第7話 -突然の彼女疑惑-

 緊張しながら進行した役員会議から始まった夏休み第1週の土曜日の部活も、無事に終わった。


(何とか合宿までに、課題曲も自由曲も、全部を通して叩けるようになりたいな…)


 毎日ティンパニーの譜面を持ち帰り、自宅ではコンクールの課題曲「風紋」と自由曲「オーストラリア民謡変奏組曲」を何度も繰り返して聴き、譜面に合わせてイメージトレーニングだけは欠かしていないのだが、いざ実際に叩くとなったらやはり難しい。

 途中でどうしてもティンパニーを1台、音を変えなくてはならない箇所があるのだが、本番でペダルを踏んで上手く調整できるだろうか等、不安は尽きない。いや、不安だらけだ。


 そんな状態だが今日の合奏は、まだまだ俺のティンパニーは人前で披露出来る程にはなっていないが、前よりもタイミングだけは掴めた気がした。


 福崎先生も気を使って下さっているのか、まだ合奏中にティンパニーに個別でこうしろ、ああしろ、と指示されることはないのが、せめてもの救いだった。本当なら、コンクール1ヶ月前にこんな出来では許されないレベルなのに、先生には感謝しかない。


「では夏休み最初の週の部活は、これで終わります。明日はゆっくり休んで…と言いたいところですが、海とかに遊びに行く方も多いと思います。怪我とか日射病に気を付けて、また月曜日に元気に会いましょう!」


 お疲れ様でした~という声が聞こえ、野球部の応援から始まった1週間を、一応締めくくることが出来た。


 だが今日は最後に、山中が話があると言っていたので、いつものように鍵閉めを待ちつつ部員を見送っている横に、山中が座っていた。


「上井はいつも最後までおるんじゃなぁ…。今更じゃけど」


「うん。鍵閉めがあるけぇね」


「打楽器はどうよ?慣れてきたか?」


「いや、まだまだ。今日の合奏なんか、滅茶苦茶だったじゃろ。掴みはまずまず分かってきたつもりじゃけど、なんて言うんじゃろ…、フォルテで叩けと譜面には書いてあるけど、ホンマに叩いてええんかな?って思ってしまうというか」


「ふーん…。でもそれも慣れれば、迷わなくなるんとちがうか?」


「まあそうだよね。じゃけぇ、明日は休みじゃけど、俺は1人だけ出て来て、ティンパニーの練習しようと思うとる」


「ホンマか。俺も空いてたら来ても良かったんじゃけど、悪いな、用事があって…」


「いや、俺の勝手じゃけぇ、気にせんとってや」


「俺もそれぐらい頑張らんとな…。今回の曲、難しいしな」


「でさ、俺に用事って、何?」


 俺は山中がわざわざ残った理由を聞いた。


「ああ、その事じゃけど…。上井、彼女出来たか?」


「なにっ?彼女?俺に?」


「そう。目撃情報があるんじゃけど」


「目撃された?俺に彼女が?見間違いじゃろう」


「いや、見たっていう女子がおってさ、何故か俺に確認してくれって言われてさ」


「えっ誰?その、目撃したって女子と、彼女だっていう女子は?」


「彼女らしき女子は俺もよう知らんけど、目撃した女子は、女子バレー部のキャプテンだよ」


「笹木さん?」


「そうそう、笹木さん」


 俺は突然突き付けられた摩訶不思議な話に戸惑ってしまったが、もしかしたら…


「昨日の話じゃない?」


「ああ、昨日の事って言いよった」


「山中は笹木さんに、いつ会ったん?」


「今日だよ。部活に来たら下駄箱で会ったんじゃけど、珍しく笹木さんの方から俺に声を掛けて来てさ」


「ふーん…」


「昨日、上井が女性の運転する車で高校まで送ってもらって、最後に別れを惜しむように握手しとった、って言っとったんよ」


 やはりだ。石橋さんに送ってもらって、高校で降りる時に、笹木さんに見られたんだ。


「上井、心当たりはあるか?」


「大ありじゃ」


「えっ、マジか?」


「ああ。でも山中や笹木さんが期待してるような話じゃないよ」


「どういうことよ?」


「ほら、俺さ、クラスマッチのサッカーで、右足脹脛に、4針縫う怪我をしたじゃろ」


「ああ、上井がカッコ付けて失敗したっていう怪我…」


「うるさいな、それは俺が一番痛感してるんだって」


「わりぃ、それで?」


「昨日、その怪我の再診日だったんよ。でも俺を診察してくれた病院が、車がないと行けない所で、ウチの親も車には乗っとらんけぇ、どうやって行こうか悩んでさ」


「うんうん…」


「2年年上で、生徒会役員交代式で山中も顔は見とると思うんじゃけど、石橋さんっていう先輩に、実は先週も病院に車で乗せてってもらったんよ」


「ほぉ、なるほど」


「それで、再診の時も送迎をお願いしようかと思って一か八か頼んでみたら、運良くOKもらえて、病院へ連れてってもらって、ついでだからって診察後高校まで送ってくれた、そういう出来事」


「ふーん…」


「それ以上でもそれ以下でもないけど…」


「それって、その石橋先輩?がさ、お前のことを少しでも好きじゃないと出来ん事じゃろ」


「はぁ?」


「お前は石橋先輩をどう思っとるん?」


「ちょっと待ってくれ、俺と石橋さんの間には、何もないよ?何もしてないし」


「それは上井の、今の所の見方じゃろ?石橋さんは違うかもしれんじゃろ」


「だからちょっと待てってば。一応俺も、最初に病院へ連れて行ってくれた時、こんなにしてくれるなんて、もしかしたら…って思ったから、石橋さんに俺の事をどう思ってるか?って聞いたんよ」


「ほぉほぉ。で、答えは?」


「弟みたいなものって言われた。それでオシマイ」


「その話、ホンマか?」


「嘘吐いたって無意味じゃろ。俺はモテんのじゃけぇ、もし奇跡的に彼女が出来たら、山中には絶対にすぐに報告するってば」


「そうか?うーん、笹木さんが目撃したタイミングが、恋人が別れるような感じだったって言うけぇさ、上井も遂に彼女が、しかも年上の女性が?って思ったんじゃけど…」


「正直に言えば、石橋さんみたいな女性が彼女だったら、最高だよ。本当に細かい所まで気が利くし、優しいし」


「上井は石橋先輩に片思いしてるん?」


「いや、ちょっと思ったこともあったけど、弟みたいな存在って言われてから、封印した」


「なんか、勿体無い気がするな、俺は」


「どうしてさ」


「弟みたいな…ってのは、石橋先輩の照れ隠しなんじゃないか?」


「照れ隠し?」


「ああ。俺はあまり石橋先輩の事は覚えとらんけど、生徒会役員の交代式で顔を合わせただけで、そんなに上井に世話を焼くか?」


「…まあ一応、出身中学が同じってのが共通項にあるけど」


「緒方だったよな、上井は」


「そう。母校が同じってだけで、話が弾むじゃん」


「うーん、否定はせんけど…。なんか引っ掛かるんよな。笹木さんも女子ならではの直感を感じたとか言ってたし」


「そこが不思議なんよ。笹木さんなら俺の方が付き合い長いのに、なんで俺に直接聞いてこんのじゃろう?」


「まあそんな深い意味は無いと思うけどな。俺より先に、お前と出会ってたら、笹木さんのことじゃけぇ、ねぇねぇ昨日の女の人は誰?って聞いてくるんじゃないんか?」


「そうかのぉ…。俺は敢えて当事者の俺に直接…じゃなくて、間に山中を挟んだ気がする」


「考え過ぎじゃろ。とりあえず俺から笹木さんに、上井に聞いた結果を伝えんにゃいけんのじゃが、彼女てはない、とだけ言っとけばええか?」


「ああ、頼むよ。…でも、どうやって笹木さんに伝えるん?」


「今日の帰り、どっちか部活が早く終わった方が、相手の部活終わりを待って…。ま、女バレの方が遅そうじゃけどな。体育館前で待つことになりそうじゃ」


「じゃあ、当事者の俺も一緒に待つよ」


「は?」


「じゃけぇ、疑惑を掛けられている本人が、直接説明するよ」


「そうか?それは止めといた方がええんじゃないか…と思うけどな」


「いやいや、ちょっと笹木さんとは別の件でも話したかったけぇ、丁度ええんじゃ」


「上井がそこまで言うなら…。じゃとりあえず体育館に行くか?」


「ああ、コッチの鍵閉めてから行くよ」


「分かった。俺は先に行っとく。上井も早う来てくれや」


「おお。了解」


 何かが胸の奥で引っ掛かっている。それを晴らすには、やっぱり直接笹木さんに聞いた方が良いんだ、俺はそう思った。


<次回へ続く>

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