第22話 -夏へ向けて-

「お疲れ様でーす」


 俺は放課後、音楽室に行く前に生徒会室に寄った。

 クラスマッチの準備も佳境を迎え、生徒会室は活気があった。


「お、上井じゃん。大丈夫なん?吹奏楽部の方は」


 中下が声を掛けてくれた。


「何とかね。その分、生徒会には迷惑掛けとるけど」


「吹奏楽部が潰れてもらっちゃ困るけぇ、頑張ってや!」


 中下まで、廃部の危機だったと思っているようだ…。訂正するのも面倒なので、そのまま何も言わなかったが。


「ところで、近藤さん、おる?呼ばれたらしいんじゃけど」


「うん、来とったよ?…近藤さーん」


 中下が呼んでくれた。


「はーい。あっ、上井君!待ってたよ〜」


「あ、近藤さん!田川さんから、俺の事を近藤さんが校舎の裏で待ち伏せしとるって聞いたけぇ…」


「何その校舎の裏って。待ち伏せって…喧嘩じゃないってば。そうじゃなくてね、吹奏楽部の夏休みの合宿の日程、決まった?」


「あ、そうじゃね、この前希望は出したんだけど、どうなったんかな…」


「まだ先生から知らされてないんじゃね。アタシらは決まったけぇ、もし一緒の期間なら、ご飯とかシャワーとか調整出来るかな?と思ってね」


「そうやね。最近、福崎先生も忙しくて、部活に顔を出す回数が減っとるんよね。先生を捕まえて聞いてみるよ。部員への案内も作らなきゃいけないし」


「今年も同じ期間ならいいよね。去年丁度被ったけぇ、色々な繋がりが出来たし」


「でも去年も、寝れない女の子が意表を突く方法で声掛けてくれたけぇ、偶然の一致で繋がれたんよね。去年、画用紙で下の階に呼びかけようって言い出したのは…田中さん?」


「そう!よく分かるね。最初は馬鹿にされて終わりだったらどうすんのよ!とか、下の階も女子ならどうすんのよ!ってみんな反対してたんだけどね」


「あの日の女子バレー部のメンバーで、あんな突飛な発想するのって、田中さんだろうなと、今になったら冷静に考え付くけぇね」


「だよね。でも上井君達の階は、男子だけだったでしょ?男子と女子で、分断されてたはずだもんね」


「うん、男子だけだから、男子高ってこんな感じなのかなとか思ってたよ」


「そこは田中の勘が冴えてたなぁ。真下からは男の子の声がするから!って押し切ったから。どんだけ男に飢えてんのよって話よね、アハハッ」


「でも田中さんは強烈な印象だったから、覚えてるよ。漫才を披露するんだもんね。バレーの練習中も面白いの?」


「それがね、練習中は凄い熱血なのよ。想像出来る?」


「へぇ?そうなんだ?想像付かないね…」


「凄い声出して、後輩にも厳しいんじゃけど、練習が終わったら面白い田中に戻るんよ。だからオンとオフが別人みたいなの」


「なんか、一度練習を見に行きたいな〜」


「その時は、こっそりと見に来てね。男子が見に来るって分かってると、熱血じゃなくなると思うけぇ」


「よし、合宿が同じ期間なら、こっそり体育館に見に行こうっと。近藤さんや笹木さんには言うけど、田中さんには秘密っていうのが良いかな?」


「そうじゃね。じゃけぇ、吹奏楽部の合宿日程が分かったら、教えてね」


「あ、因みに女子バレー部の合宿日は?」


「8月9日から12日までよ」


「確かウチラもお盆前に…と思って、その辺りで申請してあるはず。また先生に確認してみるよ。で、また近藤さんに教えるね」


「うん、待ってるよ〜」


 といった会話をし、俺は音楽室へと向かった。


 すると職員室から音楽室へ向かう福崎先生と、丁度途中で一緒になった。


「おお上井、生徒会はいいのか?」


「あ、先生。お陰様で、生徒会の中で吹奏楽部が危ないという、変な噂が広まりまして、部長の私はクラスマッチの準備は1日一回顔を出して進捗状況を確認するだけで済んでるんです。逆に山中はあまり部活に出れてないんですけどね」


「危ない?まあ、打楽器は危なかったな…。お前のお陰で、何とか乗り切れる目処は立ったけど」


「そう言えば先生、今後の予定なんですが、野球部の応援や夏休みの合宿の日程って、確定しましたか?」


「おう、それをお前に言わなきゃと思ってたんよ」


 そこまで先生と会話したところで、音楽室に着いたので、先に音楽準備室へ入らせてもらった。


「野球部の抽選会が昨日あったらしくて、顧問の先生から聞いたんじゃが、ウチは20日の月曜日に、1回戦があるそうだ。丁度一学期の修了式に被るんよな。じゃけぇ、もしかしたら俺は行けないかもしれん…」


「あ、そうか…。生徒に通知表渡さなきゃいけないですもんね」


「ちょっと副担任の先生と話はしてみるが、俺は行けない確率が高いと思っててくれないか?」


「は、はい。まあその時は幹部で何とかしますし、ウチらも公欠扱いになりますよね?」


「そりゃ当たり前だよ。俺からも各担任の先生に念押ししとくから」


「分かりました、ありがとうございます。そして夏休みの合宿は申請通りの盆前になりましたか?」


「おお、希望通りになったぞ。8月9日から12日までだ。もう一つ男子がいる部が申請してきたら、協議しなきゃいけなかったが、ギリギリ大丈夫だった。お前達もお盆前がいいじゃろ?」


「はい!」


 俺は女子バレー部の合宿と丸々一緒の日程になっていたことに、安堵した。

 これで、去年感じた合宿を行う上での疑問点を、女子バレー部と協議することが出来る。

 更に親睦を図るイベントも、密かに考えることが出来る。1年生にも、女子バレー部と繋がると面白いというのを伝えねば…。


「では先生、早速合宿の案内文を作るのと、今日のミーティングでも野球部の応援と合わせて発表しますね」


「ああ、頼むな。それと今日、一度課題曲を合わせてみたいんじゃが、どうだ?ティンパニーで合奏出来るか?」


「合奏ですか!」


 俺はやっと課題曲の譜面に、初心者ならではの落書きをし終わり、恐る恐る「風紋」の個人練習を始めたばかりだった。でも合奏として他のパートと合わせるにはまだまだ…と思っていた。


「上井の今の反応だと、まだちょっと…かな?まあだけど、一度全体で通してみることで、見えてくるものもあると思うぞ。出来ない所は無理に叩かないでいいし、俺もそんなに指摘はしないから、一度通してみようや」


「そうですね、いつかは通らなきゃいけない道ですしね」


「そんなに大袈裟に考えるな、気楽でいいんだぞ、今日は」


「分かりました。とりあえずチャレンジしてみたいと思います」


「おお、じゃ合奏体系になるよう、指示してくれ」


「はい!頑張ります」


 俺は改めて音楽室に入り直し、「今日は合奏になりました!合奏体系に椅子を並べて下さーい」と叫んだ。


「え?部長、合奏って…何の曲ですか?」


 トロンボーンの橋本が聞いてきた。


「課題曲の『風紋』を、どんなにメタメタでも一度通してみようって。先生からのお達しだよ」


「えーっ、まだパート練でも通したことないですよ~」


 今度はクラリネットの瀬戸が言ってきた。


「それを言ったら、俺はティンパニーの譜面を読んだだけじゃし」


「わぁ、先生、激怒しないですかね…」


「まぁ、上井部長を通じての先生の指示じゃけぇ、とにかく合奏体系組もうや」


 と、大村がサポートしてくれた。最近は大村に頼る場面が増えていて、それが大村との絆の再建にも寄与している。


「ありがとう、大村」


「いやいや、部長をサポートするのが俺の役目じゃけぇ」


「助かるよ」


 とりあえず俺も打楽器格納庫から、まずティンパニーを引っ張り出した。ティンパニー4台を引っ張り出さないと、実は他の楽器も出せないのである。


 まずティンパニーを4台引っ張り出して、他のドラム、バスドラム、シンバル、シロフォン、小物類等を並べた。


「ありがとう、上井君。遅れてごめんね」


 広田が来てくれた。良かった、広田がいてくれないと、どこにどう置いたらいいか分かんないからだ。宮田もまだよく分かっていない部分があるので、広田の移籍加入は本当に心強かった。


「とりあえず出すだけ出したんじゃけど、配置はごめん、よー分からんけぇ…」


「ええよ。今の上井君が全部分かっとったら恐ろしいけぇ」


「頼むね。あ、田中先輩も来てくれた。良かった~」


 田中先輩は3年で忙しい筈なのに、練習には極力参加してくれている。


「田中先輩は『風紋』はやってみられました?」


「いや~一度テープを聴きながら、シロフォンやグロッケンを叩くイメージをしただけよ。本物は叩いてないわ」


「俺、打楽器に来て初めての合奏なので、すげぇ緊張してます…」


「じゃあ上井君に一ついいこと教えてあげよう。先生はサックスが専門じゃろ?じゃけぇ、合奏の時はよっぽど酷くない限り、打楽器が標的になることはないけぇ、安心しんさい」


「そうなんですか?」


「うん。だから上井君はティンパニーを叩ける所は叩いて、まだ無理なところはスルーしんさい。多分先生は、今日はとりあえず一度通してみようって感じだったんじゃろ?上井君がティンパニーをやるようになって何日も経ってないことは先生も分かっとるけぇ、無茶は言わんと思うし」


「そうですね」


「きっとクラスマッチで練習がまともに出来なくなる前に、課題曲だけでも形を確認したいんだと思うしね」


「ですね、よし、チャレンジしてみるか!」


 俺は4台のティンパニーを、それぞれペダルを踏んで最初に叩く音に合わせてみた。これは自分の耳が、譜面に指示された音と音感をちゃんと捉えているかが、試される。


 ちなみに課題曲の『風紋』を数回聴き、ティンパニーがどうしても必要な個所は2箇所だと、俺は思っていた。

 前半のスローテンポから中盤にアップテンポに変わる部分と、曲のフィナーレに繋がる部分だ。

 他にもティンパニーが出てくる箇所はあるが、その2箇所は他の楽器では代用できない、ティンパニーオリジナルなので、絶対に欠かしてはならない。


(とりあえずその2箇所は叩けるように、ペダルで調整しなくちゃ)


 緊張しながら硬めのマレットでペダルを踏みながら、音を合わせていく。自分の耳が命だ。半音でもズレて叩こうもんなら、全体の雰囲気を滅茶苦茶にしてしまう。


 深呼吸なのかため息なのか分からないまま、一通り音を調節して一息入れていると、若本が話し掛けてきた。


「先輩、ティンパニーへ移られて、慣れましたか?」


「慣れるけないってば~。今も『風紋』を通そうって言われて、音階合わせるだけで1日分働いたような疲れが出とるよ。そういう若本は、バリサクの勘は戻った?」


「はい、お陰様で!テナーに慣れつつあった指の感覚とか音色とか、これだこれだ!って感じで日々取り戻していますよ」


「そっか。なら良かったよ。俺が1年少々吹いてたから、楽器に変なクセが付いてなきゃいいなと思ってたけど、大丈夫?」


「全然そんなの感じませんでしたよ?先輩が大切に手入れされてたんだろうなと思うので、ちゃんとアタシもケアをして吹かせていただきます。しかしいくら7月半ばだといって、上井先輩、凄い汗ですね」


「ああ、俺って汗かきの寒がりじゃけぇね、夏はタオル持って来なきゃ、だね」


 なんとそこで若本がスカートのポケットから、ミニタオルを取り出して、俺の顔の汗を拭いてくれた。


「ちょっ、わ、若本さん?」


「あまりに汗かいてると、ティンパニーの上に落ちますよ?譜面に落ちたりしたら、その部分が見えにくくなったり、演奏の時、叩こうと思ったら汗で滑ったりして大変です」


「そのミニタオル、大切なんじゃない?洗濯して返すよ」


「いや、いいんです。先輩の汗ぐらい。実は元々アタシも結構汗かきなんで、ミニタオルとハンカチの2つをいつもポケットに入れてるんです。だから、何も気になさらないでいいですよ!」


「いや、でも…」


「先輩は、合奏の準備して下さいね」


 と言って若本はバリサクを抱え、俺が元々いた定位置へと座った。


(何気なくこんなこと、出来ないよな…)


 俺は若本に拭いてもらった汗が、再び照れて噴き出してしまっていた。同時に、俺の中に半永久的に眠らせていた筈の恋愛アンテナが勝手に作動し始めていた。


(いやいや、そんなこと思っちゃダメだって)


 俺は若本がもしかして俺のことを好きなのかも?と思ってしまうことを、無理矢理脳内から消し去ろうとしていた。


<次回へ続く>

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