第8話 -勘違いからの…-

 俺と山中は、体育館前へとやって来た。

 先に部活を終えたバスケ部が帰っていく。

 女子バレー部は部活が終わった後が長い…と、前に笹木さんから聞いたことがあるので、まだ女子バレー部員が出て来るには時間が掛かるだろう。


「山中は笹木さんと話したのって、初めてじゃない?」


「いや、去年の夏の合宿でも話しとるし、面識はあるよ」


「そうか、去年の夏の合宿って、結構今となっては、意味がある合宿になったんじゃね」


「まあ夜中の女子バレー部との密会は、合宿の正規スケジュールじゃなかったけどな」


「でも山中の同級生の田中さんっていう名物キャラも発掘出来たし」


「アイツ、ホンマに根っからの芸人じゃけぇね、一緒におったら楽しいのは間違いないよ」


「誰が根っからの芸人だって?」


 ふと俺と山中の後ろから女子の声が聞こえた。


「えっ?」


 振り向くとそこには、女子バレー部の2年生、田中美鈴が、カバンを肩に担いで立っていた。


「山中君、まだアタシを芸人呼ばわりしちゃって、後悔するわよ〜。あっ、上井く〜ん!右足怪我したんだって?大丈夫?」


「田中さんよ、俺と上井に対する態度が全然違うんじゃけど…」


「当たり前じゃん。山中君はアタシを漫才芸人としか見てないけど、上井君はクラスマッチでアタシのバレーの試合も見てくれて、カッコ良かったよって言ってくれたんじゃもん」


「え?上井、いつの間に田中さんに接近したんよ?」


「接近って大袈裟な…。俺、クラスマッチでバレーボール担当じゃったけぇ、試合や審判する田中さんを見てそう思ったけぇ、一言声を掛けただけじゃって」


「ね?山中君と違って、上井くんは優しいの」


「優しい…じゃなくて上井はヤラシイかもしれんけぇ、気を付けろよ」


「上井君がヤラシイ訳ないよ!」


 田中さんと山中が同じ中学卒業の間柄の言葉のラリーをしている中、近藤妙子も練習を終えて体育館から出て来た。


「あれ?上井君、どうしたの?バレー部に何か用?」


「あっ、近藤さん!久しぶりじゃね!」


「クラスマッチ以来かな?そうそう、右足の怪我は治った?」


「お陰様で、昨日抜糸したんよ。ちょっと不安はあるけど、これで風呂も入れるよ」


 顔見知りの女子バレー部員と話していたら、その横を遠慮がちに失礼します、と通り過ぎていく女子がいた。


「1年生の子達?」


「うん。元気で真面目な子が多いから、教えてても負けそうよ」


「そうなんや、それはいいね。でも入部したけど辞めてった1年生っておる?」


「うん、それはどの部も一緒じゃないかな…。上井君の所はどう?」


「結構おったよ〜」


 俺は苦笑いせざるを得なかった。今そのせいで、打楽器で悪戦苦闘しているからだ。


「そうなんだね。アタシも中学の時の後輩が、高校のバレー部の練習は厳しくてついていけませんって言って辞めた時は、ちょっと寂しかったなぁ」


「あー、そんなのってツライよね。期待してた後輩でしょ?」


「うん…。でも最後は弱肉強食の世界じゃけぇね、仕方ないよ」


 俺と近藤さんが、生徒会ではないネタで会話をするのも珍しかった。一方で山中は田中さんと丁々発止の会話を展開していた。


 そこへ待ち人来たるという感じで、笹木さんがやって来た。


「あれ?上井君じゃん。どしたん、山中君に話聞いて、来てくれたとか?」


「あっ、待ってたよ、笹木さん。なんか誤解を招いたみたいで、釈明にやって来たよ」


 山中は笹木さんが来たのを見て、田中さんとの会話を一旦打ち切って、俺の方へ来てくれた。


「あ、山中君もおってくれたんじゃね」


「うん、上井に一応笹木さんから聞いたことをぶつけてみたんじゃけど、年上の彼女が出来た…のは否定されたよ」


「えっ、そうなん?」


 笹木さんは俺の方を見た。それまで一緒に話していた近藤さんも、なんのこと?みたいな感じでキョロキョロと俺や笹木さん、山中を見ている。


「うん。まあなんで笹木さんが山中に俺の事を聞いたのかな?って思ったのもあるけど…」


「あ、それなら大した意味はないよ。上井君に直接聞いてみようと思ったんじゃけど、なかなか掴まらなくてさ。それで今日、部活に来た時に下駄箱で山中君を見付けたけぇ、上井君に聞いてみて、って頼んだの」


「なるほどね。じゃあ笹木さんが、俺が高校の正門前で年上の女の人の車から降りた場面を、偶々見て、不思議な…というか、彼女が出来たのか?と思って、俺に聞こうとしたけど、タイミングが合わんかったけぇ、丁度今日下駄箱で会った山中に頼んだ、と」


 ここで、田中さんや近藤さんが、えっ?という目で俺を見るのが分かった。


「そうなんよ!最初は人間違いかな?と思ったけど、明らかに上井君だったしさ、わざわざ運転席側に回り込んで、握手しとったじゃろ?」


「う、うん。それは否定しないよ」


 へぇ~っという変などよめきが起きている。


「ウワイモ、いつの間にそんな年上の女性をたぶらかすような男になったんや?」


 この握手については、音楽室でも山中には言ってないため、山中はちょっと驚いたようにそう聞いてきた。


「イモは余計じゃっつーの…。結論から言うよ。まず、車を運転してくれて、俺を高校まで送ってくれたのは、2つ年上の生徒会役員の先輩で、今年の春に高校を卒業された石橋さんっていう女性」


「上井君の、生徒会絡みの先輩?」


 笹木さんが確認するように聞いてくる。


「そう。で、順番に話すと、先週クラスマッチで怪我をして、病院に行くために早退した時に、帰りの列車で石橋さんと偶然出会って、実は病院に行くんだって話をしたら、なら病院まで送ってあげるよ、ってなったんよ」


「…うん」


「それでその時は4針縫って、1週間後にまた来てくれって言われたんじゃけど、1週間経ってから病院に行こうと思っても、病院がちょっと1人で行くのは不便な場所で、ダメ元で石橋さんにもし時間空いてたら車を頼めないかって連絡したら、奇跡的にOKが出て、病院に行って抜糸した後、そのまま部活があるからって高校へ送ってもらった、そういう話。以上であります!」


「…一気に喋ったねぇ、上井君。落語家か講談師みたいじゃったよ」


 笹木さんは苦笑いしていた。山中が続けて補足するように、


「ま、上井が音楽室での事情聴取でも同じ自白をしたけぇ、笹木さんに伝えようとしたら、上井も付いてきて、本人がちゃんと自供するって言うんよ」


「事情聴取とか自白とか、犯罪みたいに言うなっつーの」


「アハハッ、やっぱり上井君と山中君のやり取りって面白いね!」


 田中さんが微妙な空気を和らげるような一言を言ってくれ、その場にいた俺たちの緊張を拭ってくれた。


「そしたら、上井君にまさか年上の彼女が出来たの?っていうのは、アタシの早とちりってことになるのかな?」


 笹木さんが、総まとめ的な一言を言ってくれた。


「笹木さんには悪いけど、そんなところかな」


「そっかー、なら良かった」


「ん?良かったって、何?」


 すると笹木さんは俺を引っ張ってみんなとは離れた位置まで連れてきて、耳打ちするように言った。


「…あのね、アタシ、夏の合宿で、上井君とタエちゃんをくっ付けようって思ってるの」


「ええっ?!」


<次回へ続く>

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