第38話 -部長は辛いよコンビ-
「上井君?どしたん?こんな遅くに」
7月半ばとはいえ、少し暗くなってきた午後7時頃、職員室前で俺が半ば待ち構えるようにして、笹木さんと出会った。
「女子バレー部は今終わったところ?」
「うん。部活は6時までってなっとるけど、その後着替えたりさ、女子ならではのお喋りとかしとったら、こんな時間よいつも」
「そうなんじゃね。じゃけぇ、帰り道で笹木さんにはあまり出会わんのじゃね」
「そうなるね。きっと上井君の方が列車1本か2本、早く帰ってるんじゃないかと思うけど、今日はどしたん?」
「ちょっとね、部長としての仕事を部活後にしよったんよ。夏休みの練習日程と、合宿の案内のプリントを作っててさ。笹木さんと話し合った、最低限の決定事項は書き込んだよ」
「え?最低限の決定事項?」
「女子のシャワーの時間…」
「なんだ、上井君ってば難しい言い方するけぇ、な、なに?って思うじゃん」
「ハハッ、ごめんね。女子のシャワー時間ってストレートに言うのが、なんか恥ずかしくて…」
「アタシの前でウブにならんでもええじゃん、今更。中学の時は同じ教室で体育の時、着替えよった仲じゃん」
「そうだよね。他校出身の友達に言ったら、信じられんって必ず言われるよ」
「アタシも言われるな。なんで男子の前で着替えられるん?って」
俺や笹木さんが卒業した緒方中学校はかなり古く、女子更衣室がなかった。
いや、実際はあったのだが、グランドの片隅にプレハブ小屋があるだけで、鍵もカーテンも無く、一部は窓ガラスも割れている粗悪な更衣室だった。
だから女子でそのプレハブ更衣室を使う者は全くおらず、体育の前後は男女一緒に教室で着替えていて、それが当たり前になっていたのもあり、誰も不思議とは思わなかった。
かといって高校のように体育の前に男子は奇数クラス、女子は偶数クラスへ移動して着替える習慣も無かったが、今考えればなんか変だな、とは思う。
もっとも個人的には嬉しい場面、ハプニングもあったりしたが…。
「笹木さんはあとは帰るだけ?」
「うん。上井君は?」
「俺も帰るだけ」
「じゃあさ、たまに珍しい2人組で帰ってみない?名付けて『部長は辛いよ』コンビ」
「ハハッ、確かにそうじゃね。コンビ名、覚えとくよ」
そう言って俺と笹木さんの2人で、帰宅することにした。
外に出てから笹木さんと並んで歩くと、ほぼ身長が俺と同じか、あるいは俺よりも高いかもしれないことに気付いた。
「やっぱりバレーしてると、背が高くなるよね」
「そうだね〜。ブロックの時にはジャンプするし、アタック打つ時もジャンプするし…」
「笹木さんは改めて聞くけど、どんなポジションなん?」
「そうね…。他の球技だとポジション決まってるパターンが多いけど、アタシはなんでも屋かな?サーブも順番回ってきたら打たなきゃいけないし、ネット際にいたらブロッカーかアタッカーをやるし…」
「そっかぁ。そう考えたら、結構厳しいスポーツじゃね」
「うん。個人的には野球よりも大変だと思うよ。個人的には…ね」
「個人的には、か…」
「だって野球は攻撃の時は、休めるじゃん」
「なるほど」
「アタシらは休むと言ったら、選手交代で引っ込まされる時じゃけぇ、不定期なんよね」
「更になるほど、じゃね」
体育が嫌いな俺は、もちろんバレーボールも苦手で、否応なしに最初のサーブの順番が回ってきた時だけ、なんとかしてボールを相手コートに届かせるのがやっとという状態だ。
だからクラスマッチで生徒会役員として本部席で試合を見ていると、素直に凄いな、と感心したし、バレー部の生徒がメンバーにいるクラスの試合は、もっと凄い!と思ったものだ。
「でも吹奏楽部も凄いと思うよ」
「ホンマに?褒めてくれる?」
「うん。楽器が出来るってだけで、大尊敬よ。アタシはリコーダーだっけ?あれしか吹けんし、あとはカスタネットとかタンバリンくらいかな…」
俺は苦笑いした。今まさに打楽器に移り、小物も難しいというのを実感しているからだ。だがそんなことをわざわざ言うのも野暮な事だ。
「上井君はあのデカいサックス吹きよるんじゃろ?」
「ちょっと前まではね」
「え?ちょっと前って、今は違うん?」
「うん。まさに今、笹木さんが言った、カスタネットやタンバリンがある打楽器に移ったんよ」
「えーっ、そんな移籍とかあるんじゃ?なんで?」
「それこそさ、部長は辛いよ…なんじゃけどね」
俺は打楽器を巡る騒動を笹木さんに説明した。
「へぇー…。ホンマに大変じゃね。いくら同じ楽器じゃ言うても、吹くのと叩くんじゃ、別世界みたいなもんじゃない?で、上井君がやるって言うティンパニーっていうのも、なんとなーく分かるけど、大きな置き太鼓が大小3つか4つ並んで、曲によっちゃあ結構激しい動きしとるよね?」
「笹木さん、よく知っとるね!」
「だって、文化祭で絶対に見るけぇね。吹奏楽部の演奏は」
「でも打楽器のティンパニーまで見て覚えててくれるなんて、嬉しいよ」
「上井君は、8月末にあるコンクールで、そのティンパニーデビューするの?」
「そうなんよ。じゃけぇ、あと1ヶ月ほど、部活がある日は猛練習しに来なきゃね。自宅で練習できる楽器じゃないけぇ…」
「大変じゃね。応援しとるよ、頑張れ、上井君」
「ありがとう。逆に笹木さんの方の夏の試合って、やっぱり8月末?」
「そうなんよ。8月末って色々な部活の大会が重なるよね」
そんな話をしていると、以前よく缶コーヒーを買っていた自販機が新しいものに変わっているのに気付いた。
「笹木さん、なんか飲む?奢っちゃげるよ」
「えっ、そんな、ええよ。自分のは自分で出すよ」
と言い、俺がお金を入れる前に、サッと自販機にお金を入れ、スポーツドリンクを買っていた。
その身のこなしは、さすがバレー部だけあって、あっという間だった。
「ああ…。俺が財布出す前に…。やっぱりスポーツやってるだけあって、俺がモタモタしとる間にサッとアタック決めちゃった感じやね」
「ハハッ、そんな大したもんじゃないよ。もともとアタシも喉乾いてたから、何か買おうと思ってたから、ずっと100円玉持ってたの」
「そうなんじゃ。早いわけじゃね」
俺は缶コーヒーを買い、軽く笹木さんのスポーツドリンクと乾杯してから、再び歩き始めた。
「あのさ、突然聞くけど…」
「ん?何?」
俺は笹木さんと2人で帰っている今が、近藤さんの「タエちゃん」呼びについて聞けるチャンスだと思った。
「近藤さんがおるじゃん」
「ああ、タエちゃん?」
「そう。その『タエちゃん』って呼び方を俺がすると、何故か彼女は物凄く照れて、止めてーってなるんじゃけど、なんで俺が呼ぶのはいけんのじゃろうか?」
「ふふっ、そのことね。まあ簡単に言えば、タエちゃんは上井君を特別な感情で見てるから、になるかな?」
「とっ、特別な感情?それって、好きとか嫌いじゃなくて?」
「そうだね。タエちゃんはお姉ちゃんと妹がいる、3姉妹の真ん中なんよ。だからバレーボールもお姉ちゃんの影響で始めたって言ってたかな。でもそういう女ばかりの世界にいたからか、男の子が苦手なの。中学の時はよく分かんないけど、高校で出会ったら、そんなことを言ってたよ」
「男が苦手…」
「じゃけぇ、ホンマなら高校は私立の女子高に行きたかったらしいんじゃけど、3姉妹おるけぇちょっとそれは無理ってなって、公立でも女子の比率が高い西廿日高校を選んだんだって」
「へぇ…。聞いてみるもんじゃね」
「それでね、高校に入っても女子バレー部がメインで、恋愛とかは全く興味なし、それより男子と話すことが怖いって言ってたんじゃけど、タエちゃんが変わったのは去年の夏の合宿かな」
「はいはい、あの不思議な出会いの…」
「あの時にさ、上井君は覚えとらんかもしれんけど、タエちゃんも恐々参加したのね。そこでせめて1年で同じクラスの村山君がおればよかったんじゃけど、おらんかったよね」
「アイツは大イビキ大魔王の主犯じゃったけぇね」
「で、どうしよう…と思ってたんだって。そこへ最初に声を掛けてくれたのが上井君だったのよ」
「そっ、そうだった?」
「その時の上井君の醸し出すムードが、実はタエちゃんの男子恐怖症をかなり改善させたみたいよ」
「俺の?醸し出すムード?」
「タエちゃんは、男子は怖い存在って思ってたのよ。だけど最初に声を掛けてくれた上井君は、こういう言い方は変じゃけどさ、怖くないじゃん」
「まっ、まあね…」
「優しくてホンワカしてて、女バレの4人の誰とも会話を繋ぐことが出来て、かといって伊東君みたいにガツガツ主役を張ろうとしてないというか。とにかくタエちゃんにとって、上井君はその時から特別な存在になったの」
「去年の合宿からねぇ…。そんなサイドストーリーがあったとは」
「それで生徒会役員で一緒になった時も、誰も知らない中でポツンとしてた所へ、上井君が現れて、タエちゃんに久しぶり~って声を掛けてくれたんだよね?」
「うん。新旧役員の顔合わせの時にね」
「それが、凄い嬉しかったんだって。男子は獣みたいで怖いっていうタエちゃんの固定観念を、上井君が崩したのよ」
「俺、そんな大仕事した記憶はないけどなぁ」
「本人は大仕事と思ってなくても、タエちゃんにとっては上井君は恩人で、特別な存在なんだってば。ある意味凄いと思うよ。好き嫌い以前に、恩人なんじゃけぇ」
「俺みたいなのが恩人じゃ、『恩人』って単語に失礼だと…」
「何言ってんのよ。だから、そんな凄い人と普通に会話出来るだけでいいのに、『タエちゃん』なんて呼ばれたら、神様が下界に降りてきたような、そんな感じになるんじゃないかな?と思ってるのよね、アタシは。もっともそれ以前に男子が苦手っていう部分も加味すると、上井君から『タエちゃん』って呼ばれるのは二重に照れることなんだと思うよ」
「へぇ…。男子が苦手かぁ。俺と話してる時には、特に感じなかったけどね」
「でも上井君、何かタエちゃんの様子で気付いたことはない?生徒会活動とかで」
「うーん…。あっそう言えば、俺以外の男子とは殆ど話しとらんかも」
「ね?タエちゃんにとって上井君は特別な存在っていう意味、分かった?」
「なんとなく、ね」
「なんとなくかぁ。これだけ解説したんじゃけぇ、タエちゃんの気持ちを理解してあげてね」
「…なんかさ、俺ってそんな大した男でもないし、ご存知の通りあの人にフラれて以降は恋愛恐怖症みたいになってるから、自分こそ近藤さんみたいに気軽に話せる女の子って、凄く貴重な存在なんよね」
「ふむふむ」
「逆に言えば、近藤さんと俺って、互いに異性が苦手?そんな性格じゃけぇ、上手く話しとか出来とるんかもしれんよ」
「えー、上井君は女子が怖いの?」
「怖いよ。いつ手のひら返しされるかと思って、常にビクビクしとるもん」
「それって、チカちゃんのせい?」
「うん。正直に言うよ。その通り。更に、去年その人にフラれた後、やっと地獄から這い出して新しく好きな子が出来たんじゃけど、その子ともいい関係だったんよ。なのに満を持して告白したら断られて、いまだに目も合わせてくれないし。そんな経験してるから、女の子を好きになるのは止めようと思っててね」
「…チカちゃんの次に進めたのは良かったね。その時点では、チカちゃんの影は吹っ切れてたんでしょ?」
「まあ一応ね」
「それっていつ頃?」
「去年の吹奏楽コンクールの日なんよ」
「じゃ、ブラスの女の子だったんじゃね。じゃあ上井君、ブラスの中にフラれちゃった相手が2人おるんだ」
「そうなんよ。それで部長じゃろ?やりにくいよ~。しかも大村の彼女さんも副部長なんよ」
「マジで?役員同士なんだ?」
「うん、今更じゃけどね。ちなみに去年の夏にフラれた女の子も、役員におるんよ」
「ちょっと上井君…。頑張って耐えとるねぇ。ブラスの幹部役員って、何人?」
「5人。部長が1人、副部長が2人、会計兼書記が2人」
「じゃ、チカちゃんが副部長で、そのもう1人の女の子は会計兼書記なんだ?」
「そうなんよ」
「キツイね…」
「そんな環境におるけぇ、いくら吹奏楽部は女子が多いけぇ、モテるじゃろ?って言われても、全然!っていつも答えとるしね」
「上井君…。その2つの失恋の傷が大きいんじゃね」
「そう。だからこうやって笹木さんみたいに、男女を超えて話せる女子の友達?知り合い?は嬉しい存在なんよね。近藤さんもだよ」
「吹奏楽部の中には、上井君の味方になってくれる女の子はおらんの?」
「いない訳じゃないけど…」
俺は野口さんの顔が思い浮かんだ。だが彼女にしても俺と話せる間柄な反面、神戸千賀子とも親友関係である。そこが良くも悪くも気になってしまう。
「なんにしろ、上井君の心は傷が付いちゃってるんだね」
「カッコ付けた言い方すると、そうなるかな。ハハッ。以上、吹奏楽部第4代部長、上井の悩みでした!」
「上井君は心のリハビリしなくちゃいけないかもね」
「心のリハビリ?」
「うん。女子バレーボール部第4代主将がちょっと手を貸してあげるよ。とりあえず夏の合宿で、ね」
ここまで話して、宮島口駅に着いた。
中学からの男女を超えた友達と思っている笹木さんと思っているが、ここまで自分のことを曝け出したのは初めてかもしれない。
一体笹木さんは夏の合宿時、何をしようと思い付いたのだろうか?
<次回へ続く>
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