第14話 -負の連鎖-
文化祭の翌週は1年前も同じだったが、月曜日だけ部活がある。
火曜日からは期末テスト一週間前になり、部活禁止期間に入るため、これも吹奏楽部の慣例であるが、文化祭明けの月曜日には、夏のコンクールで演奏する曲を決める日となっていた。
だがこの年はちょっと違った。
既に福崎先生が、演奏する曲を、課題曲、自由曲共に、選んでいたのだ。
そのため月曜日の部活は、最初から先生が選んだ曲を聴くために、ミーティングの体系で部員が集まるのを待っていた。
去年はなかなか集まらなくて、シビレを切らした俺が、来てない部員は無視して決めましょうと提言したのを憶えているが、今年は1年生も2年生も集まりが良かった。
何となく土曜の松下退部が影響しているのだろうか?
数名の欠席を除いてほぼ部員が集まったので、俺は前へ出て喋り始めた。
「えーっと、今日は8月下旬に出場するコンクールの課題曲と自由曲を、去年は選ぶ日だったんですが、今年は福崎先生の方で選ばれたとのことなので、大体皆さんお揃いなので、これから曲を聴いてみたいと思います。先生、お願いします」
福崎先生が俺の言葉を受け、音楽準備室から出て来た。
「はい、みんな揃っとるか?今年は先生の方でコンクールの曲を決めてしまって悪かった。というのも実は、廿日高校の先生から、同じ曲で勝負してみませんか?って話があったんじゃ。本当はその時点でみんなの意見を聞けば良かったんじゃが、課題曲も自由曲もなかなか良い曲だったので、みんなには申し訳ないが、曲を決めてしまった。勿論、今から聴いてもらって、絶対に嫌だという意見が多ければ、考え直すから、一度聴いてみてくれ」
といい、先生はカセットテープをステレオにセットした。俺も空いていた席に座った。
「まず課題曲だが、今年は5曲あって、でも一番良さそうなのを選んでみたつもりじゃ。一番目の『風紋』という曲をやるつもりだが、一応5曲全部聴いてみてほしい」
そして曲が始まった。
「風紋」という曲を聴き終わったら、部員から何とも言えないどよめきが起きた。
俺は率直に、素晴らしい曲だ、と思った。これが課題曲か?是非やりたいとも思った。
2曲目以降も続いて聴いたが、あまりに最初に聴いた「風紋」が素晴らしい曲だったので、残りの曲は霞んでしまうほどだ。部員の反応も、一番目の「風紋」がリアクションが大きく、次は最後の「ハローサンシャイン」に多少反応があった。
「どうだ?この5曲の中から、廿日高校の方は、一番目の『風紋』対決を提案してきたんだが…。上井、お前の感想と、みんなの意見を聞いてみてくれるか?」
「あっ、はい。えっと俺は、『風紋』って曲ですか、素直に課題曲の枠を超えたいい曲だな、是非やってみたいと思いました。個人的には『風紋』に賛成です。えー、あと皆さんはどうですか…?挙手を取りましょうか。『風紋』が…嫌だという方、おられますか?」
音楽室内を見回したが、誰も手を挙げていない。
「先生、一応みんなも『風紋』に賛成ということで…」
「おお、ありがとう。先生の直感だけどな、この『風紋』って曲は、今年のコンクールが終わっても、ずっと残るいい曲だと思うんじゃ。昔のコンクール課題曲でも、今も演奏され続けとる曲はいくつかあるんじゃが、その一つになると思う。よし、課題曲は『風紋』で頑張ろうな」
はい!と返事があった。俺も安心した。
「じゃ次は、自由曲。題名は『オーストラリア民謡変奏組曲から第3楽章、第4楽章』じゃ。聴いてみてくれ」
先生がカセットテープを入れ替え、曲が始まった。
第3楽章、第4楽章ということは、第1、第2もあるのだろうが、全部やったら12分というコンクールの時間制限を超えるのだろう。
曲が始まった。みんな課題曲以上に真剣に聴いているようだ。
第3楽章は、普通に聴くことが出来た。しかし第4楽章では、曲の途中から部員がざわつき始めた。
難しそう…とか、テンポが取れんとか、聞こえてくる。
俺も聴きながら、3拍子なのか2拍子なのか分からなくなった。
とりあえず聴き終わったが、何とも言えない空気が音楽室を支配していた。
「えー、自由曲として、この曲で対決してみませんかと、廿日高校から言ってきた訳だが、先生も正直、かなり難しい曲だと思っている。特に第4楽章な。みんなの反応を見るだけで、指揮していく側としても大変だとは思う。だが先生としては、売られた喧嘩から逃げるのも、正直言って嫌なんじゃ。上井、お前自身の意見とみんなの意見を聞いてみてくれ」
「あっ、はい…。素直に難しいと思いました。特に第4楽章ですか、リズムを取るのが変拍子なので、どう取れば良いのか悩みます。本音は別の曲がやりたいですが、この曲は廿日高校からの挑戦状みたいなもんですよね?」
「まあな。アンタらにこの曲出来る?と言われているようなもんだな」
「じゃあ受けて立とうじゃないか、西高を舐めんなよ!って言わせてやりたいです」
「ありがとう。部長としてはそんな感じなんだな。みんなはどうだ?絶対に他の曲がいいとか、あるか?」
音楽室内を見渡すと、ザワザワしてはいるが、何か積極的に発言をしたい部員はいなさそうだ。
「えーっと、自由曲について絶対に他の曲がいいという方、いたら挙手願います」
ザワザワしてはいるものの、手は挙がらなかった。
「先生、一応みんなも、積極的にやりたくはないけど、廿日高校が売ってきた喧嘩なら仕方ない、そんな感じではないかな?と思いますが…。みんな、そんな感じだよね?」
そう問い掛けると、多くの部員が頷いた。
「部員としては、消極的賛成ということで…」
「おお、分かったよ。じゃあとりあえず、『風紋』と『オーストラリア民謡変奏曲』をやることにして、譜面を準備するから。課題曲の譜面は届いてるので、自由曲の譜面が来るまでは、『風紋』メインの練習になるな。まあ明日から部活禁止期間に入るけぇ、今日『風紋』の譜面を配っておいて、朝や昼に練習してほしい。パートリーダーは、譜面を先生の所へ取りに来てくれ」
各パートリーダーが、譜面を取りに行く。
「先生!」
「ん?上井、どうした?」
「それぞれの曲のカセットテープを貸して頂けませんか?家でダビングしてきたいので…」
と俺が言ったら、アタシも!俺も!と声が上がった。
「あ、やっぱりみんな家でも聴きたいよね。うーん…そしたら先生、カセットテープを持って来たら、先生の授業の合間にダビングして頂けないでしょうか?」
「そうじゃな…。そうしたら、朝練か昼練の時に、空のカセットテープに名前を書いて、音楽準備室に箱を置いとくから、そこへ入れておいてくれるか?」
「はい、分かりました。ダビング後のカセットテープは別の箱がいりますよね?」
「ああ、ダビング前とダビング後の箱を、音楽準備室に入るドアの横に置いとくようにするから、各自で利用してくれ。但しちょっと時間は掛かると思うのと、高速ダビングでしょりするけぇ、音質には目をつぶってくれ」
「分かりました。皆さんも良いですか?」
はーい、と答えが聞こえる。
「じゃあ俺からは以上だな。今年は廿日高校との対決になるけぇ、例年以上に頑張っていこう」
はい!と返事がさっきよりも力強く聞こえた。
「あとは上井に任せた。頼むな」
「はい、分かりました」
福崎先生は音楽準備室へと戻り、俺は譜面が部員に行き渡っているのを確認して喋り始めた。
「皆さん、お疲れ様でした。今日はこれで部活を締めたいと思いますが、明日以降、朝練や昼練の時間に、コンクールの曲を先生にダビングしてほしい方は、音楽準備室のドアの横に箱を置くと先生が言っておられましたので、空のカセットテープに誰のか分かるよう名前を書いて、入れるようにして下さい。ここまでで何かご意見、ありますか?…はい、村山君」
村山が手を挙げていた。何かと思ったら部費の話だった。
「すいません、会計から。今月分の部費をまだ払っておられない部員の方は、出来たら今日、無理なら何とか今月中にお願いします。えー、未納者のトップは上井君ですので、一つどうぞよろしゅうに…」
あ、部費を払ってなかった…。音楽室内に笑いが溢れた。緊張感が漂っていたから、まあいいか。
「お代官様、アタクシは今、貧乏でございまして…」
「では殿には1日1割の利息で、待って差し上げたい…」
「サラ金かよ!」
あちこちで笑いが起き、こんなやり取りで、音楽室内の緊張した空気が和んでいく。こういう雰囲気を大切にしたいんだな、俺は…。
「では今日の部活は、これにて一件落着といたしたく…。お疲れ様でした」
お疲れ様、お先に、という声が飛び交い、少しずつ部員が帰っていく。
いつものようにその様子を見ている俺に、声を掛けてきた部員がいた。
「上井先輩…。よろしいですか?」
打楽器の宮田京子だった。松下弓子の退部を受け、打楽器のパートリーダーに就任してもらった1年生だった。
「あ、宮田さん…。松下さんの後、大変だと思うけど、頑張ってね。俺に出来る事はサポートしていくから」
「はい、ありがとうございます。アタシも何とか頑張ろうと思ってたんですが…」
「…何か気になる言い回しだね…。早速何か起きた?」
「はい、実は…」
そう言って宮田が俺に見せたのは、宮田以外の打楽器1年生5名の退部届だった。
「えっ、これは…」
俺は一瞬にして混乱の極みに陥った。
「はい…。松下先輩や上井先輩に申し訳ないことになってしまいました」
「宮田さんに、一気に今日持ってきたの?」
「一気にまとめてではなくて、各自バラバラに、なんですが…。同じクラスの子なんかは授業の間にアタシに持って来ましたし。ですが、話しぶりからして、どうやらアタシ以外の5人は裏で繋がってて、文化祭が終わったら辞めようって決めてたみたいです。仮に松下先輩が残ってても…」
宮田は悔しそうに、懸命に話してくれた。
「…せめて俺に出してくれば良いものを…。クーデターみたいなもんだよね…」
俺は又も1年生がイベント後に一気にいなくなるという事実を突き付けられ、頭の中がメチャクチャになってしまった。
そう言えば今日は最初からミーティングの体系で、打楽器の様子とかは分からなかったよな…。
「理由なんかは聞け…るわけないよね。理由を言った1年生はおった?」
「1人だけ、女の子からは聞きました」
「誰だろう…」
「森田さんです。背の高い、アタシと同じクラスの子てす」
「なるほど、同じクラスだから、理由も言っておかなきゃって感じかな」
「多分そうだと思います」
「どんなこと言ってた?」
「その森田さんは、最初はクラリネット希望だったんですが、溢れて、打楽器に回って来たんです。確か4月末に1年生が何人か辞めましたよね?」
「…うん…」
「その時にクラリネットの1年生も辞めたから楽器が空いたはずなのに、クラリネットに変われなかったから、って言ってました…」
「…なんだそれは。今そのことを持ち出して理由にするのも理解に苦しむなぁ…。そんなに打楽器が苦手で、クラが退部で空いた時にクラに移りたいって思ったんなら、その時に相談してくれればいいのに。でも、俺の力量不足だよね。ごめん、宮田さん」
音楽準備室の方を見たら、既に明かりは消えていたので、福崎先生は帰ってしまっている。
他に音楽室にいる部員もなく、みんな帰ってしまっていた。
誰かに相談しようにも誰もいない。
「いや先輩、ごめんなさい。話しぶりから、松下先輩がいても辞めたような言い方はしてましたけど、もしかしたらアタシがパートリーダーになったからかもしれません」
「いや、宮田さんは自分を責めちゃダメだよ。こういう時に責任を取るのは…俺。部長の不徳の致すところだから」
とはいえ、相談するでもなくいきなり一気に退部は精神的に大ダメージだ。
しかもそれが打楽器の貴重なメンバーとなると、ズッシリと俺の責任を痛感する。
去年はこんな退部者騒動なんか春先の混乱時期以外になかったから、余計に今年は退部者続出が俺のせいにしか思えない。
「とりあえず今日は、宮田さんはこの事を気にせずにね。宮田さんは辞めたりしない?少しでもそんな思いはない?」
「アタシは辞めるとか、辞めたいなんて思ったこともないです。中学の時にバスケ部だったんですけど、春に西高で打楽器を始めたら、とても楽しくて。バスケは怒られてばかりでしたけど、打楽器って打てば響くって感じで、先輩も優しいですし。上井先輩も頑張っておられるし、辞めようなんてこれっぽっちも思ってないです。ただ…」
「宮田さん、ありがとう。でも何か気になることがあるんだね?」
「はい…。3年生の先輩が、コンクールまではいて下さいますけど、コンクールの後で引退になるんですよね?」
「うん、コンクールまでが最長だね」
「そうなるとコンクールの後、打楽器がアタシ1人だけになっちゃうんです。コンクールもさっき決まった曲をやろうとしたら、結構人数が必要な気がするんです。アタシと3年の先輩2人の計3人じゃ、足りないと思うんです」
「そうだよね…。人数不足はどうにかして埋めなくちゃね…」
かと言ってそのピンチをどう凌ぐのか、俺には全く打開策が浮かばなかった。だが宮田を不安にさせてはいけない。
「とりあえず期末テスト後に本格的に練習再開する時に、何とか体制を組み直さなきゃね。それは先生や役員に相談して、何とかするよ。だから宮田さんは、何も心配しなくていいよ」
「大丈夫ですか?アタシも今からでも、吹奏楽部で打楽器しない?って、探したりした方が良いですか?」
「もしそういう知り合いがいたら、是非誘ってみてね。でも無理にとは言わないから」
「はい、ありがとうございます、先輩」
「じゃ、今日はもうどうしようもないし、帰ろうか。5人の退部届は俺が預かって、明日以降先生に相談するよ」
「はい、よろしくお願いします」
「後は音楽室を点検してから、鍵閉めて帰るから。気を付けて帰ってね」
「はい。じゃあ…お先に失礼します」
「はーい、お疲れ様!」
宮田京子を先に帰し、俺は音楽室で1人で打開策を考えたかった。
しかしそんなに妙案がすぐ出て来る筈もない。
(誰かに移籍してもらうしかないよな…。じゃあそれは誰なんだ?誰がそんな突然打楽器行ってとか、受け入れてくれるんだよ…)
結局30分ほど悶々として色々考えたが、何の案も浮かばず、そのまま帰ることにしたが、明日先生にいつ言えば良いのか、どう切り出そうか、又も悩むことになった。
(こんな時に大人って、飲んだりするんだろうな…)
どうすればいいんだ…。
<次回へ続く>
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