第20話 -ティンパニー初挑戦-
俺の本籍地、吹奏楽部での打楽器の乱が何とか収まりつつあったのは良かったが、俺には生徒会役員として1学期末のクラスマッチの準備・運営も仕事として控えていた。
同じクラスの田川や、同期の山中のお陰で、上井は吹奏楽部でトラブル処理に忙しいというイメージが生徒会役員の中に広がっているのが幸いして、事前準備にはさほど時間を取られることはなかった。
その分、山中は、打楽器に少しでも慣れてくれと言ってくれ、生徒会の打ち合わせ、準備状況を毎日部活後に教えてくれるような感じになっていた。
ただ全然顔を出さないわけにもいかないと思い、土曜日の部活前に生徒会室へ顔を出した。
丁度バレーボール担当チームが集まって、模造紙の準備をしていた。
「お疲れ様です、上井です」
「あっ、上井君!どしたん、吹奏楽部の方は大丈夫なん?」
最初に声を掛けてくれたのは近藤妙子…1組という遠隔地に離れてしまった、俺の相方だ。
「近藤さん、仕事押し付けてしまう形になってごめんね」
「ううん、吹奏楽部が存続の危機って聞いとったけぇ、万一上井君が全然準備に来れなくても大丈夫なように、静間先輩や角田先輩と毎日チョコチョコと準備は進めよるけぇ、気にせんでもええよ」
「助かる~、じゃあまた」
「って、上井君!せっかく来たなら、現状を教えてあげるけぇ、少しはおりんさいや」
「分かってるよ。あまりこの冗談はよくないね」
俺は頭を掻きながら、バレーボールの準備状況を確認した。
「上井君も大変じゃね。期末テスト期間中に1年のクーデターがあったとか?」
静間先輩がそう声を掛けてくれた。噂というのは他人に伝わっていくにつれ、どんどん肥大化していくものだと、改めて思った。クーデターとか、存続の危機とか、そこまでの言い方はしてないはずだが…。
「何せね、1年生が11クラスあるお陰で、他の競技もだけど、トーナメントや時間配分に苦労してるのよ」
「ですよね。8クラスならすぐトーナメント表だけは作れますよね」
「でしょ?11クラスっていう、3クラス増えた分をどう公平に扱うか…って、どうやっても無理なんよね」
そう言ったのは角田先輩だった。
「とりあえず今は、こんな感じで、増えた3クラスを散らばらしてトーナメント表を作ってるの」
静間先輩はそう言い、何回も消しては書き直したであろうノートを見せてくれた。
「ホントに2年と3年はすぐ組めますけど、1年は大変ですね…」
「でしょ?クラスマッチの日数が1日増えたのも分かるわ」
「そっか。去年はあんまり意識して無かったですけど、今回は4日間もありますもんね」
「そうなの。順位決定戦なんて、上位4位までにして、5位以下は止めちゃえばいいのにね」
「おっと、静間先輩もたまに毒を吐かれるんですね」
「吐きたくなるよー。だって11位決定戦なんて、やる方も嫌だと思うよ?」
「た、確かに…。これ、生徒会権限で、試合数減らせないもんですかね?」
「本当にね。でもこればかりはアタシらの一存じゃ変えられないんだ」
「そうなんですか?聖域ってことですかね?」
「そうだろうね…」
静間先輩は溜息を吐いたが、ちょっと本音を漏らしたのかな?と思った。
「あ、静間先輩、クラスマッチでは校内の見回りとかはするんですか?」
「あ、それはやらないよ。試合に勝つか負けるかで動ける時間がバラバラだからね」
「じゃあ、風紀委員としての仕事はないんですね」
「うん。この組み合わせ考えるだけで精一杯。風紀委員の仕事まで加わったら、倒れちゃうよ〜」
「良かった〜。でも先輩、俺がやる仕事も、少しは残しておいて下さいね」
「そんなのいいよ、上井君。吹奏楽部のゴタゴタが残ってるんでしょ?本番で動いてもらうつもりだから、事前準備はそんなに気にしないでいいからね」
「えっ、そんなの、良いんですか?」
「アタシはもう帰宅部だから、時間はあるから」
「本当に良いんですか?」
「うん、気にしないで」
ここで近藤が、会話に参加してきた。
「上井君、いいなぁ。でも逆にアタシも部活を、生徒会の仕事があるからって言って休んでる…ってか、サボってるし」
「近藤さんでも部活をサボりたくなるん?」
「当たり前じゃん!猛暑の体育館で途中で水飲んじゃダメとか、やってられないよぉ」
「でも大会とかあるんじゃない?」
「県大会はあるけど、もう終わったよ」
「そうなん?じゃ今はバレー部ってどんな状態なの?」
「県大会で負けて、インターハイに行けなくなって、3年生が引退した状態だよ。秋からの新人戦に向けて、この前新しい幹部を決めたんだけど、知りたい?」
「知りたい?って言われたら、知りたいって答えちゃうよ」
「ブラスの男子とウチらは仲間だもんね。情報交換ってことで…。主将は笹木に決まったよ」
「やっぱり!」
「上井君、やりやすいでしょ?」
「そりゃ、顔見知りじゃけぇね。もし夏休みの合宿が去年と同じく女子バレー部と被ったら、色々調整しやすいし」
「上井君も部長だもんね。メグと久々に話とかしたら、共通する悩みとかありそうね」
「そうかもしれんね」
「また合宿の日とか決まったら、教えてね」
「そうだね、お互いに…」
「とにかく上井君、元気だしてね。ちょっと疲れ気味に見えるから」
「そう?まあここ最近、悩みが多すぎたからね。これからは頑張るよ。ありがとう!」
そう言って俺は音楽室へ行かせてもらい、打楽器の練習を始めた。
「上井先輩、忙しそうですね」
宮田が声を掛けてくれた。
「生徒会でクラスマッチの準備が始まったからね。でもなるべく部活優先にしてもらえてるから、早く慣れるように頑張るよ」
「先輩が練習に来て下さると、なんか雰囲気が明るくなるので、嬉しいですよ」
「明るくなる?俺の額で明るくなる訳じゃないよね?」
俺はワザと前髪を後ろに持っていって額を見せた。
「アハッ、別に先輩、ハゲてないじゃないですか!先輩と一緒だと、こんな楽しい会話が出来るんですね」
「そうだよ、上井君って真面目な顔して突然オヤジギャグ言ったりするから、気が抜けないよ〜」
広田がドラムセットを準備しながらそう言った。
「広田さんの前でオヤジギャグ言ったことあったっけ?」
「直接はないけど、去年の合宿の時とか、バスで移動してる時に聞こえてきたりとか」
「そんなに言ってたかなぁ…。覚えがないよ」
「自分で覚えてないくらい、しょっちゅう言ってるんだよ。だから上井君からオヤジギャグを取ったら、単なるオヤジになっちゃうから」
「オヤジって…。なんか、どのパートに行っても弄られキャラなんだな〜、俺って」
と俺は苦笑いするしかなかった。
「まあまあ。先輩、基礎打ちばかりもナンですから、そろそろティンパニー叩いてみますか?」
「え、いいのかな…」
「やっぱり早く慣れないといけないですし。コンクールまで1ヶ月ちょっとしかないですしね。多分楽譜も、サックスとは違う読み方しなきゃいけないと思うんです」
「確かにそうだよね。まだティンパニーの楽譜は見てないから、どんなものか分からないし。何で4つもあるのかの意味も把握しなくちゃいけないし」
「でも実はアタシもティンパニーを叩いたことがないんですよね…」
「宮田さんも何だかんだあったけど、初心者で打楽器に入ったから、やってない楽器もあって当然だよね」
「じゃ、アタシが上井君にティンパニーを教えようか?」
広田が、そう言ってくれた。
「ホンマに?」
「うん。田中先輩や宮森先輩も今日は休みだし、3年で忙しいじゃろうし、アタシもティンパニーは中学で経験しとるからさ」
「広田先輩、ありがとうございます!」
「ごめんね、広田さんも自分の割り当ての練習しなきゃいけないのに」
「何とかなるよ。って言うか、何とかしなくちゃね、部長!」
「広田さん、感謝だよ〜」
ということで、しばらくは広田さんからティンパニーを習うことになった。
「最初は4つあるティンパニーの音を確認したらいいかな。叩いてみるけぇ、聞いとってね」
広田は4つのティンパニーを叩いてペダルを踏み、それぞれの音域を教えてくれた。
「なるほどね」
「それで、ティンパニーを叩くのはマレットって言うの。ウチにはどれだけあるかはまだアタシも知らないけど、スティックの先端のモコモコの大きさで使い分けるんだよ」
「へぇ〜」
「で、一曲の中でティンパニーが登場する場面で、使う音階が4つだけなら、最初にペダルで音を調整しておけばいいけど、5つ以上の音階が出るようなら、曲の途中で静かにペダルを踏んで、音を上げ下げする必要があるんだ」
「曲の途中で?ひゃー、難しそうだね」
「でもコンクールの譜面を見たら、やらざるを得ない感じだよ。はい、ティンパニーの譜面」
広田はティンパニーの譜面をくれた。
「わー、サックスとは全然違う…」
「慣れれば大丈夫だよ。ただ、耳を鍛えなきゃね。ティンパニーの場面で音が違ってたら、台無しだしね」
「だよね。いちいちチューナー使うわけいかないしね」
「そうなんよ。目立つしね。とりあえず、体で覚える方がいいよ。小さいティンパニーほど高い音で、大きいティンパニーほど低い音。で、とにかく自分でそれぞれの音域を確認してから、譜面との格闘を始めた方がいいよ」
「うん、とにかく習うより慣れろ、って感じだね。やってみるよ」
俺はとりあえず細いマレットで、4つのティンパニーを叩いて、ペダルを踏んで音を変えたりして、感覚を掴みに掛かった。
「ほぉー、ペダルで音が上下するって、今まで味わったことがないから、不思議な感覚になるね」
「でしょ?」
「マレットって数種類あるのを見付けたけど、譜面にはどんなマレットを使え、とかは書いてないんじゃね」
「そうね。その辺りは、演奏する側が曲の雰囲気で変えたりするしかないかな…」
「マジで?そんなテク、コンクールまでに掴めるかな…」
「まあ大体ノーマルなマレットなら大丈夫じゃけど、ティンパニーの音を単独で響かせたい時は、硬めのマレットにするとか…。上井君も先生にダビングしてもらったんでしょ?カセット聴きながら、譜面を目で追ってみたらいいと思うよ」
「あっ、そうだ!俺、先生にまだダビングしてもらってないんよ」
「え?何してんのー」
「いや、打楽器から1年生がおらんようになったのにどう対応しようか…って動いてたら、忘れとった」
「あ、そっか…。上井君は大変だったもんね」
「ちょっとだけね。広田さんはカセットテープ、もう聴いた?」
「うん、昨日聴いたけど」
「どう感じた?」
「課題曲の『風紋』って、聴くだけなら素敵ないい曲だなって思ったよ。やるのは大変かな。あ、『風紋』は結構ティンパニーが目立つけぇ、上井君、頑張ってね」
「わぁ、早くもプレッシャーが…」
「自由曲はね、難しい!とにかく難しいよ。なんだっけ、後半の方に変拍子があるんじゃけど、一小節で7拍かな、それと6拍が混ざってて、しかも打楽器だけのソロがあるのよ」
「打楽器だけのソロ?うわぁ…。今からでも曲変えませんか?って先生に直訴しようかな…」
「だって、廿日高校からの挑戦なんでしょ?って言うか、ウチらを上から目線で見てるんだよね?上井君、ここは廿日高校に一泡吹かせなきゃ」
「そ、そうだった…。頑張らなきゃね」
「そうだよ、頑張ろうよ、ね」
せっかく部員のみんなが、廿日高校から売られた喧嘩を買う決意をしてくれたのだ。部長の俺が弱腰になってどうするんだ…。
ティンパニー初日は、曲練までは辿り着けなかったが、4つあるティンパニーのそれぞれの音階を覚えるまでは辿り着いた。
(次は譜面との格闘か…)
生徒会には悪いが、8月末のコンクールに7月中旬からティンパニーを始めたような人間が挑むのは、かなり難易度が高い。クラスマッチの準備は殆ど関われないだろうな…。もう一度顔を出して、静間先輩に改めて事前準備には出れそうもない旨、お願いしなくては。
<次回へ続く>
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