第29話 -クラスマッチ3-

 前夜、中学卒業以来、初めて山神恵子と突然再会し、変貌ぶりに驚いた俺は、本当なら神戸に、最近山神さんと会ったり話したりした?と、ネタを持ち掛けても良いんじゃないか…と思った。


 だが朝方、大村と神戸が一緒に登校する場面を久々に見掛けた俺には、やっぱりそんな気力は生まれなかった。あの2人だけの空間には、とても入っていけない。


 その一方で、若干彼らから離れてゆっくり登校している俺の後ろから、足音が聞こえる。


(この前はこの展開で若本だったけど…知り合いかな?)


 ちょっと気になる素振りで後ろを振り返ると、希望していた展開が待っていた。


「おはよう、若本!」


「あ、昨日アタシのクラスを負けにした上井先輩、おはようございます」


「なんだよ〜、爽やかな朝にそんな因縁。俺が勝ち負け決めるんじゃないってば」


「フフッ、分かってますよ。審判が決めるんですもんね。だから先輩が審判のバレー部の方に裏から手を回して…」


「別に、いくら神田や宮田がいるからって、そこまでして1年2組を勝たせたいとは思ってないし。陰謀論が酷いなぁ。そんな賄賂なんか俺、持ってないし。自分のクラスならともかく…」


「アハハッ、先輩をからかうと面白いですね!真正面から反論するんだもん。アタシ、そんな真正面から反論するようなこと言ってないですよ?」


「言ってるっつーの!」


「ムキにならないで下さいよ。あとさっき最後に、気になるお言葉があったんですけど…。『自分のクラスならともかく』ってなんですか!一番ダメなヤツじゃないですか!」


「冗談に決まっとるじゃろ?」


 と、言葉の応酬は激しかったが、お互いにフィクションだと分かって喋っているので、顔は笑顔だった。


「先輩は何の競技に出ておられるんです?」


「俺はサッカー!」


「おぉ、カッコいいじゃないですか!」


「と思うじゃろ?これが全然役に立たんポンコツなんよ」


「え?ポンコツって…なんです?」


「言ったことあったっけ、俺、体育が苦手なんよ」


「そうなんですか?」


「若本はどう?体育は好きな方?」


「そうですね…。好きか嫌いかの2択で考えますと、好きになりますけど、アタシも先輩と同じで汗かきなので、夏場はちょっと避けたいタイプです」


「なんか若本らしい論理的な回答じゃね。簡単に言えばどっちでもない、じゃろ?」


「その通り、おっしゃる通りです!」


「じゃあ俺みたいに、クラスマッチじゃ…。八代亜紀症候群にはならんじゃろ?」


「なんですか、八代亜紀症候群って。一昨年ヒットした、さだまさしの恋愛症候群なら聴きましたけど」


「『雨の慕情』だよ。心が忘れた〜雨の日は〜とか言って始まる…」


「どうも違和感を禁じ得ないのですが…」


「ま、いいじゃん!雨降ってくれってことだよ」


「でも雨が降ったら、中止なんですか?」


「体育祭は延期じゃけど、クラスマッチは中止なんよ。延期するほど日程に余裕がないけぇね」


「それだと生徒会役員の皆さん、せっかく準備してきたのに!ってなりません?」


「あー、どうだろ?準備も大変じゃけど、当日の運営も大変、後片付けも大変じゃけぇ、五分五分かな?」


「そうなんですね。傍から見てると全然分かんないので…。先輩はそんな大変お忙しい中、昨日は部活にも来られましたよね」


「最後はトランプになっちゃったけどね」


「クラスマッチで疲れた、部活サボローとか言ってる奴等に、先輩の爪の垢を煎じて飲ませたいですよ、本当に」


「ハハッ、ありがとう」


 若本と話すとテンポが良いので、時間もあっという間に過ぎていく。

 もう高校に着いてしまった。


「先輩は今日もバレーボール担当ですか?」


「期間中はずーっとね。若本は順位決定戦に入っていくのかな?」


「はい、昨日の試合を某先輩の為に落としましたので…」


「まだ言うか!」


 と若本に分け目チョップをやろうとしたら、見事に避けられてしまった。


「先輩、後輩に読まれるようじゃダメですよ」


「お主も腕を上げたよのぉ」


「かたじけない…」


「…ってどうでもいいんじゃけど、今日は何組とやるん?」


「えっとですね、時間はよく分からないんですけど、10組とです。誰か吹奏楽部の子、いたかなぁ?」


「俺も誰が何組かまでは、同期しか分からんしね。まあ今日は勝てるように祈っとるよ」


「本当に祈ってて下さいよ、先輩!」


「勿論!毎日亡霊の如く某先輩の為に負けた…って取り憑かれるのは嫌じゃけぇね」


「アハハッ、冗談ですよ、あんなの。可愛い後輩のじゃれ合いと思って下さいよ。じゃあ先輩、今日も頑張って下さいねー」


 といい、若本は自分のクラスへと向かって行った。


 俺はクラスマッチ時の慣例通り、生徒会室へ直行したが、クラスマッチ2日目とあってか、室内には疲労感が漂っていた。


「おはよう、ウワイモ。部活行けとるか?」


 疲れた顔で山中が声を掛けてきた。


「イモは余計じゃっつーの。昨日は行ったよ。でも出席者が少なかったけぇ、部長権限でみんなでトランプして遊んどった」


「なんやそれ。面白そうじゃのぉ」


「クラスマッチで疲れた…を口実にサボっとる部員が多いと思ったんよ。俺も疲れとったけぇね。じゃけぇ、そんな時でもちゃんと部活に出て来てくれた部員には、ちゃんと出て良かった、楽しかった、また頑張ろう!って思ってほしくてさ」


「それだよな、お前の柔軟ないい所」


「まあそんな事しとったらコンクールで廿日高校には永遠に敵わんけど」


「でもさ、練習楽しかった、って言うのと、辛かった、って言うのとでは、やっぱり違うと思うし」


「いつもこうじゃないよ、と釘も一応刺しておいたけどね」


「ええよ。俺はお前を部長に立候補させた責任があるけぇね。お前のやりやすいようにやってくれれば、俺はサポートさせてもらうまでだよ」


「助かるよ、そう言ってもらえて」


「でも俺もクラスマッチが終わったら、部活に専念せんとな。今年の曲は難しいけぇね」


「うん、特に自由曲がね」


「7/8拍子なんて、初めてじゃ。ブタブタコブタは分かりやすいけど、合奏でみんなと合わせられるんかのぉ…」


「確かにね。そこは練習を繰り返すしか無かろう。頑張ろうや。とっととクラスマッチを終わらせてさ」


「そうじゃな。じゃあ今日もソフトの本部席に行って来るとするか」


「おう。俺もバレーボールの方におるよ」


 俺はまだバレーボール担当のメンバーが生徒会室に来てはいなかったが、体操服に着替え、体育館へと向かった。


「上井君、おはよ!」


「あれ?近藤さん、もうこっちに来とったん?」


「えへへ、早いじゃろ?なんつーてもアタシらのクラス、今日の第1試合じゃけぇ、早目に来たんよ」


「へぇ。トーナメント全体の時間もよう分かっとらんな、俺は…。相手は?」


「8組。あ、一応ベスト4なんよ」


「そうなんやね。今日からバレーボールは、3セット決着だったっけ?」


「えっとね、アタシもそこまで覚えてなくて…。静間先輩、どうでしたっけ?」


 ふと見ると、静間先輩も角田先輩も既に準備に取り掛かっていて、トーナメント表を新しい物に貼り替えていた。なんだ、俺は早く着いたと思ってたのに、バレーチームで一番遅いじゃないか。


「あ、上井君も来たね。おはよう!」


 静間先輩が声を掛けてくれた。


「おはようございます!」


 と返事をしたが、俺の脳裏には昨日見えてしまった、静間先輩のブルマからはみ出た白いパンツが思い出されてしまい、それだけで赤面していた。

 ただ今は、上は体操服だが、下はスカートを履いているので、ちょっと安心した。


「一応今日も数が多いけぇ、全試合1セットマッチ。でも上位進出戦と下位の順位決定戦が分かりにくいよね〜。だから昨日、トーナメント表の下側も作ったんだ」


「それで、今貼り替えておられたんですね。言って下されば何でもやるのに〜」


「まあまあ。上井君は吹奏楽部、近藤さんは女子バレー部もあって忙しいじゃない?アタシと角田さんは帰宅部だから、気にしないでね」


 なんと静間先輩は優しい先輩なんだ。昨日、悲しい男の性が発動してしまったのが申し訳なく思える。


「上井君の出番はいつ頃なの?」


「俺は昼近かったと思います」


「じゃあ午前中はバレーの本部席におれるね。アタシや近藤さんが試合に出る時は、本部席の仕事、よろしくね」


「もちろんです!」


 その内、審判兼選手として、笹木恵美もやって来た。


「タエちゃん、おはよう〜、上井君、おはよう〜」


「おはよう、メグ。ねぇ、上井君とかの前では、タエちゃん呼びは止めてよ〜」


「あれ、そうだったっけ?何で?」


「は、恥ずかしいから…」


「何々、照れてんの?タエちゃん、今更アタシは『近藤さん』なんて呼べないよ!近藤正臣の真似じゃないんじゃけぇ。もしかして上井君に聞かれたくないの?」


「う、うん…」


「真っ赤になっちゃって、可愛いよ!タエちゃん、いや、近藤さん。さ、早く可愛い近藤さんから、バレーの試合の近藤さんに戻らなきゃ」


「わ、分かった」


「ということで、上井君、タエちゃん連れてくね〜、よろしく」


 何故俺の前では、タエちゃんと呼ばれるのを嫌がるのだろう。近藤七不思議の1つだ…。


 ちなみに試合は、バレー部員を2人擁する1組が、圧倒的強さで8組を破って、明日の決勝進出を決めた。

 スコアも15−4という、凄まじい点差だった。


 その後も全学年男女のバレーの試合を体育館で行うため、前の試合が始まったという校内放送を聞いては、次の試合に出るクラスが現れ、体育館内はバスケもしている為大渋滞になっていた。


(バレーボールをクラスマッチでやる時は、体育館と外とで分けるとか、やらない学年を設けるとか、考えた方がいいな…。来年も1年は11クラス入って来るんだろうし)


 何試合か続き、明日の決勝進出チームが決まっていく中、どうやら一巡目が終わり二巡目に入ったようで、2年生女子のもう1つの決勝進出チームを決める準決勝の順番が回ってきた。


(確かウチのクラスは勝ってたはずだよな?)


 俺の思った通り、7組の女子が体操服姿で姿を現した。


(なんで2年女子のバレー情報に疎いんだろうな…)


 しばらく考えていたら、やっと分かった。昨日俺がサッカーの試合に行っているタイミングで、2年生女子のバレー1回戦が行われていたのだ。


「あ、上井君がおる〜。絶対決勝行くけぇ、応援してよね!」


 そう声を掛けてきたのは、普段はあまり話したことのない、政田紀恵という女子だ。クラスの中では頭脳明晰な女の子というイメージだったので、クラスマッチでバレーで頑張る姿は新鮮に感じた。


「もちろん!頑張ってね、政田さん」


 我が7組女子と対戦するクラスは、5組だった。


(5組?誰かおるんじゃろうか?)


5組の女子を見ていたら、吹奏楽部の女子が2人もいた。


「あっ、上井君〜。自分のクラスの応援もいいけど、個人的にアタシを応援してもいいよ!」


 と元気に笑顔で声を掛けてきたのは、打楽器で一緒になった広田だった。


「広田さん、心の中で応援しとるけぇね」


「ホンマに?怪しいんじゃけど…フフッ」


 5組の吹奏楽部女子は、こんな会話を交わせる広田と、もう1人は…神戸千賀子だった。


(複雑な心境で見守る試合になりそうな予感…)


「上井君?急に黙っちゃって、どうしたの?大丈夫?」


「え?気のせいだよ、大丈夫。ありがとね、タエちゃん」


「あーっ、ダメって言ってるのにぃ!んもう…意地悪なんだから、上井君は…」


 意地悪?ますます近藤妙子が、男子からタエちゃんと呼ばれたがらないのは何故なのか、気になってしまった。


 俺の心中は穏やかでは無かったが、試合は始まっていた。


 どっちが勝つのか分からないが、やっぱり自分のクラスを応援したくなるものだ…。


<次回へ続く>

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