第12話 -文化祭後…-

 高校入学2度目の文化祭が終わった。


 クラス、生徒会、吹奏楽部の3つの仕事の掛け持ちで、去年よりかなり大変かと思ったが…。

 クラスの出し物は3つあると言っても人間もぐら叩きの開催時間に、モグラ役として顔を出せばいいだけだったし、ゴーストバスターズの吹き替えも事前に美術準備室で与えられた役の声を吹き込むだけでよかった。

 好きな人の写真を代わりに撮ってあげますサービスも、俺は一番目の受付担当ということで殆ど仕事はなく、また俺には誰々を撮ってきてという依頼も、その逆の被写体になってほしいという依頼も当たり前だが無かったので、事前に予想していた以上に楽に終わった。

 だが写真代行サービス自体は、学年クラス不問だったからか、女子からの申し込みが結構多く、サッカー部や野球部の男子は部員を撮影に行ったり、あるいは自らが被写体になっていたりした。これは正直言って羨ましかった。


 生徒会も、静間先輩が作ってくれた見回り表に従って、校内を見回るだけで終わったので助かった。だが来年は、この見回り表を作るだけでも静間先輩が大変な思いをしていたのを何度か生徒会室へ手伝いに行って知っているので、今から来年は大変だ、と思わざるを得なかった。


 そして吹奏楽部である。


 いよいよ松下弓子の退部を発表しなくてはいけなくなった。


 文化祭での演奏自体は、昨年よりはマシだったものの、生徒が増えたこともあってかやはり後半では落ち着きのない生徒が騒ぎ出し、体育教官に怒られていた。


 せっかく「独眼竜正宗」とか「サファイアの瞳」で盛り上がったのに…。


 演奏後に司会をしてくれた須藤先輩に部員全員でお礼を言い、ステージの片づけ後、音楽室で楽器を元に戻してから、最後にミーティングを行うという流れを説明したら、一部の同期から今日のミーティングは止めとけば?という声も上がったが、どうしても今日やらなきゃいけない話もあるので…と押し切った。



 音楽室で楽器を仕舞っていると、やはり1年生は文化祭での演奏の戸惑いがあったようだ。


「先輩、毎年みんなあんなにザワザワしてるんですか?」


 と聞いてきたのは、クラリネットの男子、瀬戸だった。彼はこの2ヶ月間1年生を見てきた中で、一番人当たりが良く、練習熱心なので、早くも俺の後の部長にしたいな…と密かに考えている後輩だ。


「そうなんよ。俺も去年はビックリしたけど、一昨年まではもっと酷かったらしいよ。だから今年はまだマシなんじゃないかな…」


「そうなんですか。俺は今まで中学校で、聴く側だったんですけど、みんなちゃんと静かに聴いていたから、驚きました」


「そうじゃろ。瀬戸は何中?」


「俺は観音中です」


「五日市の方じゃね。やっぱ中学の時は、どの中学も静かに聴くよなぁ。高校は文化祭の開催時期がこんな蒸し暑い6月じゃけぇ、それも影響しとると思うし、生徒数が多すぎるのもあるかもしれんよね」


「…そうですね。なんとなく文化祭って秋のイメージですから」


「だよね。秋は高3が受験体制に入るから、文化祭は6月にやるみたいだよ」


「そっかー。難しいですね」


「そうやね。まあ過ぎたイベントは仕方ない、ウチらの演奏自体はなんとかなったし、次はコンクールかな。また頑張ろうや」


「はい、頑張ります!」


 なんとなく去年の自分を思いだす。去年の俺も、文化祭の演奏で生徒が一向に静かに聴かないことに驚いたからだ。


 大体楽器の片づけも終わってきたので、ミーティング用に椅子と机を並べるように指示し、俺は前に立った。


 予め松下には、今日の文化祭後に退部を発表するから…と伝えておいた。


「打楽器内には伝えてあるよね?」


「うーん…。実はまだなんよ。3年のお2人にだけはそれとなく言ったけど」


「えっ?そうなん?」


 俺は松下へ任せたままだったのも悪かったが、打楽器のメンバーには文化祭後の退部することを説明済みだと思っていた。


「じゃ、ミーティングで話したら、騒ぎにならん?」


「逆にミーティング後に打楽器のメンバーに集まってもらって、これからについて話をしやすいかな、っていう思いもあって…」


「…ま、まぁ、その辺りは松下さんに任せとった部分もあるけぇ、俺は入れんけど…。話し合いがスムーズにいくことを願っとるよ。一応俺は最後までおるけぇ、何かあれば言って」


「ごめんね、上井君」


 ミーティング前に松下に確認したら、まだ退部をメンバーに伝えてないとのことで、発表後どうなるか分からなかったが、とりあえずミーティングを始めることにした。


「皆さん、今日はお疲れ様でした。1年生のみんなは初めての文化祭、どうでしたか?客席…というか生徒が五月蝿くてビックリしたんじゃないかと思いますが、去年も俺はビックリしたのを覚えてます。本当は文化祭での吹奏楽部のステージのあり方とか、考えてみたいと思ってたんですが、これはまた役員の宿題にしたいと思います」


 なんとなく音楽室も、文化祭というイベントを終えた虚無感からか、ザワザワしていたが、次の俺のセリフで静まり返った。


「そして、えー、吹奏楽部としては大変残念ですが、快く退部を認めてあげねばならない部員を紹介します。松下さん!」


 俺が松下に前へ出るよう促すと、一瞬静まり返った音楽室が、騒然となった。


 えーっ?なんで?打楽器はどうなるん?


 何より、今初めて退部を聞かされた打楽器のメンバーは動揺している…。


「実は打楽器の松下さんが、来月からアメリカに留学することになりました。期間は1年間です」


 再び音楽室内が騒然となる。


「そのため、今日の文化祭を最後に吹奏楽部を退部して、留学の準備に専念し、来月には日本を出発します。松下さんの退部は吹奏楽部としては大変に痛いんですが、松下さんの昔からの夢でもありますので、快く見送ろうということになりました。では松下さん、一言もらえる?」


 ちょっと躊躇していたが、松下は俺の横までやって来て、目を潤ませながら喋り始めた。


「えっと…。アタシは人前で喋れるような性格ではないので、何を話せば良いのか混乱してますが、上井君…が喋ってくれた通り、来月からアメリカに1年留学します。打楽器のみんなには黙っててごめんなさい。文化祭の前に言うと、演奏に影響があるかと思って、黙ってました」


 同期生でも、個人的に聞かされていなかった部員も多いようだ。だが緒方中OBには流石に言っていたみたいで、村山、神戸、伊野の3名は冷静に聞いている。


「なので、まだしばらく学校には来ますが、吹奏楽部は今日で退部します。打楽器のこれからとか、打ち合わせしたいので、打楽器の皆さん、少し残って下さい。お願いします」


 音楽室室内はまだ落ち着きがない。それも当然だろう…。


「…えーっと皆さん、一旦落ち着いて下さい。突然の退部、しかもアメリカ留学で1年いなくなってしまうと聞かされたら、誰でも驚くのは当たり前だと思います。ですが、吹奏楽部としては快く送り出したいと思います。皆さん、松下さんに拍手をお願いします」


 と俺が促したら、やっと拍手が起きた。


「では、ミーティングは以上ですが、この後は…打楽器で打ち合わせ、でいいかな?」


「うん、一応アタシの後継者を決めてあるので、その子に引き継ぎとかしたいけぇ」


「あと松下さんは、今月一杯は高校にはやって来ますので、今初めて聞いたけど、松下さんに何か伝えたいという方、松下さんは2年5組…だっけ?」


「うん」


「2年5組へ会いに行くか、それは恥ずかしいという方、俺にメッセージを預けてもらえば、責任もって届けますので、よろしくお願いします。それでは今日のミーティングは、終わりとします。お疲れさまでした」


 早速打楽器メンバーを集めて、松下さんは打ち合わせを始めた。俺はその様子を、離れたところで見守ることにした。


「上井…」


 大村が声を掛けてくれた。


「おぉ、大村。お疲れさん」


「お疲れさん。上井は松下さんの留学退部を聞かされたのは、いつ頃?」


「4月…。先輩からの陰口に参ってた頃かな」


 俺は苦笑いを浮かべた。


「そうか。かなり早くから把握はしてたんやな。まあ結果的には俺も早めに松下さんの退部は知れたけど、正式な役員会議か、パートリーダー会議みたいなのをやればよかったかもな」


「あっ、そうか…。そうかもしれんね」


「幸か不幸か、今の役員は5人のうち4人が緒方中卒業じゃん。じゃけぇ、俺はまあ、神戸ルートで松下さんの留学退部を聞いたんじゃけど、本当は結構重要な問題じゃけぇ、上井1人で抱えずにさ、公開していい範囲の人間を集めて、打楽器の今後について話し合ってもよかったかもしれん」


「そうだよね…。俺の至らん部分だよなぁ。本人の意向を重視しすぎてしもうてさ。ありがとう、指摘してくれて」


「いつの間にか退部しとった龍田やフルートの件とは大違いじゃと思うしさ。フルートは1年に経験者が2人おるけぇなんとかなったけど、打楽器の1年は初心者と、他の管楽器から流れたメンバーだけじゃろ。仮に3年の先輩がコンクールまで残ってくれたとしても2人しかおらんけぇ、秋以降も不安要素だし、それに…」


「それに?」


 大村が言いたいことは分ったが、敢えて聞いてみた。


「考えとうないけど、打楽器の1年に退部ドミノが発生せんかな…って心配」


「…。実は俺もそれが心配で、最初に松下さんから話を聞いた時、有望な1年生の子をパートリーダーとして任せられるように育てる、とは言ってくれたんじゃけど、その子が誰なのかは教えてくれんかったし、その子じゃない1年にしてみたら、確かになんなんだよって気持ちになりかねんよな…」


「まあ俺も余計なこと言って悪かったよ。役員会議を開けって言っても、上井としては開きにくい…じゃろ?正直言って」


「分かっとるじゃん、大村」


 暗に伊野沙織のこと、そして神戸千賀子も少し含まれている発言だろうと思った。


「じゃけぇ、部の根幹に関わるような事態が起きた時は、俺にだけでも聞かせてほしい。俺もちょっと…の時には、村山でもええじゃん。1人で抱えて悩まんとってほしいんよ。上井だって生徒会も抱えとるんじゃけぇ、忙しいのは分るし」


「ありがとう。助かるよ」


「じゃ、俺は先に行くね。打楽器の打ち合わせ、最後まで見届けるんじゃろ?」


「まあね。もし紛糾したら仲裁に入る予定じゃけぇ」


「そんな事態が起きないことを祈りつつ…お先に…」


「おう、お疲れ様」


 神戸さんの姿は見えなかったが、下駄箱ででも待っているのだろう。


 ふと音楽室を見回したら、音楽室内は俺と打楽器のメンバーだけになっていた。


 打ち合わせも、1年生は淡々と松下の意見を聞くだけだし、3年の先輩は事前に知らされていたらしく、これまた淡々と聞いているだけだった。


 紛糾した場合に備えての意味もあるが、鍵を閉める意味もあって残っていた俺に、松下から終わったよ、という合図をもらった時は、とりあえずホッとした。


「詳しくは帰りながらでも言うわ。とりあえず残らせちゃってごめんね」


「いやいや、ヘタしたらもっと長引くかもって思っとったけぇ、淡々と進んでビックリしたよ」


 福崎先生は今年は担任を持たされてしまったためか、文化祭後は姿を見せず、後片付けは任せたという感じになっているので、後は鍵を閉めたら終わりだ。


 では最後かもしれない、松下との帰り道すがら、色々決まったことを教えてもらうとするか…。


<次回へ続く>

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る