろうとした。


「あ、若本!?」


「はっ、はい?」


「よく考えたら、なんでこの貸布団置き場に若本が1人で来たの?もう女子の布団は全部なくなってるからさ…」


「そっ、それは…」


 なぜか若本は口籠った。ほんの僅かだが、とても長く感じられる時間が過ぎた。


「…上井先輩を探してたから…」


「えっ、俺を?」


「うん…」


「なんで?」


「…やっぱりヒーミーツ!じゃあね、先輩。夜の合奏でまた会いましょ」


 上手くはぐらかされて、若本は逃げて行った。


(まぁ、シャワー後に聞くか…)


 気持ちがなかなか落ち着かない…。この先どうなるのだろう?


<次回へ続く>

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