第18話 -コンクールに向けて-
期末テストも何とか終わり、部活再開の日を迎えた。
同時に1学期末に向けて、高校内が再び動き出す。
この日はクラスマッチに向けて、生徒会役員の会議が予定されていたが、田川に欠席させてもらうよう伝えてくれと頼んだ。
「分かったよー。吹奏楽部の関係で早くどうにかしたい案件でしょ?」
「うん、そうなんじゃけど…。よく分かったね?」
「先週、上井君が悩みながらアチコチ走り回ってたじゃない。ほら先週、体育の後にアタシが話し掛けた時も、元気がなくて悩んでたじゃん。その時に吹奏楽部のこと…って言ってたし」
「あぁ、そんなこともあったよね。その時はありがとうね」
「悩みは解決出来たのかな?それとも解決のために、生徒会より部活に先に行くのかな?」
「両方…かな?」
「そうなんだ。じゃ、今日全てが解決すればいいね」
「うん。ありがとう、田川さん。もし行けるようなら、生徒会室にも行くようにするから…」
「分かったけど、無理しないでね」
「了解!」
同じクラスに生徒会役員がいて助かった…。あとそれが話しやすい田川というのも大きい。
俺はそのまま音楽室へ向かい、音楽準備室のドアをノックし、福崎先生を尋ねた。
「先生、お疲れ様です。朝練とか昼練に来れずにすいませんでした」
「おお、上井。お前も期末テスト中に色々と動かすことになってしまって、悪かったな」
「いえ先生、責任があるのは俺ですから。俺が動くのは当たり前です。とりあえず前田先輩には話をしまして、復帰してコンクールに出て頂けることになりました」
「おぉ、そうか!前田が出てくれたら、男子が喜ぶんじゃないか?」
「はい、多分伊東が一番喜ぶと思いますよ」
「そうだな。アイツが一番前田先輩!って言って付き纏ってたからな、ハハッ」
「あと、肝心の宮田さんには今から伝えたいと思うんですが、今日の部活を、ミーティングから始めて良いですか?最初に打楽器に関する説明をしたいと思うので…」
「ああ、それはいいかもな。その辺りは、上井に任せるから、もし困った事があったら呼んでくれや」
「はい、すいません。よろしくお願いします…。あっ、またカセットテープを忘れた!」
「そうか。お前がカセットテープ案を言い出したのになぁ。じゃ最初のミーティングで、テスト期間中に殆どの部員になるかな?カセットテープを持ってきたから、ついでにダビングし終わったカセットテープをミーティングで返してやってくれないか?」
「はい、分かりました!」
俺は先生へそう言って、ダビング済みのカセットが入った箱を預かってから音楽室へ入り、早くから来て机と椅子を両サイドへ動かしていた部員に、最初にミーティングやるから動かさないで〜と声を掛け、ホワイトボードにも
『部活の最初にミーティングします!重大発表します』
と大きく書いて、出入り口付近に置いておいた。
「先輩、最初にミーティングって、何かあるんですか?」
と、クラリネットの1年生女子、神田が聞いてきた。
「うん、最初に説明しておきたいことがあるんよ」
その後も次々と部員がやって来たが、ホワイトボードを見て、え?なんじゃろう?と言いながら、各自席に座っていた。
部員が8割ほど揃った時点で、俺は前に立ち、話し始めた。
「皆さん、お疲れ様です。期末、上手くいきましたか?1年のみんなは高校で初めての期末ということで、中間よりもなんとなく校内の緊張度合いが違うな~とか思ったんじゃないかと思いますが、これから吹奏楽部は、コンクールへ向けてギアを上げていきたいと思います。その前に野球部の応援というのもありますが…。野球部には失礼ですが、応援に行くのは多分一度だけで済むんじゃないかと思います。あっ、今の話は野球部の知り合いには言わないでね!」
笑いが起き、音楽室内の雰囲気が軽くなった。
「えーっと、本題に入りますが、何故部活開始と同時にミーティングをすることになったかと言いますと…」
部員の視線がすべて俺に注がれているようで、俄かに緊張してしまったが、話し続けた。
「実は期末テスト週間で部活禁止になる前の最後の部活、コンクールの課題曲と自由曲を決めた日のことです。俺は最後に鍵を閉める役があるので、皆さんが帰るのを見ながら、自由曲が難しそうだな~と妄想してました。その時に、打楽器の1年の宮田さんから、あまりほしくないものを貰ってしまいました」
え?という目で宮田さんがキョトンとしていた。
「それは、宮田さん以外の1年生5名の打楽器メンバーからの退部届です」
えーっ、とかマジかよ、といった声が上がった。
「1年生に限らず、部員が辞めてしまうのは、俺の気配り目配りが足りなかったということで、本当に皆さんにも迷惑掛けちゃいますし、申し訳ないと思っています。その結果、打楽器の現状は1年の宮田さん1人と、コンクールまで残って頂ける3年の田中先輩、宮森先輩の計3名となってしまいました。しかもコンクールが終われば、田中先輩も宮森先輩も引退されますので、コンクール以後は宮田さん1人になってしまいます」
俺はここで一呼吸置いた。何とも言えぬザワザワした空気が音楽室を包んでいる。
「そこで、期末テスト期間中も俺は色々と打開策を考えていまして、まず一つ、決めたことがあります。俺はバリトンサックスを担当していましたが、バリトンサックスから打楽器へ移籍します」
えっ!?という驚きが、今度は音楽室を包んだ。宮田を見たら、驚いた顔で固まっていた。事前に言っておけばよかったかもな…。
「サックスの皆さんに説明したかったんですが、期末テスト期間中ということもあり、期末の結果に影響を与えてもいけませんので、今日まで明らかにはしていませんでしたが、1年生の若本さんが朝練や昼練でバリトンサックスを吹いているのを見かけたことがある方は、何かあったんだな?と勘づいていたかもしれませんね」
ここで末田と伊東が、マジかよ、とかホンマに?と言っているのが聞こえた。若本もちょっと照れたような顔になっていた。
「そこで私が抜けるサックスに、コンクールまで復帰してくださいと、直談判した先輩がおられます。前田先輩です。まだ今日は来ておられませんが、事情を説明したら快く復帰を決めて下さいました」
再び伊東がマジかよ!と、今度は嬉しそうに大きな声を上げて、周囲に笑われていた。
「はい、マジです。ですので今のところ、コンクールに出て頂ける3年の先輩は、オーボエの森先輩、ユーフォの八田先輩、打楽器の田中先輩、宮森先輩、そしてテナーサックスで前田先輩という感じですね。先輩方、よろしくお願いします」
俺は、特に宮田さんの横に座っている田中、宮森の2人の先輩に向けて頭を下げるようにした。
「えーっと、期末テスト期間中に起きていた吹奏楽部の危機を、多少は脱出出来たかと思うんですが、俺が打楽器に移籍したところで、打楽器は4人です。そこでこんなお願いはおかしいんですが、コンクールのあの曲は4人ではちょっと無理…なんですね、正直言って。私が足手まといになる可能性もありますし。なので、これまでに中学時代とか、打楽器を少しはやったことがあるという方がいらっしゃったら、是非ご協力をお願いしたいのです。今すぐにとは言いませんので、多少余裕のあるパートの方、パートリーダーの許可が取れたら、是非打楽器へ、兼務でも構いませんので協力をお願いします」
そう言ったら、音楽室内が再び騒めいた。
要は人数が余ってるパートがあれば打楽器へ来てくれと、暴論に近いお願いをしているわけだから当たり前だろう。俺自身、そういってお願いはしたものの、1人来てくれればいい方だと思っていた。
「それともう一つあります!来週末にクラスマッチがありますが、その関係で私はまた部活に遅刻したり出れない時があるかもしれません。そんな時は副部長の指示に従って下さい。陰口だけは勘弁してね。では、部活再開にあたってのミーティングは終わりにしますので、各自練習に移って下さい。あっ、期末期間中にコンクールの曲のダビングをお願いされた皆さん、先生がダビングしてくれたカセットテープがこの箱に入ってますので、名前を確認して持って帰って下さいね」
俺は箱を教卓に置いた。そして宮田さんや田中先輩、宮森先輩が固まって座っていた辺りへと足を運んだ。
「宮田さん、そういうわけで、サックスから移籍することになった上井と申します。何分何事も初めてなので、お手柔らかにお願いします」
「えーっ、上井先輩、打楽器に本当に来てくれるんですか?やったー!」
宮田は心の底から喜んでくれた。
「今、田中先輩と宮森先輩が来てくれとるけど、コンクール後に引退されたら、宮田さん1人になっちゃうじゃろ?だから微力ながらコンクールから打楽器の一員にならせてもらって、打楽器の窮地を脱出しようという計画でね」
「そうなんですね。嬉しいです♬アタシ1人じゃどうにもならんし…って、ちょっと悩んでたんです。かといってアタシまで辞めたら、吹奏楽部終わっちゃいますよね?」
「いや、ホンマにそうなんよ。宮田さんが最後の砦なんよ。今までバリサクしかやってないような奴が1ヶ月程度でコンクールに挑むのは無理があるとは思うけど、色々教えてね」
「はい!楽しくやりましょう、先輩!」
田中先輩も声を掛けてくれた。
「上井君、大変なことになっとったんじゃね。まあアタシとミヤは元々コンクールまで出るつもりじゃったけぇ、そんなに気にせんでもええけど、逃げた1年生分を埋めるには、せめてコンクールに最低後1人はほしいな…」
「ですよね。コンクールで先輩方が引退されたら、俺と宮田さんだけになっちゃいますしね…」
「まあ上井君が呼び掛けたけぇ、誰か1人でも移籍してくれれば…。誰も来んかったら、その時は3年の引退組にアタシから連絡してみるけぇね。しばらくは待ってみようか」
「そうしましょう。万一の際は、よろしくお願いします」
そこまで話をした後は、サックスパートへと足を運んだ。
「末田さん、伊東、出河君、突然の話になっちゃってごめんね」
「ホンマよ~。上井君はアタシと同じクラスなのに、全然教えてくれんし。何か深刻な表情してるな…とは思っとったけど」
「ホンマにごめん。でも何とか前田先輩には直談判して復帰を承諾してもらえたけぇ、許して」
「前田先輩に直談判するなら、上井じゃなくて俺が行きたかったんに」
と伊東が言ったら、出河が横から
「伊東先輩が行ったら、断られますね…」
と小声で呟いていたのがおかしかった。
「あ、早速!前田先輩、お待ちしてました!」
伊東がそう言うので振り向くと、前田先輩が来てくれたところだった。
「伊東君、変わらんね~。吹奏楽部の危機と上井君から聞いたけぇ、喜んでコンクールに出させてもらうわ。アタシはテナーでいいの?」
「そうですね、若本が吹く予定だったテナーのセカンドがあるんですけど、前田先輩にセカンド吹かすのは失礼なので、ファースト吹いて下さい」
伊東が珍しく真面目に説明していた。
「そんなのいいよ。伊東君がファースト吹きんさいよ。アタシはセカンドでいいよ。ブランクもあるけぇ。上井君から今年のコンクールの曲は去年より難しいって聞いとるし」
「まあその辺りは、これから決めて下さい。とにかく前田先輩、ありがとうございます」
「いえいえ。アタシ、上井君に待ち伏せされたんよ~。そこまでしてくれて断れる訳ないからね」
「じゃ、俺は基礎打ちから習わんにゃあいけませんので、打楽器に弟子入りしてきます」
「上井先輩、アタシは上井先輩の気持ちも背負って、バリサク頑張りますからね。先輩も慣れない打楽器は大変だと思いますけど、頑張って下さい」
若本が涙を堪えながらそう言ってくれた。
「うん。若本も思い切り、バリサク吹きんさい。3ヶ月待たせたけど」
そう言い、再び俺は打楽器へ向かった。
「先輩、お帰りなさい!とりあえず、コンクールの割り振りの相談なんですけど…」
と宮田に言われた。
「だよね。まだ移籍したとかカッコつけとるけど、何が自分に出来るのか、分かってないし」
ここで田中先輩が、
「上井君は、課題曲も自由曲もティンパニーで固定して、空いてる小節があれば、小物をやってもらえたらいいかな?と思ってるんじゃけど…」
「ティンパニーですか!…とか言って、実はティンパニーが打楽器初心者だけどやりやすいのかなと思ってました」
「それなら話は早いね。鍵盤系はアタシとミヤがやって、ドラム系を宮田さんがやって…。でもキツイね。小物がバスドラムとか、銅鑼とかトライアングルも結構出てくるけぇ、やっぱりティンパニーの片手間では出来そうもないかな…」
「とりあえず今週一杯、あと1人待ってみましょう。それでもダメなら、先輩のツテを頼んで、ということで…」
「そうするしかないね」
ということになり、あと1人移籍してこないかなと願いながら、俺は基礎打ちから始めることにした。
(最悪の場合、コンクールは打楽器4人で出来る曲に変えてもらわなきゃいけないかもな…)
スティックの持ち方から田中先輩に教わり、基礎打ち用のスタンドで、手首のスナップで叩くんよ〜と言われつつ、まだ視界良好とはいかなかった。
<次回へ続く>
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