第24話 -三角関係?-
俺と村山に声を掛けてきたのは、若本だった。
「先輩方、今お帰りなんですね。結構、音楽室に残ってたとか?」
そう言う若本は、既に制服から私服へ着替えていた。
「ああ、若本じゃん!早いね、もう着替えたんじゃ?」
俺が反応した。
「だってアタシ、ミーティング終わってから高校出て、普通に歩いて家に着いて、暑くて汗かいてますからすぐ着替えて、ちょっとコンビニに行こうかな?と表に出たら、聞き覚えがある声が…」
「若本の家って宮島口駅に近かったんじゃ?」
村山は初めて知ったようだった。
「村山先輩は知りませんでしたっけ?上井先輩とは一回、朝一緒になりましたもんね」
「そうそう、朝練行こうとしてトボトボと歩いとったら、猛然と後ろから背の高い口に大きなマスクをした女が走ってきて、俺が怖くて電柱に隠れたら…」
「ア・タ・シ、キレイ?って、口裂け女じゃないですか!上井ワールドに入っちゃったじゃないですか!」
1年生の女子の中では、若本がやっぱり一番長い時間を共に過ごしていたこともあって、俺の言いたいことを察知して乗ったり突っ込んだりしてくれる。
そうかと思えばバリサクを譲る時に
『先輩と間接キスになっちゃいます』
等と、ドキッとする発言をしたり、俺がバリサクを練習していた時、楽譜を見せてくれと、無理矢理俺と譜面台の間に体を割り込ませて、夏服の隙間から見えちゃいけないものが見えそうになって目を逸らしたり…ということもあった。
「若本、バリサク吹いたら口が裂けるの知らんかった?」
「なんですか、それ。中学で2年半吹きましたけど、口は裂けてませんよ!唇ならよく裂けましたけど…」
「そうだ、口じゃなくて唇だった、失礼したね~」
「なんや、上井と若本も漫才みたいに喋るんか?」
村山が半ば感心、半ば呆れたという感じで聞いてきた。
「俺が部長になる時、明るくてみんなが来やすい環境づくりをしたい、って言ったじゃん。じゃけぇ、あんまり後輩のみんなとの壁も作りたくないんよ。最低限の礼儀だけ守ってくれればね」
「ですね。アタシは中学の時、一つ上の先輩がメッチャ怖い人だったんで、高校に入ってみて、なんて明るくて面白い部長さんなんだ、って驚きましたもん。だからこんなことしても上井先輩は受けてくれますしね」
若本はそう言うと、俺の7:3気味に分けた髪の毛目掛け、分け目チョップをしてきた。
「あ、いきなり分け目チョップときたか~。じゃ、お返しじゃ!」
俺も若本の分け目目掛けて、軽く手を当てた。
「なんか…ええのぉ。いい先輩と後輩って感じじゃん」
村山が羨ましそうに言った。
「村山先輩にも分け目チョップしましょうか?…って、分け目が分からんし背が高いから無理でした!」
「俺は…髪型はテキトーじゃなぁ。若本、サックスって楽しいじゃろ?」
「そうですね。中学時代に比べれば、何倍も楽しいですよ。でも上井先輩が打楽器に行っちゃったら、ムードメーカーは誰になるのかな…。伊東先輩がもっと部活に来てくれればいいんですけどね」
「伊東は行動が把握出来んけぇね。でもちゃんと本番には仕上げてくるけぇ、不思議なんよ。掴みどころがないというか」
「でも前田先輩でしたっけ、3年生の。伊東先輩、前田先輩が復帰されるって聞いてから、毎日部活に来てますよ。前田先輩も忙しいからたまにお休みされるんですけど、そんな時は目に見えてガックリしてますし、アハハッ!」
「そういう村山は、トランペットはどうなん?雰囲気とか…」
「サックスほど和気藹々じゃないのぉ…。1年の赤城って女の子は、大上を追ってウチに来たらしいんじゃけど、大上はあんな性格じゃけぇ、練習中は余談なんかせんし、ピリピリしとるよ」
ふと中学時代の俺の一つ上の北村先輩を思い出した。あの先輩もトランペットを吹かせたら最高のテクを持ってたのに、性格に難ありで孤高の人だったな…。なのになんで学校一のアイドルの山神さんが彼女になっとったんじゃろうか。
「へぇ、トランペットは厳しいんですね。パートによって違うのかぁ。サックスで良かった、アタシ。余談の方が多いのは良いのか悪いのか…ですけど」
「今のサックスの雰囲気は、1期生の先輩が素晴らしい方だったんよ、だからそれが続いてるのかもね」
俺らの代が4期生なので、創立メンバーの1期生の先輩が卒業された直後に、俺らが入ってきたことになる。
時折サックスの練習に顔を出して下さる1期生の徳田という先輩がいるのだが、何事も熱血で、ふざける時は徹底してふざけろ、練習する時は集中して練習しろ、とよく言われたものだ。
「そうなんですね、そんな偉大な先輩が…。今年、アタシや出河君が入ってからは、来ておられますか?」
「一度、1年生が江田島に行っとった時に来てくれたよ。でも大学とかバイトとか忙しくなってこられたのかな、去年より頻度は減ってるね。まぁ、レジェンドだよ、ウチラの」
「ふーん…。でもウチって新設校ですよね。なのに早くもそんなレジェンドがおられたら、この先どんどんと凄い部になっていきそう!アタシの中では、上井先輩もレジェンド的存在ですよ」
「俺なんか新入部員の退部を防げんかった疫病神じゃけぇ、レジェンドじゃないよ~」
今まで何も部に爪痕を残せていないのに、俺がレジェンドだなんて、辞書の意味を書き換えなくてはならなくなるじゃないか…。
「でもでも、いつもミーティングは楽しいじゃないですか。村山先輩、去年って部の雰囲気はどんなでした?」
「まっ、まぁ、上井がおるけぇ言う訳じゃないけど、今年よりも雰囲気はちょっと暗かった…かな。去年の部長さんがナルシストじゃったけぇね、ミーティングでも自分の言葉に酔ってるというか…。楽しいミーティングではなかったのぉ。部員から質問が出たら、露骨にため息ついてたし…」
「ププッ、ナルシストって…。その先輩は、コンクールには出られないんですか?」
「結構早くおらんようになったよな?」
「ほうじゃね。春先、俺に部長の仕事を伝えなくちゃとか言ってたけど、ちゃんと全部教えてくれる前におらんようになってしもうたし。じゃけぇ、須藤先輩がおらんようになったから、須藤先輩と仲が悪かったフルートの先輩らが俺の悪口を言い出したんよ、きっと」
「ああ…。まだアタシも慣れてない頃の事件ですよね?ゴールデンウィーク前に1年生がドッと辞めちゃって、部長が悪いとかなんとか。アタシも聞こえたことありますけど、上井先輩が悪いなんて筋違いじゃないの?って思いましたもん」
「あれはねぇ…。本当は表に出さずに解決したかったんじゃけど、もう精神的に参ってしもうたけぇ、ミーティングで訴えかけたんよ」
「そうじゃったんか。そんな時こそ、俺ら役員に頼ってくれりゃあええのに」
「アレもね、俺に対して個人攻撃しとるんじゃけぇ、俺が解決しなきゃって思ってたんよ。でも最後はミーティングという場を使っちゃって、申し訳なかったけど」
「いえ、あの時のミーティングは、雰囲気こそ異質でしたけど、上井先輩が頼れる先輩だなぁって思ったミーティングでした。そう思った1年は多いと思いますよ。この前も打楽器のやる気のない1年が逃げるように辞めましたけど、あれも上井先輩は全然悪くないです。本当は上井先輩が責任感じて打楽器に行く必要なんてないんです。同じ1年だから分かりましたけど、本当にやる気がない面々だな、とは思ってたんですよ。いつも練習の時は喋ってばかりで合奏の時しか楽器を触らないし。宮田さんは熱心に練習してたし、先輩方にも質問しているのを見てましたけど、逃げた5人は遅かれ早かれ、辞めてましたよ」
「いや、若本にそんなに褒めてもらっても、何も持ち合わせがないんじゃけど…」
「あっ、じゃあ今度どうせ同じ方向に帰るんですから、一緒に帰りましょうよ。その時、途中のスーパーでアイス奢って下さい!」
「あ、アイスね…。分かったよ」
「すいません、先輩お二人を引き留めてしまって。アタシもとっととコンビニに行って来なきゃ。じゃあ、これで失礼します。気を付けて帰って下さいね、上井先輩、村山先輩」
「ああ。ありがとうね。じゃ、また…」
若本はそう言って、コンビニの方へと向かって行った。
「元気な子じゃなあ。俺んとこの赤城さんも元気な子じゃけど、大上にミスを指摘されたら凹んどることも多いし」
「若本は…去年の体育祭からの付き合い?知り合いなんよ」
「去年の体育祭?なんじゃそりゃ」
「文字通りなんじゃけど、去年の体育祭を見に来とってさ。プロムナードの時、演奏を見学させて下さいって言って、俺らのテントの近くにおったんじゃ」
「へぇ。緒方中の後輩だけじゃなく、若本も来とったんじゃ?」
「そう。その時は、この高校に入って先輩からバリサクを奪い取りますって宣戦布告されたんじゃけどな。まあ10ヶ月経った今、色々なことが積み重なって若本の願いは叶ったってことになっとるな」
「お前が打楽器に移ったもんな。ところで打楽器ってどんな雰囲気や?」
「意外と楽しいよ。まだ基礎打ちの段階じゃけど、吹いて音を出す世界から、叩いて音を出す世界に移ったら、これはこれで今まで見えんかったものが見えてくる。ティンパニーなんかは丁寧に接してやらんと機嫌が悪くなるしな」
「ホンマか?」
「ペダルで音を調節するじゃろ?アレがちょっとでもズレたら、曲に合わんようになるから、耳をもっと鍛えて、絶対音感みたいなのを身に付けなきゃって思ってるよ」
「そう聞くと難しそうじゃけどな」
「楽しいのは人間関係だよ。広田さんが来てくれて、余計に良くなったよ。宮田さんも若本に似た感じで、練習熱心じゃけど、ふざけたりする時は面白いこと言うしな。田中先輩と宮森先輩も今まではあんまり接点なかったけど、話してみたら気さくで楽しいし、教えてくれる時も優しいし。村山にはちょっとキツイ名前かもしれんけど、船木さんを思い出すよ」
「そっ、そう?まあ俺はもう吹っ切れとるけぇ、大丈夫じゃけど。お前の方ほど、早くなんとかせんにゃあのぉ」
「まあ、なるようになるよ。としか思わない…かな。何回も言っとるけど、俺はもう好きな女の子は作らないし」
「またネガティブになっとるな。せっかく若本みたいな元気な女の子が現れたってのに」
「百万が一、若本が俺に好意を持ってくれたら別じゃけど」
「今の感じなら、可能性もあるんじゃないんか?」
「いや、どうだろう…。慎重にいかなきゃな。もう自分からは告白したりはしないと決めた以上、よっぽどその決意を覆す確信がないと、俺は踏み切らないよ」
等と村山に言ってはいるが、何度かの若本とのやり取りで、多少なりとも好意がないとこんな事はしないだろう…ということがあり、内心では若本が気になっているのは間違いなかった。
ただこれまでの経験が、俺を慎重にしている、としか言えなかった。
しかし今後、村山を含めた3人の関係は、変化を見せていくことになるとは、この時は分かる由も無かった。
<次回へ続く>
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