第11話 -合宿1日目1・開会式-

「皆さん、おはようございます!さていよいよ合宿のスタート日を迎えましたが、皆さん、どんな気持ちでしょうか。2年生、3年の先輩は経験済みなのである程度流れは分かっていると思いますが、1年生のみんなは当然初めてなので、いつもの教室で布団を敷いて寝るというのがどんなことか、是非楽しみに経験してみて下さいね」


 昭和62年8月9日、朝9時を迎え、部員全員が揃ったところで先生にも入ってもらい、合宿の開会式を始めた。俺はそこでは最初に細かい点や、昨年から変更した点を話した。


 前で見ていると、1年生はやっぱりどことなくワクワクしているような感じに見える。2年生と3年の先輩は、落ち着いている。


「まず、食事について説明します。去年まで食事の準備はA班からD班という4班体制で、尚且つ自分がどの班に入るのかはこの開会式でクジを引いて決めていたのですが、今年は変えました」


 1年生はふーん、という態度だが、2年と3年はどう変わった?と、一旦音楽室に入ってくる時にホワイトボードで見てはいるのだが、俺の口からの説明を待っているようだった。


「まず一つ。4班体制だと、食事の準備が2回で済む班と、3回やる班が出てきます。食事は今日の昼から始まり、最終日のお昼まで10回ありますので、4班体制ではなく、5班体制にすることに変えました。これで各班とも、食事の準備は2回になるので、公平になるかと思います」


 ほぉーなるほど、という声が2年、3年から上がった。


「また5班体制にしましたが、クジ引きでどの班に入るかを決めるのではなく、私が日頃の皆さんの様子を観察した上で、なるべく準備がスムーズにいくように…という意味から班分けするように努めました。ホワイトボードに書いてあるのは、そういう意味です」


 次はへーっという声が、学年問わず上がり、何となくザワザワしていた。


「また役員の部員は俺を含めて5人いますので、5班に平等に振り分けました。女子の神戸さん、伊野さんの班には、俺の主観で申し訳ないですが、大上君、山中君をサポートとして入って頂きました」


 ここで伊東が、そしたら俺は村山のサポート役?こんなデカい男に何もサポートせんでもええじゃろ!と叫んだので、音楽室内に笑いが起きた。村山もまあええじゃん、楽しくやろうやと返していた。


 実はこの部分が、前回役員会議をやった時に他の役員4人に伝えたかったことなのだが、時間切れで言えなかった部分だった。

 なので副部長、会計から何か言われるかとちょっと緊張していたのだが、4人とも趣旨は分かってくれたようで、安心した。


「まず、班分けについての説明は以上です。質問とかありますか?」


 音楽室を見渡しても、特に質問はなさそうだ。良かった…。


「では食事の準備とはなんぞや?についてですが、食事の時間はプリントや前の黒板に書いてある通りです。その時間の30分前に、担当の班員の方は練習を抜けてもらいまして、いつも大型楽器を運んでいる通路に行ってください。業者さんが食事を持ってきます。その食事を食堂に運び…食堂と言っても、教室なんですけどね。ちなみに吹奏楽部に割り当てられた食堂教室は、3年1組ですので、食材を運び、場合によっては更なる追加調理を行って、テーブルに配膳していきます。去年の合宿は、男女バスケ部に女子バレー部も同時だったので、かなり食事の準備は混み合って大変だったのですが、今年同時期の合宿は女子バレー部だけです。なのでちょっと楽かな?と思っています」


 ここでクラの瀬戸が質問でーすと手を挙げた。


「はいはい、何かな?」


「俺は上井先輩と同じA班なんですけど、そしたら今日の昼から最初の作業が待っているってことですか?」


「そうです。A班に割り当てられた方、今日の昼から準備なので、大体11時半にはパー練から抜けて、食材が届く場所に集まって下さいね」


「食事はずーっとカレーライスですか?」


 瀬戸の質問に、ちょっと緊張していた音楽室内の空気が和んだ。


「そうやねぇ…。去年はやっぱりカレーが多かったけど、ちょっと面倒な定食系のもあったよ。こればっかりは小学校みたいに、事前に献立表が来るわけではないので、その時の運次第ということになるかなぁ」


「なるほど、分かりました、スイマセン」


 瀬戸は納得した顔で座った。


「他に食事の準備について質問ありますか?」


 ハイ、と手を挙げたのは宮田さんだった。宮田さんはB班に割り当てている。


「各班は準備したら、みんなが食べ終わった後の片付けも担当ということですか?」


「うん、始まりから終わりまでが、担当ということになるよ」


「えーっ、準備より後片付けが大変そう。皆さん、残すのは止めましょうね。ありがとうございました」


 残すのは止めようという宮田さんの質問が、これまた雰囲気を良くしてくれた。


「食事は大体いいですかね。また気付いたことがあったら、俺なり、上級生に聞いて下さい。次に夜の説明です。夕飯を夕方6時に食べまして、夜の練習は7時半からですが、終わりは9時厳守です。これはこの地域の皆さんと西廿日高校の約束らしいので、9時以降は楽器の音を絶対に鳴らさないようにして下さい。それとシャワーですが、去年は特に他の部活も混ざって人数が多かったので、女子のシャワーが混み合うということがありました。なので俺と女子バレー部の部長で話しまして、女子バレー部のシャワータイムは夕方6時半から7時半までにしてもらい、ウチらの女子のシャワータイムは夜の練習後、9時以降11時の完全就寝までの間に、ということになりましたので、女子の皆さんはちょっと待たせちゃいますけど、9時まで我慢してください」


「先輩、男子のシャワーは?」


 出河がすかさず尋ねてきた。


「男はね、この期間俺達だけじゃけぇ、夕飯後でもええし、9時以降でもええし、極端に言えば朝でもええし、いつでもOK」


「お、ラッキー」


「ただ一つ、みんなに黙っていたことがあります。…ウチのシャワーはお湯が出ません。冷水シャワーです」


 えーっ!と1年生が一斉に驚いていた。2年、3年は何故か1年が騒いでいるのを見て、ニヤニヤしていた。


「部長、それって吹奏楽部だけですか?」


 トランペットの1年、赤城さんが聞いてきた。


「まさか!冷水シャワーなのは、全部活共通だよ。高校で合宿をする部活は、どの部も冷水シャワーの洗礼を受けるんだ」


 主に1年生から、そっか仕方ないんじゃね…という声や、暑いから逆にええんじゃないんかとか、いや、冷水は耐えれんとか、色々聞こえてきた。


「まあね、1年生のみんなには衝撃だったかもしれんけど、この冷水シャワーって、意外といいもんだよ。3年の先輩なんかは水着を持って来られる方もいたりしてね。ね、前田先輩!」


 と俺が言ったら、部員の目が一斉に前田先輩に向いた。


「前田先輩、今年も水着は持って来られたんですか?」


 と俺が唐突に聞いたら、前田先輩もビックリした様子で答えてくれた。


「えっ、水着?…実は念の為に、3着持ってきてるよ」


 へぇ~っというどよめきが起きた。


「多分、アタシだけだよね。今年は事前に言わんかったけぇ」


「前田先輩、水着を着てシャワー浴びたら、冷水シャワーもちょっと違いますか?」


 若本が同じサックスの好で、聞いていた。


「うーん、アタシは冷水からの防御の意味で着てるけど、水着で覆われてる部分は洗えないよね。だから一長一短かな」


「ふむふむ…。アタシの兄は経験者のクセに、何のアドバイスもくれませんでしたよ。ったくもう!」


「若本先輩は男じゃけぇ、女子のシャワー事情はよく知らんのじゃないかな?」


「でも、シャワーが冷水だっていうことくらい、教えてもらってもいいじゃないですか、そう思いません?前田先輩」


「まあまあ、若本ブラザーズの話はまた後でゆっくり聴いちゃげるから」


 際限がなさそうだったので、俺が会話を強制終了させた。


「では説明の最後に、寝室と布団について、です。男子は部屋が一つなのですが、1年1組の教室です。女子はギリギリまで女子バレー部と調整が続いたので遅くなりましたが、3年5組と6組の2部屋です。一応俺のイメージは、5組に1年生、6組に2年と3年という風に思ってますが、その辺りは自由なんで、学年問わず入り乱れても構わないです。ただし、途中で抜け出したりすることのないよう、各部屋の代表者を、今日の夕飯の時に俺に教えてください。女子の皆さん、よろしくお願いします」


 はーい、という面倒臭そうな返事が女子から返ってきた。俺は苦笑しながら、


「布団ですが、これは夕方届きます。5時頃届くので、夕飯の後にでも各自の布団を、寝室教室に持って行って下さい。ここまでで何か質問はありますか?」


 音楽室を見渡したが、何か聞いてみたいけど、うまく言葉に出来ない、ここで聞くのは恥ずかしいという雰囲気が蔓延していた。


「じゃ、何かあったら俺に聞いて下さい。俺が見付からないよ~って時は、誰でもいいので、周りの方に聞いてみて下さい。では開会式の最後に、福崎先生から一言頂きます」


 と、先生にバトンを渡した。


「みんな、おはよう!」


 おはよーございます、と覇気のない返事が返ってきたので、先生も苦笑していた。


「おいおい、みんな元気出してくれよ。まあこれからの合宿で、少しずつ元気になっていくと思うんで、とにかく今年のコンクール。この合宿中に、目に見えるように上達してほしいと、先生は願っています。それと同時に、滅多にみんな一緒に寝食を共にすることがないので、この貴重な機会に、普段喋ったことのない部員や先輩、後輩とも、交流を図って下さい。最終日の夜にはレクリエーションも予定してます。な、上井?」


「あっ、はい。色々考えてますんで」


「と言うことで、みんな大いにこの合宿を、前向きに楽しみながら、スキルアップを図ってほしいと願ってます。先生からは以上です。あとは部長から、今日の今後の説明かな?」


 先生から再び俺にバトンが返ってきたが、何も話すネタを用意してなかったので、慌ててしまった。


「はいっ?あっ、ええっと、そうですね…」


「なんや上井、一通り喋って気が抜けとったか?」


 先生の一言で音楽室内は笑いが巻き起こった。ちょっと恥ずかしいが、こんな雰囲気の方が絶対にいいんだ、絶対に…。


「では、スケジュール表に従って今から合宿を開始します。と言っても、食事とか夜の合奏とかするまでは、あんまり実感は沸かないと思いますが…。まずは午前中はパート練習ですね。12時までパート練習、12時から3年1組で食事で、目安は30分です。午後練は1時半からの予定なので、食べた後は当番班以外は昼休憩です。A班の皆さんは11時半に、通路の踊り場に集まって下さい。去年と変わってなければ、多分放送部の自動放送が流れると思いますので…。では開会式はこれで終わります。まずは皆さんの荷物を寝室に割り当てた教室に持って行ってから、も一度音楽室に楽器を取りに来て下さい。では、一旦終わりでーす」


 一斉に部員が立ち上がり、教室に荷物を置きに行った。なんとなく女子の方が急いでいるような感じだが、派閥とかあるのかな…。


 俺は男子部屋と決まっているし、パート練習はずーっと打楽器ということで音楽室なので、今はそのまま音楽室に留まった。


 そして椅子と机を合奏体系を組むためにどかしていると、広田さんと宮田さんが早々に戻ってきた。


「上井君、1人で何しよるん。アタシ達もやるよ、ね!京子ちゃん」


「はい。先輩、カッコ付けんでもええですよ。アタシ達もやりますよ」


 と、広田さん、宮田さんの順に喋ってくれた。その内3年の田中先輩、宮森先輩も来てくれ、5人で一気に合奏体系を音楽室内に組み立てた。


「おお、5人でやると早いね!ありがとー」


「ですね。田中先輩もありがとうございます!」


 と宮田さんがいうと田中先輩は


「みんなより経験が長いだけよ」


 と謙遜される。うん、いい雰囲気だ…。そこに広田さんが一言付け加えてくれた。


「というより、上井君、まだ荷物持ってってないんじゃろ?ウチらで打楽器を出しとくけぇ、その間に荷物を男子部屋に持って行きんさいや」


 広田さんが助け舟を出してくれたので、俺は荷物を男子部屋に運ぶことにした。


(打楽器って、なんか助け合う感じがいいなぁ)


 なんとなく上機嫌で荷物を持って音楽室を出ると、ある女子とすれ違った。


「あっ、上井君、急いどる?ちょっとでいいから話せる?」


<次回へ続く>




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る