第13話 -合宿1日目3・昼食-
「皆さん、お疲れ様です。俺が皆さんをA班に引き抜いてしまったがために、合宿初日から食事の準備に関わらせることになってしまって、スイマセン」
大道具搬入用のスロープの踊り場に、俺が指名したA班のメンバー6名が、ちゃんと集まってくれた。内心野口さんがボイコットするんじゃないかと心配していたが、そこまではせず、来てくれていたのにはホッとした。
スロープ踊り場には、吹奏楽部用と女子バレー部用の昼食が届いている。女子バレー部は、まだ誰も昼食を取りに来ていないようだ。
「一応A班のコンセプトは、明るく楽しく元気よくってことで、今からの準備と後片付け、3日目の朝食の準備と後片付けを行いたいと思ってます。よろしくお願いします」
はい!と1年生は5人とも元気よく返してくれた。2年生は俺と野口さんだけだ。だが、午前中に話をして、一応最後は半ば無理やり笑顔で別れたものの、やはりお互いがお互いを意識しあってしまい、なんとなくギクシャクしている。
(俺が喋れない女子がまた増えるのか…。なんだよ、3人ともクラリネットじゃねーかよ)
内心そう思いつつ、
「ではこの吹奏楽部用というビニールシートに積んである鍋…と言っていいのか分からん大きさですけど、これを台車に乗せて運びます。これは重たいので男子がやるので、俺と…瀬戸君、お願いね」
「オッケーです」
「女子の皆さんは、別の箱に入っている、コップや箸、スプーンといった軽いものを持って行って、3年1組の机を食堂風に並べ替えて、配膳して下さい。俺らも追い付いたら、その作業に加わります」
はーい!と返事が聞こえたが、若本と赤城の2人の声だった。この2人は元気だな…。俺の精神安定剤みたいな存在だ。
「では女子バレー部に負けずに、先に準備しましょう!」
俺の掛け声を機に、女子は小さな箱を持って行ったが、コップの箱は重たいようだ。2人がかりで運んでいた。
俺はいわゆる寸胴鍋を瀬戸と一緒に台車に乗せた。
「この中身、カレーですよね、先輩」
「いや、この匂いでカレーじゃなかったら、食材業者を訴えなくちゃ」
そういいながら台車を押し始めたが、38人分プラスアルファのカレーが入った寸胴鍋は、流石に重たかった。オマケにちょっとした段差を通過すると、中身が零れそうになる。
「…男2人でも重たいですね、先輩…」
「まあ、重たいのは行きだけで、帰りは軽くなるから…」
「あれ?先輩、このでかい鍋に気を取られてましたけど、ライスは?」
「え?あっ!忘れとった!」
俺は野口さんとの不安定な空気の中で必死に喋っていたため、カレーはでかい寸胴鍋だけで大丈夫と思っていた。よく考えたら「ライス」がなきゃ駄目じゃないか…。
「先輩、大丈夫ですか?なんか元気がないような気がしますけど…」
「ううん、気のせい、気のせい!初日で緊張してるだけじゃけぇ…。とはいえライスを忘れとったのは不覚じゃのぉ。かといって同時に運べるかと言ったら…無理じゃと思わん?」
「た、確かに…。カレーだけでこんなに重いんですもんね。ライスはもっと重たいですよね」
「ライスは段差で零れそうにならないだけ、いいかもしれんけど…」
「なんか自虐っぽいです、先輩…」
やっとスロープの踊り場から3階の3年1組へ寸胴鍋を運び終わると、俺は誰にということもなく、準備していた女子に、男2人はもう1往復してくるけぇ、準備よろしく、と声を掛け、瀬戸と2人で、今度はライスを取りに向かった。
踊り場に着くと、女子バレー部もやって来たところだった。
「あ、上井君、お疲れ~」
女子バレー部も最初は部長が先頭を切って食事の準備をするようだ。笹木さんを先頭に何人かのバレー部員が集まっていたが、笹木さん以外は顔が分からなかったので、全員1年生かもしれない。
練習後で暑いからか、午後もそのまま練習だからか、全員ブルマ姿のままだったので、瀬戸は何やら恥ずかしがっていた。
「笹木さんとこも今から?」
「うん。もう午前中だけでクタクタの汗だくよ。昼にもシャワー浴びたいくらいだわ」
「こっそりと浴びちゃえばええんじゃない?誰も分からんじゃろ」
「そうよね…。でも着替えをそんなに持ってきてないのよね。去年の合宿で懲りたけぇ、着替えの下着は多目に持ってくるようにって思ってたのに」
「シャワーと一緒に洗って干しちゃえば?」
「アハハッ、それもいいかもね。じゃアタシ達も運ばなきゃ。じゃあみんな、それぞれの入れ物を2人1組で運ぶよ!軽いものは2つ運んでね!」
ハイッ!と、流石スポーツ系部活ならではの返事が返ってきていた。
「じゃあ上井君、またどっかで話そうね。例の件も含めて…」
「あっ、うん、そうじゃね…。頑張れ~笹木さん」
カレーライス一式を台車も使わず一気に運んでいく女子バレー部部隊は、格好良く見えるほどだった。
その中でちょっと視線を逸らしていた瀬戸は、やっと俺の方を向いた。
「先輩が今話してた方が、女子バレー部の部長さんですか?」
「そうだよ。今回の合宿で色々打ち合わせさせてもらってた、中学からの知り合いなんよ」
「そうなんですね。俺、目のやり場に困って、ちょっとソッポを向く格好になっちゃいました。スイマセン」
「目のやり場?」
「はい、あんなに汗だくでブルマのままですから、あの…その…何かが透けて見えたり…」
「ああ、それは俺も去年、洗礼を浴びたよ。でも彼女達はね、こう言っちゃなんだけど、全然気にしてない。それが分かったけぇ、俺も平常心で喋れるようになったんよ」
「そ、そうなんですか?俺と同じクラスの女子もいたんですけど、普段とは全然違うし、なんか見ちゃいけないような気がして声も掛けれなかったです…」
「ハハッ、もしまた会ったら、気にせず声掛けてあげなよ。頑張ってる?でもいいじゃん」
「そうですね、でもあんなに過酷なのかぁ…。俺、吹奏楽部でよかったぁ」
「そうやね、過酷なのはこのライスを運ぶことくらいじゃけぇ」
「あ、そうだ。女子バレー部の洗礼を受けて、何しに来たのか忘れてました」
「さ、もう1回台車に乗せようか」
ライスの釜は2つあった。どっちも小学校の給食で見掛けたような大きさだ。
「せーの、でいくよ。せーのっ!」
2つの釜とも、ドスンという音と共に台車に乗った。やはり2つ合わせるとカレーより重たい。間違いない。
「じゃ、一緒に押していこうか…」
「はい。お願いします」
俺達が台車を押していると、少しずつ部員が集まり始めていた。
「昼はカレーライスですか?」
元気に聞いてきたのは、1年の神田恵だ。神田は何班に配属したっけな?
「うん。カレーじゃけど、思わぬ重たさに撃沈寸前なんよ。俺達はともかく、3年1組の装飾とか配膳が間に合ってなかったら、手伝ってあげてくれん?」
「はーい」
神田はトコトコと3年1組に向かった。
そして俺達が3年1組に着く前に、俺に向かって大きく輪を描いた。
「もう大丈夫ってこと?」
「はーい、もう机もお皿も並んでまーす」
「ありがとー」
いざ3年1組に着くと、木管パートは揃っていた。金管と打楽器はまだだった。
「女子の皆さん、ありがとう」
「いいえ、上井先輩と瀬戸君見てたら、運ぶだけで死にそうな顔してたので、頑張って部屋作りまで終わらせました!」
と言ってくれたのは赤城だった。
「カレー以外のメニューってあった?」
「いえ、ありませんでしたよ?」
今度は若本が答えてくれた。
「ケチになったなぁ。去年はカレーライスの時、サラダとかデザートが一緒に付いてたのに」
「そっ、そうだったよね、上井君」
必死に野口さんが接点を保とうと、話し掛けてくれた。
「あっ、ああ、そうやね…」
俺も何とか答えた。
1年生はなんとなく俺と野口さんのやり取りがぎこちない…と思ったかもしれない。不思議そうに俺と野口さんを見ていた。
「じゃあカレーはセルフサービスでいこうか。お皿は配ってくれたんだよね?」
「はい、何から何まで配りました!」
元気な赤城が答えてくれる。
「じゃ、みんなが揃ったら俺が前で一言喋るから、みんな座っていいよ。お疲れ様」
やったーと言いながら、1年生は空いている席に座っていった。ただ野口さんだけはなんとなく俺のことが気にかかるような素振りだったが…。
その内、先生をはじめ、金管パートと打楽器も集まり、頭数を数えたところ、全員揃っていたので、昼食の挨拶を始めることにした。
「皆さん、午前中の練習、お疲れ様でした。1年生のみんなは初めてのことで、まだ戸惑いもあると思いますけど、少しずつ慣れてって下さい。さて今日の昼食は、カレーライスです」
おーっ!と歓声が上がる。
「本当は皆さんに、ライスを盛ってカレーをかけてお配りするんでしょうが、皆さん各自の適量が不明なため、あ!え!て!セルフにしました!」
男子からは本当かよ~という声も上がり、笑いも起きたが、まあ雰囲気が良ければいいだろう…。
「なので各自、配ってあるお皿を持って、食べたいだけライスとカレーを皿に盛ってください。ただ合宿参加者38人分と書いてありましたので、お代わりの余裕はないかもしれません…。沢山食べたい方も、最初はちょっと様子見で少なめにして、余ってたらガンガンとお代わりしてください。では前の列から順番に並んで下さい」
前列に座っていた部員がラッキーと言いつつ、カレーに群がる。俺はその様子を眺めつつ、最後でいいやと思って立っていた。
(女子が多いけぇ、きっと足りなくなるってことはなかろう)
「では次に、真ん中の列の皆さん、並んで下さい」
男子は圧倒的に最後の列に座っていたので、まだか~と言っているが、ちょっと覗いたところ、思っていたよりもかなり沢山残っていた。女子はやっぱり少な目なのだろう。
「じゃ、最後の列の皆さん、並んで下さい」
男子が猛然と並んでいた。そんな中、野口さんがトコトコっと歩いてきて、俺の腕を突いた。
「上井君…食べないの?」
「あ、別に食べない訳じゃないよ…。一応リーダーだから、最後に取らせてもらおうと思って」
「…それなら良かった。もしかしたらアタシのせいで、食欲ないのかな…って」
「今朝の話のこと?」
「…うん」
「だっ、大丈夫だよ。気にしないで」
「ちゃんと食べてね。食べないと、昼から動けなくなっちゃうし…。アタシも責任感じちゃうから…」
「大丈夫、大丈夫」
野口さんと話している内に、男子もみんな盛り付け終わって、俺だけ残ったような感じだ。
空いている席を一つ見付け、そこの皿を取って盛り付けに行った。
自分の分を確保した後、
「えーっと皆さん、まだ食べたい方がいたら、目分量ですけど、6~7人分くらいはあると思います。お代わりしたい方は、早い者勝ちでどうぞ」
と言った。予想はしていたが、やはり男子、しかも村山が一番でお代わりしていた。
「やっぱりあの食欲がないと、あんなにデカくなれんのんじゃね」
と女子の誰かが呟いていたが、その周辺もその呟きに巻き込まれて、ちょっとした笑いの渦が起きていた。村山はキョロキョロとしながら今言ったんは誰や~と言っていたのが、惚けていて面白かった。
俺が空いていると思って皿を取った席に戻ると、お疲れ、と声を掛けられた。さっきは空いている席を探すだけで手一杯だったが、よく見たら、広田さんと太田さんの間という、両手に華の席だった。
「今頃気付いてごめーん。なんて素晴らしい席をゲット出来たんじゃろう、俺は」
「ううん、実は上井君のために、励ましてあげようって、フミが空けてたんだよ」
と太田さんが漏らしてくれた。
「太田ちゃんってば、秘密にしといてって言ったのに~。でもまあいいや。疲れたでしょ?ゆっくり食べなよ」
「ありがと、広田さん」
俺は合掌してから、カレーを食べ始めた。
「上井君、食べながら聞いてね。答えは合ってたらウンって頷いてね。違ってたらノーリアクションでいいから。準備はスムーズにいった?」
俺はウンと頷いた。
「なら良かった。あとさっき、野口さんと何か喋ってたけど、また何か変なこと言われたの?」
これはノーリアクションで通した。
「反応なし。じゃ、嫌なこと、変なことじゃなかったんじゃね」
ここでは頷いた。
「良かった~。野口さんが午前中のクラのパー練で、全然元気がなかったけぇ、一体何があったんかなと思ってね。ちょっとアタシ、野口さんに質問しちゃったから」
太田さんがそう言った。そうか、クラリネットで2人は一緒なんだった。しかしクラリネットは俺に因縁がある部員ばかりだな…。
「そしたら上井君を責めるようなこと言っちゃって、元気を奪っちゃったって、凄い後悔しとったけぇね、アタシはA班の準備で仲直りしなよって言ったの」
「そうなん?」
思わず食べながら声が出た。
「まあまあ、無理にしゃべらんでもいいよ。アタシもさっきね、フミ経由で、上井君の辛い状況を知ったんよ。山中君からもなんとなくは聞かされとったけどね。じゃけぇ、これ以上、上井君が辛い思いをしながら部長を続けるのは可哀想って思って。あと、野口さんまで上井君の話せない女子リスト入りしたら、アタシしかクラで上井君と話せる2年生がいなくなっちゃうって思ったりしてね」
俺は思わず噴き出してしまった。
「ごめーん!」
「どしたんね、アタシそんな面白い言い方した?」
太田さんと広田さんが、俺が噴き出したカレーを拭いてくれた。なんて優しいんだ…。
「いや、ホンマにクラリネットには因縁が多い方がいらっしゃるというか…」
「だってまず神戸さんと伊野さんは、上井君には敵みたいなもんでしょ?」
「敵…。まあ敵というか、俺が敗者というか…」
「そんな2人が役員になってしもうたんじゃもん、やりにくいでしょ?」
「ま、まぁね。でも大村と村山とは話せるけぇ、まだ何とかなっとると言うか…。本当のところは役員でもっと話し合いとかしたいんじゃけど、その2人がネックなんよね」
「だろうね。でもフミから聞いた話を考えるとさ、たまに神戸さんとは話してるじゃない?それが不思議なの。神戸さんのことは、かなり吹っ切れてるの?」
「話すといっても業務上の会話しかしとらんけぇね。プライベートな話や、砕けた話は全然…」
「そっか。そうだよね。じゃあやっぱり、野口さんに聞いたけど、1人でなんでも決めずに役員同士で意思疎通とか会議とか、もっとやった方がいいって言われたんじゃろ?それって上井君にはグサッとくるよね?」
「まあ正直なところ、かなりね、心が痛かったよ。最もなご指摘なんじゃけどさ」
そこまで太田さんと話したところで、広田さんが話し始めた。
「じゃけぇアタシは、せっかく打楽器で一緒になったんじゃけぇ、もっとアタシを頼ってよって言ったんよ。いくらでも聞き役するし。ね、上井君」
「ありがとう、広田さん。太田さんも…。2人には彼氏がいるから、逆に安心して話が出来るかもね」
そんな会話をしていたら、大半の部員が食べ終わったようで、俺の締めの言葉を待っているようだった。
「あ、終わりの言葉、言って来るね」
俺は前に立ち、
「皆さん、カレーライスは残さず食べられましたか?えーっと、A班の皆さんはすいませんが、後片付けをお願いします。それ以外の皆さんは、1時半まで昼休憩なので、教室で昼寝してもいいし、大きな声では言えませんが近くのコンビニに行ってもいいし」
「上井、俺がいるのを忘れたか?」
「あっ、先生には今の話は秘密ということで…」
和やかなムードになった。
「では、昼食は終わりです。皆さんで合掌しましょう、ごちそうさまでした!」
ごちそうさまでした!と部員が一斉に言うと、流石に肺活量はみんな自然と鍛えられているだけあって、ド迫力だった。
A班の俺と、6名の班員は前に集まってきた。
「では後片付けに移ります。3年1組と2組の間にある手洗い場を使って、汚れの酷い部分を洗って下さいね。38人分の皿ですが、7人で割れば5~6枚!サラダやデザートがないのはケチだと思ったけど、後片付けを考えると楽!ということで、チャチャッと終わらせましょう」
はい!と1年生が声を上げてくれた。
その様子を見ながら、なんとか昼ご飯を終わらせることができた…と安堵していたのだが、なかなか心から安堵する時間は訪れてくれなかった。
<次回へ続く>
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