第19話 -打楽器新メンバー-
結局部活再開の日は、生徒会室へ行く余裕が無かった。
基礎打ちを習いつつ、打楽器の種類を教えてもらったりしていたら、あっという間に時間が過ぎた感じだった。
途中で山中が遅れて音楽室へ入って来た時、俺が打楽器の練習をしているのを見て、驚いて声を掛けてきた。山中は先に生徒会役員の会議に出てから、部活に来たようだ。
「上井、何で打楽器におるん?何が起きたんや?」
俺は打楽器の1年生が一気にいなくなり、人手不足を補う為にバリサクを若本に託し、打楽器へ移籍した、と要点を答えた。
「そうだったんか。またお前1人に背負わせてしもうたな…」
「しょうがないよ。丁度期末テスト期間中に重なっちゃったし。俺が動かなきゃ、笛吹けど踊らず、になっちゃうから」
「生徒会の会議で、近藤さんが心配しとったよ。田川さんが吹奏楽部の事情で上井が欠席だって言ったら、吹奏楽部で何が起きたの?って。俺も分からんから、急用じゃないかな、と言っておいたけど」
「そうなんやね。近藤さんは1組になってしもうたけぇ、なかなか廊下ですれ違ったりってこともなくなったから、随分話してない気がする…。文化祭でもすれ違いばかりだったし」
「まあクラスマッチでは上井は近藤さんと組むけぇ、嫌でも話せるよ」
「あ、去年の暮れの組み合わせがそのまま活きるんだっけ?」
「そうそう。じゃけぇ、上井は近藤さんがパートナーで、担当競技はバレーボールになったよ」
「そうなんじゃ。そこまで今日は決めたんじゃね」
「ああ。それと、上井と組む3年生は、静間先輩と角田先輩」
「担当競技から何から、全部去年の暮れと同じやな、俺は」
「ああ、あんまり去年の暮れから変えないようにして組み合わせてくれとったよ」
「そっか、ありがとう。でも一度顔を出して、今度のクラスマッチはちょっと部活が忙しいけぇ、迷惑掛けます…って、言っといた方がいいよな」
「かもな。お前、ゼロから打楽器を始めることになるんじゃろ?」
「まあね。今まで運んだことはあっても、叩いたことはないけぇ、恐る恐る始めたところだよ」
「それじゃああまりクラスマッチに時間は割けないじゃろ。俺からも会長や静間先輩、近藤さんに言っとくけど、お前も一度は直接言っといたほうがええかもな」
「そうするよ」
「…俺らがお前に部長をやれって言わなかったら、お前もこんな苦労せんでも済んだかもな…。ちょっと責任を感じるよ」
「いや、最後は俺が決断して立候補したんじゃけぇ、山中は気にする必要はないよ。それより、クラスマッチを無事に終わらせて、コンクールは絶対にゴールド目指そうぜ!」
「上井、なんだか色々あるのに、前向きだな。俺も頑張るよ」
「おぉ、頑張ろうぜ」
山中はそのまま楽器収納庫へトロンボーンを取りに行った。それを見て、宮田が言った。
「なんか…。青春ですね、熱血ですね、先輩たち」
「ちょっと恥ずかしかったけどね」
「アタシは中学時代、バスケ部だったんで、熱血は熱血だったんですけど、なんかこう…アタシが求めてるものとは違うというか…。とにかくコーチから怒られないように怯えてる熱血でした」
「そ、それは熱血って言うんかな…」
「そうですよね。コーチ1人が熱かったのかもしれません」
「女子でも殴られたりとか、あったん?」
「ありましたよー。頭や顔は女だからか無かったけど、よくお尻を竹刀で叩かれました」
「うわっ、聞いただけで眩暈がする…」
「男子は顔ありでしたね。試合でミスしたら張り手されてましたよ」
「いや~、やっぱり体育系の部活はダメだ、俺は。宮田さん、よく耐えたね」
「逃げたくなかったので…。だから引退した時はホッとしました。これでケツバットされなくて済むんだ、って思いましたよ」
「それだけ厳しいなら、大会とかでも上位に入っとったん?」
「まあまあ…ですかね。でも優勝したのは1回だけだったかな…。あまり覚えてないんです」
「楽しかったより、辛かった思いの方が強いんだね」
「そうですね。だから高校ではスポーツ系の部活は止めておこうと思って、吹奏楽部を選んだんですけど、今のところアタシの選択は間違ってなかった、って思ってます」
「本当に?2年の松下さんがおらんようになって、1年生もクーデター的におらんようになってしもうて、パートリーダーをお願いせざるを得なくなったけど…」
「でも、田中先輩も宮森先輩も優しいですし、上井先輩も移籍して下さいましたし、アタシの周りにはいい人しかいませんから。かえって、ゴチャゴチャとやる気のない1年生がいなくなって良かったと思ってますよ」
「そうなんや。辞めてった5人って、宮田さんから見て、やる気がなかった?」
「もう、全然無かったです。そのくせ裏で文句ばっかり言ってて、そんな文句を言えるほどアンタら普段頑張ってんの?って思ってました」
「そっか、文句言ってたんだ…」
俺は苦笑いするしかなかった。
「だから一度だけ、辞めてった人に言ったことがあるんです。そんなにブーブー言うなら、直接上井部長か福崎先生に言えばいいじゃん、って。そしたら、いや、そこまでは…とか言って黙り込むんですよ。だから、人が減るっていう点では残念ですけど、むしろ面倒な1年が消えて良かった、とも思ってます」
「宮田さん、よく残ってくれたね。そこまで強い意志で頑張ってくれるからには、俺も全力で打楽器に取り組むから。よろしくね」
「いえ、アタシも上井先輩が来てくれて、サックスの方には悪いですけど、嬉しかったですよ!先輩って独特のユーモアがあるじゃないですか。でもなかなか打楽器だと喋る機会もないし。だけどこれからは上井先輩と毎日練習してお話し出来ると思ったら、ワクワクします!」
「そこまで大した男じゃないよ~。生徒総会で1人ギャグやって恥かいた男じゃけぇね」
「そうだ!アレって、ワザと狙ってやられたんですか?」
「違う、違う!狙うわけないって!アレは俺が立ち上がる時、足の裏で、椅子を蹴ったような感じになって、椅子が後ろへ行き過ぎたんよ。でも俺は緊張してるから、椅子は定位置にあると思ってて、そのまま座ろうとしたら椅子が無かっただけでね」
「本当ですかぁ?上井先輩のことだから、狙ってやったんじゃないか?って、クラスでも話題になってましたよ」
「もうあんな人生の汚点、みんなの記憶から抹消してほしいんじゃけど」
「アハハッ!汚点ですか?でもザワザワしてて落ち着かなかったのが、先輩の体を張ったギャグで盛り上がったからよかったじゃないですか」
「だから狙ってやったわけじゃないんだってば…」
宮田とはこれまで殆ど話したことがなかっただけに、話してみたら結構テンポよく会話が弾むのは助かった。
そんな感じで基礎打ちだけで終わった部活再開初日だが、部活を締めるミーティングも行い、改めて打楽器への協力を呼び掛けた。
(1人でもいいから、移ってもいいっていう部員、出てこないかな…)
ミーティング後、いつものように部員が帰るのを見ながら色々考えていたら、大村が声を掛けてくれた。その横には広田もいて、珍しい組み合わせだな…と思ったが、よく考えたらホルンの2トップだった。
「上井、期末期間中に大変な目に遭ったんじゃな」
「まあね」
「全然知らんかったけぇ、何も力になれんで悪かったね」
「まあ、時期的にもね。期末テスト期間にもろ被りじゃったけぇ、仕方ないよ。春先と同じで去る者は追わずじゃけど、去られたパートが痛かった」
「打楽器が根こそぎだろ?」
「そうなんよね。だからまず俺が部長の責任として、打楽器に移籍して、初心者マークを全身に付けて、宮田さんに基礎から習っとるって訳で…」
そこで広田が言った。
「ねぇ上井君、アタシ、中学の時、打楽器じゃったんよ。それでね、ホルンの中で話し合って、今4人ホルンがおるんじゃけど、3人でも何とかコンクールの曲はこなせるけぇ、アタシも打楽器に移籍するよ」
「えっ?マジで?」
大村がそこで言った。
「俺も一応副部長じゃけぇ、少しはこの緊急事態に役立ちたいと思ってさ。確か広田さんが中学の時は打楽器だった…って言ってたな、と思い出して、ホルンの中で話し合ったんよ」
続けて広田が言った。
「アタシもたまには上井君の役に立ちたいし」
「本当にありがとう…」
まだ宮田は帰ってなかったので、宮田を呼んだ。
「宮田さーん!」
「え?はい、どうしました?」
「実はホルンから、広田さんが打楽器へ移籍してくれることになったんよ!」
「えーっ、本当ですか?嬉しいです!」
「広田さんは俺と違って、中学の時に打楽器やっとったけぇ、俺より100倍の戦力になるよね!」
「100倍って、上井君は大袈裟なんじゃけぇ…」
広田が照れたように言ってくれた。
「でもこれで、コンクールは何とか挑めるよね。先輩らが抜けた後の体育祭も、3人おれば大丈夫と思うし」
「そうですね。やっぱり広田先輩、神様です!」
「そんなに褒めても何も出ないよ~」
広田は照れながら答えた。
「大村もありがとう!ホルンの戦力がダウンしてしまうけど…」
「ホルンが4人から3人になることより、打楽器がコンクール以降2人って方が大きいよ。もし音量が足らないとかなら、ホルンもテナーの前田先輩みたいに、3年の引退した先輩に声掛けてもいいしさ」
「いや、マジで大村の英断に感謝だよ!これで打楽器が蘇るよ。今、宮田さんが付きっきりで俺に色々教えてくれてるけど、広田さんが来てくれたら広田さんにも打楽器について聞けるしさ」
「ま、まあね。中学で3年間やっとったけぇ、ある程度は何でも出来るから」
災い転じて福となす…の諺が、改めて身に染みた一件となった、今回の打楽器1年生クーデターだった。
(もう部活内でトラブルとか起きないようにしたいな…)
俺はそう祈るばかりだった。
<次回へ続く>
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