第37話 -夏休みへ向けて-

「皆さん、今日はクラスマッチ最終日で、試合もあったと思いますが、野球部の応援の曲の練習、お疲れ様でした」


 急遽合奏となった後、流石に疲労感が漂っている音楽室で、俺はミーティングを始めた。

 俺自身、シンバルの意外な重さと、綺麗に重ね合わせて音を出す難しさを実感し、明日両腕がどうにかなるんじゃないかと思うほどだった。逆にこれは、女子の広田さん、宮田さんに炎天下の球場でやらせる訳にはいかないな、とも思った。


「えー、野球部の応援ですが、皆さんご存知の通り、月曜日に市民球場で第2試合となってます。同時に一学期の修了式の日でもあります。前も言いましたが、福崎先生から吹奏楽部の生徒は公欠扱いにしてもらえるよう、一括して手続きして頂いてますが、嫌じゃ!野球部の応援なんか行くか!弱いのに!…これは余計でしたが」


 疲労感漂う音楽室が、少しは含み笑いなども生まれ、和んできた。


「とにかく絶対に修了式に出るたいんじゃ!って方、おられますか?」


 ザワザワしていたが、とりあえず誰もいなさそうだ。


「じゃあ全員で市民球場へ向かうことにしておきますね。一応野球部に聞いてきたら、7時には高校に集合して、もう出発するそうです。ですが私らはそこまで急ぐ必要はないので、第2試合の開始予定時刻が10時半なので、10時前に着けるように、高校を9時に出発します。音楽室には他の生徒と被りますが、8時半までに来て、楽器をバスに運びます。今回はデカい楽器はバスドラム、チューバくらいかな?」


「先輩!バリサクもデカいというか、重いですよ?打楽器に行っちゃったら、もう忘れちゃいましたか?」


 若本が手を上げながら言った。


「あっ、ごめんごめん、肝心の故郷を疎かにしてしもうた」


「もーっ!サックス族はバリサク以外も全員、抱えては行けないですから」


 若本はなんだか執拗に噛み付いてきた。


「ごめんってば。一応今回、トラックは借りてないので、可能な楽器は抱えてほしいんですが、バスのトランクにも結構入りますので、大きい物順で積んでいきます。もうダメって運転手さんに言われたら、そこから後の楽器は抱えて下さい!お願いします。何か他に質問はありますか?」


 宮田さんがはーいと、手を上げていた。


「お昼ご飯は出ますか?」


「お、大切なことやね。残念ながら何も出ません」


 えー、野球部からのお礼の弁当ないのーと、1年生を中心に不満の声が上がったが…


「そうじゃねぇ、多分ウチの野球部が甲子園常連くらいだったら、野球部の保護者会とかがあって、応援団にも差し入れとかあるんじゃろうねぇ…。なんたって去年は5回コールド負けじゃったけぇねぇ…。ということで、お弁当持参をお勧めします」


「はーい、分かりました。お菓子は持っていっても良いですか?」


「お菓子は自由じゃけど、それよりも水分補給が必要じゃけぇ、水筒に冷たいお茶とか忘れんようにね。あと特に女子は日焼け止めもいるかも…男子もじゃけど」


「なんか色々対策が必要なんですね」


「気になることがあったら、2年生に聞いておいて下さいね!」


 一気に音楽室内がザワザワしだした。まだ締めまで話してないので、これは本意ではない。2年生に野球部応援対策を聞けと言ったのは、ミーティング進行の間違いだった。


「はい、えーっと、野球部応援関係はこれでいいですか?いいですよね?続きは後ほどでお願いします。まだネタがありますので。次は夏休みの合宿ですが、詳しくは月曜日の野球部の応援から帰った後でプリントを渡しますが、日程はこの前も言った通り、8月9日から12日までの3泊4日です。変な言い方ですが、全員強制参加です。余程の事情がない限り、必ず参加して下さい。合宿についての質問は、月曜日にプリントを配った後に受け付けまーす」


 と言ったが、やはりザワザワしている。どうも進行が思うようにいかないな…。


「はい、合宿の話は、ミーティングの後にして下さい、ザワザワしとるとミーティング終わらんよ!」


 俺はちょっと苛つきながら話した。すると大村が、


「おーい、ミーティング終わらんよ。静かにしようや」


 と、部員に呼び掛けてくれた。

 すると大村の呼び掛けのお陰で、音楽室内がやっと落ち着いた。


(大村…)


 この後、昨日の部活をサボって早退した大村と神戸のことを暗に含ませながら、クラスマッチ後の部活状況について喋るつもりにしていたのだが、大村がミーティングのグダグダっぷりを見かねて助け舟を出してくれたことで、昨日のことを責める気が一気に失せてしまった。


(後で一言、助かったよ、と言っておくかな…)


「はい、ミーティング進めます。…ま、この話はまたいつかでいいか…。とりあえず皆んなも今日は疲れてると思うので、今日はこれで終わります。明日は部活はありませんので、月曜日、8時半までに音楽室に集まって下さい。バスは9時に出発しますので遅れないようにね。ではお疲れ様でした、解散!」


 いつもはダラダラと帰っていく部員が、今日はいつもより早く帰ろうとしている。やっぱり疲れていたのだろう。


(大村を捕まえなきゃ…)


 俺は帰り支度をしていた大村を見付け、礼を言った。


「さっきは助け舟、ありがとう。なんか皆んな集中力が切れてて、グダグダじゃったけぇ、助かったよ」


「ああ、あんなの大したことじゃないって。なんでも上井にやらせてしもうとるけぇ、たまには俺も副部長の仕事せんにゃあ、と思ってね」


 と大村と話していると、村山もやって来た。


「上井、今朝言ってたこと、取り止めたんだな」


「ま、まあ…」


 ちょっと俺的には、今は村山に介入してほしくなかった。

 案の定、大村はなんの事?と聞いてきた。


「…うーん、クラスマッチ中の部活について、ちょっと話そうかなと思っとったんじゃけど、まあ過ぎた事はいいやと思って…」


「そうなんや。ごめん、俺はクラスマッチの後、部活があると思ってなかったけぇ、もしかしたら無断欠席になってしもうたかもしれん…」


「じゃあやっぱり俺はクラスマッチの前に、クラスマッチ期間も部活あるよって言ってなかったんやね」


「上井には悪いけど、確かに聞いてなかった。俺もちゃんと確認すれば良かったな、ごめん」


「いいよ、俺が悪かった。これからはもっと役員で、意思疎通をしっかりしていこうや」


「そうじゃね。また合宿の準備とか、上井が大変なら、いくらでも声掛けてや」


「ありがとう。またこれからもよろしく頼むよ」


「了解。じゃあお先に…」


「お疲れ!」


 大村が先に音楽室を出た。


「上井は納得したんか?」


 村山が聞いて来た。


「まあちゃんとクラスマッチ後も部活があるよと言ってなかったのが分かったけぇ、俺が神戸や大村を責めることは出来ないよ。出席者が少なかったのも、俺がちゃんと言わんかったからじゃ。反省せんといけん」


「上井、あんまり自分を責めるなよ。また何かあれば聞いてやるけぇ」


「ああ、ありがとう」


 村山は帰り支度をしながら、聞いてきた。


「お前はまだ帰らんのか?」


「俺?ちょっと合宿のプリント作ってから帰るよよく考えたら今しか作れんことに気が付いたんよね」


「明日ゆっくり家で作ればええのに」


「印刷出来んじゃろ。印刷までしときたいけぇ、今から作るよ」


「そうか…。あんま無理するなよ。じゃ、俺も先に失礼するわ」


「ああ、お疲れ様」


 村山も帰り、音楽室はさっきまでの喧騒が嘘のように静まり返り、俺1人しかいないことを嫌でも実感する。


(さて去年のを参考にしてと…)


 須藤先輩からもらった、昨年度の資料一式を引っ張り出し、合宿の案内を作り始めた。


(今日中にコピーしたいしな…)


 そこへ福崎先生が顔を出してくれた。


「上井、まだ残って何かしていくんか?」


「あっ、先生。スイマセン、ちょっと残業して、合宿の案内を作って、コピーしておきたいと思いまして」


「そうか、そう言えば来週はもう夏休みに入るもんな」


「一応去年のプリントを見ながら、変更点を直して、最後に本当なら先生に見て頂かないといけないんですが…」


「まあお前なら大丈夫じゃろ。でも残ってまでやっていくってことは、月曜の野球部の応援の時に配るつもりか?」


「はい。応援後に帰りのバスで配ろうと思ってます。それで、火曜日以降の夏休みの練習日程も、去年は別々に配られましたけど、今年は合宿案内と一緒にしようと思ってます」


「そうか、紙の節約にもなるな。まあ基本的に俺は毎日来とるし、お盆以降は土日無関係で練習するっていう、去年と同じパターンで作ってくれたらええよ。訂正があればその都度言えばいいだけじゃけぇの」


「はい、ありがとうございます。先生、職員室のコピー機を借りるのって、難しいですか?」


「いや?誰か残っとられる先生に一声掛けりゃあ大丈夫だ。特にお前なら生徒会役員と吹奏楽部部長の二つの顔があるけぇ、どの先生も文句は言わんよ」


「すっ、すいません…恐縮です」


「でも上井よ、もう少し他の役員に仕事を振り分けてもええと思うぞ。全部お前一人で背負わんでもええからな」


「はい…。どうしても生徒会役員やってるから、兼務前提なのに選挙で選ばれたという思いがありますので、春先みたいに陰口叩かれたくないって思いがありまして…」


「お前の気持ちも分かるけど、全部背負ってたら倒れてしまうからな。そうなったら元も子もないし。大変だ、辛い、って思った時は、他の役員に声掛けてみたり、俺に相談してくれてもいいし。もう少し楽に部長業を務めてくれよ。担当も打楽器に変わってもらって、そのストレスも溜まっとると思うしな」


「ありがとうございます。明日は休みなので、昼まで寝て疲れを取りますよ」


「ハハッ、そうか。じゃ、後はよろしく頼むな。お先に失礼するよ」


「はい、お疲れ様です!ありがとうございました」


 福崎先生と結構会話が出来たのが、今の俺には精神面での薬になった。


(よっしゃ、勢いで仕上げるか!)


 俺は俺なりの、夏休みの練習の案内を作り始めた。


 その中で女子バレー部の笹木さんと話して決めた、女子のシャワー時間は夜9時以降にすること、食事の班は去年はくじ引きで決めたが、今年はクジではなく合宿当日に俺が決めた割り振りを黒板にて発表すること、最終日の夜はレクリエーションを行うことを書き連ねた。

 また通常の練習は、合宿前日までは午後1時から6時まで、お盆休み以降はコンクール前日まで午前9時から午後6時までが基本となる旨も書き加えた。


 それだけでは弱いと思ったので、レクリエーションでやってみたいことを募集しますと書き、横に適当に作ったキャラのイラストを描き、プリント全体が固くならないようにもしたし、女子のシャワー時間を記載した横には、『男子は覗かないように!』と立て看板のイラストを描いてみたり、とにかく一見でカバンの奥に仕舞い込まれないようなプリントにしようと、俺なりに頑張ってみた。


 気が付くとあっという間に1時間経っていて、職員室の先生方もいなくなってしまうと思った俺は、もう少し書き込みたいこともあったが、コピーを優先したかったので、音楽室の鍵を掛けて、職員室へ向かった。

 幸いまだ電気が点いていたので、コピー出来そうだった。


「失礼しまーす。吹奏楽部です。コピー機をお借りしても良いでしょうか?」


 丁度近くに、今年基礎解析を担当して下さっている土井先生がおられた。


「誰かぁ思うたら上井君かいね。遅くまでお疲れ様。コピー機はこっちだよ」


「先生、すいません。夏休みの練習日程のプリントをコピーしたくて…」


「そっかぁ、上井君は生徒会の仕事に吹奏楽部の仕事に大変じゃなぁ。体には気を付けるんよ」


「はい…。ありがとうございます」


 土井先生が優しい先生で良かった…。俺は予備も含めて50枚コピーさせてもらい、カバンに仕舞ってから、土井先生に礼を言い、職員室を出た。


(あーっ、やっと帰れる!)


 すると職員室へ俺と入れ替わりに入っていく生徒がいた。女子のようだったが、中から聞こえてきた声は同じくコピーさせて下さいというものだった。


 だが俺はその声が聞こえた瞬間に下駄箱へ向かう足を止め、職員室からその女子が出てくるのを待った。


 しばらく待っていたら、ありがとうございました!と元気に挨拶する声が聞こえた。


「笹木さん!」


「えっ?おわっ、ビックリした!どしたん、上井君…」


<次回へ続く>


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る