第35話 -クラスマッチ最終日-

「おはようございます!」


 音楽室から生徒会室へ移動したら、役員はかなり来てはいたが、クラスマッチ最終日とあって、野戦病院というか疲労困憊ムードが蔓延していた。


「よぉ、ウワイモ、右足怪我したんだって?大丈夫か」


 山中が半分寝たような感じで話し掛けてきた。


「イモは余計じゃっつーの。でも山中もお疲れのようじゃのぉ。俺の足は、結局4針縫ったよ」


「えーっ!上井君、4針も縫ったの?」


 そう叫んだのは、今期のパートナー、近藤さんだった。静まり返っていた生徒会室が、俄かに騒然となった。


「あ、近藤さん、おはよう。机にうつ伏せになっとったけぇ、分からんかった」


「おはよう、上井君。4針って、ホンマ?」


「うん。見てみる?」


「いっ、嫌…。そんな傷見たら、失神しそうじゃけぇ…」


 まだ制服姿なので、右足の脛はズボンに隠れていて、傷口は見えなかった。昨日の風呂に必死に入った後、また包帯を巻くよりは、風通しを良くした方が治りが早いと母に言われたので、ネット型包帯を靴下を履くようにして、脛に巻いていた。


 確かに治りは早そうだが、傷口の生々しい縫い後が見えるので、傷口ガードテープを張っている。だからそれほど失神するような見てくれではないのだが…。


 奥にいた同じクラスの田川さんもその会話を聞いて、


「上井君、右足縫うたん?」


 と聞いてきた。


「昨日のサッカーでね」


「うん、女子のみんなで応援しとったけぇ、上井君がスライディングしたのも、それで怪我したのも見とったけど、縫わんにゃいけんほどだったんじゃね。じゃあもしかしたら今日の決勝戦は…」


「うーん、いつも足手まといなのが、余計に足手まといに輪をかけそうだよ…。まあナガさんに聞いてみるけどね」


「でも上井君、足が痛いけぇ、あまり動きたくないんじゃないん?アタシがクラスに行って、永尾君に聞いて来ようか?」


「えっ、そんなこと頼んでいいん?」


「うん。同じクラスなんじゃけぇ、こんな時は頼ってや」


 田川さんはそう言い、生徒会室から2年7組へと向かった。


 そこへ静間先輩と角田先輩が入れ替わるようにやって来た。


「おはよう〜。あっ、上井君!なんか噂で、怪我が思ったよりも酷いって聞いたけど、どんな感じ?」


「先輩、おはようございます。昨日早退させて頂いて病院に行ったら、なんと4針縫うことになっちゃいまして」


「4針?えーっ!それって重傷じゃない?休まなくていいの?」


「あっ、はい…。クラスマッチも最終日ですし、吹奏楽部も来週の野球部の応援の練習がありますし」


「上井君って、真面目だね…。もう少し肩の力を抜いてもいいと思うよ?」


「いや、吹奏楽部では部長ですし、昨日は怪我の治療で早退してしまったので、今日はちゃんと練習に出なきゃいけませんし」


「そっか…。アタシも上井君みたいに真面目にやらなきゃダメだね」


「いえ、静間先輩だって真面目でシッカリしておられます!率先してバレーの本部席の準備とか、壁に貼るものの配慮とか。流石だな、って思って見ています」


「またぁ、照れちゃうよ」


 照れるという静間先輩の言葉を聞き、俺はふとバレーボール初日に静間先輩のブルマーから白いパンツが少しはみ出ていたのを、何故か思い出した。


(嗚呼、煩悩め、どっか行け!)


 でも年上の女子の、ブルマーからのはみパンを見たのは静間先輩が初めてだったので、忘れようにも忘れられなかった。ほんの僅か数秒の出来事なのに…。男ってアホだなと、つくづく思ってしまった。


 そこへ田川さんが戻ってきた。


「上井君、永尾君に聞いてきたよ〜」


「わ、ごめんね。ナガさん、何か言ってた?」


「縫うほどの怪我したんなら、試合に出ちゃいけん、だって。また何かの弾みで塗った傷口が開いたりしたら大変じゃ、言うとったよ。じゃけぇ今日は、応援団してくれればええよ、だって」


「ナガさんも優しいなぁ。田川さんもありがとう、忙しいのに」


「いやいや。せっかく同じクラスなんじゃもん。もしさ、逆にアタシがどうにもならんことがあったら、助けてね」


「もちろん!」


 そんな俺と田川さん、静間先輩との会話を、近藤さんが何となく羨ましそうに見ているのに気付くのには、時間が掛かった。


 @@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@


「さて、クラスマッチ全競技も無事に終わりました!これも皆さんの協力のお陰です。ありがとうございました」


 岩瀬会長が、昼過ぎの生徒会室で役員を集めて、クラスマッチ終了宣言をした。


 俺たちはやっと終わった!という思いで、拍手をした。


「えっと、2年の上井君がサッカーの試合で、アクシデントで怪我しちゃうという事もありましたが…、上井君、大丈夫かい?」


「はい、別に松葉杖とか使わなきゃいけない訳じゃないから大丈夫です。今日の試合もずっと控えで待機させてもらえたので、無事でした」


「良かった良かった。じゃ、細かい残務整理はあるけど、大筋では終わったので、一応解散とします。各自で仕事を抱えてる方は、生徒会室を開けておくので、そのまま仕事してもらってもいいですし、来週に持ち越してもいいなら、早目に帰って疲れを癒やして下さい」


 その会長の声をキッカケに、みんな帰る準備をし始めた。

 俺の2年7組は、男子のサッカーが優勝、女子のバレーボールが1組に惜敗で2位という結果になった。


「上井君、お疲れ様。女子のバレーボールの時だけは敵だったけど…。でも上井君と仕事出来て、良かったよ」


 近藤さんが声を掛けてくれた。流石女子バレー部というべきか、他の女子のようにジャージを履いたりせず、ブルマー姿のままだった。


「でもやっぱり近藤さんと組んでる時は、1組vs7組ってのは、勘弁してほしいね」


「まあそうよね…」


「でも近藤さんと笹木さんの2人の女子バレー部がいるから、今年の冬も来年も、1組にはバレーボールては勝てないよ、きっと」


「アハハッ、そんなの分かんないよ。あ、そうそう、上井君、今からちょっと時間作れる?」


「ん?何かあった?」


「メグ…笹木キャプテンが、夏の合宿の大まかな打ち合わせしとこうって言ってたんだ。もし大丈夫なら、体育館へちょっと来てくれたら…。足が痛いのに悪いけど…」


「それぐらいなら、時間も移動も大丈夫だよ。じゃ、着替えたら体育館に行くね」


「うん、待ってるね」


 近藤さんはそう言い、ブルマー姿のまま荷物を持って、体育館へと向かった。

 その様子を見ていた山中が、俺に話し掛けてきた。


「上井さ、好きな女の子は新しく出来たか?」


「俺?もう女の子のことは好きにならんようにしとるけぇ…。今のところは誰もおらんけど?」


 俺は若本に何故か心がときめく時があるのを隠して、そう答えた。


「多分さ、近藤さん、お前のことが好きだよ」


「えっ…」


 俺は絶句した。確かにそんな雰囲気を稀に感じることはあったが、それはあくまで友達レベルのものだと思っていた…というより、そう思おうとしていたからだ。


「今朝の打ち合わせとか、覚えとるか?」


「今朝の?い、いや…そんなには…」


「お前が静間先輩や田川さんと話してるのを、近藤さんはなんか羨ましそうに見てたんだ。いや、嫉妬とも言えるかな…」


「嫉妬?俺、そんな酷いことしたか?」


「いやまあ、嫉妬は大袈裟かもしれんけど、せっかく朝からお前の足の怪我を心配して話ししてたのに、静間先輩や田川さんに取られた…っていう、何とも言えない…寂しそうな表情って言えばいいのかな、とにかくそんな感じだったんよ」


「マジで?」


「ああ。じゃけぇ、俺の直感では、近藤さんはお前のことが好きなはず。好きまでいってなくても、気になって仕方ないはず」


 去年の暮れに生徒会役員になってから、生徒会室で一番会話を交わしているのは、確かに山中でもなく、静間先輩でもなく、近藤さんかもしれない。

 俺がフザケてタエちゃんと呼んだら、何故か真っ赤な顔をして上井君はそう呼ばないでと怒られたし。


「うーん…。俺はどうすればええんじゃ?」


 山中に聞いてみた。


「俺が言ったことも、そう直感したってだけの話じゃけぇ、まだ具体的に動くのは早いかもな。とりあえずは今までと同じ感じで接してみればいいのかもな」


「あ、ああ、そうしておくよ」


「上井が恋愛に怯えとるのは、俺は分かっとるけぇ、逆に助けてやりたいんよ。去年の合宿で太田の告白を受けるべきだってお前が言ってくれた恩もあるしな」


「ハハッ、そんなのは大した事じゃねぇよ。それより太田さんとは順調なんじゃろ?」


「まあお陰様で…」


「良いよなぁ、茶目っ気があって、美人で。しかも太田さん側からの告白だもんなぁ…」


「お前だって、モテない、モテないってのが口癖になっとるけど、密かにお前の事が…って女子もおると思うぜ、俺は」


「本当ならええんじゃがのぉ。ところで山中は部活に行くじゃろ?」


「おお、今日こそ行くよ。野球部の応援曲、1つも吹いとらんけぇの。鳴らしとかなきゃ」


「じゃ、俺は体育館に寄ってから行くけぇ、ちょっと遅くなるけど、よろしく頼むよ」


「オッケー、了解」


 俺は山中に一言伝え、体育館を目指した。


(笹木さんと部長同士で話す日が来たかぁ…感慨深いな)


 体育館の中からは、もう活動を始めているスポーツ系の部活の活動音が聞こえてくる。


 俺はちょっと右足を引き摺りながら、体育館へと入った。


<次回へ続く>

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