第17話 -打楽器再建へ-
期末テストのための部活禁止期間初日に、打楽器の1年生が5人抜けた穴を埋めるため、昼に弁当も食べず調整に走り回っていたら、流石に午後の授業では腹が減り、何度かグーッと腹の音が鳴ってしまった。
何とか周囲に聞かれないようにしていたが、耐え切れずに5時間目と6時間目の間の休憩時間にこっそりと弁当を食べた。
「上井、なんで今頃弁当食いよるんよ?」
「ナガさん、見逃して…」
1年から同じクラスの長尾が声を掛けてきた。
「早弁は聞いたことあるけど、遅弁はなかなかないぞ。そう言えば昼休み、どっか行ってたな。なんか大変な目にでもあっとるんか?」
「ちょっと部活でね。でもなんとかなる目途が、昼休みに付いたから…」
「そう言えば上井って、吹奏楽部の部長なんじゃってな。この前、何かの時に末田から聞いたよ。凄えじゃん」
「凄くないよ~。悩みだらけで今日もこんな羽目に陥っとるし。胃に穴が開いて、食べたものがそのまま出ていきそう…」
「まぁ、そんな冗談が言えるってことはまだ大丈夫そうじゃな。吹奏楽部のことはよく分からんけど、頑張れや」
「ありがとね」
と長尾と喋っていると、あっという間に6時間目のチャイムが鳴り、俺は弁当を1/3しか食べられなかった。それでも空腹は少しは解消されたので何よりだ。
6時間目は代数幾何で、先生が優しいので好きな科目だった。
だが、この日は早く終わってほしかった。
6時間目終了後に、春でテナーサックスから引退された前田先輩に、コンクールのために復帰のお願いに行きたかったからだ。
引退済みの先輩なので、6時間目が終わったら、とっとと帰宅してしまわれると思ったのもある。
(そうは言っても、前田先輩は3年の何組だ?)
ここに来て、前田先輩が何組なのかを知らなかったことに気が付いた。
(各クラスを回ってる暇もないし…。そうだ、下駄箱で待てば確実だ!)
俺は思わず「よしっ」と声が出てしまい、先生から「上井君、どうしました?」と聞かれてしまった。
「いえ、何でもないです、スイマセン」
クラスメイトから笑いが起きた。だが逆にホッとした。俺がクラスでも認められていると思ったからだ。
そんなハプニングもありつつ、やっと6時間目が終わり、俺は慌てて下駄箱へと走り、3年生の下駄箱が集まっている付近で前田先輩を捕まえようとした。
しばらく待っている内に、俺の事を可愛がってくれていた先輩方数名から、3年生の所でどうしたの?とか、頑張ってる?とか声を掛けられたが、俺に春先、陰口を叩いていた先輩は俺と目を合わせようともせずにとっとと帰って行った。
(あんなに大急ぎじゃなくても間に合ったかな…)
だが6時間目、前田先輩が何の授業なのかも分からないし、仕方ない。
最初のラッシュが一段落後、しばらくしたら次のラッシュが来た。
その中に、生徒会の静間先輩もいたので、当たり前だが声を掛けられた。
「上井君、どしたん?誰か待ってるの?もしかしてアタシ?」
「あ、静間先輩、お疲れ様です。実は別の先輩を待ってまして…」
「そうなんだ。残念!なんてね。吹奏楽部関係?」
「はい。前田さんという先輩を待ってます」
「あっ、ミッキーを待ってるの?」
「ミッキー?」
「そう。前田さんは下の名前が美紀だから、ミッキーって読んでるの。アタシと同じ7組よ。7組と8組は6時間目が体育だったから、ちょっと着替えで遅いかも」
「そうなんですか。静間先輩と一緒のクラスだなんて、7組には縁がありますね。俺も2年7組ですし」
「そうだね。もう少ししたら来ると思うよ。じゃアタシは行くね〜。クラスマッチ頑張ろうね」
「はい、お疲れ様でした!」
ちょっとお茶目な静間先輩を見送り、前田先輩を待つ。3年7組で一緒だなんて、縁があるもんだな…。
その内やっと前田先輩の姿が見えた。同じクラスのお友達だろうか、俺は知らない女子の先輩数人と一緒のようだ。
「すいません、前田先輩!」
「えっ?あっ、上井君、どしたんね?」
先輩と共に歩いていた女子の方から、告白?とかやるね〜ミッキーとか言われていたが、前田先輩がそんなんじゃないから、って否定していた。
もちろんそんなんじゃないけど、完全否定されるのもちょっと寂しいもんだな。
「実は先輩にお願いがありまして、期末テスト週間なのに、石川ひとみゴッコをしてました」
「何?石川ひとみゴッコって…。あ、なるほどね。アハハッ、上井君のちょっと捻ったユーモアは健在だね。それで、どんなお話かな?」
「経緯を詳しく話すと明日の朝になりそうなので止めときますが、先輩、お忙しいとは思うんですけど、コンクールにテナーサックスで出場して頂けないでしょうか?無理を承知でのお願いです」
「…何か起きたの?サックスから退部者が出たとか」
「いえ、サックスのメンバーは全員無事です」
「じゃあなんで?勿論、現部長がわざわざお願いに来てくれたんだから、出ないなんて言うつもりもないけど、何が起きたのか、教えてほしいな」
「じゃあ先輩に詳しく説明しますので、明日の朝まで2人でどこかで話しましょう、どこがいいですか?」
「真面目な顔して何言ってんのよ。変わらないね、上井君は」
前田先輩は、イタズラした子を軽く注意するような感じで言った。俺もふざけ過ぎたかな…。
「スイマセン、さっき詳しく話したら明日の朝まで掛かるとか大口叩いたもんで…。簡単に言いますと、俺、打楽器に移ることになって、1年のテナーの若本さんがバリサクに移ることになったんです。そしたらテナーが伊東1本だけになっちゃうので、ファーストとセカンドで分けれなくなっちゃうんです」
「上井君が打楽器に!?その方が驚きだわ。でもそういう事態になったということは、打楽器から大量に退部者が出たんだね?」
「恥ずかしながら、そうなんです。1年生が1人と、3年の田中先輩、宮森先輩だけになっちゃいました」
「うわ、それは危機だね…。ふじおかの春祭り観に行ったら、かなり打楽器がいたのに。それで上井君が打楽器に移ることになったの?」
「はい。一気に5人辞めたんですよ…。これは部長として大いに責任がありますので、率先して打楽器に移ることにしました」
「そっかー。上井君もそんな重たい決断したんなら、アタシも役に立たなきゃね。勘を取り戻さなきゃ。分かったよ、復帰させてもらうわ」
「ホントですか!?ありがとうございます!」
「今も朝練、昼練やってる音は聞こえるけど、期末テストが終わってからの復帰でいいかな?」
「そりゃ勿論、先輩の都合を優先させて下さい」
「コンクールの曲も決まったんだよね?」
「はい…。ちょっと去年より難易度が高い曲になってしまったんてすけど」
「先生のことだから、変わった曲とか選んできたんじゃないかな。ま、復帰したら一度デモテープ聴かせてね」
「はい、分かりました。本当に先輩、ありがとうございます!」
「アタシより、上井君が打楽器に慣れられるか、その方が心配だわ。頑張るんよ」
「頑張ります!」
「じゃ、友達待たせとるけぇ、アタシはこれで失礼するね。期末明けにまた音楽室で会おうね」
「はい、よろしくお願いします。失礼します」
前田先輩はお友達から、あの吹奏楽部の子、生徒会役員もやってる子だよね?確か総会でコケてた…とか言われているのが聞こえた。
(総会での恥はなかなか皆さんの頭から消えてくれないな…)
椅子に座ろうとしたら椅子が無かったという1人コントを生徒総会で演じたことが、今でも覚えられていることには、穴があったら入りたい気持ちになった。
だが前田先輩が復帰を快諾して下さったのは、助かった。
(後は…宮田さんに俺が移ることを伝えて、ミーティングで他の部員にも呼び掛けてみて…だな)
一応の目安が付いたので、何とか期末テスト前に事態を少しでも改善出来て一安心した。
だが肝心なのは、俺が打楽器を出来るのか?という根本部分だ。
期末テストの後はクラスマッチ、高校野球の応援も予定されている。
何とか頑張らねば…
<次回へ続く>
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