第30話 -クラスマッチ4-
女子バレーボール、2年生の部準決勝その2は、一進一退の接戦の末、我が7組がセットカウント17−15で勝利した。
その瞬間、俺は本部席にいながら思わず立ち上がってガッツポーズをしてしまい、角田先輩からまあ落ち着きんさい…と言われてしまったほど、興奮して試合を見ていた。
同じクラスの政田さんからは、
「上井君、応援ありがとう〜」
と言われたが、今年クラス替えで一緒になって、初めて会話するんじゃないかと思うほどこれまで接点が無かっただけに、なんだか余計に嬉しかった。
「決勝も頑張ってね!」
「うん、頑張るよ!」
そう言って体育館を後にする姿は、意外と着痩せするタイプなんだな〜と思うほど、胸とお尻につい目が行ってしまうプロポーションの良さだった。
頭も良くてグラマーでスポーツも出来るとなれば、モテモテなんだろうな…。
片や残念な結果になった5組女子からは、広田さんが
「上井君が応援してくれんけぇ、負けたじゃん!」
と、一言だけ本部席に言いに来て戻って行ったが、その顔は怒っている顔ではなかったので、広田なりのユーモアということにしておいた。
神戸からのアクションは試合後も特に無かったが…。
まあ今まで事務的な会話が精一杯な状態なんだから、こんな当意即妙なやり取りが必須な場には来るわけもないだろう。
これで明日の決勝は、2年1組vs2年7組に決まり、角田先輩がトーナメント表を更新しに行ったが、この瞬間から隣の近藤さんとはライバルになってしまった。
「上井君のクラスと決勝かぁ…。やりにくいな〜」
「なんで?別に俺と試合するわけじゃないじゃん。まあ勿論、我が7組の応援はするけど」
「それよ〜。今まで生徒会本部席で一緒に運営を頑張ってきたのに、アタシが試合に出る時はアタシじゃなくて相手のクラスを応援するって図式。それがやりにくいの」
「そう言えばそうなるね。俺がサッカーで、1組とやるような感じを思い浮かべれば良いのかな?」
「そうそう」
「でも…仕方ないよね。別に憎しみ合う訳じゃないし。プロレスの猪木と前田みたいな関係でもないし」
「上井君…。その例え、猪木はまだ分かるけど、前田は分かんない…」
「ごっ、ごめん。変な例えしちゃって」
と、俺達が会話している内に、2年男子の準決勝2試合目が始まっていた。
するとそのタイミングで、2年男子のサッカー準決勝に出場する5組と7組はグランドに集まるように、校内放送が入った。
「ごめん、近藤さん。俺、出番みたいだ。グランドに行って来るね」
「あ、上井君はサッカーだったね。冬みたいにノックアウトされないでね。気を付けてね」
「うん、ありがとう。行ってきま〜す」
俺は半年前のクラスマッチのサッカーで、相手の1組の蹴ったボールを阻止しようとして動いたら、ボールが突然予想もしない方向に飛んで、運悪くそのボールが顎を直撃して失神したのだ。
その時、近藤さんが泣いて心配してくれたと聞いていたが、よく考えたらその御礼をしてないな…。
女子バレー部で中学からずーっとレギュラーを取っているほどの実力の持ち主で、一見ボーイッシュな近藤さんだが、案外人情味のある女の子っぽい一面もあるのかもしれない。
なんと言っても、あだ名の「タエちゃん」で呼ぶのは女子限定らしいし。
俺が去年の冬や今回のクラスマッチで「タエちゃん」と呼んだら猛烈に照れて、ダメ出し喰らったほどだし。
いつかは何故なのか、本人に確認してみたいけどな…。
「おお、上井!忙しいじゃろ。今回も無理せんでええから」
サッカー部の永尾が声を掛けてくれた。
「ナガさん、ありがとう。ま、元々戦力外みたいなもんじゃけど」
「何言うとるんよ。1回戦で上井のお陰で1点助かったじゃろ」
永尾が言っているのは、7組のゴールに1回戦の相手の4組が迫って来た時、俺がヒョイと足を出してドリブルを邪魔したことだった。
「あんなのはラッキーチャンスなだけで…」
「ラッキーチャンスも実力の内よ。もし今日もそんな場面あったら、頼むぜ」
「まあ、出来る範囲でね」
対戦相手は5組。
なんとついさっき女子のバレーボールで準決勝の死闘を見たばかりの組み合わせではないか。
だからか、5組の応援には、スカートを履いた女子と、バレーボールからそのままグランドに応援に来たブルマ姿の女子が混在していた。
それは我が7組女子も一緒で、バレーボールに出たばかりの女子はブルマ姿、バスケに出ている女子はスカートを履いたままだった。
5組の女子は、ウチらの仇を取って!とばかりに凄い声援だし、ウチらの女子もダブルで決勝進出だ!と盛り上がっている。
因みに朝イチの準決勝1回目では、2年男子は2組が決勝進出を決めていた。もしこの試合に勝てば、2組と決勝を戦うことになる。
いざ試合が始まり、俺は激しい局面からは距離を取り、どちらかというと自分達の7組側ゴールに近い位置にいるようにし、相手が攻めて来たら邪魔してやろうと思っていた。カッコ付けた言い方だと、ディフェンダーだ。
当分は出番は無いと思っていたが、しばらくしたら5組勢が攻めてきたので、俺も役に立とうとドリブルの邪魔をしに行った。
ちょっとはいい場面も見せたいな…という邪な考えで、ドリブルしてきた5組の相手目掛けて、スライディングしてみたのだが、これが今日の運を全て使ったかのようにいいタイミングでハマり、相手のゴールを阻止出来た。
(うわっ、俺もやれば出来るじゃん!ラッキー!)
試合も俺の唯一の見せ場、スライディングドリブル阻止も奏功したかどうかは不明だが、7組が1−0で勝ち、決勝進出をモノにした。
ただ慣れてないスライディングなんかしたため、右足の脛に何本か帯状の怪我をしてしまい、試合後には保健室で治療を受けるハメになった。
「あれ、上井君じゃない。クラスマッチになると上井君が保健室に来るのが風物詩ね」
保健の先生は、去年の冬のクラスマッチで俺が軽い脳震盪を起こして保健室に担ぎ込まれたのを憶えているのだ。
「今回は?ありゃあ、右脛に何本かザックリ傷を負っちゃったね。とりあえず消毒して…どうする?包帯しとく?」
「包帯ですか…。目立ちますよね。でも包帯するのとしないのとでは、治りは違いますか?」
「そりゃあ全然違うよ。まだ明日も試合があるんでしょ?先生は包帯を勧めるよ」
「じゃ、じゃあお願いします…。恥ずかしいけど」
ということで、俺は右膝下を完全に覆うように、包帯を巻くことになった。
体育館のバレーボール本部席に戻ったら、案の定驚かれてしまった。
「上井君、どしたんね、その包帯!」
静間先輩にまず聞かれた。
「いや〜、ちょっと試合でカッコ付けたら、罰が当たりました。アハハ…」
「上井君…。無理したんじゃないの?本当に大丈夫なの?」
近藤さんが心から心配してくれた。
「大丈夫。今回は意識もあるし。そうそう近藤さん、冬のクラスマッチで俺がボールにノックアウトされた時、泣いて心配してくれたんだよね?今更だけどありがとう」
「えっ?な、泣いてなんか、ないよ…」
「いや、笹木さんから聞いたんじゃけど…」
「…もう、メグってば!」
と、何故か近藤さんは照れた上、怒りの矛先を笹木恵美へと向けていた。
角田先輩が小声で俺に教えてくれた。
「上井君、近藤さんの微妙な女心、分かって上げてね」
「ビミョーなオンナゴコロ?」
「うん。それ以上は、言わないけど」
結局狐につままれたような感覚に陥り、俺は頭の中に「???」が飛び交う中で、残りのバレーボールの試合の事務作業を進めることになった。
既に今日の試合の半分以上は終わり、今は1回戦敗退チームによる少しでも上位生き残りを賭けたサバイバル試合へと変わっていた。
これもバレーボールはワンマッチ制度を取り入れている為に、強弱がハッキリしているチームの試合だと、数分で終わってしまうこともあった。
「そう言えば静間先輩、3年7組の女子はバレーボール、勝てたんですか?」
「あっ、覚えててくれた?うん、勝ったのよ!決勝進出!確か上井君がサッカーに行ってる間だったから、試合は見てくれてないよね。でも結構危なかったんだ」
「危ないというと、接戦だったんですか?」
「うん。途中逆転されたりしてね。でも上井君の先輩、前田さんが粘って、再逆転して、16−14で勝ったの!」
静間先輩は物凄く嬉しそうに話してくれる。その顔は淡々と事務作業をこなしている時とは同一人物とは思えなかった。
「じゃあバレーボール生徒会チームでアタシは1人だけ、負け組だなぁ」
角田先輩がそう言った。
「角田先輩はバスケでしたよね。でも1回戦は勝ちませんでしたっけ?」
「1回戦はね。今日の準決で負けたのよ〜。じゃけぇ明日は3位決定戦になるんだ」
「悔しいパターンですよね、それって」
「うん。まあ対戦相手も同じ環境じゃけど、どれだけ敗戦ショックを吹き飛ばせるか、かなぁ」
「確かに…」
そう会話している内に試合がどんどん進んでいく。俺は右脛を怪我したという理由で、トーナメント表の書き換えとか動き回る作業は免除してもらえ、本部席での事務作業をしていた。
「上井先輩、どうしたんですか!その足」
次は1年生の1回戦敗退チームによるサバイバルに突入していた。
まずそう声を掛けてきたのは、クラリネットの瀬戸とサックスの出河だ。
「綺麗な包帯じゃろ?」
「そうですね。って、結構な怪我されたんじゃないんですか?」
「やっぱり体育が苦手なヤツがサッカーでカッコ付けても無駄ですよ、って証明かもしれんなぁ」
「でもまだ不幸中の幸いで、足で良かったですね。腕やったら、打楽器叩けなくなるかもしれないし」
「そっか、そう考えるとラッキーかもね」
「でも見てる方が痛いので、早く治して下さいね」
最後に瀬戸がそう言い、試合に参加していった。
次に声を掛けてきたのは、若本だった。1年男子の部が終わり、1年女子の部に移った時だ。
「上井先輩!どうされたんですか?痛々しい…」
「いや〜、サッカーでさ、たまには良い所を見せて女の子にモテたいなと思ったんよ。でも体育が苦手なヤツがそんなこと思ったらダメってことやね」
「本当に大丈夫なんですか?部活とか、出れますか?野球部の応援もあるし…」
「まあ多分大丈夫じゃろ。包帯なんかしとるけぇ、大袈裟に見えるけど」
「無理しないで下さいね、先輩はすぐ無理するから」
「ありがとう。でも大丈夫じゃけぇ。今晩どうやって風呂に入ればいいのか考えとるけど。右足だけ伸ばして、グラビアアイドルみたいに浴槽に浸かろうかな、とか」
「あ、そんな冗談言えるくらいなら、大丈夫ですね。でも本当に無理は禁物ですよ!」
「ありがとう、心配してくれて。でも大丈夫だし、今日も部活には出るけぇ」
「分かりました…。とりあえずアタシもこれ以上負けないように、今から頑張ってきます!」
「おう、頑張れ〜」
若本は試合コートへ急いで向かって行った。
そんな俺の様子を見て、近藤さんが話し掛けてきた。
「上井君って、後輩とも気軽に話してるんだね」
「まあね。演奏する時は学年なんて関係ないし、上手いか下手かだけじゃけぇね。最低限の礼儀さえ守ってくれれば、俺は後輩とは気楽に話してるよ」
「女子バレー部と違うのはその辺りかなぁ」
「やっぱり上下関係は厳しいの?」
「ほら去年の夏、合宿で夜に喋ってたら、その時の2年生が止めろ!って言ってきたじゃん。ちょっと理不尽だよね」
「そうだよね。その点、笹木さんと話せたら、色々打ち合わせたいけどな」
「メグも部長になったばかりで、まだ慣れてないのもあるから…アタシに伝えてもらえれば、メグに伝えるよ」
「ホンマに?じゃ、近藤さんに頼ろうっと」
心做しか、近藤の顔が少し照れたように感じた。
バレーボールの試合も、若本のいる6組が勝ち、5位決定戦への足掛かりを残したようだ。
「上井先輩、勝てました!」
「良かったね!これで俺のせいで負けたとか言われないで済むな、良かった良かった」
「むぅ…。優勝戦線には絡めないからなぁ。やっぱり先輩のせいです!あっでも、先輩は右足を怪我されてますから、先輩のせいとは言わずに、怪我のせいだと言うようにしますね。じゃまた後で音楽室でお会いしましょう〜」
若本はそう言って去っていった。
クラスマッチのバレーボールの部も、予定された試合が全部終わり、一旦片付けになったが、静間先輩は俺に、片付けはいいから病院で怪我をちゃんと診てもらった方がいい、と言って下さった。
「今は保健室の先生の、仮の治療なだけでしょ?外科か整形外科か分かんないけど、ちゃんとした病院で一度診てもらった方がいいよ?ね、ツノちゃん」
「うん、アタシもそう思うな」
両先輩からそう言われると、無碍に行かないとも言えず、
「じゃあちょっと早退させて頂いて、病院行ってみます。吹奏楽部にも説明しなきゃな…」
「何人か後輩が上井君の怪我の状態見てたじゃん。じゃけぇ、誰も休むなとか言わんと思うよ」
近藤さんも後押ししてくれた。
「ではお言葉に甘えて、お先に失礼します。明日また元気に出てくるように頑張ります」
他の3人のバレー担当からは、気を付けてねという声に送られ、体育館を後にした。
とりあえず生徒会室で制服に着替え、早退させてもらう為に一言託そうと音楽室へ向かったのだが…。
<次回へ続く>
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