第34話 -副部長問題からの…-
翌朝、俺は玖波駅6:36発の列車の先頭に乗り込んだ。昨夜の電話での約束通り、村山が乗ってくれていた。
「おはよう、村山」
「おはよう、上井。寝れたか?」
「まあ、いつも通りには寝たよ」
「そっか。眠いのは俺が寝れんかったのと、珍しく早起きしたからだけか、ハハッ」
「もしかして俺のせい?」
「それしかないじゃろ。どうや、一晩経って、気持ちに変化は起きたか?」
「ん?副部長の件?」
「ああ。今一番ホットな話題はそれじゃろう」
「まあ…。何らかの形で、あの2人に色々問い詰めたいとは思っとる」
「俺と副部長を代わらせるとか言いよったじゃろ?」
「まあそれも、福崎先生の考えも聞かなきゃならんじゃろうし…。俺の一存じゃ難しいのかな…と、ベッドに横になって考えてはみたよ」
「少しは冷静さを取り戻せたんじゃな」
「でも昨日勝手に、誰にも何も言わず帰っとったのは、やっぱり許せんな…」
「結局そこへ戻るんかい!」
「…クラスマッチで学校全体が何となく浮かれとるじゃろ。部活だってそうじゃ。一昨日はあまりに出席した部員が少なかったけぇ、トランプして遊んだって言ったじゃろ?」
「あっ、悪い…。俺もその日無断欠席してしもうたもんな…」
「一昨日は部活がある事自体、知らない部員が多かったんかもしれんけど、正直悲しかったよ」
「…ま、まあな…」
「本当はトランプなんかしたくなかったし。少しでも野球部の応援の曲とか、コンクールの曲も難しいけぇ、さらっておきたかったよ」
「…部長って大変じゃのぉ。俺、選挙で落ちて良かった〜」
村山は少しでも硬い雰囲気を和らげようとしてそう言った。
「俺も…言ったっけ?最初は部長なんかやりたくなかったんよ」
「いや?初耳じゃ。そうなんか?」
「中学の時に部長をやってさ、途中入部だからって点もあるけど、正直キツかったんよ。もうあんな思いはしたくないって思ってね」
「でも立候補したじゃろ?なんでや?」
「…固有名詞を出すのは止めとくけど、色んな人から部長になれって言われた、ってことかな。それでついその気になって…」
「神輿を担がれた、ってことか」
「色んな言い方があるよね。外堀が埋まってたとか、退路を断たれたとか」
「でも…それは上井が去年部活を頑張って、色んな人が見とったってことじゃろう」
「そう思えばありがたいよね。だから部長になれって言ってくれた人達の期待も裏切りたくないし、コンクールもゴールド目指したいし…」
「だからこそ、今のクラスマッチで緩んどる部の空気が苛々する、オマケに副部長は何しとる、と。こんな感じか?」
「流石親友!一言でまとめてくれたなぁ」
とそこまで話したところで宮島口駅に着いた。ここからまた30分、歩かねばならない。
「村山、悪いけど、タクシー相乗りしてくれんか?」
「へ?タクシー?あっ、お前の右足の傷口、すっかり忘れとった。そうか、30分歩くんはキツイよな」
「そうなんよ、情けないけどね」
そう言って男2人でタクシーに乗ると、早朝で道も空いていたからか、いつもより早く、ワンメーター分安く高校に着いた。
「生徒会室は…生徒会室もまだ開いてないや。タクシーで来たけぇ、まだ7時前だもんなぁ、ちょっと早すぎた。ごめん、村山」
「ええよ、ええよ。じゃ、音楽室ででも話するか」
俺は職員室から音楽室の鍵を借り、音楽室へ村山と向かった。
「去年の合宿を除いて、一番早く音楽室に着いた記録かもしれんなぁ」
「そうじゃな、俺も」
まだ誰もいない音楽室で、村山はとりあえずトランペットを、俺は基礎打ちセットを持ち出しつつも、そのまま会話を続けた。
「でさ、村山の意見として、どう?俺の考えはやっぱり行き過ぎかのぉ…」
「うーん、俺も幹部5人の1人としては…お前の気持ちはよく分かるけど、副部長交代はやり過ぎかなと思う」
「やり過ぎかぁ…。確かにな。コンクールまで1ヶ月って段階で、部内が動揺するのは、俺も嫌じゃし」
「アイツらが付き合っとるんは、もう部内に浸透しとるじゃろ。じゃけぇ、お前があの2人と感情面でやりにくいものを感じる言うても、1年生はピンと来んじゃろうし」
「何人かには言ったけどね。若本とか…」
「でもそれはお前の私情を持ち込むことになるけぇ、理由にしちゃいけんよ」
「そうか、公私混同か…」
俺は神戸はやっぱり信用出来ない人間だ、その一点の私情が混じっているのは否めなかった。
「副部長交代とかって、よっぽど副部長として不適格なことをしたとか、本人が辞めたい言うたとか、それほどの事情じゃないと出来んと思うんよ。偶々お前は昨日の帰りに、勝手に帰っとるアイツらを見て沸騰したんじゃろうけど、アイツらの言い分ももしかしたらあるかもしれん。部活は無いと思ってた可能性もある。2人ともクラスマッチが早く終わり過ぎて、音楽室に行っても誰もおらんし、クラスマッチ中は休みだったかな?と勘違いした可能性もある。お前、クラスマッチが始まる前に、クラスマッチ期間中も部活はある、ってミーティングで言ったか?」
「うーん…。確かに…。ミーティングで言ったハッキリした記憶はないんじゃ」
「それなら、アイツらだけじゃなくて、他の部員の出席率が悪かったのも、お前がハッキリ言ってなかったから、かもしれんし」
「そっか…。もしかしたら暴走するところだったかもな。ありがとう、村山」
「何年お前と付き合っとると思ってんだ?お前の思考回路は容易に想像が付くぞ」
「え?俺達、付き合ってたっけ?いやーん」
「突然ふざけモードに入るなや、俺の受けるタイミングが整ってないっつーの」
副部長を交代させてやるとまで思ったのは、俺の私情が混じってるからだ、そう指摘してくれる友がいたことを、感謝せねばならない。
「まあクラスマッチも今日で終わるけぇ、今日は部活に出て来る部員も多いと思うんよ。月曜日が野球部の応援じゃ、っていうのもあるし。今日は俺も早目に部活に来れるように、生徒会長に頼んどくよ」
「出来ればそうしてくれよ。やっぱり昨日でもお前がおらんせいか、どうも…な。雰囲気が変というか」
「で、ミーティングで、俺がクラスマッチ前に部活の予定とか言ったかどうか確認して、俺に非があれば、副部長云々の話は俺と村山の間だけの秘密にしとこう」
「おう、分かった」
「じゃ、そろそろ生徒会室に行ってくるわ。あ、その前に俺の右足の傷口、見る?」
「俺、スプラッターはダメなんじゃ。また今度にしてくれ」
「ハハッ、了解!後はよろしく…」
「ああ、分かったよ」
俺は音楽室を出て、生徒会室へ向かおうとした。そろそろ生徒も登校して来ている。
「あっ、上井先輩!足、大丈夫ですか?」
予期せぬ方向から声を掛けられた。誰だろうと思って声のした方を向いたら、若本だった。
「おう、おはようさん!若本」
「良かった〜、元気じゃないですか、先輩。アタシが昨日部活に来た時は、もう先輩が早退された後だったんで、出河や瀬戸君から聞いたんですけど、彼らは凄いオーバーに先輩の足の傷のことを言うんですよ」
「何それ、俺が凄い大怪我したように奴等は言ったの?」
「そうなんですよ。先輩が歩けんから救急車呼んだとか、血が噴き出てたから入院だとか」
「なんだそれ。俺の包帯姿は、若本も体育館で見とるし、そんな大した傷じゃないって分かるよね?」
「でも先輩、グランドで怪我したって言ってたじゃないですか。保健室の応急措置がイマイチで、もしかしたら化膿したりして、どんどん悪化したんじゃないかとか、アタシ、心配したんですよ…」
そう言う若本は、薄っすらと目が潤んでいた。
「ちょっ、若本、俺の怪我如きで涙を流すなんて勿体無いよ。もっと泣きたい時の為に大事に仕舞っとかないと」
「…はい、でも、先輩が無事で良かった…」
そう声を震わせて話す若本の顔を見て、俺は心が反応するのが分かった。
(何で若本と話す時だけ、心がキュンとなるんだ?他の女子だと心まで反応しないのに…)
俺は試してみた。
「だから、泣かなくていいんだよ。エイッ」
若本の髪の毛の分け目を目掛けて、軽く分け目チョップをしてみた。
「んもう、先輩ったらぁ。お返し!」
若本も俺の髪の毛の分け目を目掛けて、お返ししてきた。
「今回の対決は引き分けじゃね。ごめん、俺、生徒会室に行かなきゃいけんから、これで失礼するね」
「はい、頑張って、先輩!今日で終わりですもんね。アタシも後でバレーボールの5位決定戦に行きますので、是非先輩の裏のチカラで勝たせてくださいね」
「だから俺にはそんな権力ないんだってば…」
「冗談ですよ。今日は先輩、怪我しませんようにって祈ってますから。ではまた後で〜」
最後は笑顔で、まだ村山しか来ていない音楽室へ、朝練のために若本は向かって行った。
その後ろ姿を見ていたら、また心がキュンと反応した。
何故、若本と話す時だけ、心がキュンとなるのだろう。最近、俺と親しく話してくれる女性は、近藤、宮田、広田、石橋、静間、角田、政田、野口…。
モテない俺だが、話せる女子はそこそこいる。その中に、もしかしたら俺を意識してる?と思う女子もいる。
だが話をしていて些細な反応に俺の心が反応するのは、若本だけだ。
石橋さんは昨日、僅かな期待を持ってしまったが、「付き合っていないから弟」と言われてしまったので、白紙にせねばならないし。
(俺の気持ちが勝手に反応してるけど…。若本にだけ、何か感じてるのか?でももう女子を俺から好きになるのは止めたんだ、だから心も落ち着けって…。どうせ俺なんか…)
そう戒めながら、クラスマッチ最終日の準備の為に、俺は右足を若干引き摺りながら生徒会室へ向かった。
<次回へ続く>
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