第14話 -合宿1日目4・昼食後-

 何とか合宿初日の昼ご飯を終えた俺は、野口さんと完全に仲直りは出来ていないものの、とりあえず一仕事終わった感じで安堵していた。だが…


「上井、ちょっといい?」


 その声に振り向くと、そこには大村と神戸の2人がいた。


(うわっ、何か言われるんだろうな…。しかもこの2人からか…。仕方ない、何か言われても全部ごめんなさいで通そう)


「ごめん、俺が悪かった」


 機先を制するように、先に俺が謝った。


「えっ?な、何?」


 いきなり俺が謝ったので、大村は戸惑っていた。作戦成功だ。


「いや、きっと食事班のことじゃろ?食事班の件については、全面的に俺が悪かったけぇ。だから、ごめん」


「いやいや、違うよ。俺は夕飯のB班、チカ…神戸さんは明日の朝のC班の担当になっとるじゃろ?」


「ごめん、勝手に割り振ったのは本当に悪かった」


「いや、だからさ、上井を責めようとして呼び止めたんじゃないんだって。準備の進め方とかを聞こうと思って呼び止めたんよ。上井が何に罪悪感を持ってるか、まあ何となく分からないでもないけどさ、俺は方向性としては間違ってないと思うけぇ。しいて言えば、事前に知りたかったけど、まあそんなことは小さなことだよ」


「マジで?」


「ああ。だから4班体制から5班体制に変えたのもなるほどこれなら公平じゃって思ったし、上井がくじ引きを廃止して、メンバーを公平に編成して、各班に役員を振り分けたのも納得しとるよ」


「よかった…。俺、その事で絶対に責められるとしか思ってなかったんよ…。なんか腰が抜けたような感じ…」


 とてつもない緊張感から抜けると、本当に腰から崩れ落ちるような気がした。そんな大村との会話を、神戸はジッと静かに一歩引いて眺めていた。


「なんか悪かったね。文句言いに来たように感じた?」


「いや、俺の過剰反応なだけ。なんというか、早く3泊4日過ぎてくれ、これしか今の俺の頭にはないんじゃ」


「まだ始まったばかりなのに、何をそんなに追い詰められたような事を言ってるんだよ。何か心配事があるなら、後ででも俺に話してくれよ」


「あっ、ああ…。機会があれば…」


 だがこのネガティブ原因の元である野口と、目の前にいる神戸は、クラの中でも一番仲が良い組み合わせだ。大村に俺の心配事を話すべきかどうか…。話さないほうがいいような気がするなぁ…。


「ところでさ、食事の準備についてじゃけど」


「あ、ああ、そうだったね。大体大村も…神戸さんも、去年やっとるけぇ分かると思うけど、食事時間の30分前に多分放送部の自動放送が入るんよ。それでスロープの踊り場に集合して、吹奏楽部38人分って書かれたブルーシートの上に乗っかってる食材を確認して、誰が何をするかを決める。昼はカレーライスじゃったけぇ、重たいものを俺と瀬戸で運んで、軽いものを女子に運んでもらって、テーブルの並び替えからやったけど、テーブルは最後の日まであのままにしとくから、その手間は省けるよ」


「ふむふむ。じゃリーダーとして一番重要なのは、誰に何をやらせるか、決めることだね?」


「そうじゃね。大村なら上手く割り振れそうだと思う部員を、B班に集めといたつもりだよ」


「ああ、その点も助かったよ。後の流れはヨシとして、食事の前後の掛け声?挨拶?アレってどうしたらいい?俺は構わんけど、チカ…神戸さんや伊野さんだと、どうだろう…って思ってさ」


「ああ、そうか…」


 細かい部分を詰めずに突っ走ったツケが又も露呈している。しばらく俺は悩んだが、


「…食事前後の掛け声は、全部俺がやるよ」


 そう決めて、大村に言った。


「大丈夫?それでええの?」


「まあ、頂きますとご馳走さまでした、くらいなら、毎回やっても構わないよ。大村や村山なら頼めるけど、女子のお2人にはキツいよね…神戸さん?」


 意を決して、俺から神戸へ話し掛けた。神戸もまさか俺から話し掛けられるとは思っていなかったようで、ビックリしていたが、


「うっ、うん…。たまにミーティングやるのだけでも凄い大変じゃけぇ、食事前後の掛け声とか挨拶みたいのは、ちょっと…出来たら避けたいかな…」


 と、俺と目を合わせるか合わせないか、微妙な感じで答えた。


「だっ、だよね?だから、女子役員だけ俺が代わりにってのも変じゃけぇ、大村や村山がリーダーの時も、俺が食事前後の挨拶、やるよ」


 久しぶりに神戸と、おはよう、お疲れ様、お先に、以外の言葉を交わした気がする。それだけでもどっと疲れた。


「上井がやってくれるなら、まあ俺らは助かるかな。チカ…神戸さん、伊野さんにもそう言っておいてよ」


「うん、分かったわ」


 これでやっと解放か?そう言えば昼ご飯の後片付けも、途中にしたままだったが、俺が副部長夫婦と話をしているのを見てか、班員6名で最後まで片付けてくれたみたいだ。良かった…。


「上井、悪いけどもう一つ」


 大村が、付け加えてきた。


(うー、寿命が縮まる…何なんだ…)


「な、何?」


「神戸さん、伊野さんがリーダーの時さ、サブリーダー的に大上と山中が付いてるじゃろ?」


「あっ、ああ…。一応ね」


「大上や山中の仕事は、どんなもんを想定しとる?」


「えっ、そ、そうじゃね…」


 とりあえず女子役員がリーダーとなる班で、トラブルが起きた時用に、大上と山中をサブとして付けたが、具体的に何をしてほしいという事までは深く考えてなかった。


 …また一つ、俺が勝手に決めた事による弊害が顕著になってしまった。俺の全身から、脂汗なのか冷や汗なのか分からない水分が噴き出している。


「ごめん、実はそんなに具体的に、サブリーダーにやってもらいたい仕事は決めとらんのじゃ…」


「あ、そうなんや」


 大村から返ってきた言葉は、逆に拍子抜けするほどアッサリしていた。


「何か決まってたらさ、女子役員2人との役割分担とかあるかなと思ったけど、特に決めてないんだったら、何を頼んでもいいってことやね」


「まあ、逆に言えばね」


「神戸さん、大上とは話せる?」


 大村が神戸に尋ねた。


「うーん…。あんまりこれまで喋ったことがないんよね。上手く喋れるかな…」


「そっか、そうだね…」


 大村は暫らく考える素振りを見せていたが、俺にこう言った。


「上井さ、まだ今日は女子役員の出番はないし、今日の内に大上と山中に、神戸さんと伊野さんに何をサポートしてやればいいとか、ちょっと考えて言ってやってよ。そうすればC班とE班の準備、後片付けもスムーズに行くと思うしさ」


 これまた痛い所を突かれたが、野口さんにも言われてた事でもある。


「うん、それはやっとこうと思っとったんよ…。何にしろ、俺が何でも勝手に決めるせいで迷惑掛けて、申し訳ない、この通り」


 俺は深々と頭を下げた。


「ちょっ、上井!そこまでしなくてもいいんだよ。どしたんよ、何か自信喪失気味というか、いつもの上井じゃないぞ」


「…アタシからも、言うね。上井君、元気だして」


 副部長夫妻から心配されてしまった。これ以上は、もう俺のメンタルが持たなさそうだったので、話し合いは終わらせることにし、神戸には、野口さんに昼ご飯の後片付けありがとうと伝えてくれと伝言し、俺は一旦男子部屋へ引き上げることにした。


 まだ1時を回ったばかりなので、午後練まで30分はある。ちょっとだけでも横になろうと思ったが、布団がまだ届いてなかったことに気が付いた。他の男子も布団がまだないからか、殆ど部屋にはいなかった。


(布団は夕方届くんやったなぁ…)


 仕方なく廊下に追い出した机と椅子をワンセット持ち出して、椅子に座り机に突っ伏して、目を瞑るようにした。


(寝て起きたら、何の心配もない現実になってればいいのにな…)


 …………💤


「ここにおった!先輩!上井先輩!午後練の時間ですよ!」


「…え?あ、ここは…高校か?」


「んもー、寝惚けとるんじゃけぇ、先輩は!」


「あっ、あれ?宮田さん?」


「そうです、宮田です。先輩、もう2時ですよ〜。1時半からの午後練になかなかお出でんけぇ、アタシと広田先輩と手分けして上井先輩を探しよったんです」


「ま、マジで?あ、記憶が戻ってきたよ。わっ、いつの間にか眠り込んどった!チャイムが鳴る訳じゃないもんね、ヤバいヤバい」


「とりあえずおられて良かったです。音楽室に戻りましょう。田中先輩も心配してますよ」


「うん、ゴメンね」


「先輩、開会式の後から、何か変です。凄い落ち込んでたり、昼食の時はハイテンションだったり」


「え、うん…。色々あってね」


「まあアタシは年下じゃけぇ、詳しく聞きませんけど、先輩は元気でいてくれなきゃ、心配ですから」


「他の人に心配ばっかり掛けてるなぁ…。いかんいかん、起きたからには頑張るよ!」


「じゃ、とりあえず音楽室に行きましょ?」


「うん、ゴメンね」


 俺はちょっとまだ頭がボーッとしていたが、宮田さんの後に付いて、音楽室に戻った。


 広田さんが先に戻っていて、俺に心配そうに話し掛けてくれた。


「ねえ、上井君、本当に大丈夫?」


「うん、ゴメンね。ちょっと居眠りするだけのつもりだったんじゃけど…」


「アタシもお昼食べてさ、女子の部屋に戻ろうとしたら、上井君が大村君と神戸さんに何かしら問い詰められてたのが見えたけぇ、心配しとったんよ」


「ゴメンね、心配掛けちゃって」


「色々辛い事を言われたんじゃない?本当に、本当に大丈夫?少し休む?」


「いや、そんな訳にはいかないよ。部長が昼寝して午後練に遅刻するだなんて、前代未聞じゃろ。大丈夫、大丈夫」


「本当に…?無理しないでね」


 田中先輩も、今無理して本番失敗したら元も子もないから…と声を掛けて下さった。ありがたいことだ。


 俺は自分で顔を叩き、気合を入れ、ティンパニーに向き合った。


(あと、山中、大上、村山に話をすれば…)


 それさえクリアすれば、何とか合宿を乗り切れるだろう。

 だが俺の周りは激しく動いているようだった…。


<次回へ続く>

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