第9話 -部活帰りに…-

「笹木さん、それって一体…?」


「前に言ったことがあるんじゃけど、覚えとるかな、アタシ、吹奏楽部と女子バレー部の合宿期間中に、上井君の為に動くよって」


「な、何となく覚えとるけど…えーっ?」


「詳しくは帰りながら話さない?とりあえずこの場は解散させようよ」


「そ、そうしようか」


 俺と笹木さんは元の場所に戻った。


「メグ、上井君に何の話があったの?」


 近藤さんが聞いてくる。俺は冷や汗が背中をつたう。


「ちょっと夏の合宿についての打ち合わせだよ。ね、上井君」


「うん!」


 変なイントネーションになってやしないだろうか、俺は一刻も早くこの場から解放されたかった。


「じゃ、バレー部は今日の練習終わりでーす。また月曜日、集まりましょう」


 笹木さんが女子バレー部員に声を掛けていた。その声と共に、お疲れ様でした!と元気良い返事が聞こえる。流石体育会系だ。


「山中君、たまに一緒に帰ってみる?」


 田中さんが山中を誘っていた。


「えーっ、田中さんと?しゃーない、一緒に帰るか」


 山中は田中さんと一緒に帰ることになったようで、俺には「後は上手くやれよ」とばかりに手を上げて去っていった。


「じゃあ、アタシも帰るね。上井君、また会おうね」


 近藤さんもそう言い、体育館を後にした。


「うん、またね。夏合宿ででも…」


「そうだね!バイバイ」


 そして俺と笹木さんが残された。


「さて、久々に『部長は辛いよコンビ』で帰ろうか」


「あ、笹木さんが名付けた、俺らのコンビ名ね」


 俺と笹木さんは宮島口駅へ向かって歩き始めた。


「ところでさ、上井君」


「え?」


「さっき聞いた話は本当なんだよね?」


「車で送ってもらった年上の女性の話?」


「そう。偶々アタシが見掛けたんじゃけど、いつの間にそんな車で送ってくれるような彼女が出来たの?って思ってさ。ついこの前、女の人とは縁がない〜って叫んでたのに、なんで?って」


「だよね。その場面だけ切り取ると、ドライブでもした帰りに部活に来たような」


「うん。だから本当は上井君を見掛けた時に、すぐ掴まえれば良かったんじゃけど、アタシ、ビックリして固まってしもうてね」


「それで今日、部活始まり辺りで俺を掴まえようとしたけど、山中しか掴まらなかった?」


「そうなの。さすがアタシと上井君、息がピッタリだね。流れるような状況説明」


 俺は笹木さんという、中3からの俺の事情を知ってくれている男女を超えた友人がいてくれて、本当に助かると思った。2年生になり、クラスが別れても、こうやって縁が繋がっていることに感謝している。


「今日はね、役員会議をいつもの部活より30分前に開いたんよ。それでタイミングがズレたんかもしれんね」


「あ、そうだったん?役員会議?もしかしたら上井君にとっては、やりにくい会議なんじゃない?」


「そのとおり!でも大村が結構話してくれて、助かったよ」


「へぇ、彼がね…。彼も結構吹奏楽部に馴染んできたのかな?」


「かなりね。今は大村が副部長にいるのが、凄い助かるよ」


「ふーん、去年の今頃だと考えも付かないでしょ?」


「そうやね。去年の今頃は、まだ俺、部長になんか絶対にならないって思ってたし、例の2人を敵視してたから」


「だよね。1年7組の中でも、他の人達は気付いてなかったと思うけど、アタシは分ってたから。あの緊張感も、懐かしいと言えば懐かしい…かな。ハハッ」


「だね。でも笹木さんのお陰で百人一首が成り立ったじゃん。あの時はどんな気持ちだったん?」


「あったね〜、百人一首!確か末永先生は、アタシに一番初めに出てくれない?って言ってきたのよ」


「えっ?そうなんだ?」


「そしてね、上井君と神戸さんが物凄い険悪な関係だけど、百人一首大会で一緒のグループにして、仲直りさせたいんだって、打ち明けられたの」


「そんな裏話が…へぇ…」


「アタシも最初はそんなの無理です、って言ったんだよ。アタシは上井君と神戸さんの関係では、どっちかって言うと上井君寄りだったからね」


「ホンマに?今更だけど、ありがとうね」


「いやいや。じゃけど末永先生は結構粘り強かったよ。アタシはその押しに負けて、先生と一緒に作戦を練ることになってね。あとはもう上井君もご存知の通りよ」


「なるほどね。でも神戸さんと友達っぽい会話したのはその時1回かなぁ…。今は業務上最低限の会話だけだよ」


「そっか。部長と副部長になっても、親しく会話するようにはならないか」


「まあ…。でも1年前に比べたら…」


「1年前ね。そうよね、アタシ達の1年って、中身がギュッと詰まってるよね」


「ホンマにそうやね」


 俺は去年の夏休み始まり辺りからの1年間を思い出してみたが、とにかく色々ありすぎた。


「ところでさ、上井君」


「あ、回想モードになっとった、ゴメンね」


「ううん、それはいいよ。それとは別に、今日のメインテーマ。単刀直入に聞くね?」


「うっ、うん」


「タエちゃんが彼女になったら、どう?」


「本当に直球だね〜」


「上井君に今更回りくどいこと言っても意味ないじゃん。どうかな?」


「うーん…」


 正直迷っている自分がいた。若本の天真爛漫さに心が惹かれ始めている状態の俺が、近藤さんと付き合えるのか?


「それより、近藤さんの気持ちって、笹木さんは聞いたのかな?」


「…実は、まだ」


「ということは、前に聞いた、恋愛感情とは違った感情で俺の事を見ているまま…かもしれないんだよね?」


「ま、まあね」


「笹木さんも知っての通り、俺は凄い恋愛にオクテになってしもうとるけぇ、120%確実じゃないと動けないというか…」


「そうよね…。上井君は」


 もうすぐ宮島口駅に着くというところで、俺と笹木さんは黙り込んでしまった。


(何とか変なムードのまま帰るのだけは避けなくちゃ)


「笹木さん、せっかくの提案だからさ、合宿中に、近藤さんと2人で話せるタイミングを作ってほしい…ダメかな」


「あっ、それくらいなら、全然大丈夫だよ」


「仮に合宿最終夜?3泊目の8月11日の夜を決行日と大まかに決めておいて、偶然を装って何処かで出会って、俺が近藤さんの気持ちを聞いてみる…」


「うん、そうしてみようか。アタシがちゃんと上井君とタエちゃんが2人きりで話せるように、セッティングしてみるから。3泊目の夜にしておけば、それまでに上井君と打ち合わせるチャンスもあるだろうしね」


「とりあえず今日はここまで決めた、ってことにしようよ」


「そうね。電車の中では中学の時の思い出話でもしようよ」


 なんとなく俺と笹木さんの間では合意したような感じだが、俺は正直言って、これで良いのか?と思っているままだ。

 年下ならではの特権で俺を翻弄する若本に、閉じていた心がかなり引っ張られている現状で、近藤さんと恋愛の話なんか出来るのか?


 合宿は今年も色々起きそうな予感がしてならない。


<次回へ続く>

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