第16話 -合宿1日目6・夕食後-
「では皆さん食べ終わられたと思うので、挨拶しましょう。ご馳走様でした!」
ごちそうさまでした!と元気な声が食堂室に響いた。部員が一斉に皿を前に持ってくる。俺は大村に、後はよろしくと目で合図を送り、大村も頷いてくれたので、コミュニケーションは取れているだろう。
後は村山だ。
今回の合宿に入って以降…というより、しばらく会話をしていなかったので、絆等を確認しておきたいのもあり、食後の村山を捕まえようと俺は背の高い男を探していた。
背が高いというのは、見付けやすいものだ。すぐ村山を見つけ、俺は話し掛けた。
「村山~」
「おうっ、なんじゃ上井?」
元気な奴だな…。
「何かええことでもあったんか?」
「へ?とっ、特に…」
「怪しいな…。まあそれは置いといて、本題から。D班のリーダー、頼むわ。遅くなったけど」
「あー、食事班のな。…って、今更言わんでもええのに」
「いや、一応リーダーに任命した役員には、俺が勝手に決めたことを謝りつつ、仕事のお願いもしてるんだよ」
「確かに。去年はくじ引きじゃったもんな。じゃけぇ、班によっちゃあ、公平不公平があったもんな。だから今回の改正が事前に知らされてなかったのは、ちょっとムカッときたけど…」
「やっぱり怒るよな…」
「冗談やて。俺とお前の仲じゃん、お前が何を考えて食事の班編成したかくらい、裏の裏まですぐ分かったよ」
「そっか、お見通しか」
「神戸や、伊野の2人と一緒になりたくなかったのもあるじゃろ?」
村山はド直球を投げてきた。
「確かにそれは否定できんな。いまだに喋れないIさんと、多少話せるようになったけどぎこちないKさんとは、出来れば一緒になりたくなかった」
「去年は今頃、Iさんと一緒の班じゃ!言うて、喜んどったのにのぉ」
「そんな過去もあったよなぁ…。とりあえず村山チームに配置したメンバーは、どう?」
「伊東がおるやん。アイツふざけてるように見えて、押さえる所はちゃんと押さえるけぇ、頼りにしとるし、他のメンバーも俺が話せそうなメンバーだし、良かったよ」
「村山にそう言ってもらえたら、助かるよ。これで俺の合宿初日の悩みがやっと薄れた…フゥ」
「な、何じゃ?合宿初日の悩みって」
俺は開会式直後に野口さんに捕まり、合宿にあたっての俺の不備を突かれたことを言った。
「…そうか。それでなんとなくお前は元気がなかったのか」
「え?少なくとも村山の前ではそんな場面は見せとらんつもりじゃけど」
「朝だよ、朝。ペットは1回の化学教室がパー練に当たっとるじゃろ?練習は廊下でやろうって大上が言って、廊下に出たんじゃけど、ウチの赤城が、力なく4回の渡り廊下を歩くお前を見付けて、大きな声出して呼び掛けたんじゃけど、お前は気付いたのか気が付かなかったのかは、敢えて問わん。だけど、トボトボと力なく音楽室へ向かってるのを見たんよ。じゃけぇ、おかしいな、また3年生か誰かに、何か嫌なこと言われたんかな…って思いよったんじゃ」
「あぁ、アレか…。あの時はまさに、村山が言うようなことをある人に言われて、テンションから何から落ちまくってたタイミング。そっか、赤城さんと村山か、声を下から掛けてくれたのは…」
俺は誰が下から呼び掛けてくれたのか、確信が持てていなかった。
「ん?っていうことは、声には気付いてたんか?」
「ああ、声は聞こえとった。じゃけど、とてもそこで返事をする気力がなかったんよ。じゃけぇ、誰だろう、1階から聞こえるけぇ、金管のだれかかなとは思っとったんじゃ」
「そうか。誰に何を言われたん?」
「まあ、誰に言われたかは、もういいじゃん。今日1日俺を心配してくれた皆さんには、誰一人として言われた相手のことを言ってないけぇ」
「そうなんや。じゃ俺だけ聞くのも…ちょっとアレだよな」
「そう、アレなんよ」
互いに変な言葉遣いをして、久々に笑い合ってしまった。
「で、上井は今日1日、幹部に謝罪行脚しとったんか?」
「まあ幹部というか、色んな人にね。唯一、Iで始まる苗字の役員には何も言っとらん…喋れんからじゃけど」
「Iさんなら、俺から言っとくよ。『上井が勝手に決めてごめんと謝っとった』くらいでええか?」
「うん。ホント、それだけで十分すぎるくらい。その人とペアになる山中には、さっき説明しといたけぇ」
「了解。じゃあこれでお前の胸のつかえは取れたんじゃな」
「なんとかね…。あっ、布団を教室に運べっていうのを忘れとった!」
「おいおい…」
朝の開会式で、布団については夕方届くから、夕飯の後に各自持っていくように言ってはいたが、俺自身忘れてるくらいだ、誰も覚えちゃいないだろう。
「男子部屋は問題ないけど、女子部屋だよな…どうしようかな…」
ふと辺りを見回すと、B班が片付け終了で、解散するところだった。
(B班の女子に頼もう!)
「末田さーん」
「へ?あ、上井君。残ってたの?」
「ちょっと打ち合わせがあってね」
「ふーん。部長は大変じゃねぇ」
「その大変さを、少し助けてくれない?」
「えっ、アタシが?無理だよ、無理無理」
末田は思い切り首を横に振って抵抗していたが、その様子が面白かった。
「いや、大したことじゃないんよ」
「…アタシに出来ることなんて、何もないと思うけど?」
「いやいや、これから女子の部屋に戻るじゃろ?」
「うん。戻るよ」
「そしたらさ、上井の野郎が夕飯の時に言い忘れたことがあるんじゃけど、布団が届いとるはずなんで、各自一式取りに行ってー、と言うだけ」
「えーっ、アタシよう言わんわ。でも女子の部屋に上井君が来るのも…ねぇ」
「じゃろ?ほいじゃけぇ…」
「誰かに伝言として伝えて、その女子に喋ってもらうわ」
「うん、どんな方法でもいいけぇ、布団運んでよ。お願い!」
「分かったよ。何とかするわ」
「ありがとう、助かるよ」
末田はそう言って、女子の部屋へ戻っていった。俺は男子部屋に布団の件について説明せねばならないと思い、慌てて男子部屋へ向かったが、既にもぬけの殻だった。
(アレ?なんで誰もおらんの?)
しばらく誰かが戻ってくるのを待っていたら、最初に大村が布団を担いで戻ってきた。
「おお、上井。布団のこと、言い忘れたやろ?」
「そうなんよ…。ダメダメな初日じゃね、俺には」
「丁度さ、食器類を運んで行ったら、同じ場所に布団が置いてあったけぇ、気が付いたんよ。で、出河に頼んで、男子部屋にいるみんなに布団が届いとるけぇ、各自運んでくれと伝えてくれって頼んだんよ」
「ホンマに?もう今回の合宿は大村抜きじゃ成り立たんね。ありがとう、ありがとう」
「いやいや、大したことしてないって。それよりみんな布団を取りに行ったけぇ、上井も取りに行けば?」
「取りに行ってもいい?」
「うん、男子はあと上井だけじゃろ。村山もすれ違った時に言っといたし」
「じゃあ留守番頼むよ。取りに行ってくる」
「行ってらっしゃーい」
どうも午前中からリズムが悪い。合宿に乗り込めていないような感じだ。
1人で布団を取りに、スロープの踊場へ向かう時も、次々と男子とすれ違った。
布団は男子用と女子用で分けて置いてあったが、女子用はバレー部も一緒のため、かなりの量が山積みになっていた。
(一応末田経由で女子に布団を取りに行く話が伝わったかどうか、何人か女子が来るまで待ってみるか…)
俺は男子用布団が残り1セットの状態で、少しだけその場に佇んでいた。
しばらくすると、女子ならではの喋り方をする軍団がやって来た。
(あ、良かった。女子にも伝わったな…)
だが布団置き場に現れたのは、吹奏楽部の女子ではなく、バレー部の女子だった。
俺の顔を見ると、お疲れ様です!と健気にも挨拶してくれる。きっと1年生だろう。俺もお疲れ様、と返していたら、見覚えのある顔が徐々に増えてきた。吹奏楽部の女子だ。
そのため、伝言が伝わったのはホッとしたが、現場はちょっとした混乱に陥ってしまった。
だが俺が割って入ることも出来ないので、混乱が落ち着くまで傍観するしかなかった。
すると…
「あれ?上井君だよね?」
と、女子から声を掛けられた。こんな呼び方をするとは、吹奏楽部員ではないなと思って振り返ると、近藤妙子だった。
「ちょっとお久しぶりじゃったね、上井君!」
<次回へ続く>
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