第28話 -突然の再会-

「えっ?誰ですか?」


 まさか電車内で声を掛けられることなど無いと思っていたが…


 一体この女性は誰だ?


「アタシのこと、卒業したら忘れちゃった?そうだよね、髪の毛が違うもんね…」


 とその女性は小首を傾げて俺を見た。俺よりちょっと小柄で可愛い系のショートカットの女性は…


 あっ、もしかしたら…


「もしかしたら山神さん?山神恵子さんだよね?わ、嬉しいな、声掛けてくれるなんて!」


 山神恵子とは、俺や村山、神戸、伊野、松下、笹木と言った西高進学組と同じ緒方中学校卒業の同級生で、俺や神戸とは吹奏楽部でも一緒だった。

 在学中は学校一番のアイドル的存在で、告白する男子は山ほどいたが、何故か吹奏楽部の一つ先輩と付き合っていて、玉砕する男子を沢山見てきた。同時に俺のことを何故か好きだったと、神戸と付き合い始めた後に教えてくれた謎もある。


「思い出してくれて良かった〜。上井君に忘れられてなかったのが、嬉しいよ」


 とは言え、今車内で見掛けている山神恵子は、中学校当時とは異なり、髪の毛が金色に染まってしまい、所謂ワルイ女の子のように見える。


「久しぶりじゃね。でもまず聞きたいのが…」


「髪の毛だよね?」


 山神は自虐的に苦笑いすると、語り始めた。


「アタシ、みんなと違って、廿日高校に行ったでしょ?」


 廿日高校は、今夏の吹奏楽コンクールで、同じ曲対決を迫ってきた、ライバル…には遠いが、西廿日高校としたら追い掛けて、追い抜きたい存在だった。


「緒方中学校から廿日高校に入った生徒は10人少々かな…。でもね、正直言って、アタシが仲良くしてた子はみんな落ちちゃったか、西高に行っちゃって、廿日高校に来た同じ緒方中出身の生徒って、顔が分かる程度の子ばかりだったんだ」


「そっか、そういう事も有り得るよね」


「上井君は村山君と同じ高校だったよね。だから親友が一緒なのって、心強いと思うけど、アタシにとっての親友…神戸のチカちゃんは上井君と一緒の高校に行くって言って、西高に行ったでしょ?そしたら、アタシ、喋れる友達が全然いなくてさ…」


「そうなんだ…」


「元々アタシって、人見知りなのね」


「えーっ?嘘でしょ。そしたら中2の時、吹奏楽部に途中入部したばかりの俺を、熱心に励ましてくれたのはなんで?多分、山神さんとは中2で同じクラスになって、初めて話したはずだよ」


「上井君のことは1年生の時から知ってたもん。横浜から転校生が来るって、凄い話題になってて…。だから2年で同じクラスになった時も、初対面感はなかったんよ」


「そうなの?だから初めから気軽に話し掛けてくれたんだね」


「そだね。でね、人見知りの話に戻ると、アタシは高校に入っても誰も知り合いがいないクラスになって、誰とも喋らなくなって…。でも部活をやれば気が変わると思って吹奏楽部に入ったの」


「えっ、山神さん、廿日高校の吹奏楽部におったん?」


「知らんかったでしょ。最初の1ヶ月だけ、おったんよ」


「うん、知らんかった。逆に、1ヶ月で辞めちゃったんだ?」


「そうなんよ…。緒方からは、武田さんが吹奏楽部を続けてるけどね。アタシは武田さんとも殆ど話したことが無かったし、あと廿日高校の吹奏楽部の雰囲気にどうしても慣れなくてね…。退部しちゃったんだ」


 ここまで話したところで、列車は玖波に着いてしまった。

 俺も山神も利用する駅だが…


「上井君、もう少しお話してもいい?」


「うん、ええよ」


「じゃ、待合スペースで…」


 俺達は玖波駅の待合スペースに座った。


「どこまで話したっけ?」


 何となく中学校の時も、天然な感じの部分はあった山神恵子だったが、その辺りが変わってないのはホッとした。


「えーと…。1ヶ月で吹奏楽部を辞めた理由かな?」


「そうそう、そうだったね。アタシの中では、吹奏楽部ってのはイコール竹吉先生であり、イコール上井君なんだよ」


「へ?竹吉先生は分かるけど、なんで俺まで?」


「アタシの中学の吹奏楽部人生って、北村先輩に告白されて始まったけど、最後は上井君なんだ」


「う、うん…」


 俺は夏のコンクールが終わった後、山神恵子に相談があると呼び止められ、胸の内を全部聞いたことがあった。その時に、好きだった、と言われたのだ。


「だから、竹吉先生も、上井君もいない吹奏楽部って、吹奏楽部じゃないんだ」


「それは…。簡単に言えば、廿日高の吹奏楽部は、山神さんが思い描いてた世界では無かった、ってことだよね?」


「そういうことになるのかな。なんかね、コンクール金賞主義って言うのかな…。部員の個性が殺されてる、って思ったの。こんな所じゃ楽しい吹奏楽は出来ないって思ったのね。で、辞めちゃった。とにかく緒方中の吹奏楽部は、部長としてなんとかせんにゃあ…って頑張ってる上井君と、それを見守る竹吉先生のコンビ、そして上井君が普段はユーモアたっぷりに部員に接するのに、いざという時はピシッと締めるタイミング、絶妙だったよ」


「そ、そんな、登る木も無いのに、おだてても何もないよ」


「でも普段、悩みとか多かったでしょ?アタシ達には言わなかったけど」


「まあ、そりゃあね。無理だと分かってて文句言って来る奴とか、自分勝手な奴とか…」


「上井君が悩んでるのは、チカちゃんを通して知ったかな、あの頃」


「えぇっ?俺、神戸さんにも部活の悩みとかは殆ど言ってないよ」


「彼氏、彼女だったじゃん。今は?今も付き合ってる?」


「詳しく話すと長くなるけど、フラレた」


「えーっ、上井君がフラレて?別れた?えー…。なんで?」


「それが分かれば、俺も長いこと苦しまなくて済んだよ…」


「じゃ、それはそれで、また後で教えてね。なんか…アタシの気が済まないから」


「まあ…。で、さっきの話に戻ろうよ」


「ごめんね、アタシすぐ脱線するから。そうよ、チカちゃんは上井君が元気がないって心配してて…。相談されたから、手紙でも書いたら?ってアタシ言ったんだよ」


「思い出した!2学期の中頃だったかな…。突然机に手紙が入ってて、最初はサヨナラの手紙だと思って開封するのが怖かったんだよ。アレは山神さんのアイディアなんだね」


「一応ね。それで何度かやり取りしたでしょ?その中で、上井君はもう覚えてないかもしれないけど、本音をズバズバとチカちゃん宛の手紙で書いてるのよ」


「そうなんだ…。でも山神さんが何故それを知ってるの?」


「それはね、チカちゃんが、上井君はこんなことで悩んでるんだって…って教えてくれたから。アタシが覚えてるのはね、体育祭直後に、他の3年生の女子から、なんで体育系の3年生は引退出来るのにアタシ達は文化祭まで引退出来ないのよって詰め寄られたことを、上井君が相当腹に据えかねてたこと」


「ハハッ、それは一番忘れられない事件かな。元々俺が部長ってことに反対のメンバーが、俺が放送委員してリレーを絶叫したせいでロクに声が出なくなった時を狙って、嫌がらせしてきたんだよね。その場では、先生にも意見としてつたえるとか、文化祭が最後の花道なんじゃけぇもうちょい頑張ろうよとか言ったけど、腹の中は沸騰しまくりだよ」


 あの手紙交換は、山神恵子発案の手段だったんだなぁ。それもいつの間にか終わってたけど。


「それよりさ、チカちゃんと別れた、しかも上井君がフラレたって本当なの?」


「本当だよ」


「いつ?」


「中3の3学期の1月末」


「本当なの?」


「うん…。だから未だに神戸さんとは普通の会話は出来ないよ」


「…そうなんだ…。アタシ全然知らなくてさ、上井君とチカちゃんは同じ高校に行けて良かったねとか、同じ吹奏楽部で頑張ってるのかなとか、ずっと思ってたんだよ」


「親友でも、そういう話は避けるものなのかな?」


「うーん…。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。それに違う高校に行ったりしたら、それまでは親友でも、必要もないのに電話したりしないようになるし」


「そうかもね。俺も村山とは親友と思っとったけど、前みたいに何でも話す間柄ではなくなったのかもしれない…って思うことがあるよ」


 村山とは、俺が生徒会役員になってから、更に距離が離れた気がする。船木さんと別れたのも知らなかったし、去年俺が伊野さんに告白を決めた事や、生徒会役員になれと言われたこと、部長に立候補しろと言われ迷ってる…これら重要なことを、俺は村山には言わず1人で処理してきた。

 あるいは悩み事は、山中や野口に相談することが多かった。何時の間にか村山との間に溝が出来ているのか?


 そんなことを思いつつ、その後に同じクラスの真崎にチョコを上げた現場を見たことや、高校で同じクラスになり、自分の席の前後の男子を吹奏楽部に誘ったら入ってくれたものの、後ろの席にいた男子は神戸千賀子に急接近し、もう付き合い始めて1年以上は経つことなど、一気に話した。


「そしたら今、上井君って…」


「独身だよ。神戸さんにフラレた後、なんとかメンタル立て直して、去年ある女の子に告白したんじゃけど、玉砕しちゃった」


「そうなの…」


「だからもう俺は、好きな女の子は作らないんだ。作らないというか、仮に出来ても告白しない。もう傷付きたくないんだ」


「そんな。まだまだじゃん、上井君…。アタシみたいに見た目で避けられるような女と違って、優しいし誠実だし」


「見た目で避けられるって…。ま、そりゃ金髪女子にジーッと見つめられたら、逃げちゃうかもしれんけどさ」


「まあ、アタシの金髪話は後にして、先に上井君の話を聞かせてよ」


「そう?でも高校行ってからも、やっぱりモテないよ!吹奏楽部に同期の男子が6人おるんじゃけど、俺以外の5人はみんな彼女持ちか、一度は告白されたことがあるもんね。俺だけ、なーんにもないよ」


 去年の体育祭で、横田さんと森本さんから予告告白を受けてはいたが、残念ながら2人とも西高とは縁が無かったようで、結局俺だけ、同期男子の中では恋愛とは無縁のままだった。


「今、2年生だよね?上井君さ、中学の時、後輩からモテてたから、今年の新入生とかで、モーション掛けてくる女の子、いないの?」


 俺は一瞬、若本の事が脳裏に過ぎったが、敢えて公言するのは止めておいた。


「いないよ、幸か不幸か」


「少なくとも、幸ではないと思うんじゃけど…」


「まあ俺の恋愛話なんて面白くもなんともないけぇ、別の話でもしようや」


 俺はムリヤリ話を変えた。


「1つだけ聞かせて。山神さんの金髪の謎」


「あっ、髪の毛ね…。さっき途中まで言ってたけど、吹奏楽部を途中で辞めたのよ。でも親にはなかなか言えなくて、放課後も高校の近くの本屋さんやマックで時間潰ししよったんよね。そしたらナンパされちゃって」


「ナンパ!」


「上井君、声が大きいよ…。それで、その人に付いていったらちょっとした不良集団がおったんよ。でもあんまりそこまでは関わりたくないと思って、帰ろうとしたら帰してくれなくてね」


「何それ、誘拐じゃん!」


「今だから笑って言えるけどね。どうしたら帰れるかって聞いたら、髪の毛を染めて来いって言うんだよ」


「髪を染めろ…。なんなんだろ、そんなのがいるんだね、やっぱり」


「嫌だったけど、染めるまで帰さんって言うけぇね、仕方なくその場の近くの美容院に言って、金髪にせざるを得なかったんだ」


「そうなんだ?でも今も続けてるのはなんで?」


「そのグループの頭が、来年の春に卒業するの。それまでは金髪でいなきゃ、アタシ、どうにかされちゃうんだ…」


「山神さん…。憧れの山神さんがそんな目に遭ってたなんて、なんか、悔しいよ」


「そうね…。アタシも廿日高校じゃなくて、西廿日高校にしとけば良かったかな…。そうすれば知り合いも沢山いるし、上井君とチカちゃんの間ももっと上手く仲直りさせて上げれたと思うし。吹奏楽部はどう?雰囲気とか…」


「実は春先に役員改選があってね、なんと今の部長は俺なんだよ」


「えっ、本当に?凄いじゃん!中学でも部長やって、高校でも部長だなんて。やっぱり信頼されてるんだよ、上井君は」


「そこらはどうか分かんないけどね。春先から問題多発で、コンクール前に干からびそうだし」


「でも上井君だから、きっと部活も色々考えて動かしてるんでしょ?きっと廿日高校では味わえない楽しい部活だと思うな」


「なんとかね。今回は途中入部ってハンディがないから、思い切りやりたいと思ってたけど、なかなかね」


「頑張ってね、上井君。アタシ、一度は上井君のことが、大好きだったんだから」


「本当だよね。お互いに好きだったのにタイミングが悪いというか…。また電車で会ったら、話そうね」


「その時は上井君に彼女がいればいいね!」


「山神さんだって…。あ、金髪の呪縛から抜け出せてたらイイね!」


 俺と山神の2人で自然と握手を交わし、再会を誓いあった。


「じゃあまたね!」


 互いに言葉を掛け合い、別れた。


(廿日高校吹奏楽部って、やっぱり金賞至上主義なのか…。出てくる部員がクラスマッチのせいで少ないからトランプやろうや!なんて部長じゃ、務まらんじゃろうな)


 俺はすっかり真っ暗になった帰り道を歩きながら、人生の分岐点、運命について考えていた…。


<次回へ続く>


************************


今回登場した山神恵子さんについては、中学時代を舞台にしたスピンオフ作品をアップしています。

https://kakuyomu.jp/my/works/16816700427924413134

よろしければ、ご一読下さいm(_ _)m

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