第27話 -野口との会話-

「どうしたん、野口さん」


「少しでいいから、上井君、時間ある?生徒会室に行かなきゃいけない?」


「生徒会室は、別に行っても行かんでもどっちでもいいから、野口さんにお付き合いするよ」


「ごめんね、忙しいのに…」


 俺と野口さんは、屋上に通じる階段の踊り場、例の場所に座って話し始めた。


「ここで上井君と話すのも久しぶりだね」


「そうだね。野口さんと2人で話すのもいつ以来だろうね…」


「うん。すっかり上井君、多忙なスターになっちゃったもんね」


「スターじゃないってば。むしろスターダストのダストの方?クズ?俺がいると問題ばっかり起きるけぇ、疫病神?」


「何言ってんの〜。打楽器の問題とか、上井君じゃないと解決出来なかったと思うよ。上井君は吹奏楽部全体の為って、バリサクを若本さんに譲って打楽器に移籍したじゃない?他の人が部長だったら、そんなことしないと思うし」


「買い被り過ぎだよ。アレはもうそうせざるを得なかったけぇね…。でも自分も新しい知らなかった世界を体験出来て、若本さんは元々吹きたかったバリサクを吹けて、人が減ったのは痛かったけど、却って部活の結束は高まったんじゃないかな?なんて自画自賛しとるんじゃけど。ハハッ」


「それくらい元気なら…良かった!」


「ん?俺、元気無かった?」


「…うん。たまに見える上井君の本音の部分。アタシは分かるよ。本当は打楽器を辞めてった1年生に怒り心頭だろうし。春先の陰口を言う3年生だって、本当は名前出して怒りたかっただろうし。副会長ともやりにくいじゃろうしね」


「…過ぎたことは、忘れようよ。確かに野口さんの言う通り。野口さんには隠せないね。去年から一番俺の事を見てくれてる同期生だもんね」


「今日だって、クラスマッチを口実にサボってる部員が多いから、本当は腹が立って仕方ないと思うの。でも来てる部員が少ないのを逆手にとって、みんなでトランプで遊ぼうなんて発想、本当に上井君にしか出来ないよ」


「今日はね、半分仕方ない部分もあるとは思うから。だったら、そんな中でもちゃんと出て来た部員には、今日は楽しい部活だったって思って帰ってもらった方がいいじゃん」


「それって上井君がアドリブ的に思い付いたんでしょ?アタシね、そんな孤軍奮闘してる上井君が凄いと思うし、応援したいし、あとね…」


「え?あと、何があるっけ」


「サオちゃんと、話せてる?」


「うっ、痛い…」


「やっぱり話せてないんじゃね」


「村山に言わせると、俺が伊野さんと仲直り出来ればと思って、会計に抜擢したらしいんじゃけど、今の所はなんの成果もないよね…」


「チカとはこの前、少し話してたよね」


「この前?あ、大村もおらんかった時、俺が生徒会室に行かなきゃいけなくて、最後の鍵お願い、って頼んだよ。それでしょ?」


「それそれ」


「亀みたいなスピードじゃけど、会話は出来るようになりつつあるよ。でも凄い他人行儀じゃけぇね…。互いに親近感を持ってる…とは思えないし。ましてやプライベートの話なんかしてないし」


「上井君から見たチカは、そんな感じなのね…実はアタシこの前ね、チカと上井君のことを話したんだ」


「えっ?いつ?」


「本当にちょっと前…。上井君がバリサクから打楽器へ移るってミーティングで発表した頃かな?」


「期末の後ってことじゃね。…彼女、なんて言ってた?でも、俺の事なんて、大して気にしてないでしょ?」


「ううん、そんなこと、ない。チカはね、上井君は凄いって。中学校の時にも部長しとったけど、今はもっと凄い部長になったって言ってたよ」


「ホンマに?」


「アタシがこの耳で聞いたんじゃもん。ホントだよ」


「…評価してくれてるんだね…」


「それとね、中学の時よりも、かっこいいって」


「まさかぁ。相変わらずオクテだし、中学から変わってないよ、俺は」


「本人はそう思ってても、周りの…それも、ずっと一緒に過ごしてきた知り合いの目は、ちゃんと見るところを見てるんだよ?」


「そ、そうかなぁ。でも…カッコよくはないよ、絶対に。そう思ってくれるのは嬉しいけど」


「どうして?」


「さっきも言ったけどオクテなのは変わらんし。体育は苦手なままだし。俺が部長になってからトラブルがよう発生するようになったし。大体モテてないし」


「んもう、考え付く限りのネガティブを言わないの!オクテなのは、上井君の性格や経験上、どうしても仕方ないのかもしれないけど。部活のトラブルなんて、去年も結構あったんじゃないかなぁ。アタシらが知らんだけで」


「そうなのかな…」


「須藤先輩も一人で抱え込むタイプだったけど、上井君と違って、いかにもオイラ悩んでますってアピールが凄かったじゃん。上井君は悩んでることも多いかもしれないけど、あんまり途中経過を表に出さないでしょ?で、悩んだ結果、こうなりましたって最後に発表するって感じだから、アタシらにしてみたら、え?そんなことがあったんだ?ってなるんだよ」


「うん…。悩んでるアピールは好きじゃないんよね。確かに須藤先輩は、よう溜息をつきよったし、今だと何に悩んどるのか知らんけど、村山がポツンと1人で廊下に立って、いかにも俺は悩んでます!みたいなことしとるよね。アレは好かんなぁ」


「ほら、そういう所が、チカはカッコいいって言ってるんだよ」


「えっ?どう結び付くん?」


「中学の時の上井君は、慣れない部長を務めてて、悩みとかあると本当に傍から見てても辛そうだったって。でも今は、いつ悩んでるのか分かんない。悩んでない筈はないし、悩みのレベルも中学の時より段違いに辛いのに、ミーティングとかでは元気に明るく振る舞ってる。そういう所を、女の子は見てるんだよ」


「自分じゃ気が付かんよね、そんな所に注目してるなんて。そっか、彼女なりに心配してくれてるのかな」


「うん、それは間違いないよ。ただ今は大村君と付き合いよるけぇね、アタシにしかそんなことは言わんけど」


「…ありがとうね。あの人とは一生縁を切るって決めた1年半前を考えると不思議な気がするけど、かなり気が楽になったよ」


「あ、やっぱりちょっと心が風邪気味じゃった?」


「風邪というよりは、疲労かな…。とにかく打楽器に慣れるのが大変でさ。幸い宮田さん、広田さんや3年生の先輩方は優しいけぇ、メンタル保ててるけど、周りがスパルタだったらメンタル崩壊してるよ」


「そうだよね…。初心者だよね?打楽器は」


「うん…。家でドラムのマネはしてたけど、実際はこんな難しいものとは思わんかったよ。ドラムロールなんて簡単だ!と思っとったけど全然出来んし。コンクールに間に合うかな…」


「頑張ろうよ、一緒に。クラスマッチが終われば、生徒会の仕事はないんでしょ?そうなれば、部活に専念出来るし」


「まあね」


「上井君、クラス替えしたり、生徒会に参加したり、部活にも1年生が入って、ちょっとは気になる女の子とか出来た?」


「気になる…かぁ。気にはなるけど、俺からは告白しないって決めてる子なら…出来たような…うーん…」


「良かったじゃん!」


「え?なんで?」


「前はさ、そんな気持ちにすらならないって言ってたから」


「前はね。伊野さんショックが大きかったし。今も継続中じゃけど」


「そうだよね…。でさ、その…気になる女の子は、アタシが誰?って聞いてもいいくらいのレベルまで、好きになってる?」


「うーん、微妙な表現だね。まだそこまでは…確信が持てないかな」


「うん、分かった。アタシがサポートして上げられる女の子なら、教えてね。上井君の気持ちがサオちゃんショックから立ち直りつつあるだけでも、ちょっとホッとしたんよ、今」


「松下さんからは、来年帰国するまでに伊野さんと仲直りしとけって言われたけどね」


「アハハッ、ユンチャンらしい言い方!でも、久しぶりに上井君とお話して、色々確かめられたから、良かった…」


「こちらこそ。忙しくてあんまりゆっくり出来んけど、何かあったらまたシャツを引っ張ってよ」


「うん…。上井君、何時までもアタシと仲良くしてね?」


「え?当たり前じゃん」


 もしかしたら最初に寂しげに見えた野口真由美の表情は、会話の途中で出てきた『すっかり多忙なスター』に俺がなってしまった、手の届かない存在になってしまった、そんな気持ちがあったからかもしれない。


 だから一通り話をした今は、スッキリした表情をしていた。


「じゃ、体に気を付けてね。コンクール、頑張ろうね!お先に…バイバイ」


「ああ、バイバイ!」


 俺自身、野口との会話で、初心に帰れる部分がある。大切な同期生だ…。


 俺はその後、生徒会室に寄ろうと思っていたが、既に電気が消えていたので、そのまま下駄箱に直行し、宮島口へと歩き始めた。


(色々あった1日じゃけど、最後は1人か。まあたまにはそんな日もあるだろ)


 暗くなり始めた空を時折眺めつつ、1人で部活でやらねばならないこと、生徒会でやらねばならないことを色々考えていると、どうしてもネガティブになってしまう。


(無理矢理にでも野口さんに、一緒に宮島口まで行かん?って誘えば良かった…)


 30分ほどかけて宮島口に着いたら、もうすっかり真っ暗になっていた。


 だが列車はタイミングよく到着し、俺は1人で乗る時の定位置、前から4両目に乗り込んだ。


(あと、2日もクラスマッチがあるんかぁ…。たいぎぃのぉ)


 と俺はボーッと夜の瀬戸内海を眺めながら思っていた。


 すると


「あれ?上井君じゃない?」


 と、車内で突然声を掛けられた。


「え?誰ですか?」


 俺が声をする方を向いてみると…


<次回へ続く>

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