第15話 -合宿1日目5・夕食前-

 合宿初日は朝からメンタルに直撃ミサイルを喰らってしまい、結局テンションもモチベーションも上がらなかった。


 夕飯の準備時間となる5時半には、放送部の録音が流れ、B班に打楽器から配置した宮田さんが、行ってきまーすと元気よく食材置き場へと向かっていった。


「上井君、もうちょいだよ、一日終わるの」


 広田さんが気を使って声を掛けてくれた。


「いや、夜は長いって言うしね…」


「上井君、なんか精神的にメタメタになってない?本当にこれから3泊4日、乗り切れる?」


「乗り切らなきゃ、ね。春先に3年生に陰口言われた時より、別に大したことじゃないって思って…」


「あの時も大変だったよね。あの頃はまだアタシは、そんなに上井君と話す間柄じゃなかったけど、フルートの先輩の言ってることはよく聞こえてたけぇね…」


「ん、あの時は吹奏楽部を本気で辞めようと思っとったけぇね」


「そう言えば…福崎先生が、ワザとアタシらの前で上井君が書いた退部届を破ってたけど、ホンマに退部届書いたん?」


「ホンマに書いたよ?『この度は一身上の都合により部長職並びに吹奏楽部を辞することといたしました』とかなんとか」


「そこまで追い詰められとったん?ごめんね、そんな時に助けてあげれなくて」


「いや、もう過ぎたことじゃけぇ」


 そこに田中先輩が加わった。


「ウチらの代って、横の繋がりが薄いんよねー」


「やっぱりそうですか?」


 俺は率直にそう言った。


「須藤部長がさ、唯我独尊じゃったじゃろ?それに反発して、女子はみんな一部の仲良しとしか話さんし。打楽器なんて孤独じゃけぇ、アタシは宮森さんがおってくれてよかったよ、ハハッ」


 その宮森先輩は、コンクールには出て下さるが、合宿は不参加だった。合宿も1年と2年は強制参加だが、3年は自由参加にしている。これは去年もそうだったからだが、その割には今年は打楽器の田中先輩、ユーフォニアムの八田先輩、サックスの前田先輩が参加して下さり、大いに助かっている。去年は3年生の合宿参加はゼロだったからだ。


「そうなんですね…。なんとなく先輩方って、局地的には仲良しで、俺なんかも色んな先輩に良くしていただいたんですけど、全体で集まると、ちょっと険悪…そんな感じですか?」


「早く言えばね。今回合宿に来とる前田さんや八田君とは、アタシは仲良く喋れるし」


 広田さんがここで会話に参加した。


「それって、いつくらいからです?須藤先輩が部長になってからですか?」


「うーん…。須藤君が部長になったのは、ダメ押しって感じかなぁ」


「えぇっ?」


 俺と広田さんは揃って驚いた。


「1年生の時からね、須藤君は初心者なのに、俺が部長になるって野心がメラメラしてたんだ。だから同期の男子のことも下に見てたしね」


「そ、そうなんですか?そこまでは分かんなかったな…」


「だからちょっと変わった男の子だね、みたいに話しはしてたんだ、1年の時から」


「なるほど。須藤先輩が部長になった時、俺の時みたいな複数の立候補はなかったんですか?」


「ないない。八田君に聞けば分かるかもしれないけど、あの野心をむき出しにしてたからね、ずっと。じゃあ須藤君、どうぞ。お手並み拝見、そんなところよ」


「聞いてみて初めて分かることもあるもんですね…」


「上井君は部長になりたかったの?」


 田中先輩が聞いてきた。今まであまり話したことがなかったので、まだ俺については知らないことも沢山あるのだろう。


「いいえ」


「マジで?」


 今度は広田さんと田中先輩が驚きの合唱をした。


「はい。俺、中学の時も吹奏楽部で、部長やってたんですよ。それに懲りて、高校では絶対やりたくないって思ってたんですけど…」


「でも立候補だったよね?」


 広田さんがフォローしてくれる。


「うん。実は2月の頭位から、山中と大上と俺で、話し合いよったんよ、次の部長は誰がいいか?って」


「そうなん?大上君、全然そんなことは言ってなかったなぁ、その頃」


「まぁ、3人でこの話は極秘だねって決めてたけぇね」


「その話し合いで、上井君が立候補することになったの?」


「結果的にはね…。俺個人としては、山中を推薦したんじゃけど」


「ふーん…。じゃ、その3人組に入ってなかった大村君と村山君が立候補した時には、驚いたじゃろ?」


「まあね。まさか自分以外に立候補があるなんて…とは思ったよ」


「じゃああの時に喋ったのって、全部アドリブ?」


「そう。全部その場での思い付き」


「へぇ~、上井君、凄いわ。改めてアタシ達の代も色々あったんだ、って思うね」


 そこで田中先輩が一言付け加えてくれた。


「上井君、そんな権力闘争を得票数で勝ち抜いたんじゃけぇ、もっと自信持ってええんよ。上井君のやりたいようにやればいい。アタシはそう思う」


 広田さんも


「そうですよね。アタシも上井君に清き1票を入れましたから、よっぽど変な改悪しようしたら全力で止めますけど…。今回の合宿で去年からやり方を変えたのって、食事班を増やしたのとリーダーを明確にしたことじゃろ?まあ誰かさんは根回しがないって言ったらしいけど、そんなの気にせんでええと思うよ。文句があるんなら、開会式で言えばいいのに、誰も何も言わなかったじゃん。それが答えだとアタシは思うよ」


 そういって援護射撃をしてくれた。なんてありがたいことだ…。広田さんが大上という彼氏持ちじゃなかったら、告白したくなるほど、心が籠った言葉だった。


「ありがとう…。先輩もありがとうございます」


「あ、一応アタシも、上井候補に入れたけぇね。今更じゃけど」


「わっ、二重にありがとうございます!」


 田中先輩も、部長選挙では俺に入れたとカミングアウトして下さった。

 これだけ多くの方に励まされているんだ、初日の悩みは初日に解決だ。

 夕飯時に、残る大上、山中、村山へ食事班の説明をして、スッキリとさせたいところだ。


「じゃあ、食堂に行きますか!」


「そうだね。夕飯はなんだろう?」


「まさかのカレーライス2連発とか…」


「えーっ、男子はそれでいいかもしれんけど、女子はちょっとそれじゃあ…ねぇ、田中先輩?」


「アタシはカレー2連発でもええよ」


「あっ、先輩に梯子外された!」


 と、俺たちは宮田さんが頑張っているはずのB班の食事に期待しながら、食堂へ向かった。


「この匂いは…」


「なんとなく豚汁っぽい気がしますね」


 いざ3年1組に到着すると、既に来ている他のパートが、配膳を手伝っていた。俺は大村を探し、声を掛けた。


「お疲れさん!」


「おぉ、上井。B班は狙われたかのように小物だらけだよ」


「豚汁の香りがしたけど、メインディナーは豚汁?」


「ああ。他にライス、お漬物、みそ汁、ポテトサラダ、何故かフライドポテトまであったけぇ、カレーライスだけだった昼が…A班が羨ましいよ」


「マジで?業者もちょっと考えりゃあいいのになぁ」


「ホンマに。2回目は…3日目の昼か。その時楽ならいいんじゃけど」


「とにかくメニューばっかりは届いてみんと分からんけぇね…。お疲れ様。準備もスムーズにいった?」


「ああ、そこは上井の班編成のお陰で和気藹々とね。時々メニューへの不満は出たけど」


「じゃあ、まずまず…ってとこかな?」


「そうじゃね。でも何とかみんなが集まるまでには準備が終わりそうだよ」


「じゃあ俺は前で挨拶するけぇ、立っとくよ」


「わりぃ、頼むよ」


 テーブルを見る限り、豚汁とライスはセルフにしたっぽい。他はもう配られていた。


 福崎先生も入って来られたので、俺は頭数を数え、全員そろっていることを確認した上で、喋りだした。


「えーっと、皆さん、午後の練習もお疲れさまでした。今までの練習だと、この時間でミーティングをやって解散ですが、合宿はこれからが本番です。夜は合奏なので、気合い入れて食べて下さいね」


 はーい!という声が聞こえる。


「えっと、昼間のカレーと同じく、豚汁とライスはセルフですので、皆さんは自分の深皿と茶碗を持って、並んで下さい。昼は最前列からいったので、夜は真ん中の列からいきましょうか。真ん中の列の皆さん、順番に並んで下さい」


 とりあえず何とかここまでこぎつけた。


(ふぅ、これがあと8回か…。意外に気を使うから疲れるな…)


 全部の列が一通り終わったので、俺は自分のを注ごうとした。すると豚汁はほぼ余裕がなかった。


「皆さんに残念なお知らせがあります。豚汁は俺が自分用のを入れたら、なくなります」


 えーっ!という声が上がったが、誰かが多目に注いだのだろう。


「ライスはまだ余裕があるんじゃけど…どうしてかね?」


 ちょっと食堂室をザワザワさせてしまったが、特に俺への文句は出なかったので、ほっとした。


 昼は広田さんと太田さんの好意で席を作ってもらっていたが、今回は山中、大上のいる辺りで席を確保した。ここで俺が目的としていた、食事班の女子リーダーサポートについて、食べながら話そうと思ったからだ。


「ウワイモ、お疲れ」


「イモは余計じゃっつーの」


 山中との定番の掛け合いも久しぶりな気がする。俺が早速話を切り出そうとしたら、逆に大上の方から尋ねてくれた。


「上井さ、俺は明日の朝のC班に入っとるじゃろ?山中はE班だし。これって、女子の役員のサポートが目的?」


「ごめん、事前に言ってなくて。そうなんよ、そのことをまさに今、謝りついでに説明しようと思ってさ…」


「やっぱりか。山中とも話はしよったんよ。俺らが女子役員リーダーの班にいるってことは、上井は俺たちが事実上のリーダーだって言ってるようなもんだよなって」


 山中も一言付け加えていた。


「そうそう。じゃけぇ、上井の意図は透けて見えたんじゃけど、結局何すりゃええんかな?って、大上と話しよったんよ」


「じゃろ?ホントにごめん。事前の根回し不足で」


「まあ上井も去年の合宿から、変えたいところを言ってたもんな」


 大上はそう言ってくれた。去年の合宿で大上と冷水シャワーを浴びに行った時、初めて大上と真剣に部の在り方について話したのを思い出す。


「所詮は食事じゃけぇさ、やることはもう俺らは分かり切っとるってもんだ。じゃけぇ、俺の場合は大村の奥さんををサポートして、最初の準備の振り分けとかすりゃあええんじゃろ?」


「まさにそう。多分2人の女子はそういうのが苦手じゃと思うけぇね。山中もそんな感じで伊野さんをサポートしてよ」


「ああ、それは全然構わん。ただ今更じゃけど、上井がやりにくい幹部役員構成だよなぁ。2人いる女子は、2人ともお前が失恋した相手じゃろ?大村ともギクシャクしたじゃろうし」


「まっ、まぁ…。結果的に…」


「副部長や会計を決める時に、もう少し慎重に決めたほうが良かったかもな」


「仕方ないよ。立候補して落選した2人の意見は尊重せんにゃあね」


「そこが上井の良いところでもあり、悪いところでもある」


 大上がそう言った。


「良くも悪くも…って?」


「お前は他人に優しいよな。もっと厳しくてもええんじゃないか?」


「そう…かな…」


「あくまで、俺かそう思うだけじゃけぇ、上井は上井のやりたいようにやってくれればええんよ。俺らが部長になれってけしかけた責任もあるし。な、山中」


「へ?ごめん、豚汁のお代わりが出来るかどうか気になって、聞いてなかった」


 俺は思わず噴き出した。昼と一緒じゃないか…。よく考えたら昼食時に俺を励ましてくれた広田、太田の彼氏じゃないか、この2人は。


「まあ、後は俺たちに任せといてくれりゃあ、適当に何とかするよ。な、山中」


「お、おぉ…。豚汁…」


 俺は豚汁の残量が予想外に少なかったのは、山中が大量にすくったからじゃないかと思い始めていた。


 さて、山中と大上は食事班での役割を快諾してくれた。


(あとは村山か…。どんなかな…)


 俺はとりあえずご馳走様の号令を掛けに、再び前へ向かった。


<次回へ続く>

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