第6話 -役員会議-
7月25日(土)の練習日、練習開始を前に副部長、会計と俺を含めた5人で会議を開くことになった。そのため少し早く役員には集まってもらっていた。
「今日は、夏休み前にもミーティングでちょっと触れていたんですけど、合宿の最終日に行うレクリエーションの内容を決めるのと、4月から今まで役員5名が集まって話し合ったり、悩みを共有したりしていなかったので、コンクールに向けて一度意思疎通を図りたいと思って、幹部会を開かせてもらいました」
と、俺は最初に挨拶した。
本音では苦手な女子が2人いるので、役員会議は回避したかったのだが、ミーティングでやると言明し、夏休みの練習日程プリントにも7月25日(土)練習開始の午後1時半前の1時から❝役員会議❞と書き込んだため、やらねばならない。
いつまでも女子2人が苦手だからと言って、幹部で話し合いをしないのは良くないので、自分を追い込む意味でも、どんなに疲れても翌日は休みとなる土曜に、役員会議を設定したのだった。
まだ他の部員が来ていない幹部5人しかいない音楽室には、独特な緊張感が渦巻いている。
「えーっとですね、まずはこれまで約4ヶ月、拙い私の部活運営で、皆さんにもご迷惑を掛けたと思います。本題に入る前に、今までの1学期を通じての部活で気付いたこと、ここはこうすりゃあええんじゃないかとか、何かあったら遠慮なくご発言をお願いします」
…しばらく沈黙が続く。こういう雰囲気が、俺は耐えられないのだ。一応他の4人の役員の顔を見回してみる。
大村と村山は、何か言ったほうが良いだろうという感じで、やや上向きで思案顔だが、神戸はやや俯き加減、伊野はなんでアタシがこの場に呼ばれなきゃいけないの?というような感じで、一番端っこの席に座っているのもあり、右横を向いていた。
「…何も無いですかね?俺は自分自身、反省点が色々あってですね…」
「じゃあさ、上井の思う反省点を言ってみてくれよ。俺らはその時どうすれば良かったかとか、何を思ってたかとか、何か言えるキッカケになるけぇ」
と助け舟を出してくれたのは、大村だった。
「ほうじゃね。いきなり今までのお前のやり方についてって聞かれても、うーん、まあまあええんじゃない?としか言えんし」
村山が大村に続いて言った。
「ありがとう。じゃあまず俺の思う至らなかった点、一つ目は、春先の3年生からの俺に対する陰口問題なんじゃけど…」
そう言ったところで、また沈黙がやって来た。まあこれについては俺も被害者なので、何をどう言ったら良いのかなんて、難しいかもしれない。
「…ま、上井にとっては忘れたい過去だよね。でもまあ上井のストレスがピークになる前に、俺達にちょっと相談はしてほしかったかな」
大村がそう言ってくれた。そしてそのまま続けて、
「アレはフルートの3年生じゃったっけ?最後はミーティングの時間で強引に解決したけど、もっと隠密にやれたかもな…って思ってさ」
「隠密に?例えば?」
「俺とか村山に相談してもらってさ、俺達がフルートの先輩に、なんで上井のことをそんなに悪く言うんですか?って問い質すんよ。そうすれば、全部員の前で上井が受けた屈辱や、犯人らしき先輩も逆に追い詰めなくて済んだかも…って思ってね」
「なるほどね。確かにあの頃は気ばかり焦ってたよ。部長になったからには!みたいな気負いが空回りして、その割に生徒会の仕事も入ってくるから、俺1人で八方塞がりだ…って思って」
「まあ上井への陰口は、この中ではチカ…神戸さんが一番早く気付いてたのかな?だよね?」
と、大村は神戸に話を振った。何故か俺が緊張してしまう。
「…うん。フルートとクラは近いし…。だから、サオちゃん…伊野さんも気付いてたよね?」
久々に間近で聞く神戸の声だった。そして今度は伊野へとバトンが渡された。果たして何か言ってくれるのか?と思ったら、大きく頷くだけだった。ちょっと俺は落胆した。
「村山は気付いとったんかいね?」
大村がテキパキと進行してくれている。
「俺?俺は…上井には悪いけど、全然知らんかったんよ。フルートじゃろ?ペットとは席が遠いのもあるけど、俺自身もまさかそがいなことが起きとるとは夢にも思わんかったけぇ、ミーティングで初めて知ったんよ。上井には悪かったけど」
村山は頭を掻きながら、バツが悪そうにそう言った。
「じゃあまずこの問題は、俺がもっと皆さんに早く相談すべきだった、ってことですかね。時期的に精神的にも余裕がなかったところへの連続攻撃みたいなもんじゃったけぇ、つい1人で抱えてしもうたけど…」
「とにかく上井は、1人で問題とか悩みを抱えずに、どうしようもないって時には,俺達に遠慮なく相談してくれよ。たまに上井が休む時のミーティング代行だけが仕事じゃないんじゃけぇ」
「ありがとう、大村」
大村がこんなに責任感を持ってくれていたとは、俺は内心密かに感激していた。
「じゃあ次の俺の反省点で、1年生の退部続出…なんじゃけど」
と言ったら、これまた大村が
「いや、それは上井だけの問題じゃないよ。責任があるのは俺たち全員かもしれんし、辞めた者の都合もあるし、パートの問題もあるかもだし、一概には言えんけぇ、上井が1人で責任を感じる必要はない。と、俺は思うけど?どうかいね、他の皆さん」
と言ってくれた。これは大村の一言が的確だったようで、全員頷いている。その中で神戸が言った。
「…アタシも反省してるのが一つあるよ。クラに入ってくれた1年生で、初心者なのに凄く上手い子がいたの。よくきいたら、小学校の時に音楽クラブでクラリネットを吹いてて、中学では美術部だったけど、やっぱり吹奏楽がしたいっていって、入ってくれたらしいの。なのに4月一杯で辞めちゃって…。もっと声を掛けてあげなくちゃいけなかったなって思ってる」
「ああ、あの子?確か廿日中だったよね?」
大村は分かっているようだった。猛烈に俺も詳しく聞きたいところだったが、何故かそこでストップをかけてしまう俺がいる…。
「まあ各パート、色々事情はあるんだよね。でも文化祭明けの打楽器1年生一斉退部は、正直俺は責任を感じるよ」
「どんな責任?」
「松下さんが留学するから、打楽器から2年生がいなくなるじゃん?で、いなくなった後の打楽器をどうするか、打楽器の中で話し合ってくれって、ボールを投げちゃったんだよね。その話し合いに、俺も入って、特に1年生の気持ちとか聞いてやるべきだったかなって…」
また沈黙が襲った。変な言い方だが、俺がボールを投げてしまったので、誰かが反応してくれるのを待つしかなかった。
しばらく待っていると村山が口を開いた。
「まあ、その時点ではお前は松下さんに全権を委ねたんじゃけぇ、仕方なかろう。でもさ、辞めてった打楽器の1年か。俺はペットじゃけぇ、結構打楽器が近い所におるじゃん。明らかにやる気がなさそうだったぜ。たまにヒソヒソ声で、『いつ辞める?』とか言うとるのが聞こえたこともあったし」
「マジで?それこそ俺に教えてよ~」
「いや、俺の背中側じゃけぇ、誰が言うとるんか分らんのじゃ。1年生で名前を覚えきってなかったのもいけんけど…」
「うーん…。でもそうすると、前から辞めたがってたのは間違いないけど、松下さんの存在がストッパーだったんだろうな、彼らは」
と俺が言うと、大村が続いて言った。
「松下さんは、宮田さんに1年生だけどパートリーダーになってって頼んだんじゃろ?」
「そうみたい」
「それも、辞めた1年生にとっては、勿論筋違い甚だしいんじゃけど、辞めるキッカケになったんかもね」
「というと?」
「宮田さんばっかり贔屓して…みたいな…」
「はぁ…なるほどね」
「でもそれだけ宮田さんは練習も一生懸命だったんじゃろうし、1年生の中では飛びぬけた存在に見えた訳だよね?」
「そんなことを言ってたよ」
「じゃあやっぱり仕方ない。上井のせいじゃないよ」
「いや、でもさ。俺の宮田さんからの又聞きなんじゃけど、4月末に1年生が結構辞めた後に、打楽器におった1年生が松下さんに、『元々アタシはクラリネット希望で入ったのに、クラリネットから退部者が出てもなんでその空いた席へ移籍できないのか?』って聞いてたらしい…んよ。こんな声とか、どう対応したらいいと思う?」
「うーん…」
みんな押し黙ってしまった。その中で沈黙を切り裂いてくれたのは、やはり大村だった。
「ちょっと意地悪になっちゃうかもじゃけど、そんなさ、誰かが退部しました、ではそのパートに行きたい人いますか?なんてことを、その都度その都度聞けないって。松下さんはどう答えたんじゃろうね?」
「うーん、俺も直接聞いた訳じゃないけぇ、何とも言えんけど、とりあえず話はしてみる、くらいは言ってしまったかもしれんよね」
ふとここで伊野沙織の視線を感じた。
去年フラれてから、友達のままでいたいと言われつつ、全く目すら合わせてくれなくなって以来の視線を感じた。
幼馴染、松下弓子のことだから、何か知っているのかもしれない。俺は勇気を出して伊野に話しかけた。
「い、伊野さん…。何か松下さんから打楽器の子の話とか相談とか、受けとる?」
だが残念ながら首を横に振るだけで、発言はなかった…。
「…特になし、ね。まあ結果的に、打楽器が希望パートじゃなかった1年生が、コンクールの練習が本格化する前に逃げたって結論になるのかな」
「そうなるじゃろうね。まあ上井は責任を取って打楽器に移った訳じゃけど、その経緯とか、俺らにはもっと早く教えてほしかったってのはあるよ」
「だよね、それは悪かったと思うとる。だけど時期がさ、ジャスト期末テスト週間に被ってしもうて、なかなかみんなを集めるのにも限界があったし。それなら自分が期末明けにミーティングで打楽器にこういうことがあって、俺はバリサクから打楽器へ移ることにした、そして他にも打楽器に興味があったりする人がいたら、この緊急事態を助けてほしいって呼び掛けたほうが早いと思ったんよね」
「時期的なものもあるか…。でもまあホルンでも広田さんが打楽器を助けに行きたいんじゃけど…って相談してくれてさ。ホルンは4人じゃったけぇ、3人でもなんとかなるかな?と思って、快く送り出したんよ」
「そうだったよね。大村の英断に感謝するよ。お陰でコンクールで3年生が引退しても、超最低限の3人はおるから、何とかして回していけるけぇね」
ここで音楽室の外がザワザワしているので時計を見たら、もう1時半を過ぎていた。練習に来た部員が、俺たち5人が話し合いをしているので、入るには入れず困っているのだろう。
「えーっと、予定時間を過ぎちゃいましたが、肝心の本題、合宿のレクリエーションは、去年のようなものでもええですかね?」
異議なし!と大村、村山が声を上げてくれた。
「じゃあ俺なりに去年のフルーツバスケットとハンカチ落としをアレンジしてみて、また皆さんにタイミングを見て話してみます。第1回役員会議は終了しましょう。ありがとうございました」
結局女子2人とは直接言葉を交わすことは出来なかったが、最後はまあまあ、こういう機会を設けて良かった…と思えたので、俺は安堵した。
「すんませーん、お待たせです。中に入ってもええよ」
俺は音楽室のドアを開けた。
「ごめん、暑い中待たせてしもうて。って、音楽室も暑いけど」
「いえ、先輩方…の真剣な話し合いでしたから、仕方ないですよ」
宮田さんが待っていた組を代表してそう言ってくれた。
「ウワイモ、会議は時間通りに進めれや」
「イモは余計じゃっつーの、山中」
この定番の俺と山中のやり取りを、初めて見た1年生もいたらしく、
「なんですか、そのやり取り!先輩たち、すごい息が合ってる~。漫才みたい!」
と笑われた。特に一度笑いだしたら止まらない、クラリネットの神田が腹を抑えるようにして笑い続けていた。
「そ、そんな可笑しかった?」
神田は声にならない声で、辛うじてハイと答えてくれた。
「もうちょっと別のバージョンを考えてもええかもな、ウワイモ」
「じゃけぇ、イモは余計じゃってぱ」
「ところで上井、今日の帰り、空いとるか?」
「俺?俺ならいつも空いとるよ」
「オッケー、じゃ今日の帰り、俺に付き合ってくれ」
「えー、俺、男は恋愛対象外なんじゃけど…」
「アホか。じゃけぇお前はイモなんじゃ」
この一連のやり取りを、ずっと近くで聞いていた1年生数名は、又も爆笑していた。
「せっ、先輩、漫才コンビ組んだらどうですか…腹が痛い…」
そう言ったのはフルートの若菜だった。若菜も途中入部だったが、すっかり溶け込んでくれていて、俺は中学からの後輩だから余計嬉しかった。
「そんなに面白い?俺と山中の会話はいつもこんなんだよ?」
「俺は真面目に話しとるのに、ウワイモが真面目に答えんけぇ…」
「じゃけぇ、イモが余計なんじゃ、イモが」
今日の部活は緊迫気味の会議後、一転して爆笑の中、スムーズに始められそうだ。
しかし山中が俺に用事があるとは、なんだろうか?太田さんとの関係だろうか?ちょっと気になった。
<次回へ続く>
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