大揺れの吹奏楽部

第15話 -上井の決断-

 打楽器の1年生5名の退部届を預かったまま、俺は自宅に帰っても悩み続ける状態だった。


(俺のやり方が間違ってるのか…?明るく楽しくみんなが来やすい雰囲気作りなんて公約、全然守れてない…)


 悩んでも答えが出ないまま、翌日寝不足のまま登校し、朝練にはとても出る気になれず、2時間目と3時間目の間の休憩時間に、音楽準備室へと福崎先生を尋ねた。

 入り口には、先生手作りの「ダビング希望用カセットテープ入」の箱が置いてあり、早速3本ほどカセットテープが入っているのが見えた。


「失礼します」


 福崎先生は、こんなタイミングで俺がやって来るとは思っていなかったようで、ビックリした顔で出迎えてくれた。


「どしたんや上井、こんな時間に。何かあったのか?」


「はい、昨日のミーティングの後に、打楽器の宮田さんから預かったんですが…」


 俺はそう言いながら、5人分の退部届を先生に見せた。


「退部届?ちょっと見せてくれ」


 先生は俺が退部届を手渡すと、名前と学年を確認していた。


「まさか、5人とも打楽器の1年生達か?」


「はい。宮田さんを除いた1年生全員…ですね」


「…まさか、だなぁ…」


「はい…。私が今年度部長になって、1年生が最初は沢山入ってくれたものの、逆に新入部員が多すぎたのが災いしたのか、ゴールデンウィーク前に五月雨式に初心者の1年生が退部してしまい、今度は文化祭が終わったタイミングで又も1年生の、しかも打楽器がごっそりと複数退部ということになってしまいました。これは本当に私の不徳の致すところです。申し訳ありません」


「いやいや上井、お前は悪くない。あんまり責めるな、自分のことを。またお前自身が退部届なんか書かないようにしてくれよ」


「それは分ってます。逃げ出そうとは思いませんが、打楽器のピンチをどうしようかと昨日からずーっと悩んでます…」


「打楽器は、1年生は宮田だけ残ってる状態になるのか?」


「そうですね。3年の先輩がコンクールまで残ってくれるとのことですが、それでも計3名です」


「うーん…。上井は宮田から、なんで5人も一気に辞めたか、何か聞いてないか?」


 俺はクラリネットに移りたいのに移れなかったという女子がいたことだけは聞いているが…。


「もしかしたら、という仮定ですが、宮田さんが言うには、今回辞めた部員は本当に打楽器をやりたいってメンバーは殆どいなくて、全員他のパートを希望しながら溢れた1年ばっかりだったそうです。だからやる気も起きなくて、裏で結託して文化祭後に一斉に辞めたのかもしれないと言っていました」


「確かにな…。仕方なく打楽器に回ってもらった新入生ばかりだったな。春先に1年生が辞めた時、再配置とか考えなかったのが悪かったかもな…」


「でも先生、あのパートの1年が抜けたから、移りたい者はいないか?とか、その都度部員に聞いて回ることなんか出来ないですよ。仕方ないです」


 と、ここまで話したところで3時間目のチャイムが鳴ってしまった。


「あ、もう3時間目だ…。先生、昼休みにまたお邪魔してよいですか?」


「ああ、分かった。俺もちょっと考えてみるから」


「すいません。では失礼します…」


 3時間目は英語Ⅱの授業だった。慌ててクラスへと戻ったが、結局1時間目と2時間目同様、頭の中は打楽器をどうすればいいか…に占拠されてしまって、ロクに授業内容が入ってこなかった。


 4時間目は体育だったので、苦手な体育ではあるものの体を動かすことで気が紛れるかと思ったが、体育館でマット運動だったため、あまり気晴らしにならなかった。せっかく珍しい男女共同の体育だというのに、女子の夏の体操服姿、つまりはブルマ姿を見ても元気にならない。

 大下はそんな俺に、いつもなら誰々のブルマがどうこうと言ってくるのに、なんとなく俺に元気がないのを察知してか、声を掛けてこなかった。


 またそんな様子の俺を、同じクラスの生徒会役員女子、田川が気に掛けてくれ、授業後に体育館から戻る際に、声を掛けてくれた。


「上井君、どしたんね。元気がないよ」


「あ、田川さん。田川さんは元気だよね、いつも」


「まあアタシから元気を奪ったら、何も残らんけぇ。何か悩みでもあるんじゃろ。アタシで良ければ相談に乗るよ?」


「ありがとう。でも吹奏楽部のことじゃけぇ、なんとか自力で解決するよ」


「ホンマに?でも誰かに話すことで楽になるんだったら、いくらでも聞き役してあげるけぇ、声掛けてね」


「ありがとう、田川さん。じゃ、また…」


 田川は着替えの為に女子更衣室へと向かったので一旦別れたが、そこへ男子の三井が声を掛けてきた。


「上井ちゃーん、田川さんと話が出来るなんて羨ましいぞ」


「ん?ああ、生徒会で知り合ったけぇね。田川さんと話せることって、結構凄いことなん?」


「いや、元気で明るいじゃん。あんな女の子と話せたらいいなと思うけど、いつも女子の軍団におるけぇ、話なんか出来んし。ブルマ姿もさ、なんかすげぇ綺麗じゃもん。足も長いし」


「三井は田川さんが好きなんかい!ブルマ姿は別として、田川さんと気楽に話せるのは、面倒くさい生徒会役員やってる報酬かもね。ははは…」


 我ながら元気のない声で返事をした。


 クラスに戻り昼食の弁当を食べようかと思ったが、食欲も沸かない。


 早めに音楽準備室へ行って、先に福崎先生に話をしてみるとするか…。


 制服に着替え終わったら、俺は一つだけ浮かんだ打開策を打ち明けるべく、すぐそのまま音楽準備室へ向かった。

 入り口のダビング希望箱にはまた新しいカセットテープが入っていた。


「先生、失礼します」


「おぉ、上井。早かったな」


 先生はまだ弁当を食べている途中だった。その一方、準備室内のステレオを使い、吹奏楽コンクールの曲のダビングもして下さっていた。


「あ、俺、カセットテープ持ってくれば良かった…」


「ああ、明日でもまた持って来いよ。何本か名前を確認してたら、やっぱり2年生の方が多いな」


「そうですか。やっぱり…危機感ですかね?」


「危機感か?」


「はい。課題曲は是非やりたい!って曲でしたけど、自由曲は難しそうですから…。何度も聴かなきゃ変拍子のリズムは分らないと思ったんです」


「ああ、7/8だろ。あそこはブタブタコブタ、って数えりゃいいんだ」


「プッ、先生、それは…」


 思わず俺も噴き出したが、結構シビアな表情でブタとかなんとか先生が言うので、余計におかしかった。


「じゃあ俺も聴く時、ブタで数えてみます」


「おお、意外にリズムを刻みやすいぞ。やってみてくれ」


 俺は先生が弁当を食べ終わるのを待ってから、再び話し掛けた。


「先生、ところで打楽器の件ですが…。1年生が一気に謀反のようにいなくなるなんて想像も付きませんでした。かといって引き留めることも出来なくて、改めて申し訳ありません」


「それは仕方ない。上井、あんまり自分を責めるなよ。辞めたいっていう者の意思を翻すのは、とてもじゃないが無理だと思うからな…」


「あ、ありがとうございます」


「お前は明るくてちょっとしたユーモアが売りなんじゃけぇ、部員の前では辛いかもしれんけど、明るく振る舞ってくれよ」


「はい…分かりました。それで先生、壊滅的状態の打楽器なんですが…」


「そうなんよのぉ…。コンクールまでは何とか3年の2人も残ってくれると言ってくれとるとのことじゃが、宮田と合わせても3人じゃ、今回選んだ曲はちょっと人が足らん…。宮田は初心者じゃが、自ら打楽器を希望してたんだったよな、確か?」


「そうですね。宮田さんは、かえって辞めてった1年達に怒って、絶対に頑張ると言ってくれてます」


「そうか。なんとかその気持ちを大切にしてやりたいよな…」


 ここで、俺が一つだけ思いついた打開策を先生に打ち明けた。


「先生、俺、バリサクから打楽器に移ります」


 福崎先生は一瞬、俺の顔をまじまじと見てから、返してきた。


「えっ?なんだって?そんなこと…お前、いいのか?」


 俺はこれしか打開策はないだろうという思いで、一つだけ頭に浮かんだ案を先生に伝えてみたが…。


<次回へ続く>

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