第23話 -夏休み前-
『風紋』の初めての合奏は、予想通りアチコチで引っ掛かり、スムーズにはいかなかった。
俺もティンパニーを叩き始めて初の合奏だったが、耳で想定してチューニングした音と、実際叩いてみた音とでは叩き具合によって少しずれてしまうことが分かった。ペダルで調節する時は、もっと真剣に自分の音感だけにたよっていてはダメだということが分かった。
それでも福崎先生は、最初はこんなもんじゃろうと言ってくれ、今日引っ掛かった所を、次には引っ掛からんように個人練習してくれよ、と最後に一言言ってから、合奏終了となった。
部員も楽器を片付け、音楽室を元通りにしながら、難しいのぉ~とか、課題曲だけで疲れそう~とか言っていたが、完全同意の俺だった。
楽器を叩けば音が鳴る…ということは、不意に体を動かして楽器に接触してしまっても音が出るということで、自由曲で予定しているティンパニー以外の楽器を叩きに移動する際には、ちゃんと動線を確保しなくてはならないということを一つ学習した。
田中先輩に言わせると、シンバルを斜めにおいていて、ちょっと触れてしまって床に落下し、ガシャーンとやってしまうことが多いらしい。昔のコンクールで他校がそれをやってしまい、当たり前ながら銅賞になったと聞いて、打楽器の恐ろしさを垣間見たような気がした。
(思ってる以上に奥が深いぞ、打楽器は…)
そしてミーティングである。
野球部の応援と、夏休み合宿の発表をしなくてはならない。
「皆さん、ミーティング始めていいですか?では始めまーす。まず各パートの出席状況、お願いします。まずフルートから…」
といつもの流れでミーティングを始めた。
「…はい、ありがとうございます。えー、今日の合奏は疲れましたね!私も後ろから騒音を巻き散らして皆さんに迷惑掛けてしまってすいませんでした。課題曲も大変ですが、自由曲は変拍子もあるので、もっと大変だと思います。もう皆さん、カセットテープを聴いてますか?」
なんとなく頷いている部員が大半だった。
「良かった良かった。聴くだけでも耳練になりますからね。変拍子の部分は、先生に言わせたら、ブタブタコブタと数えてみろと言われましたので、一応皆さんに報告しておきますね」
音楽室内に笑いが起きた。なるほどね、と言った部員は、何度か自由曲まで聞いている部員だろう。
「では今日は、2つ皆さんに報告があります。1つはこの前もちょっと触れていた野球部の応援、もう1つは夏休みの合宿です。まず野球部の応援ですが、なんと1学期修了式の7月20日になりました。場所はなんと、広島市民球場です。相手は三原の高校だったかな?」
おぉーっという歓声が音楽室内に響いた。恐らく公欠より、カープのホームグランド、広島市民球場が会場というのが、一番大きな声の理由だろう…。
「修了式の日ということで、公欠扱いで行くことになりますが、通知表なんかは福崎先生から担任の先生に配慮をお願いするとのことでした。ま、野球部の生徒も同じですから、また皆さんのクラスの担任の先生に聞いてみてください。もし修了式の日に同じクラスの好きな子に告白を予定していた方は、前倒しでクラスマッチ中に決行して下さいね」
そんな奴いるのかよーという声も聞こえたが、いないとは言い切れないじゃないか。
「ま、野球部が万一勝った場合、2回戦に進むんですが…実は福崎先生も2回戦に進んだら何日にどこの球場というのは聞いてないそうです。実は福崎先生も、野球部は1回戦で負けると思ってるかもしれませんね〜」
音楽室内は笑いが溢れている。やっといい雰囲気になってきた。
「それと、夏休みの合宿です。1年生には初めてになりますね。高校の中で合宿を行います。しかも3泊4日です」
1年生部員から、へぇーっという声が上がった。去年の俺らもそうだったから、当然だろう。学校内に3泊するということが、想像付かないのだ。
「まあ色々ありますが、楽しいのと暑いのとを乗り越えて団結力を高めましょう。日程は8月9日から12日までになります。お盆前ですね。内容は2年生は分かってると思いますが、朝から夜まで練習漬けてすが、最終日の夜はレクリエーションをします。レクの内容は、役員で話をしておきたいと思います。副部長、会計の皆さん、いつか会議しますので、よろしくお願いします」
俺は予め各役員に予告することで、いざ会議をする際にスムーズにいくよう、根回しのつもりでそう言った。
「合宿については、同時に他の部活も合宿しますのて、機会があれば自由時間とかに、他の部活とも交流してみて下さいね。またシャワーの時間も去年は適当だったんですが、今年は同時期に合宿する部が分かったら、時間調整、特に女子について行ってみたいと思ってます。これらはまた近い内にプリントを作って配りますので、よく読んで下さい」
1年生が同じパートの2年生に、合宿ってどんなです?楽しいですか?寝れますか?弁当ですか?など、色々聞いている。去年の合宿から1年経ったんだな…と思った。
前からしばし見ていると、伊東は夜に幽霊を見たとか、テキトーなことを言って出河や若本を怖がらせていた。
「今日は報告が多くなりましたが、みんなで頑張りましょう!では終わります。お疲れ様でした」
とにかく打楽器騒動を打ち消すよう、俺はミーティングで明るく楽しく喋るようにした。
なんとか今日は目標に近付けたのではないか、そう思えた。
いつものように先に帰る部員を見送り、最後に鍵を閉めようと待機していたら、村山が声を掛けてくれた。
「たまには一緒に帰ろうや」
「ああ、そうやね」
村山とも1年の時は一緒に帰っていたが、俺が部長になってからは、鍵閉めが仕事になったので、滅多に一緒に帰ることはなくなっていた。
ミーティングの後に、俺が1人で懸案事項を悩んだり考えたりすることが増えたり、生徒会室へ部活後に行くこともあったりで、村山とは別行動になる方が殆どだったからだ。
今日も生徒会室に寄って、近藤さんがいれば、合宿の日程が同じだということを伝えたかったのだが、明日でも良いだろう。近藤さんもバレー部に行っているかもしれないし。
下駄箱で靴に履き替え、久しぶりに村山と宮島口駅へ向かった。
「今更じゃけど上井、打楽器の移籍って1人で結論出したん?」
「うん、1人で出した」
「そんな打楽器の危機の時こそ、役員会議すれば良かったんに」
「そうかもね。でも迷ったんよ」
「何に?」
「ひとつ、丁度期末テスト週間に掛かってたから役員5人が揃う場面が無かったのと、もうひとつはまず俺が動かなきゃ誰も動かないっていう思いかな」
「そうか、まあ時期的なものもあるか」
「部活禁止になる前、最後の部活でコンクールの曲を決めて、ミーティングが終わってお疲れ様〜っていう直後に、宮田さんから実は…って流れじゃったけぇね」
「俺も朝練や昼練は…あんまり…じゃけぇ、仕方ないか。でも難題をお前ばかりに背負わせてしもうとるけぇ、ちょっとな、申し訳ない気持ちもある」
「偶々俺が部長の時に発生したからには、俺が背負わなきゃ。…でも部長になったらやりたかったこととか…思うようにはいかんなぁ」
「そうか?まぁ、1年生が予想以上に入って、良かった良かったと言ってたら、その反動でどんどん辞めてしもうたけど、今残っとる1年は見る限りではもう辞めそうな部員はおらんじゃん。みんなそれなりに位置?居場所?を確保して頑張っとるし」
「うん…多分、今おる1年生はもう大丈夫だろうと思うんよね。俺らの代とも積極的に関わってくれる面々ばっかりじゃん。辞めてった1年って、正直言って俺らの代とはあんまり関わろうとせんかったし。人間関係とか面倒だったんじゃろうな」
「上井は…部長になって、見込み違いだったこととかあるか?」
「もちろん沢山あるよ。春先は辛かったなぁ…。生徒会役員との兼務を良く思わない3年生からの陰口と、1年生の出入りの激しさ。この2つに尽きるよな」
「そうか。仮に俺が部長だったらどう行動するかな…って思う時もあるんじゃけど、上井はよくやってるよ。俺が一番苦手な、雰囲気作り。これが大きいと思うよ」
「それは先生にも言われたけぇね。お前のお陰で雰囲気が良くなったって言われた時は、嬉しかったよ」
「ミーティングとかでも、ワザとボケてるな?って分かる時があるもんな、お前は」
「そうか?悟られるようじゃ、まだ修行が足りんな」
「でもお前なら合宿のレクリエーションも、面白いの考え付くんじゃないんか?役員で話し合うって言ってたけど」
「いや、単純なものがええんよ。俺は去年と同じで、フルーツバスケットとかハンカチ落としでいいと思っとる。ただちょっと独自なブラスならではのルールを追加したりね」
「そうか。なら別に話し合うまでもないんじゃないか?」
「うーん、レクリエーションで話し合うってのは建前で、幹部役員5人で意思疎通して夏休み、コンクールに向かいたいってのが本音なんよ」
「なるほどな…。役員にはお前がフラれた相手が2人おるもんな…」
「まあ、前川清の歌の人とは事務的な会話はするようにはなったけど、全盛期の3割くらいのレベルじゃし。村山のパートナーとはこの1年、視線すら合わせてもらえないし」
「伊野さんと、まだ話せんのか…」
「目が合わない。合わせてくれない。俺をフッた時に、友達としてはこのまま…って言ってくれたけど、何が何が。そう考えると今の幹部役員5人って、全員何らかの因縁を抱えてるんだよなぁ、俺って」
「俺だけか?因縁がないのは」
「いや、兵庫県の県庁所在地さんからの別れの手紙を持ってきたやん」
「なんやそれ。それは因縁とまでは言わんじゃろ。偶然下駄箱で出会って、これ上井に渡して、って貰っただけじゃ」
「立派な因縁やないかい。親友が彼女にフラれるという重大局面に関わったんじゃけぇ」
「なんだ上井、絡みがその筋の人みたいだぞ」
「まぁ、村山相手だからかもな」
等と村山と話しながら帰るのも、久しぶりで色々楽しくはあった。
もうそろそろ宮島口に着くというタイミングで、突然背後から俺達に声を掛けてくる女子がいた。
「先輩方!お疲れ様です!」
「え?」
<次回へ続く>
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